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「カントリー」の裏側(3) [┣大空ゆうひ]

ゆうひさんご出演の「カントリー」、その台詞の向こう側の世界をもう少し考えてみたい。(2)はこちらです。


そんなこんなしているところへ、ソフィーから電話が入る。電話にはコリンが出て、あれこれと話し出す。子供たちは元気かと聞いたり、リチャードからプレゼントに靴を貰ったことを話したり。
すると、リチャードは、電話口で話すコリンのところにやってきて、後ろから抱き締め、髪にキスなどしてくる。電話口からソフィーに聞かせるようにかな…と思ったのは、私だけだろうか[exclamation&question]
コリンの方は、リチャードがふざけていることは理解し、嫌悪感を示してはいないものの、彼のハグやキスに1ミリの反応も見せないし、むしろ、うざっ!という空気を醸し出す。
ここでも、TPO関係なく欲情したり、性的なことを仄めかすリチャードに対して、朝や昼だったり、人前だったりでは、そういうことはおくびにも出さないコリンの対比が鮮やかだ。


英国は、世界でも性的な抑制度の高い国だったとか。(20世紀に読んだ本の情報なので、現代は少し違うのかもしれない。)
厳格な家庭に育ったであろうコリンは、両親の過干渉に腹を立てているようだけど、家庭における父親と母親の立ち位置、というか、子どもの前で、どれくらい、いちゃつけるかみたいな部分は、両親から受け継いだものが、わりとそのまま出る部分じゃないかと思う。
とはいえ、コリンの場合、それだけでもないようで。
というのは、昼間からベタベタするのはイヤ、とか、よくないと思う、という考えの持ち主であっても、実際に愛する人からハグされたり、キスされたりしたら、それに対しては素直に反応してしまうもので、その上で、ちょっと、今はヤメテ…みたいなスタンスになるハズ。
でもコリンって、なんか、昨夜、夫婦生活があったとしても、今朝はそのこと自体覚えていないというか、なんか、普通じゃない部分を感じる。
最初は、ゆうひさんのファンとして、お、ここでキスシーンとかあったりする[exclamation&question]みたいな緊張感で見ていたから、より、性的な部分の特異さに気づいたけど、そういえば、それだけじゃなくて、この人の忘却力、ちょっと力技的にすごいんじゃないか…[爆弾]と、この辺で、ようやく、異常事態に気づいた私。


とりあえず、先へ進みます。
リチャードは、コリンへのいたずらをやめ、コリンに対して、「お金に気づいたか」をソフィーに聞くように言う。どうやら、ソフィーのところにお金を置いてきたらしい。
リチャードは、ソフィーが喜んだだろうと思って聞くのだが、コリンは、ソフィーがビックリして怖くなったと聞き、彼女に同情し、リチャードのしたことを謝罪するような雰囲気に。そして、その流れで、そっと靴を脱ぐ。
そのお金は、ソフィーがリチャード夫婦の子供たちを預かってくれることに対しての、リチャードなりの礼金だったようだが、やや、金額が大きすぎたようだ。


電話を切った後、コリンはリチャードに、ソフィーが怖がっていた、と言う。
その一方で、ソフィーはリチャードが好きなはずだ、とも言う。あなたの話をすると、声が変わるもの、と。
それを聞いて、リチャードは、それを認めずに、彼女は俺たちを軽蔑しているとか言い出す。リチャードは、警戒しているのかもしれない。コリンがやがてソフィーと自分のことを疑い、嫉妬することを。
「あなたは自分を軽蔑している」
そういうリチャードの姿に、コリンはそんなことを言う。たしかに、リチャードはリチャードで、心の闇を抱えている。その闇が、自分に起因する(強すぎる性欲とか、医者なのに倫理観が薄いとか…)ものなのか、まともではない妻、コリンに起因するものなのか、たぶん両方なんだろうな。


だから、コリンとリチャードのすれ違いは続いていく。それは、第1部の「キスして」から始まっていた。
欧米では、朝起きて、出掛ける前に、帰ってきたら…と、ごく普通に交わされるキス。コリンにとって、それは、安心なのだろう。 でも
リチャードにとっては、そうじゃない。キスはどちらかというと「始まりの合図」、もしくは前戯。
コリンが「キスして」と言ったのは深夜だったから、そのままなだれ込んだとしても、コリンは了承したと思う。でも、リチャードは、それだからこそキスできなかった。同じ屋根の下に愛人のレベッカがいるのだから。


 一方のコリンは、バースデーカードを送ってきた両親への暴言、そして、年長者・モリスを嫌っていることから類推するに、家父長の強権的な家庭で育ち、たぶん、色々なことがあったのだろう。でも、基本的に、「起きたこと」そのものは、忘れている。そして、イヤなことがあるたびに、彼女は、忘れてきた、んじゃないだろうか。


微妙な雰囲気になりながらも、二人きりのバースデーを楽しむために、二人でどこかへ行こうという話になる。せっかくだから、石垣の辺りに行ってみよう、と。コリンは、プレゼントのハイヒールを履いていくと言い出して、リチャードを慌てさせたり。そして、唐突に、昨夜、リチャードが子どもたちをソフィーのところに送っている間に、ドライブをしたと言い出すのだ。
コリンは車に乗った。車をバックで発進させた時、車のミラーに自分の顔が写った。それは「共犯者の顔」だった、とコリンは言う。どんな顔だったのか、と聞かれても再現できないコリン。
でも、それって、何の共犯者だったのだろうか。
走っているうちに、コリンは、色々考える。
古い道が嫌い。まっすぐの道が嫌い。道路に支配されるのが嫌い。私の旅はまだ始まったばかり。
そして道が尽きたところで、コリンは車を置いて歩きはじめる。あの裏道を見つけてしまったからは、そこに向かうしかなかった、と。
そこで、コリンは、モリスが自分を呼んでいることに気づいた。彼は、コリンに金の時計を見せ、落としたんじゃないかと思って追ってきた、と言う。それを見て、コリンは答える。
とても綺麗だけどあたしのじゃない、とても華奢だけどあたしのじゃない、と。


その言葉を聞いた時、何の脈絡もなく、それは、リチャードがくれたハイヒール、でもあるかも[exclamation&question]と思った。
そして、モリスに会った辺りから、コリンの話は、事実ではないのかもしれない、という気がする。本当は、車にも乗らなかったのかもしれないし、ドライブしたとしても、道が尽きたあたりでUターンしたかもしれない。どう考えても、こんな場所にモリスが現れるのは、ホラーだ。

さらに、コリンとモリスは、石でできたベンチのようなところに行くのだが、その場所の描写が、レベッカが薬に浮かされて饒舌に語っていたあの場所についての話をなぞっている。
モリスを嫌っているコリンが二人で散歩を続けるとは思えないし、レベッカの発言をなぞるのも、普通では考えられない。いや、レベッカが研究している場所っぽい、と知っただけでも、近づきたくはないだろう。
つまり、コリンは、レベッカのことを忘れているのだ、とわかる。レベッカが記憶からポーンと消えたから、金の時計とか、冷たい石の感触だとかが、記憶の中に残されて、居場所を求めているのだろう。それを論理的でないと言うことは簡単だけど、論理を求めることは、彼女の心をバラバラにすることになってしまうかも…。


だから、最後のモリスとの会話は、コリンの心の叫びだ。
「これから先の人生、ずっと愛を装って生きることになったら?」
「 君ならきっと、君たちならきっと、一点のシミもなく完璧に愛を装うことができる」


怖いんですけど。


というわけでコリン役、大空ゆうひ。
大胆さと繊細さが同居している女性に見えて、実は正常と異常の狭間をさまよっている女性なのかもしれない。
潔癖というか、妻であり母でありながら、性的なアプローチを悉くブロックするキャラを、かつて色気のある男役で鳴らしたゆうひさんが演じるというのが、面白くて。
ゆうひさんが、演じているせいか、「死と乙女」との共通点も多く感じた。
自分が「何者でもなく一人で生きていけない」から、社会的な地位のある夫の妻として生きている。でも、心の底では夫を信用していない。特に女性関係。だから、夫婦の会話は、すれ違うまくる…みたいな。
そういうミステリーが似合うな…と思う。
また、今回は、三方客席の小さなステージで、より密度の濃い芝居を見せてくれた。
膨大な台詞と、噛み合わない会話。芝居を観た~という満足でいっぱいの一週間弱でした。


ところで、「あなたご自慢のユーモアのセンス」ってなんなんでしょうね。リチャードにユーモアがあるとは思えなかったけど。


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宝塚雪組東京公演「幕末太陽傳」観劇 [┣宝塚観劇]

かんぽ生命ドリームシアター
ミュージカル・コメディ
「幕末太陽傳」
~原作 映画「幕末太陽傳」(C)日活株式会社
監督/川島雄三 脚本/田中啓一、川島雄三、今村昌平~


脚本・演出:小柳奈穂子
作曲・編曲:手島恭子
音楽指揮:寺嶋昌夫
振付:花柳寿楽、若央りさ
殺陣:清家三彦
装置:大橋泰弘
衣装:加藤真美
照明:勝柴次朗
音響:大坪正仁
小道具:増田恭兵
歌唱指導:山口正義
三味線指導:今藤和歌由
演出助手:栗田優香
装置補:稲生英介
舞台進行:庄司哲久


早霧せいな&咲妃みゆコンビの退団公演は、落語を題材とした古い日活映画を原作にした「幕末太陽傳」。この意外すぎる作品で、トップコンビは鮮やかに宝塚を去って行った。


脚本・演出は、現在、劇団の中で最も信頼できる演出家の一人である小柳奈穂子先生。
思えば、このコンビの大劇場お披露目公演も、小柳先生の「ルパン三世」、以来、雪組は、5作連続稼働率100%超という記録を達成する人気組に成長したのだった。そんな小柳先生の脚本・演出による、サヨナラ公演は、決して守りに入るのではなく、新しい宝塚の可能性を示す「楽しい」公演だった。


東海道五十三次、お江戸日本橋を出て一番最初の宿は品川。しかし、日本橋から品川なら江戸時代でも数時間で踏破できてしまう。こんな中途半端な場所にある宿に泊まる人々は、もちろん旅人ではない。
ここ、品川の宿には、北の吉原と並ぶ、でっかい歓楽街があった。 


品川-3.jpg以前、東海道五十三次を歩くイベントに参加した時、品川宿にも立ち寄りました。こちらが、土蔵相模の跡地。現在は普通の民家(マンション)になっていて、立て看板だけが残っています。というわけで、看板だけを撮影してきました。


 「土蔵相模跡」
 旅籠屋を営む相模屋は外壁が土蔵のような海鼠壁だったので、「土蔵相模」と呼ばれていました。1862(文久2)年、品川御殿山の英国公使館建設に際して、攘夷論者の高杉晋作や久坂玄瑞らは、この土蔵相模で密議をこらし、同年12月12日夜半に焼き討ちを実行しました。幕末の歴史の舞台となったところです。


と書いてあります。


冒頭のナレーションでも説明されている通り、ちょっと歩くと京浜国道。シンゴジラが、上陸し、崩壊した、八ツ山橋からちょっと行った辺り。江戸時代は、坂を下りたら海が広がっていたとか。


やつやまばし.jpgそんな場所に、旅籠屋、土蔵相模はあった。


ちなみに、映画「幕末太陽傳」は、「居残り佐平次」「品川心中」「三枚起請」「お見立て」などの古典落語が原作になっているとか。
実は、「居残り佐平次」は三遊亭圓生の、「品川心中」は古今亭志ん生の得意の噺であったとか。
なんだか、ゆうひさんの次回公演のことも思い起こしてしまいますね。私だけ[exclamation&question]


胸を病んだ佐平次(早霧せいな)は、養生のために、この土蔵相模への居残りを決行する。「居残り」というのは、宿代を払えないのでチェックアウトできない宿泊客のことらしい。
持ち前の機転で、相模屋の主人や奉公人の心を掴んで、見世で起きるトラブルもただちに解決、すぐに「頼りになる」存在になっていく。
相模屋には、たくさんの女郎がいたが、中でも、おそめ(咲妃みゆ)と、こはる(星乃あんり)の二人が妍を競っている。
特に、こはるは、何人もの客に起請文を出したり、派手に「廻し」をやったりして、えげつなく稼いでいる。一方、おそめの方は、地元出身のせいか、年季が明けても帰る場所がないと知っているので、それほど仕事熱心ではない。そのため、借金の返済を迫られると、あっさり心中を企んだりする。
一方、この相模屋を隠れ家にしている攘夷派の武士、高杉晋作(望海風斗)らは、御殿山(八ツ山橋の先)に建設予定の英国公使館襲撃計画を練っている。
そんなたくましい人々の人間模様が、幕末版「グランドホテル」のように展開する。けれど、その物語は決して悲劇ではなくて、人々の逞しさの方が運命を上回ってしまう。


というわけで、実に気持のよいサヨナラ公演だった。
相模屋のセットがまず素晴らしかった。
関東より東にある遊廓は、たいがい「廻し」という制度を採っていたそうで、複数の男に一人の遊女をあてがう。遊女が別の男の部屋にいる間、自分の部屋で順番を待っていたわけだ。そして旅籠も「廻し」がやりやすいような設計になっていて、できるだけ移動距離が短くて済むようにひとつの廊下をぐるりと五部屋が囲んでいるみたいな部屋割りになっている。それを舞台でやると死角ができるので、2階の横一列がこはるのために「廻し」部屋になっていて、それぞれの客がこはるを待っている姿を同時に客席が拝めるようになっている。
何度も観劇したら、そんな一人一人の客の様子や、階下で悲喜劇を繰り返している遊女たちの芝居を楽しめたんじゃないか、と思うが、チケット難でとてもそんな余裕はなく、残念だった。


主演の早霧は、まさに、佐平次そのものだったし、咲妃はおそめそのものだった。それ以外の言葉が浮かばない。あーだこーだ感想を書き散らかしても、結局、そこに落ち着く、神演技だった。
ラストシーン、病を治すために、ヘボン先生についてアメリカに渡ろうとする佐平次と、一緒に旅立つおそめ。二人の前途は多難であろうと理性では思うのだが、絶対にこれはハッピーエンドで、二人はアメリカで大成功しちゃうんじゃないか、そんなお気楽な空気が漂うのは、二人の空気感と演出が呼応したからだろう。
その他の出演者もみな、適材適所の大活躍だったが、やはり、この公演を最後に退団する星乃の怪演は、まず、特筆しておきたい。
おそめとのキャットファイトのえげつなさ、五人廻し三枚起請も顔色一つ変えずにやってのける面の皮の厚さ、それでいて、長州藩のお金のない連中を匿ってやる男気を示したり、高杉には心底惚れてるような色気も見せる。いい女だな~[ぴかぴか(新しい)]どこか子供っぽくて損をしていたあんりちゃんが、いい女になって卒業するんだな…と思うと、泣けて仕方がなかった。


退団者中心になってしまうが、香綾しずるの鬼島又兵衛も、大人の可愛らしさのある素敵な役だったし、おそめの心中相手に選ばれた鳳翔大の金ちゃんも最高に笑える素敵な役だった。


日本ものの雪組に、また新たな伝説ができたな、と思った公演だった。


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ミュージカル「ビリー・エリオット」観劇 [┣ミュージカル]

ミュージカル
「ビリー・エリオット」

<ロンドンオリジナル・クリエイティブスタッフ>
脚本・歌詞:リー・ホール
演出:スティーヴン・ダルドリー
音楽:エルトン・ジョン
振付:ピーター・ダーリング
美術:イアン・マックニール
演出補:ジュリアン・ウェバー
衣裳:ニッキー・ジリブランド
照明:リック・フィッシャー
音響:ポール・アルディッティ
オーケストレーション:マーティン・コック


<日本公演スタッフ>
演出補 : サイモン・ポラード
振付補 : トム・ホッジソン
音楽監督補 : スティーブン・ エイ モス
翻訳:常田景子
訳詞:高橋亜子
振付補:前田清実
音楽監督補:鎮守めぐみ
歌唱指導:山川高風
照明補:大島祐夫
音響補:山本浩一
衣裳補:阿部朱美
ヘアメイク:前田節子(StudioAD)
擬闘:栗原直樹
演出助手:西 祐子、伴・眞里子、坪井彰宏
舞台監督:徳永泰子
技術監督:小林清隆
プロダクション・マネージャー:金井勇一郎
コーチ協力:Kバレエ スクール、Higuchi Dance Studio、コナミスポーツクラブ


ずいぶん前からこのミュージカルのことは聞いていたのだが、観るのは初めて。
複数キャストの多い公演だが、私の観たキャストは以下の通り。


ビリー:木村咲哉
お父さん:増岡徹
ウィルキンソン先生:柚希礼音

ビリーのおばあちゃん:久野綾希子
トニー:藤岡正明
ジョージ:小林正寛
オールダービリー:大貫勇輔
マイケル:城野立樹
デビー:佐々木琴花
トールボーイ:山城力
スモールボーイ:岡野凜音

貸切公演だったので、事前にHP等にキャストが発表されておらず、行くまで誰が出演するかわからなかったが、藤岡くんの出る回だった[るんるん]それだけで、かなりテンションが上がった[黒ハート]

さて、私は、ホリプロ主催公演とは、どうも、相性が悪い。過去の公演感想を読んでいる方は、なんとなくお察しいただけると思うが、そんなわけで、またまた今回も、あれれ…な感想を書いていくことになりそう。ご意見の違う方は、この辺でUターンの準備をお願いします。

まず物語の背景を知るためには、サッチャー政権下での政治を思い出さなければならない。マーガレット・サッチャーが英国首相に就任したのは、1979年。翌年、アメリカではレーガン大統領が就任している。サッチャーは、新自由主義を掲げ、国有企業の民営化や、法人税&所得税減税、消費税アップといった政策を打ち出し、世界恐慌以降最悪の失業率を記録した。
少なくとも、最下層の労働者には、最悪の首相と思われていたはずだ。
そして炭鉱業においては、20坑閉鎖、2万人リストラ案を公表したことで、一気にストライキへと機運が高まった。が、炭鉱夫たちも一枚岩ではなかったようで、優良炭鉱から徐々に脱落し、最終的に1年でストは収束した。その間、スト推進派がスト破りの一派を襲撃したり…と、鉱夫たち同士の争いも頻繁にあったようで…やるせないですなぁ[もうやだ~(悲しい顔)]

その辺の歴史の一部がニュース映像で流れる中、物語は始まる。
エリオット家は、父(増岡徹/吉田鋼太郎)、祖母(久野綾希子/根岸季江)、兄のトニー(藤岡正明/中垣内雅貴)という家族で暮らしている。父と兄は炭鉱で働いていて、母は病気で亡くなったらしい。ビリー(加藤航世・木村咲哉・前田晴翔・未来和樹・山城力)は、やや認知症気味の祖母の面倒を見ながら、週末は好きでもないボクシングのレッスンに通っている。
どうやら、鉱夫たちの家族向けに、安価で習い事ができる場所があるらしい。料金は1回50セント。ある時、ビリーは、ボクシングのコーチ役の鉱夫・ジョージ(小林正寛)から、集会所の鍵を次の先生に渡してほしいと言われて、集会所に居残った。ボクシングの次のレッスンは、バレエだった。バレエ担当のウィルキンソン先生(柚希礼音/島田歌穂)は、ビリーの話を全然聞いてくれなくて、レッスンを受けに来た体で彼に接する。そしてすでに50セントを使い果たしているビリーに、来週、ちゃんと今日の分のレッスン料を持ってくるようにと言う。
ビリーは、よくわからないままに、次の週、律儀に50セントを持ってバレエ教室に行った。もちろん、ボクシングには行っていない。最初、ビリーはそれほどバレエが好きなようには見えなかった。もしかしたら、大嫌いなボクシングを回避するための算段だったのかもしれない。
そのうちに、ウィルキンソン先生は、ビリーの中にダンサーとしての才能を感じ、大きなバレエ団のオーディションを受けてみてはどうか、と持ちかける。しかし、ビリーは、まだバレエをやっていると、父親に話していなかった。
出発の日、スト派とスト破りとの小競り合いで、トニーが負傷してしまい、ビリーは、出発できない。そして迎えに来た先生によって、バレエを習っていること、オーディションのためのレッスンをしてきたことが暴露される。それで父の逆鱗に触れてしまったビリーは、「お母さんなら行かせてくれた」と言ってさらに墓穴を掘り、一人感情のままに踊り続けるのだった。(以上1幕)
以来、家族関係はギクシャクしてしまったが、クリスマスパーティーの夜、一人踊るビリーの姿を偶然覗き見た父は、ウィルキンソン先生を訪ねる。もし、可能性があるのなら、バレエスクールとやらに行かせてやりたい、と。先生は、自分がお金を払ってでもビリーを行かせてやりたいと言うが、父は、それだけは…と断り、息子のために、スト破りに加わる。
最初は裏切り者、と罵ったスト派メンバーだったが、父の真意を知ると、一人ずつカンパしてくれ、ビリーは、オーディションに参加することになる。そこでも色々なことがあるが、見事に合格したビリーは、ストが終わった日、旅立ちを迎える。(2幕)

これ、そもそもは、「リトル・ダンサー」という映画が原作で、それを舞台化した、という流れらしい。そして、ミュージカル版は、映画よりも大人の登場人物のシーンが多く、背景的な部分がしっかり描かれているんだとか。
まあ、ビリーの出来次第で相当差が出そうなミュージカル、とても、「それだけ」の物語になんて、怖くて作れないよな~[あせあせ(飛び散る汗)]

では、率直な感想、いきます。
舞台となっているのは、イングランド北部の炭坑町。ここに住んでいる人が正確なクイーンズイングリッシュを話すとは思えないが、なぜ九州弁[exclamation&question]九州にはたしかに炭鉱が多く存在したが、だからって九州弁は、やはり安易な気がする。夕張炭鉱じゃダメだったわけ[exclamation&question]つまり、なんとなく標準語じゃない程度の北海道弁とかの方が、変な先入観がなかったと思うんだけど。
というか、物語はほとんど全編がこの町が舞台=みんなが訛っているんだから、訛っている方が正じゃないの[exclamation&question]と思うのだ。ロンドンのママたちは、ざーます語を使っていたし、それで言葉の違いは明らかだし。
あえて全編を九州弁にする必要はないと思うのだが、それとも、訛ることが、イギリススタッフの条件だったのかしら[exclamation&question]


次に感じたのは、ビリーがバレエを好きになるポイントが分かりづらかった、ということ。
最後に彼は「電気」という言葉でバレエへの情熱を語る。でも、実際の舞台には「電気」と呼べるようなシーンはない。どっちかというと、ボクシングがイヤすぎる、とか、ウィルキンソン先生が怖すぎて断れない…みたいな受動的要素が大きかったような。
なんか、奪われそうになって初めて「踊りたい」という感情が湧きあがったように思った。いや、それで正解ならいいんだけど。
で、そこで1幕終わりの「Angry Dance」というクライマックスシーンになるわけだが、ここのダンス、段取り感がすごくて、あまり盛り上がれなかった。バレエ、ブレイクダンス、アクロバット…と様々なテクニックで魅せて行くシーンなのだが、なにしろ振付が難しい。そしてACTシアターの大舞台を一人で埋めなければならない。そりゃもういっぱいっぱいなんだろうなーと思うのだが、湧きあがるビリーの感情とダンスの間に距離感を感じてしまった。
特にヒップホップ系の振付のところ。今回のビリーは、ブレイクダンスが得意な子らしいので、そこに力が入っちゃったのかもしれないが、この場面、ビリーが気持ちのままに踊る、ということが重要なので、前半から感情を乗せてほしいな~と思った。感情が乗ってれば、振りなんか飛ばしても大丈夫だよって思うのだが、すごいカウント重視なのだ。そこは子供らしいというか。
あとは、これ、もう、私自身、どうしても克服できない、個人的な能力の問題なのだが、ビリーとマイケルがタップダンスを踊る場面で、え、マイケル、そんだけ踊れるなら、キミもダンスを!」と思ってしまい、それが最後まで拭えなかった。ミュージカルのお約束である、そこらへんの一般の人が、とても上手に歌ったり踊ったりする…ということと、主人公がエンターテイナーになろうと努力していること、どうしてもいい感じに脳内で合体処理できない。
実際、マイケルの方がタップの音がよく出ていたんだもん…[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]
てか、なんかマイケル、すごく好き。マイケルの物語の方が、気になる。
ロンドンに出てバレエの学校に通うようになったらビリーの物語は完成する。男の子がバレエをやることへの偏見から解放される。でも、マイケルは、あの炭鉱の町(バレエやってるだけで、オカマか!と揶揄されてしまうような文化の果ての町)で、女装癖とゲイハートを持って生きていかなければならない。そっちの方が、どうなるんだろう?と気になってしまうじゃないか。
あとね、オールダー・ビリー(栗山廉/大貫勇輔)と踊る場面…私、これまで、フライング怖いとか思ったことなかったけど、「ピーターパン」の事故がまだ記憶にあるのかな…なんか、子どもでフライング、大丈夫か?みたいな、よけいな気分になってしまった。本当に素敵なんですけどね。(ホリプロ。反省してくれ[パンチ]

上記、色々な点が絡み合って「好きなミュージカル」にはならなかった。
が、ビリーとマイケルが可愛すぎるのは間違いないので、ミュージカル好きな方には、オススメしたい。

最後に、出演者についても一言ずつ、書いてみるね。
木村咲哉(ビリー)…まず、名前、すぐ覚えるよね、これ(笑)最年少の10歳とのことで、まず、可愛い。でも、アクロバットは美しくて高さがある。バレエはちょっと苦手かもしれないけど、ダンスは上手い。歌は、台詞の延長的な感じで、途切れ途切れな感じになってしまうし、台詞と表情がマッチしてなくて(前方席だったからオペラを使っていないせいもあるとは思う)、深読みしてしまって疲れた。もっと表情を作った方がいいとは思う。成年の役者だったらね。でも、子どもだからな…あまり子役臭くはなってほしくないってことかもしれないし…。
とにかく可愛いし、個性もある。小さくまとまらず、でっかいスターになってください。木村拓哉?あ、咲哉くんと一文字違いの人ね、って言われるくらいに。
益岡徹(お父さん)…くたびれた感が、このお父さん役にピッタリ。バレエとか、全然理解できないけど、息子がやりたいって言ってるから、一生懸命理解しようとして、ロイヤルバレエでカルチャーショック受けまくりだけど、それも耐えて。踏んだり蹴ったりの人生だけど、愛情に溢れた人なんだな~と思える素敵なお父さんでした。
柚希礼音(ウィルキンソン先生)…いい意味で、田舎のバレエ教室のやさぐれた教師感がすごく出ていた。でもダンスは、オーラ溢れまくり。誰にでもやさしい人じゃないけど、ビリーみたいな原石を見つけると放っておけないんだろうなぁ~と思う。ダンサーになるために生まれてきた子を埋もれさせちゃなんねーという、使命感がハンパなかった。たしかに二流のバレエ教室かもしれないけど、二流のコーチじゃない。ロイヤルバレエが、ウィルキンソンさんの推薦状なんだから!と緊張するような、そんな逞しい先生でした。
しかし、フィナーレのチュチュ姿は強烈…なぜ、ちえちゃんだけ、インナーのパンツがハイレグなの[exclamation&question]それいらんサービスや[爆弾]
蛇足ですが、いつも「パッセ」と言っていたちえちゃんの口から、正確な用語「ルティレ」が出てきたことにちょっと受けた[わーい(嬉しい顔)]
久野綾希子(おばあちゃん)…超可愛いおばあちゃん。表情豊かで、彼女の愛情深い人生が想像できる。フィナーレのチュチュ姿も、脚が細くて美しくドキドキいたしました[るんるん]久野さんのパンツは可愛かった。
藤岡正明(トニー)…血気にはやる兄ちゃん、可愛すぎる。藤岡くんのトニーを観られただけで、私は幸せです[揺れるハート]また、好きな役が出来ちゃったなぁ[るんるん]
大貫勇輔(オールダービリー/バレエダンサー)…うぉー[exclamation×2]なんとも素敵なオールダー・ビリーでした。ビリーを見つめるまなざしが優しく、高みに導いてくれる感じで。いやー、すごいわー[exclamation×2]それを上回るバレエダンサーの白タイツ姿のインパクト[爆弾]益岡さんの視線が一点に集中しているので、私もつい意識してしまって…すみません…[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]
城野立樹(マイケル)…かわいい。マイケルかわいい[ハートたち(複数ハート)]タップもすごくうまくて。マイケルが可愛くないと、はじまらないミュージカルですね、これ。てか、マイケルに入れ込み過ぎだ[爆弾]

私とホリプロの相性のせいなのか、このミュージカル自体が好き、というふうには思わなかったけど、ここに出演した子たちが、将来のミュージカル界、バレエ界で大きく羽ばたいてくれるなら、このミュージカルを上演した意味はあるだろうなぁと思った。


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「世襲戦隊カゾクマンII」観劇ミニ感想 [┣演劇]

プリエールプロデュース
「世襲戦隊カゾクマンII」


作・演出:田村孝裕(ONEOR8)


音楽:石山理
美術:田中敏恵
照明:稲葉直人(ASG)
音響:今西工(山北舞台音響)
映像:ワタナベカズキ+CO2
舞台監督:金安凌平
衣裳:竹内陽子
ヘアメイク:奥野展子
演出助手:中込里菜
主催:株式会社プリエール
助成:芸術文化振興基金


パート1を観ていないのですが、スタジオライフで先行予約があったので、思わず取ってしまいました[るんるん]
曽世海司氏ご出演の「世襲戦隊カゾクマンII」。

「世襲戦隊カゾクマン」は、日曜朝7時半からやっている、あの戦隊シリーズのメンバーが、全員家族だったら?という設定の芝居らしい。カゾクマンは、地球防衛軍の日本支部にあたり、敵は、ミドラ―(西山水木)という女怪人で巨大化できる。ミドラ―は、父・ヒドラーをカゾクマンに殺されている。(どうやら、敵も世襲らしい。)
ミドラ―の部下の最下層はジョッカーという全身タイツマンで、怪人たちは改造手術によって怪人になっているので、この辺の設定は仮面ライダーのようだ。
さて、かつては、日本のヒーローだったカゾクマンも、寄る年波には勝てず、腰痛治療にマッサージチェアを購入したところ、防衛費の私的流用だとして謝罪会見を行うことになってしまった…ってなところから、物語は始まる。記者会見は、実は、ミドラーの配下であるイーゲン(塚原大助)が仕切っているので、カゾクマン糾弾大会みたいになってしまう。
さらに、昨今の法律改正(野党に“戦争法案”とか言われているアレです)は、日本が地球防衛軍を離れるための布石という話まで登場する。カゾクマンがだらしないから。そうだったのか、あべさん、誤解してごめんね(ウソ)
疑惑の責任を取って、父(山口良一)と母(熊谷真実)はカゾクマンを引退するとまで言うことになった記者会見の後…
兄(曽世海司)の生まれたばかりの息子が誘拐されるという事件が発生する。
そこに、嫁(上田桃子)に岡惚れする怪人・男前男(岡田達也)がやって来たり、妹(梨澤慧以子)の婿(芋洗坂係長)が戦闘意欲をなくしたり、かつてのカゾクマンメンバーである大叔母(田中真弓)が地球防衛軍の日本支部長としてやって来たり…いろいろありすぎるだろ[パンチ]
一家のホームドラマに終始するかと思いきや、一応、巨大化したミドラ―VSカゾクマンロボの対決があったり…と、なつかしヒーロー(いや、今でもテレビでやってるんですが)感も忘れない。
大笑いしつつも、家族が抱える問題とか、ヒーローに対する一般国民の立ち位置とか、考えさせられる部分もある芝居だった。
みんな、もっとヒーローを大事にしよう[exclamation×2]


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「琥珀色の雨にぬれて」「CAPTAIN NEMO」配役発表 [┣宝塚情報]

雪組別箱公演の配役が発表された。まずは、「琥珀色の雨にぬれて」から、前回の星組全国ツアー公演と比較しつつ記載していきたい。


役名 出演者 2012星
クロード・ドゥ・ベルナール公爵 望海 風斗 柚希 礼音
シャロン・カザティ 真彩 希帆 夢咲 ねね
ルイ・バランタン 彩凪 翔 十輝 いりす
フランソワーズ・ドゥ・プレール 星南 のぞみ 音波 みのり
*~*~*
シモーヌ 梨花 ますみ 毬乃 ゆい
ジョルジュ・ドゥ・ボーモン伯爵 奏乃 はると 十碧 れいや
ソフィー 早花 まこ 万里 柚美
エヴァ 沙月 愛奈 花愛 瑞穂
イヴォンヌ 千風 カレン 優香 りこ
ポワレ 透真 かずき 千寿 はる
ミッシェル・ドゥ・プレール伯爵 真那 春人 鶴美 舞夕
フレデリーク 煌羽 レオ 翔馬 樹音
カトリーヌ 杏野 このみ 紫月 音寧
シャルル・ドゥ・ノアーユ子爵 桜路 薫 壱城 あずさ
アルマン 天月 翼 真月 咲
エレーヌ 白峰 ゆり 若夏 あやめ
アルベール 橘 幸 天寿 光希
ジュヌヴィエーヴ 妃華 ゆきの 五條 まりな
テレーズ 華蓮 エミリ 毬愛 まゆ
セルジュ 鳳華 はるな 海 隼人
エマ 夢乃花 舞 空乃 みゆ
ピエール 陽向 春輝 麻央 侑希
マオ 羽織 夕夏 妃海 風
ローラン 星加 梨杏 礼 真琴
アンリ 汐聖 風美 紫藤 りゅう
ポール 日和 春磨 凰津 りさ
ジル 美華 もなみ 華鳥 礼良
コルベール 麻斗 海伶 凰姿 有羽
ギィ 一禾 あお 拓斗 れい
ジャンヌ 愛羽 あやね 夢妃 杏瑠
小間使い 莉奈 くるみ 逢月 あかり


なるほど…。同じ組長でも、ゆずねぇとみとさんでは役が違うんですね[わーい(嬉しい顔)]


では、次は、新作「CAPTAIN NEMO」の配役です。


ネモ船長【潜水艦ノーチラス号の艦長】… 彩風 咲奈
*~*~*
アラン・ド・モリエ博士【フランスの潜水艦設計者】… 汝鳥 伶
ジョイス博士【アイルランドの海洋学者】… 華形 ひかる
フローレンス【イギリス人の看護婦】… 舞咲 りん
シャラダ【インド藩王国の女官長】… 笙乃 茅桜
レム【ポーランド人の航海士】… 久城 あす
ラヴロック少佐【イギリス海軍将校】… 朝美 絢
モレーナ【ハンガリー人】… 愛 すみれ
ペトレンコ【ウクライナ人の機関長】… 真地 佑果
シリル【ロンドン・タイムズの新聞記者】… 永久輝 せあ
ツェツィーリア【ロマの占い師】… 沙羅 アンナ
サディク【インド藩王国の衛兵隊士】… 叶 ゆうり
ボグダナス【リトアニア人の操舵士】… 諏訪 さき
ヴェロニカ【リトアニア人】… 野々花 ひまり
レティシア【海洋気象学者】… 彩 みちる
クロエ【ギリシャ人】… 桜庭 舞
プラマー【イギリス人の通信士】… 眞ノ宮 るい
ヤニス【ギリシャ人】… ゆめ 真音
ヘディン【スウェーデン人の水雷士】… 縣 千
ミーシャ【ロシア人の電気技師】… 彩海 せら
ラニ【インド藩王国の王女】… 潤 花


なんだかよくわからないですが、国際色豊かですね。全員が日本語話してくれるだろうから、問題ないですが。
ところで…なんとなくヒロインポジは、潤花ちゃんなのかしら[exclamation&question]


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「カントリー」の裏側(2) [┣大空ゆうひ]

ゆうひさんご出演の「カントリー」、その台詞の向こう側の世界をもう少し考えてみたい。(1)はこちらです。


第5部は、2ヶ月後の朝、ということもあって、1~4部とはすっかり様相が変わっている。
ここまで出てこなかった情報がたくさん盛り込まれている前半。夫の事件によって少々心を病んでいる風ではあるが、美しい妻として登場していたコリンの意外なキャラクターがここで明らかになっていく。


その前に、第4部のレベッカの「物語」について、少し復習しておこうと思う。
レベッカは、夫婦の子どもたちの顔を見たい、と言った。そして、子どもたちがもし目を覚ましたら、おとぎ話を聞かせてあげるから大丈夫だと言う。
それは、男として、父としてのリチャードを震え上がらせる。
どうしても、あなたの子どもが見たいとか懇願する愛人って、それだけで怖いですよね。リチャードも、子どもに何かされたら…って思ったのだろう、本能的に震える。 (自分が彼女に何をしたか、ということは、すっかり忘れて…)[爆弾]
そして、そこでレベッカが語り出す「おとぎ話」が、またまたリチャードを震え上がらせる。
二人の出会いは、レベッカがまだ少女だった頃らしい。ということは、アメリカ人と言いつつ、レベッカはイギリスで学生生活を送っていた人なのかな。家族もイギリスに住んでいるのかもしれない。
彼女は、最初、「病気だからお薬がほしい」と言って、リチャードの診察室を訪れ、その時は、にべもなく追い返されたらしい。
なぜ、レベッカはリチャードの診察室を訪れたのか。
彼女の友人の間で、あの医者なら簡単に鎮痛剤を出すよ、という評判でもあったのだろうか。
で、リチャードが最初に断ったのは、レベッカがまだ若くて、彼の欲望の対象外だったから…かしら。あるいは、一度様子を見たのかもしれない。一見さんお断り的な。
足繁く通い、自分がどんなに薬がほしいかを訴えるレベッカに対して、彼は、部屋に鍵をかけ、最終的に服を脱ぐように要求した。
こうして、薬と体、という交換条件が成立し、二人の関係は始まったらしい。
最初は、互いの求めるものを交換するだけの関係だったはずが、やがてリチャードとレベッカは、抜き差しならない関係になっていく。
リチャードは、レベッカの体を「地図を開くように開き」、レベッカは、どんなに「お薬」を服用しても、「もっともっとほしくなった」
やがてレベッカは、きっぱりとすべてを断ち切る決意をする。
別れの口実は、おそらく、研究。イギリスの田舎にある古代ローマの遺跡の研究に没頭したいとかなんとか言い出して、遠距離からの自然消滅を狙ったのだろう。
それに対して、リチャードは、なんと、その遺跡の近くに引っ越すという離れ業を展開する。妻を説得して。
なぜって、彼はもう後戻りできない状態にあったから。
「法律をやぶっていた」というふうにレベッカは言っていた。
彼が処方する鎮痛剤は、もはや、常識の範囲を超える量になっていたのか。あるいは、アルバイト感覚で鎮痛剤を売っていたのが、レベッカとのプレイを楽しむために、自ら鎮痛剤を服用するようになっていたのか。
まあ、レベッカが原因かどうかはわからないが、リチャード自身、鎮痛剤を自らに注射していたのは、間違いない。第1部でコリンが注射針を見つけた時の動揺と口走った言葉から、それは感じられた。
とはいえ、リチャードも、レベッカも、正常な会話をしていて、(鎮痛剤の依存症は、他の薬物依存症のように、ろれつが回らなくなったりするわけではない、みたいな経験談をネットで見つけた。)むしろ、この件で傷ついたコリンの方がよっぽど精神的にやばいな、と思った。
とはいえ、オピオイド系鎮痛剤は、ヘロインが主成分なので、危険な薬物であることは、間違いない。


そんな修羅場も終わり、その一夜から2ヶ月経ったコリンの誕生日の朝。
第1部~第4部は、セットを変えずに暗転で時間の経過を表していたが、第5部の前にリチャードが一人でセットを転換していく。
第1部~の舞台は、色々なものが床に直置きだった。第5部では、それが少し立体的になる。電話が電話台の上に乗っているだけで、だいぶ雰囲気が変わるし、プランターなども置かれて、幸福な朝の景色が演出される。
特に演出の妙だと思ったのは、暗幕カーテンを開いて、プロジェクターに外の景色を映し出したことだろう。
これまで、時間経過がよくわからない舞台を多々見てきて、背景が黒だとどうしても昼というイメージが持ちにくいのが原因だと常々思っていたので。


かいがいしくリチャードが朝食の準備を終えた頃、コリンがパジャマ姿で、髪もボサボサな感じで、ボーッと登場する。そして、リチャードがセッティングしたテーブルについて、そこへリチャードが朝食を運んでくる。
コリンは素直に賞賛の言葉を述べる。 「こんなにやってくれて」と。 その言葉に、リチャードが勝手に反応する。
「“やってくれて”って、セックスのことかと思った」と。ということは、この二人、ゆうべは夫婦生活があったのね、おそらく[キスマーク]
コリンは、リチャードの言葉に鼻白んで、「相手を大切にする」ことを言ったのだ、と主張する。
昨晩は、もしかしたら、コリンが寝坊する程度には熱い夜だったのかもしれないが、朝が来ると、コリンは、いつものコリンに戻っている。決して、リチャードの情熱には呼応しないし、思い出そうともしない。
熱い夜を過ごした翌朝、男が陽の光の中で、それを思い出させるようなことを言う場面は、映画や演劇によく出てくるが、女の反応は様々。[1]それに呼応して、朝から臨戦態勢になる、[2]恥ずかしそうに、あなた、素敵だったわ、などと言って、幸せをアピールする、[3]やだ、朝から何言ってんのよ、と照れる…など。でも、コリンは、全面否定する。真顔で。
でも、決して、リチャードが嫌いというわけではない。
わりと、ご機嫌で、リチャードに対して、「綺麗でいてね」というセリフも出てくる。これ、Cleanということだろうか。薬に二度と触れないという… 。それは、第1部で、リチャードが「綺麗じゃない(からキスできない)」と言ったのに呼応するセリフ。あの時、リチャードはたしかに薬にまみれていたのだろう。
そして、リチャードはコリンに水を渡し、味がするか、尋ねる。 第1部で、コリンは、水の味が変だと言って、何の味もしないという夫と軽く言い争っていた。この会話で、夫婦間の波風のようなものが最初に伝わってきたのだが、この第5部では、コリンは、「水がどうかした?」と言い出すのだ。 引っ越してから2ヶ月が経ち、水にも慣れて当然ではあるのだが、問題なのは、コリンが2ヶ月前に水の味に違和感を持ったことを「覚えていない」ことだろう。
第4部の後で、リチャードが相当苦労して夫婦の関係を修復したということは、想像に難くないが、応じるコリンは、納得することではなく、忘れることで、対応したのかもしれない。 そして、本当に“忘れる”ことを実行したコリンが、怖いと思った。
一方で、これまで、一方的にリチャードに起因するものと考えられていた、コリンのエキセントリックな性格が、もしかしたら、彼女が生来持っていたものかもしれない、という疑惑もわいてきた。


ところで、第1部から気になっていたのだが、コリン、水をあまり飲まないよね。しかも、拒否してるところがある。
第1部では、途中からリチャードに飲ませるし、第5部では、おかわりはいらない、としつこいくらい強調している。
でも、ジュースは飲んでいる。生来の水嫌いなのだろうか。


閑話休題、リチャードが秘密の行動をしている間、コリンは、届いたバースデーカードを読んでいる。
そして、その場にいないリチャードに向かって、衝撃的な告白をする。
誕生日にカードをもらう、最高に幸せなその瞬間に、「この中の誰かが、自分に遺産を残して死んでくれていたら…と考えていた」と言い出したのだ。特にそれが両親だったらいいのに…と。誕生日に「両親に死んでほしい」と言い出す娘。でもまあ、飛行機が落ちてひとおもいに死んでくれれば…と言うのは、痛い思い、つらい思いをさせたくない…ということだから、憎んでいるほどではなさそう。
リチャードはそれをたしなめるが、「私の両親なんだから、言わせて」とコリンは放言する。
その時、「君の両親は遺産なんか持っていない。苦痛の記憶しかもたらさない」たしかにリチャードはそう言っていた。
もしかして、コリンもまた、複雑な少女期を送っていたのだろうか。レベッカとは、まったく違うタイプながら。
両親から送られる、子犬の絵柄のバースデーカードにすら嫌悪感を抱くというのは、相当やばい。
両親に押し付けられたがんじがらめな少女時代を嫌悪しているのだろうか。そして、いまだに、自分の娘が子供だと信じている両親を嫌悪している[exclamation&question]
だから、どんなに結婚生活が厳しくなろうとも、彼女は、そこに帰れない。帰れないから、ここにいるしかない。そういうことか。
これは、靴をプレゼントされた時の複雑な反応と、「プレゼントをもらうのに慣れない」というセリフにも繋がると思う。
(幼い頃に両親へプレゼントをあげたのに、喜ぶ前に注意されたり、あまり喜んでくれなかったり…ということがあると、プレゼントをあげたり、もらったりする時の素直な「嬉しさの表現」ができなくなってしまうから。)


戻ってきたリチャードは、コリンのバースデーカードを写真立ての前に並べ始める。
(この写真立てにコリンたち一家の写真が飾られていて、家族構成(一男一女)もわかるようになっている。)
嬉々としてそんなことをしているリチャードを見て、コリンは、「やめてよ、なんだか、年を取った気分」 と言って拗ねる。
それに対して、リチャードは、「君は年を取っていないし美しい」と絶賛してるけど、若さは年々失われるものだから、そういう外見的なことより、内面的なものを褒めた方がいいんじゃないか、という気がする。いつか、その手は使えなくなるよね[exclamation&question]
ここで、モリスは、コリンにプレゼントを渡す。さっき、こそこそ準備していたものだ。プレゼントは、黒い華奢なハイヒールだった。たぶん、7センチくらいのヒール。 履いてみて、と言われて、コリンは裸足にパジャマのまま、ハイヒールを履く。
「あなた、私のサイズ、知ってたの?」 と驚くコリンに、「サイズは知らない。君の靴を持っていった」と答えるリチャード。 「どう?」 と聞くリチャードに、コリンは、「よく、わからないわ。歩いてみないと。」と言いながらも、履き心地はいいと言う。そのまま部屋を少し歩くコリン。
たぶん、彼女は、この靴を気に入ったのだと思う。彼女なりに、と私は思った。
でも、リチャードには伝わらない。気に入らないんだろう、と思って、「一緒に靴屋に行って交換してこよう」とか言っている。
結婚して何年も経った夫婦なのに、リチャードはコリンを全然知らないんだなーと、なんとなく思う。
それは、リチャードの自分勝手な性格もさることながら、コリンも積極的に自分の気持ちを伝えてこなかったのだろう。そういうのが苦手なのは、両親の前で良い子だったから…なんだろうな。
リチャードとコリンの論争が噛み合っていなくて、居心地悪いのは、この二人が、自分達の「気持ち」を素直に表明していないから、かもしれない。


長くなるから、(3)に続けることにするが、最後に、部屋の模様替えのことは書いておこう。 
リチャードは突然、部屋の模様替えを提案する。いい感じだった、夫婦の朝に、再び論戦の雲行きが…。
「子供部屋を通らないとバスルームに行けないのは、論理的じゃない」とリチャードは言い出す。それは、レベッカに指摘されて、彼自身がもっともだと思ったから、だろう。
別にレベッカとよりを戻したいのではなく、正しい発言だと納得したから。
しかし、コリンは、リチャードの言葉に違和感を抱く。それはリチャード発の言葉ではない、と彼女は気づいたのだ。彼女のカンは、おそろしいほどに正しい。リチャードは、常に言い繕わなければならない。
その中で、コリンの言った言葉、
なぜ、論理的じゃなきゃいけないの[exclamation&question]
それは、物語の最後のテーマに繋がる、カギのセリフ。最後の扉を(3)で開いていきたい。


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トラックバック機能提供終了 [┣ブログ]

先日、行ってきた落語会の感想をアップしました。こちらです。


【重要】トラックバック機能提供終了

いつもご利用いただきありがとうございます。
トラックバック機能について、ご利用者数の減少に伴い、送受信ともに2017年8月3日(木)に終了とさせていただきます。
ご利用いただいておりました皆様におかれましてはご不便おかけし申し訳ございません。
何卒ご了承くださいますようお願いいたします。
なお、トラックバックの送受信機能は終了いたしますが、既存のトラックバックは消去されません。
※機能終了時点で未承認状態のトラックバックは表示されなくなります。
1.終了機能  トラックバック機能(送受信ともに)
2.終了予定日  2017年8月3日(木)
今後ともサービス向上に努めてまいりますので、ご理解いただけますようお願い申し上げます。


ブログというウェブサービスが始まった時、「トラックバック」機能で、他のブログと繋がるということが、この新しいメディアの特長という風に言われていた。
もう、どういう機能か知らない人の方が多いかもしれないですね。


ツイッターでいうところの、引用リツイートみたいなものかな。
このトラックバックを他のブログに対して行うことで、「あなたのブログについての記事を書きましたよ」というお知らせをブログ主に伝えることができる、というシステムなのです。あるいは、私のブログ記事、あなたのブログ記事と同じテーマを取り扱っていますよ、みたいなこともあるかな。見知らぬ人とこのシステムでつながれる…みたいなものだったのですが、日本では、「勝手にトラックバックは失礼」みたいに思えて、結局、コメントでご挨拶したりして、それが煩わしくて、廃れてしまったのかもしれません。


ブログ自体、メジャーなツールじゃなくなっている今日この頃、でも、私はやっぱり、ブログが好きなんですよね。


トラックバックシステムさま、いままで、ありがとうございました[黒ハート]


時代の流れを感じるなぁ~


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宝塚星組梅田芸術劇場メインホール公演「オーム・シャンティ・オーム」観劇 [┣宝塚観劇]

マサラ・ミュージカル
「オーム・シャンティ・オーム~恋する輪廻~」


脚本・演出:小柳奈穂子
作曲・編曲:青木朝子
振付:御織ゆみ乃、AYAKO、KAZUMI-BOY
殺陣:栗原直樹
装置:二村周作
衣装:有村淳
照明:笠原俊幸
音響:大坪正仁
小道具:西川昌希
インド舞踊指導:野火杏子
歌唱指導:彩華千鶴
映像:奥秀太郎
演出助手:野口幸作
舞台進行:阪田健嗣
舞台美術製作:株式会社宝塚舞台
録音演奏:宝塚ニューサウンズ
制作:西山晃浩
制作補:中下駿
制作・著作:宝塚歌劇団
主催:株式会社梅田芸術劇場


1月に東京で上演されたプレお披露目公演「オーム・シャンティ・オーム」を大阪でも上演することになった本作品、トップコンビ以外の配役が大きく変わったことも話題となっている。
この公演をさっそく観に行って来ました。
なお、前回公演の感想はこちらです。


内容は、1月公演の通りなので、あらすじ等は、上記感想を読んでいただければ幸いです。


ということで、さっそく、出演者感想を役替り中心に。
まず、なんといっても、ムケーシュ役に七海ひろきについて。


ムケーシュは、悪役。
どこをとっても「悪」なキャラクター。
そんなムケーシュを、まさかの、説得力のある「悪」として造形してきた「脚本の読み込み能力」と「演技力」には、脱帽。
まあ、演技力については、前から感じていたものの、芝居が盛り上がったところで歌になる、という宝塚では、そこでだいぶトーンダウンしてしまっていた。
しかし、スカピンを経ての今回、すっかり歌えるようになったかいちゃん、特に2幕のソロが素晴らしくて、そうなったことで、俄然演技にも説得力が増した。
「悪の魅力」でガンガン押してくることちゃんのムケーシュも素敵だったが、オーム・マキージャーと同じように、金もコネもない状況から、プロデューサーにまでのし上がるためには、そうするしかなかった、裏切り、蹴落とした人々の屍の上に今の自分がある、と自覚し続ける七海ムケーシュは、その半生を身に着けた凄味のようなものがあって、これまた魅力的だった。


続いて、オーム・カプールの父親、ラージェシュ・カプール役の天寿光希。1幕では、超イケメン。臨月の妻が階段降りてるのに、サポートもしないでポーズを取っているというところに、どんだけイケメンなんだ…[バッド(下向き矢印)]と、思った。彼にとって、妻も生まれてくる子供も、この時点ではアクセサリーだったのね。
2幕になると、当然、イケオジになっていて、しかも、超子煩悩。カプール家の人間関係がより濃密に、リアルになっていて面白かった。


カプール家の秘書、アンワルは大輝真琴。コミカルな芝居で、場を盛り上げていた。本役以外のダンスシーンなどでも、小柄ながら、やたら目立っていた。


スパーシュ・ガイ監督の瀬稀ゆりと。前回はアンワル役だった。どちらの役も、的確に演じていてピッタリで、しかもスターの邪魔にならない居方をしていて、尊敬しかない。それでいて存在感はあるんだよー[グッド(上向き矢印)]


パップー役の麻央侑希なんともゆる~い感じが、のオームとよい対になっていた感じ。おじさんになっても、全然変わってなくて…この人の人生が少し心配になった。
その分、リシ役の十碧れいやの方が、イケオジを目指したけど、ボンボン感の抜けてない、愛すべきキャラになっていて、素敵だった。


SP役の紫藤りゅう遥斗勇帆SPじゃない時も踊りまくって目立っていた。しどりゅーは、ちょい悪イケメンで目が離せず、遥斗くんは、30年後のオヤジっぷりが、あまりにも堂に入っていて、目がテン。これは、ちょっと目が離せない。


そして、トップコンビは、さらに息がピッタリで、現代のおとぎ話がよく似合う。


フィナーレナンバーで客席も一緒に踊るところも楽しかった。


みなさまも、暑い夏が、もっと熱くなる梅田に皆様もGO[exclamation×2]


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宝塚星組シアター・ドラマシティ公演「阿弖流為」観劇 [┣宝塚観劇]

「阿弖流為―ATERUI―」


原作:高橋克彦「火怨 北の耀星アテルイ」(講談社文庫)(C)高橋克彦/講談社


脚本・演出:大野拓史
作曲・編曲:高橋恵、玉麻尚一
振付:峰さを理、平澤智
殺陣:清家三彦
装置:新宮有紀
衣装:河底美由紀
照明:氷谷信雄
音響:実吉英一
小道具:増田恭兵
歌唱指導:KIKO
サウンドプログラマー:上田秀夫
映像:九頭竜ちあき
演出助手:生駒怜子
舞台進行:荒金健二
舞台美術製作:株式会社宝塚舞台
録音演奏:宝塚ニューサウンズ
制作:西山晃浩
制作補:中下駿
制作・著作:宝塚歌劇団
主催:株式会社梅田芸術劇場


スケジュールの関係で、たった一度だけの観劇になりました。


が、30名の星組生を見事に使い切った大野先生の渾身の傑作、しかと受け止めました[ぴかぴか(新しい)]


あまりの感動で、友人としゃべり続け、飲み続け、翌朝起きたら、声が出なかった…という(笑)


桓武天皇(万里柚美)の時代、北方の蝦夷(えみし)を殲滅しようとする平安貴族に対して立ち上がった阿弖流為(礼真琴)たちの戦いの歴史を丁寧に描いた物語。やがて、朝廷は坂上田村麻呂(瀬央ゆりあ)を征夷大将軍に任じ、最終決戦の時が近づく。そして…。


桓武天皇といえば、平安京に遷都した天皇。遷都は794年。鳴くよウグイス平安京。
平安京は、四神相応の地らしく、そこに遷都した桓武天皇は風水的なものに頼っていたのかもしれない。とすれば、鬼門は気になるハズ。鬼門といえば艮(うしとら)。京都から見ると、それって東北地方になるらしい。まあ、そんなわけで、東北平定を命じたんじゃないか、なんて説があるそうです。
そして、桓武天皇は、皇太子・早良親王(異母弟)を廃した時に、早良に憤死され、その亡霊に怯えていたというエピソードがある人らしいです。恨みを残して死んだ人は亡霊になるので、事実上、死刑を廃止した天皇でもあるんだとか。その桓武天皇が、阿弖流為を死罪にした、しかも、京都にも入れようとしなかった、ということが、朝廷の蝦夷に対する「考え方」に繋がっている。
人間じゃないと思っていた、ということです。


だから存在そのものを不必要に恐れた。
でも、躊躇せずに殺せた。


聖徳太子の時代や、すこし下って大化の改新の時代だと、朝廷側の人間に「えみし」という名が出てきます。
この時点では、えみし=強いという好イメージだったようです。
いつから、敵という認識になったのか。
それは、もしかしたら、朝廷に仕える貴族たちの「領土問題」のせいかもしれない。「誰の土地でもない場所」だとするために、先住のえみしたちは、「人ではない=獣」ということにしてしまった。それなら奪っても問題ない。
「えみし」は、蘇我蝦夷みたいな漢字もあれば、小野毛人みたいな漢字もあるそうで、古代は、「毛人」の方が主流だったとか。
毛人だと、まるで、美女と野獣の「野獣」みたいなイメージですね。野獣は心優しく、教養もあるのに、それを退治しろ~[exclamation]とかって押し寄せるのは、まるでガストンに扇動された村人たちですね[爆弾]


実際、作品中の蝦夷メンバー、髪の毛がやたらと多かったです。(え、そこ[exclamation&question]


それにしても、出演者の適材適所ぶり、それぞれ誰一人が欠けても成立しない、見事な芝居だった。
さらに、主演の礼真琴はじめ、多くの出演者が、これまで持たれていたイメージとは少し違うキャラクターを当てられていたが、これが、意外にピッタリと嵌まっていて、座付き作者による、アテガキの妙を感じた。


以下、アトランダムに出演者感想を書きます。(一回しか観ていないので、整理するのが難しい。)


に関しては、押しも押されもしない主演っぷりで、まったく危なげがない。ナイーブな若者が似合うのかと思っていたら、骨太なツワモノもピッタリ。どこまで成長するのか、この逸材は[exclamation×2]


有沙瞳は、星組に来て初めての小劇場ヒロイン。本人イメージに合わせたのか、気の強い、芯のしっかりした女性として描かれている。たしかに、こういう人が妻でなかったら、置いていくことはできなかっただろう。そんな中にも、ヒロインらしいキラキラ感を見せ、歌声もの美声にしっかりと寄り添っていたと思う。


・史上初の征夷大将軍、坂上田村麻呂を演じた瀬央。これはいい役だった。そして難しい役でもあった。阿弖流為や母礼や飛良手の命を、彼一人がその身に受け止めるという役だから。(蝦夷を人間だと思っていない貴族たちは、彼らが死んでも、少しも気に留めないだろう。)感情を出す場面と抑える場面をきっちりと把握しての表現が素晴らしかった。


・桓武天皇の万里。男役を観たのは初めてだったが、見事な美丈夫だった。なぜだか、娘役の時より、いい芝居に思えた。


・鮮麻呂の壱城あずさ感情を抑えているしーらんって、あまり観たことがないのだが、それが、グッと胸に迫った。いい意味で、予想を裏切られた感じ。


・田村麻呂の妹、全子を演じた音波みのり小劇場のはるこちゃんは、女神だな。1月の「燃ゆる風」に続いて、今回も、女神として作品の中に君臨していた。女神だけど、芝居は神なんだよね、これが。


・紀広純を演じたのは、輝咲玲央。蝦夷鎮圧の手練れとして、朝廷からも厚く遇され、自負もしていたのに、まさか、配下の鮮麻呂に裏切られ、殺害される。それまでの傍若無人っぷりといい、裏切りへの対応といい、まさにオレ輝咲の世界でした[黒ハート]


紀古佐美を演じた夏樹れいの曲者っぷり[exclamation]御園徹成を演じた漣レイラのイケメンっぷり[exclamation]伊佐西古を演じたひろ香祐の、まさに、ここにあり[exclamation]な一連の芝居[exclamation×2]これだけ台詞しゃべるヒーローをずっとずっと待ってたんだよ~[もうやだ~(悲しい顔)]諸絞を演じた音咲いつきの最後の男役ぶり[exclamation]ここまで、かっこいい男役で終わるなんて、転向が発表されていただけに、信じられなかった。


・飛良手を演じた天華えま。これまた、めっちゃいい役やんけー[るんるん]ラストの田村麻呂との場面なんて、素敵すぎる[黒ハート]そして、母礼を演じた綾凰華この役が二番手でもおかしくない大役を、完全に自分のものにしていた。これほどの役者だったのか、と驚いた。雪組への異動は、役者の子には朗報だと思う。頑張れ[exclamation]


・その他、またまた少年役を演じた天彩峰里も、うまかった。阿奴志己役の天飛華音は、え、誰[exclamation&question]と思うほどの若手(102期)なのに、もう男役として出来ている。すごい[exclamation×2]…みんなみんなすごかった~[exclamation×2]天鈴さんとか、鮮麻呂の奥さんとか、気になる人もいっぱいいたけど、なにしろ一度の観劇では、自分の中で消化できなくて、細かく書けなくてごめんなさい[あせあせ(飛び散る汗)]
とにかく、素晴らしい公演でした[ぴかぴか(新しい)]


最後に…映像相手に剣を振るう場面は、さすがに、もう、前田慶次で納得したでしょ[exclamation&question]と、大野先生の少年心を残念に思った。
あと、馬を追って追いついて…みたいな場面も映像でやるほどのことはないと思うんですけどね。そこまでの映像じゃないし、それくらい台詞に滲ませたってわかるよ…[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]


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宝塚月組大劇場公演 [┣宝塚観劇]

AfO1.jpg 


劇場ロビーの花は、公演をイメージしたものでしょうか。銃士隊のメンバーは、ブルーのデニム地コスチュームなので、色合いはこんな感じ。


また、1F席後方扉前で、ベルフォンテーヌという白ワインと、ベルフォンテーヌを使ったカクテル「Soleil(太陽)」を販売。


AfO2.jpg


私は、ネーミングから「Soleil」の方を選びました。ベルフォンテーヌは、ガスコン地方(ダルタニアンの出身地)のワインのようですね。 


さて、小池先生ご自身がプログラムにさっくりと書いているので、例の話は、ネタバレではない、と判断して書きますね。
冒険活劇、というジャンルになると思うのですが、いや、もう、完璧に面白かった~!
17世紀だから…なのか、NPO法人もエコホテルもマッドサイエンティストもいなくて、宝塚ファンにはおなじみのルイ14世時代の宮廷と三銃士の世界が、ごく普通に融合しているという…。三銃士は登場するけど、物語はデュマの三銃士とは別物。こういう創作世界は、ありかもしれない!と、感動した。
それぞれのキャラクターが、月組の各生徒に見事にアテ書きされ、1本物の長い物語が、まったく飽きずに進んでいく。
なにか、奇跡?手品?を見せられているような3時間だった。
小池先生すごいわーと感動しきりだったが、これ、珠城りょうが主演じゃなかったら、こんなに素直に感動したかな[exclamation&question]という気も少しする。現役生で比較するのはまずいから、たとえば、大空さんだったら…最終的にはどうにかするかもしれないけど、ハッピーなミュージカルにするために、すごくエネルギーを使うと思う。 若さと温かさとプラスのエネルギーに満ちた珠城トップの月組だからこそ、この作品は、ここまで輝けているし、さらに上を目指せそう!
ルイ14世を演じる愛希れいかも、国王として、男の子として生きなければならない「公」の部分と、女子度高い「私」の部分の演じ分けが見事で、国家のために国王でいることを強いながら、いつかきっと双子のきょうだいが現れて、彼女を解放してくれることを信じて疑わず、「私」の部分では女子として育ててくれた、母上(憧花ゆりの)、ありがとう!と思った。
三銃士も個性がハッキリしていて、みんな素敵で、ドキドキしてしまうし。その他の登場人物もすべてキャラが立っているし、月城かなとも良い役で月組デビューできたと思う。まさか、こういう役とは、途中まで思いもしなかったけど。
そんな中で、2番手として自由に泳ぎ始めた美弥るりかに瞠目した。 小池先生の見せ方も、「太王四神記」の時のゆうひさん並みで。トップより上級生2番手のせいかな。キャラもモテモテのアラミスで、華やかなヘアスタイルが良く似合う。フィナーレ冒頭のセリ上がり主題歌も堂々としていて、これはもうほんとにひょっとするかも?と、思うほどのスターとしての完成度だった。
久々の強行軍だったが、幸先のよい月組公演でした。


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公演後、大劇場隣のレストランフェリエでランチ。
まずは、オードブル。ガスパチョに浮かべた三種のマリネ。
ルイ14世の時代には、食事はスープから始まったそうで、鯛・帆立・赤海老のマリネを浮かべたトマトの冷製スープ。
三種のマリネが三銃士を思わせる。美味でした。


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メイン料理は、牛肉のポッシェ。
牛のモモ肉をコンソメで低温調理。ソースも美味でした。


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デザートは、トゥルト・ピレネー。ダルタニアンの故郷、ガスコーニュ地方、現在のミディ=ピレネーの焼き菓子。
カステラみたいな、もう少し堅い感じかな。甘さ控えめで美味でした。


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