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宝塚歌劇月組東京公演「グランドホテル」観劇 [┣宝塚観劇]

ザ・ミュージカル
グランドホテル

脚本:ルーサー・デイヴィス
作曲・作詞:ロバート・ライト、ジョージ・フォレスト
追加作曲・作詞:モーリー・イェストン
翻訳:小田島雄志
訳詞:岩谷時子
オリジナル演出・振付・特別監修:トミー・チューン
演出:岡田敬二、生田大和
音楽監督:吉崎憲治
編曲:太田健、植田浩徳
音楽指揮:上垣聡
振付:御織ゆみ乃
オリジナル装置デザイン:トニー・ウォルトン
装置:大橋泰弘
衣装:任田幾英、加藤真美
照明:勝柴次朗
音響:大坪正仁
小道具:下農直幸
歌唱指導:やまぐちあきこ
演出助手:竹田悠一郎
装置補:稲生英介
舞台進行:久松万奈美

珠城りょうのトップお披露目公演として、「グランドホテル」が23年ぶりに蘇った。

23年前、涼風真世のさよなら公演も私は観ている。当時は、今ほど宝塚のためにお金が使える状況じゃなかったので、たぶん、2回観劇した程度だったと思うが、観劇してみると隅々まで強烈に覚えていた。
(この公演には、当時研2になったばかりの大空祐飛(現・ゆうひ)も出演していたはずだが、もちろん、当時はその姿を目に留めることはなかった。)
なので、大劇場公演を観た時は、カットされてしまったジミーズの場面などをうじうじと残念がったりしていたのだが、東京へ来て、ようやく積極的に公演を楽しめるようになった。

前回公演との大きな違いは、前回は、オットーとフラムシェンをトップコンビが演じていたのに対し、今回は、男爵フェリックスとバレリーナのグルーシンスカヤをトップコンビが演じていることだろう。
そもそも古い映画版の「グランドホテル」では、バレリーナがグレタ・ガルボ、男爵がジョン・バリモア、フラムシェンがジョーン・クロフォード、オットーがジョンの兄でもあるライオネル・バリモアで、この辺りまでがスター俳優だったようなので、まあ、どちらを中心に描いても成り立つということなのだろう。
ちなみに、昨年上演されたサザーランド版の「グランドホテル」では、オットー、男爵、グルーシンスカヤの3名がメインキャストのような扱いだったと思う。

配役が発表された時、コソ泥やって殺される役でお披露目ってどうなんだろう[exclamation&question]と、ちょっと首を傾げてしまったのだが、珠城りょうの魅力は、まさに、ちょっとダメな男を演じる時に最大限生きるのだ、ということに気づかされたお披露目公演だった。
お披露目ということで、冒頭とエンディングにそれらしい歌とダンスの場面が入ったが、ドラマ的にはなくてもよかったかな、とは思った。特にエンディングは、とてもステキな振付で、トップコンビのキラキラ感サイコー[ぴかぴか(新しい)]ではあるものの、やはり蛇足感は否めなかった。ま、それだけ、ミュージカルとしての完成度の高い作品なんでしょうね。

以下、出演者感想です。

珠城りょう(フェリックス・フォン・ガイゲルン男爵)…かなり金策に追い詰められている貧乏貴族。ホテル住まいだが、7ヶ月分宿泊費を滞納しているので、普通ならホームレスと言っていい。ホテルに出入りする運転手(宇月颯)の助言に従ってホテルの中でコソ泥を働いている。どうやら、そもそもは、運転手の“ボス”に金を借りて株に投資した挙句、借金がかさんでいるらしい。典型的なダメ男。でも女性や困っている人には優しい。腐っても貴族なのだろう。
そんな男爵が、突然恋に落ちる。相手は、高価なネックレスを狙って忍び込んだ部屋の住人、バレリーナのエリザヴェッタ・グルーシンスカヤ(愛希れいか)。部屋に忍び込んでいたことを咎められ、咄嗟についた嘘から、本当の恋が始まる。しかし、その恋は成就することなく、男爵は、タイピストのフラムシェン(早乙女わかば/海乃美月)を実業家・プライジング(華形ひかる)の魔の手から救うために、命を落としてしまう。
私の記憶の中の男爵、久世星佳は、陰のある男で、それが魅力だった。珠城の男爵は、一片の影も持たない男の魅力があった。どんな悲劇的な状況にあっても、自棄にならず、みっともない態度を見せないようにしている。その、「自分を押し殺して演じる貴族らしさ」珠城のニンに合う。それこそがトップの矜持であり、若くして珠城をトップに押し上げたものだろう、と思えるからだ。
経験のあるトップ娘役の愛希に対しては、その経験を尊重し、対等な相手役として、自由に演じさせている印象。それも珠城の懐の大きさを感じさせる。珠城愛希が踊る場面は、そのダイナミックさ、大きさにウットリ。このコンビの大きな売りになるだろう。
それにしても、どの衣装も似合って、本物の貴族にしか見えない[exclamation×2]珠さまと呼ばれる所以ですな[るんるん]

愛希れいか(エリザヴェッタ・グルーシンスカヤ)…5回目の引退興行中のバレリーナ。かつてロシア帝国のセルゲイ大公の恋人だった。おそらくは、実在のバレリーナ、マチルダ・クシェシンスカヤがモデル。だとしたら、60歳過ぎても踊っていたり、99歳の長寿を誇ったり、普通ではないパワフルな人生を送っていた辺り、愛希の役作りそのものの人生ということになる。
実年齢的に愛希の方が年下だし、学年も愛希珠城より一期下。しかし、トップ娘役5年目のキャリアが、男爵よりだいぶ年上のバレリーナという設定を嘘ではないものにする。
そして、「年上だけど可愛い」ということを見事に体現する、突拍子もない演技[exclamation]な、なるほど[exclamation×2]と深く納得してしまった。
男爵と一夜を過ごしたグルーシンスカヤは、見事に若返っている。…ことになっている。サザーランド版でもそういう設定だった。しかし、悲しいかな、実際にグルーシンスカヤを演じている女優の実年齢は、そう簡単に覆らない。表情と演技力で、そういうことね、とこちらが納得することになる。しかし、宝塚版のグルーシンスカヤは、本当に若返るのだ。実際に若い愛希だからこそ、このマジックが成立する。そして、それはとても宝塚的だった。
さらに、世界的なプリマバレリーナという設定がピッタリで、体重を感じさせない立ち居振舞いが、本当に見事[ぴかぴか(新しい)]

美弥るりか(オットー・クリンゲライン)…病に倒れ、死を待っている簿記係。人生の最後に、グランドホテルというベルリン最大のホテルに宿泊して「人生を見たい」と願っている。
美弥については、小学生の頃、涼風真世の大ファンで、「グランドホテル」の大千秋楽の日、ファンクラブの一員としてガードをしていた、という過去があったらしい。かつて大ファンだった人がさよなら公演で演じた役を、2番手スターに昇格して演じる…というのは、まるでシンデレラストーリーだ。
大ファンだったと言うだけあって、当時の涼風を彷彿とさせるオットーだったが、もちろん、美弥の個性でしっかりと再構築している。人間アニメ演技と小池先生に言わしめた涼風の華やかさは受け継ぎながら、新生月組らしい緻密な芝居でオットーという人物を見せてくれていた。
また、男爵と一緒に踊ったチャールストンの場面の身の軽さ、ダンスの鮮やかさは、この舞台の大きな魅力だと思う。

朝美絢(ラファエラ・オッタニオ)…本役はエリックなのかな、ポスターにもあるし。東京公演は、ラファエラ役からスタート。
初演では少しごまかしのあった、ラファエラのセクシュアリティに鋭く切り込んだ、21世紀ならではのラファエラという感じ。
初演当時(1993年)、宝塚歌劇団で上演する作品は、今に比べると色々と制約があった。同性愛的色彩も当時はアウトだった。なので、天海祐希は、「親友への同情心に熱い女性」という難しい役どころを2番手時代最後の公演で演じなければならなかった。
今回のバージョンでは、プログラムにも「グルーシンスカヤへの秘めた想いが溢れるラファエラ」という記述がある。朝美のラファエラは、明確にその思いが恋であることを表現していて、それも、いつか必ず彼女を手に入れてみせる、という熱い思いが伝わってくるような激しいラファエラ。しかも、あの独特のオカッパ頭が、朝美の美貌に不思議な妖しさを付加していて、とても魅力的だった。

暁千星(エリック・リトナウアー)…こちらは、ポスターによれば、本役がラファエラなのだろうが、東京はエリックからスタート。それにしても、公演ごとにどんどん歌が上手くなる。「THE MERRY WIDOW」の時、甲高い声しか出せなかったなんて、誰が信じるだろう[exclamation&question]「あの子は抜擢には早すぎる」と周囲に言いまくった私だって信じられない。
のエリックを観ていると、今、ミュージカルを観ている、という気持ちになる。そもそも宝塚版のエリックは、初演が汐風幸だったこともあって、演技の役というイメージが強いのだが、は、一曲のソロで、すべてをさらっていく。実に気持ちのいい歌唱でした。その分、それ以外のシーンでは、居るだけ、動くだけ、の印象が強い。
いつかは月組を背負う人になるのだろうが、そういうところが、月組らしくない…かも。ま、成長度がハンパない人なので、次の公演あたりで芝居も開眼してくれるかも、と期待しておく。

海乃美月(フラムシェン)…東京公演では、フラムシェンの電話のセリフが大きく変わった。「生理が遅れている=妊娠したかもしれない」ということが、大劇場公演のセリフでは分かりにくかったため、変更したのだと思う。しかし、「遅れてるの、アレが」とは、ずいぶん大胆に改変したな…[あせあせ(飛び散る汗)]これも21世紀の「グランドホテル」らしさかもしれない。
フラムシェン自身、本来、そういうあけすけな女性なのだろう。前回公演では、トップ娘役が演じるということで、ある程度ヒロインらしさが必要だったが。
海乃は、彼女の娘役としての個性が、「刹那的で楽天的」の真反対にいるので、宝塚版の限定された背景下のフラムシェンには、あまり似合わない。が、幸い、私は、サザーランド版で、フラムシェンの家庭事情(母親がいないとか、裕福ではないとか)を知っているので、海乃の堅実さもまた、フラムシェンの側面かもしれない、と思っている。
しかし…ミニスカートから覗く太腿が…スレンダーな海乃にしてはちょっと太めで…初演の麻乃の努力を知るだけに、ちょっと残念[バッド(下向き矢印)]いや、さすがに38キロはやり過ぎだとは思いますが…[爆弾]

華形ひかる(プライジング)…ミュージカルだし、オジサンの役だし、華形が演じる必要あるのかな[exclamation&question]とは、思うものの、やはり、華形が大劇場に出演してくれたことは嬉しいし、演じてみれば、華形らしいプライジングで、21世紀版の「グランドホテル」に必要なスターだったな、と思っている。
初演の箙かおるは、まさに怪物、といった感じで、存在そのもので「フラムシェン逃げてー」と思ったし、男爵、敵うわけないと思ったし、「そりゃ、逮捕されるわー」と思ったし、深く考えずに存在だけでヤバイものと認識していた。そういう怪物感のない二枚目の華形は、胴布団を着用し、初老の斜陽経営者を形から地道に作っている。
彼の事業が今危機に瀕していること、あまりのプレッシャーで彼が普段の彼ではなくなっていること、フラムシェンの若さや軽薄さに対してどす黒い気持ちが沸く下地は十分に感じられた。もちろん、窮地に陥った時にこそ、その人の地が出るのだろうとは思うが、男爵を泊まらせ続けた支配人が、思わず男爵を「強盗」と呼ぶほどには、プライジングさん、支配人の心を溶かしていたんだなぁ~と思う。
それが、華形の人間力と相俟って、作品のアクセントになっていた。
正義の味方とか悪役とか、このミュージカルはそんなんじゃないんだよね、と。

別配役、その他の役の感想は、また改めて書きます。


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