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「ロバート・キャパ」 その2 [┣宝塚観劇]

みーちゃんのいない宙組1日目…
「ロバート・キャパ」、無事千秋楽おめでとうございます[ぴかぴか(新しい)]

出演者への感想は、今回、ちょっと時系列で書いていきたい。
個人ごとの感想が分断してしまうのは、お許しください。書き足りない細かいこともここに書いていくつもりです。

さて、今回の作品、セットは、ホリゾントに青空の背景と、アールデコ風の仕切り板(室内等)&吊りもの(駅の風景等)、そして八百屋舞台。印象に残るセットだったが、どこか「ヴァレンチノ」を連想してしまう部分(たぶんアール・デコ)が惜しかった。
(原田先生の作品は、上演時期で損をしていることが多いかも?)
キャパの死を受けて、彼の生涯を振り返る最初の人物、“社長”ことシモン・グッドマンの汝鳥伶
この場面でぐっと舞台に引き込まれる。逆に言えば、彼をナレーションとして最後まで使うという方法=社長の目から見たキャパという視点を作る方法もあったのでは?という気もする。この作品では、何人かの人が、キャパを熱く語っているのだが、わりと視点が同一で、何人かに語らせる意味をあまり感じなかったので。
抜群の安定感を持つ汝鳥の起用は、“ずるい”ような気がする。作品の印象にゲタを履かせるみたいで…。ま、それだけ、素晴らしい方です。

物語は、ここから1933年、キャパ20歳前後まで遡る。
年代は、タイプライターの打ち込みのような映像を紗幕に映して。これはよくあるパターンかな。
キャパが質入れしたカメラを流してしまった質店の夫婦が、風馬翔百千糸風馬にはこの後もライフ誌の編集長などがあるが、百千については、これがメインの役かな?もったいない使い方だったが、コーラス、ダンスで活躍していたし、こういう小さな役でも生活感があるところがいいなー[るんるん]よい夫婦でした。
キャパの幼なじみで親友のチーキ(春風弥里)。
出番が多いだけにしどころのない役というのが浮き彫りになってしまい、この作品一番の犠牲者だったかも?と思う。出てるんだけど、用がないという場面が多くて、背景になるにはキャラが濃すぎて…。タカハナ時代のみーちゃんは全然知らないのだが、こんな人がよく背景になってたなーと驚く。
いつもアンドレと一緒にいて、なのに、ゲルダには、「アンドレと私とキャパ、三人の事務所よ」とか言われてしまうチーキ。チーキがいるところには社長が来ていることも多いから、大事なことは社長がい言うし、スペインに行ったら完全に(作者から)忘れ去られているし…。
でもチーキのいるところは、いつでも暖かい日だまりだった。そこにびゅーっと春風が吹きぬけるような。
たぶん、彼はアンドレと一緒にいることが心地よくて、ずっとアンドレの側にいたんだろうな、ということは、みーちゃんから伝わった。そこまで役者に頼るなよ…
この二人が、ベルリンを離れ、パリに向かう珍道中のミュージカル処理は面白い。「ヴァレンチノ」や「Paradise Prince」など前例もあるので珍しくはないが、特に「ヴァレンチノ」に出演していたメンバーも多く、アンサンブル技術が高くて、無理なくこの場面を引っ張っていた。
歌は、“Paris, C’est moi”と言ってるのかな?よくわからなかったけど…。

二人が働くことになった、フーク・ブロック通信社。
社長のフーク・ブロックを演じた松風輝。どっしりとした貫録を出すため、肉布団を着用していたが、どうもスーツに着られた感があった。汝鳥さん(天然肉布団?)が出ているので、体型差が気になる。
その秘書兼愛人のジャンヌは、美風舞良。ジャンヌ役は、美風らしい濃いキャラ。こちらも役者に依存したような役だけど、フークとジャンヌの歌はよかった。アンドレがついその気になって、スタントまがいの仕事を引き受けるのも、よくわかるような、妙に説得力のある歌だった。
ただ、ここの明るさ&人生を謳歌している感じが、後年のアンドレへの嫌がらせに、キャラとして繋がってこないのは、所詮脇なんて作者の都合のいいように書くっていうことなのかな?そういう作者の雑な仕事が残念だなーと思う。まっぷー&まいらさんに一曲くれるんだからジェンヌへの愛はあると思うんだけど。
ヒロイン、ゲルダ・ポホライル(伶美うらら)は、ファッション誌のライターという設定。彼女は、華やかな世界に身を置きながらも、世界情勢から目を離さない。女性にしてはちょっと変わっている。しかし、このキャラは、あまりドラマ的には効いていない。こういう女性だから、スペインに残るんだろうな、と想像はできるものの…。
今の仕事と、周囲の環境(美しさを褒めそやす人ばかり)に飽き足りないものを感じているゲルダ。そんなゲルダが、アンドレの写真を見て人生が変わるとか、これだわ!みたいな場面があればよかったなーと思う。ゲルダって、あまり興奮してきゃーきゃー言わない人なので、アンドレに会いに行っても、わりと冷静に話を進める。だから、どんなに感銘を受けたかを表現するには、その瞬間を見せた方がわかりやすいのでは?
さて、美しすぎるライターのゲルダ役のゆうりちゃんは、たしかに目を惹く美人だが、宝塚のヒロインとしては、まだまだ課題が多い。メイクも美女というよりは、美輪さまのような感じだし、直立した時に背中が丸くなっているのはいただけない。あと、ハンドバッグを握りしめたまま歌うというのも芸がない。新人のヒロインだからしょうがないとは思うが、今後、大劇場のヒロインになるのだとすれば、早急に娘役スキルを身につけてほしい。
この後、アンドレは“社長”に抗議をする。社長は、「昔はそんな男じゃなかったんだが…。ま、ここは辛抱しろ」というようなことを言う。常に的確な判断をしてくれる社長にしては、いい加減だなー。もしかして、ここは伏線で、この先フーク社長とのいい話が見られる?と思ったが、それはなかった。
こうして、フーク・ブロック通信社で仕事をしている間に、アンドレが知り合うのが、カメラマン仲間のシム(星吹彩翔)とアンリ(蓮水ゆうや)。そして、すでに名声を高めつつあった画家のパブロ・ピカソ(風莉じん)。愛花ちさきは、ピカソのモデルで愛人のマリー・テレーズ役。
下級生のもんちは分相応の役、というか、むしろ同期で路線の蒼羽りくより目立つ役なのだが、ちーちゃんとたらちゃんは、どう見ても役不足。この辺りの人物をもう少し膨らませる場面があったらよかったんだけど。つか、大劇場公演もこんなんだろうか?不安…
一方、ちやちゃんのピカソは、すごくキャラが立っていて、迷いがない。安心して見ることができる。
ちやちゃん以外の役者への言及もしなきゃね。
蓮水のアンリは、優しさが伝わってきて、とても好き。役者の魅力もあったし、ちゃんと役として生きていたし。
愛花のマリー・テレーズは、不思議ちゃんなキャラが面白くて、ツミがなくて、好きだった。
星吹のシムは可愛い。
みんな大好きだったからこそ、もっと活躍してほしかったよー。

ヒロイン、ゲルダとアンドレの出会いは、ようやく、この後。
フーク社長の不在中、留守番を命じられたアンドレは機嫌が悪い。ヌードモデルの求人募集の受付という、やりたくもない仕事をしなければならないからだ。
やる気のない仕事をしているアンドレのキャラは、「クラシコ・イタリアーノ」の前半部分のレニーみたいだった。この辺まで来ても、アンドレってどういう人か、いまいちつかみどころがない。その辺がもどかしい。
訪れたゲルダに対して、最初は不機嫌なまま接しているのだが、ゲルダの地に足のついた姿勢に感銘を受け、彼女の話を聞く気になる。こうしてアンドレは自分の写真を撮るために、独立を決意する。
ところで、カメラマンになった理由が、“てっとり早くお金が手に入れられるから”って…これはちょっと理解できないので、説明が必要だと思った。
まず、カメラが高いだろうし、後に、名前のないカメラマンの撮った写真は二束三文で買いたたかれるって言われてたし。

一方、ヨーロッパでは深刻な不況、ファシズムの台頭…と、暗い時代が始まっている。パリでも大きなデモがあり、写真家たちはこぞってこのデモを撮影した。
デモのコーラスは、さすが!市民たちの居方もすごくいい。
フランス語で書かれた旗の意味はよくわからなかったが、一番大きなゲート状の旗には、「パン、平和、自由」と書いてあった。
デモの写真を撮ったアンドレは、さっそく出版社に売り込みに行くが、雑誌には、「ジョルジュ・フリードマン」という既存の写真家の名前が故意に混同されて掲載されていた。
りくくんの本役は、この故意に混同した会社の編集者、ヴァンサン。これはちょっと気の毒な配役ではないかと思った。
この事件は、アンドレに辞められたフーク社長のいやがらせとわかるが、無名の作家の写真は安く買いたたかれることに辟易し、アンドレとゲルダは、アメリカから来た有名写真家を作り出し、彼の写真ということでアンドレの写真を高く売ろうということを考え出す。ロバート・キャパ誕生の瞬間。
ロバート・キャパという名前が決まった後、二人が盛り上がって歌う歌があるのだが、この辺でキスの一つや二つやってくれないと、二人の関係が謎のまま一幕が終わってしまうぞ…[爆弾]と思った。
観客が何を観に来ているか、少しは考えてほしいものだ。

キャパの写真は、1幕と2幕に一度ずつ、紹介され、そのナレーションは、チーキが担当する。(ちなみに1幕は声だけ)
みーちゃんの優しく温かい声は、この場に適切ではあるが、チーキは彼らを見守るお兄さんキャラではない。
1幕の最初でキャパが死んだ直後から、チーキがナレーションを引き取っていたら、20年後のチーキが語っているという形で納得できるのだが、どうもチーキの立ち位置がわからず、混乱する。
1幕の最後は、こうやって、だんだん軌道に乗ってきた、ロバート・キャパ事務所にアンドレの母、ユリア(光あけみ)と弟コーネル(桜木みなと)が訪ねて来るところだ。
コーネルが、医学を学ぶためにパリにやって来たので、ユリアもついてきたらしい。
両親と弟はハンガリーに住んでいるらしい。アンドレはベルリンからパリに来たので、おそらく数年は会っていない母。この時点で、このお母さんはそんなに心配性ではないと思われる。
しかも、そんなに長いこと会ってないのに、息子の写真が分かるんだろうか?ベルリン時代に発表された写真って、トロツキーの演説位なんじゃないかと思うが。
しかも、まだ戦場カメラマンになっていない状態の息子に、「危ないからカメラマンはやめて!」って、このお母さんいったい…[あせあせ(飛び散る汗)][あせあせ(飛び散る汗)][あせあせ(飛び散る汗)]
光さんが、熱演過ぎるので、もうどうしたものか…と。
なんだけど、テルも泣いてるし…[もうやだ~(悲しい顔)]よくわからないまま、1幕が終わってしまったのだった。

1幕の終わりから1年。
コーネルは、キャパ事務所を手伝っているらしい。そして写真に目覚め、とうとう大学を辞めてしまった。一方、スペインでは内戦が始まり、キャパであることを公表したアンドレとゲルダは、スペインに行くことにする。
チーキとコーネルは留守番。このまま劇のラストまで放置される。
公演の2番手ポジは、春風。うーむ…

2幕からゲルダもカメラを持ち始める。
彼らが逗留しているホテル・フロリダで、ちょっとだけショー場面がある。
センターは蒼羽愛花、他にダンサーで風馬、実羚、綾瀬あきな、百千
こういう場面があるのは、なんだかホッとする。

市街地での銃撃戦があり、キャパは人民軍の兵士、フェデリコ(鳳樹いち)と出会う。
この時の自己紹介で初めて、キャパたちが、“国際義勇軍”として、参加していることが明らかになる。…通常の取材じゃなかったんだ!
これってけっこう重要な点だと思うのだが、説明がなかったなぁ…。

人民戦線のコーラスもすごくよかった。
どう見てもピカソさんのような方が、一般人としてコーラスに入っていたのも、なにげに笑えた。あと、あおいちゃんがとても若く美しかった[ぴかぴか(新しい)]

ところで細かいことだが、フェデリコが妻のエンマを紹介する時、妻にキャパ達を紹介してから、キャパ達に妻を紹介している。これ、逆だから!普通は、キャパ達にまず妻を紹介するものだ。

まあとにかく、ここでようやく、1幕から数えて21場面で初めて、ラブシーンが出てくる。
『私を燃やしたのは夕陽(ユウヒ)のせいじゃない。アンドレ、あなたよ』
というセリフはイミシンだなぁ[るんるん]
ただ、ここで初めてゲルダの歌が裏声になるのは、ちょっと気持ち悪かった。キャラ変わったん?という感じで。伶美は、地声と裏声が全然違うこと、裏声が全然出ないことに問題がありそう。

戦闘が始まり、次々に倒れて行く兵士たちを見ながら、キャパは煩悶する。
ここで写真を撮ることが自分達に必要なことなのか、と。
しかし、フェデリコに諭され、自分は撮影することが使命なのだと考えて撮影を続ける。そして、フェデリコが敵に撃たれ、崩れ落ちる場面を捉えた写真が世界に向けて発信される。
あまりにすごい構図の写真だったので、ねつ造だの、演出だの言われたこの写真。
キャパ本人は、そんな中傷には負けない感じ。そりゃそうだ。当の本人から、俺を撮ってくれと言われて撮った写真なんだし、撮影した本人は、撮影状況を一番知っているのだから。
だから、ここの“ねつ造、演出”のコーラスは素晴らしいんだけど、キャパ本人が傷ついていないという点で、あまり効果はなかった。

そしてもうひとつ、ここで「ゲルニカ」を描いたピカソの発言が登場する。
史上初の無差別空爆によって大量の犠牲者を出したゲルニカ。ピカソは、絵の力で、この惨状を世界に訴える。
同時に、同じ真実の力を持つキャパの写真がねつ造であるとは思えない!とピカソは訴える。
しかし…である。
ピカソは、キュビズムによってこの「ゲルニカ」を描いている。
キュビズムは、見たものをカンバスの上で再構成して描く。それが彼の芸術である。
一方、写真は、そこにあるものを、そのまま撮影する。アングルなどに凝ることはあっても、再構成までしてしまえば、報道写真としてはねつ造である。
芸術家であるピカソに保証されてもなーと思ってしまった。
そして、平和を願うという心があるから、それは真実で正義だ、とは残念ながら言えない。
戦争の悲惨さを伝えるために、わざと、それらしい写真を演出して、煽ることがないわけではないからだ。目的は手段を正当化しないが、しばしばそれは混同される。
原田先生も残念な混同をしているように思える。

しかし、たとえ残念な混同であったとしても、この場面のちやちゃんの存在感はハンパなかった。
テーマがテーマだけに、初めて風莉じんという名前を心に刻んだ「Never Say Good-bye」の市長役をハッと思い出した。私、好きだなぁ、この役者。

キャパとゲルダの別れについては前述しているのでスルーして、ラストシーンへ。
戦地から戦地へと渡り歩くことになったキャパ。そこに現れた母、ユリアは、「あんたを誇りに思う」と言って彼を抱きしめる。
前回、頬をぶった時の何倍も危険なことしてますけど?
ここは、母が認めてくれたというよりは、彼の命ごと、彼の使命を理解した、という重い場面にしなければならないのだが、このあとに慟哭があるんで、そうもできなかったか…。原田先生は、人の気持ちの流れより、作劇都合の方が優先するからな…。

ところで、キャパはスペインに行くまでは、報道カメラマンではあっても戦場カメラマンではなかった。
しかし、いつの間にか、戦場カメラマンになってしまったようだ。そして、いつかそんな自分が失業出来る日(=世界が平和になる日)が来るように…という願いを口にする。
ところがゲルダの死を知った後、キャパは命ある限りカメラを握り続けると宣言する。
…すでに平和を諦めましたか…!

ゲルダの死を知ったキャパは号泣する。
私は男役の号泣シーン、あまり好きではない。
でも、テルくんの思いはすごくストレートに客席に飛んできたし、こんなに熱い人なんだなーと知って、この芝居を観ることができてよかったと思った。

慟哭するキャパの背後に死んだゲルダのイメージが現れ、悲しむ彼を勇気づけるという、定番の場面は、端席からだと、アールデコのセットに隠れてゲルダが全く見えない。
何から何まで、残念な原田先生なのだった… 

最後にもう一度キャパの作品を映しながら、チーキのナレーション(今度は本人登場)が入る。彼が一番撮りたかったものは、戦争がなくなった日の人々の笑顔、という感動的な言葉を熱く語ってくれたみーちゃん。
原田作品でのみーちゃんは熱演がもったいないくらい、残念な役ばかりだった(私としては)が、宙組でのみーちゃんの活躍は、いつまでも忘れないよ。
そして!花組での活躍を心からお祈りしています!


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