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「ルート64」ミニ感想 [┣演劇]

演劇ユニット ハツビロコウ#4
「ルート64」


作:鐘下辰男
演出・上演台本:松本光生
照明:中佐真梨香(空間企画)
音響:日陰可奈子
宣伝写真:スイヤスモリ(Sui_Photografica)
演出助手:大木明
チラシデザイン・制作:岩野未知


1989年11月に発生した弁護士一家殺害事件の顛末をフィクションとして再構成した作品。登場人物の氏名や年齢構成、人数も男女比も変えてある。誰があの教団の誰、ということではなく、もっと普遍的にとらえてほしいということだろうか。
メンバーは、次の4人。全員、ある宗教団体のメンバーだ。
元小学校教諭の宮田(松本光生)。一番早く出家している。
家族を亡くして入信したらしい進藤(高川裕也)。
知的障害を持つ兄を亡くした過去を持つ谷村(藤波瞬平)。
そして唯一の女性である元看護師の片桐(岩野未知)。
この中では、片桐と新藤が幹部、宮田は「あの人」のおぼえがめでたくなく、谷村は出家してまだ3ヶ月、これが最初の大きな「ワーク」という設定。
芝居は、時系列に進むのではなく、行きつ戻りつしながら、過去の重大な教団内部の事件を再現したり、それぞれのメンバーの来し方の独白があったり、今回の事件の再現があったり…。それらの事件が、かつて彼らが社会の一員であった頃の記憶を呼び覚まし、どんなに修行してもワークをこなしても、人は人である限り解脱なんてできない現実を突きつける。


舞台上には車が1台。
そこに4人の人間が乗っている。
教団を糾弾する瀬川弁護士に対して「あのひと」からの命令が下りる。
仕事帰りを拉致して殺害し、他殺かどうかわからないようにしろ、という指示だった。
しかし、実行日はなんと祝日で、弁護士は仕事に行っていなかった。凡ミスである。片桐が「あのひと」に相談すると、家族も道連れにするように、とあっさり指示が変わる。
運命のいたずらというべきか、その晩、弁護士の家の鍵は「あいていた」。
片桐は、殺害の道具として、塩化カリウムを使用することにしていた。予備として注射器を3本用意していたが、殺す相手が3人に増えたとあっては、失敗は許されなくなる。そもそも、事故か自然死に見せかけるという話だったから塩化カリウムにしたのに、一家3人を殺すとなれば、死体を隠すしかない。だったらもっと簡単な毒薬を用意したのに…。片桐は、突然の変更にパニックになっていた。
塩化カリウムは、静脈注射をしなければ効かない。しかも即効性がない。暴れる弁護士夫婦を相手に、片桐の注射はすべて失敗し、針が折れてしまう。それでも、もうやめるわけにはいかない。男たちが、夫妻を撲殺する。
さらに、歯形から身元が分かるかもしれない、と、死後に顔面を歯がボロボロになるまで踏みつける。
そこまでやっておいて、車が普通のセダンで、こちらのメンバーが4人もいて、大人二人と赤ん坊の死体をどうやって運ぶのか、とそこから考える人々。
ずさんな計画といきあたりばったりな行動、責任回避、ののしり合い、怒号が飛びかう。
組織の体を成していない素人集団。
それが「あのひと」の作った世界。


そんな荒唐無稽な連中のせいで殺害された一家が可哀想すぎる。ハリボテのようなビニールっぽい人形を弁護士一家に見立て、それを殴る蹴る踏む…という形で事件を再現するのだが、それを見ているだけでつらい。
人は、どうしたら、ここまで残酷になれるのか。
事件から30年近い時が流れ、もはやリアルタイムで知らない人も多いと思われるこの作品を今、上演した意図はなんだったのだろう。

この物語は、サリン事件を含む一連の宗教テロ事件の発端となった実話をもとにしている。
私の従兄弟はSF作家をしているが、1996年のお正月に、親族が集まった時、担当の編集者の方がこんな話をした、と教えてくれた。
もし、今回起きた一連の事件と同じ内容のSF小説が持ちこまれたら、間違いなく、「リアリティがない、書き直せ」と言っただろう、と。事実は小説より奇なりと言うが、小説は、理にかなった物語じゃないと読者がついてこれないから、それはある意味、当然なのだ、という話だった。
リアリティってなんだろうね、と話したことが忘れられない。

この芝居は、観劇して演劇を楽しむためのものではない気がする。
もう一度、あのことと自分を見つめ直すための教材、というか…。
しかし、そう感じるためには、出演者が「演じてるなー」というレベルでは、演技論・演出論みたいな感想も出てきてしまう。そこでリアルに物語が起きているように演じられるだけの技量が必要だし、派手ではなく、でも確実に心に飛び込む演出が必要となる。
だから、この信頼できる四名の芝居だったのだ、と思った。
「スペース梟門」という狭い場所で、ぶつかり合う4人の役者。ぜいたくな空間だった。


ちなみにタイトルの「ルート64」には、どんな意味があるのだろう。ルート64は…8、だよね。
(ちなみに、国道64号は存在しない。)


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「罠」ミニ感想 [┣演劇]

「罠」


作:ロベール・トマ
訳:平田綾子
演出:深作健太


美術:朝倉摂
照明:倉本泰史
音響:長野朋美
衣裳:宮本宣子
ヘアメイク:中原雅子
演出助手:松森望宏
舞台監督:小川亘
制作進行:児玉奈緒子
プロデューサー:松村英幹


著作権代理:フランス著作権事務所


 加藤和樹主演の舞台「罠」観劇。
いやー、面白かった~[exclamation×2]


しかし、ネタバレしないでどうやって書けばいいんだ、この話…。
でも、ネタバレしたくない…[たらーっ(汗)]
だって、何度でも再演してほしいもん[黒ハート]


とにかく、すごいサスペンス劇。
なんだけど、実は、ネタバレした上で作っても、意外とサスペンスとして成立しそうな感じはする。
同じようなテーマで、そういう芝居を作っても面白い気がするな。誰か作って~[るんるん]


サンシャイン劇場の舞台で2時間休憩なし、出演者7名…そのうち2名(初風緑・山口馬木也)は、かなり贅沢な使い方をしている。
でも、芝居の内容を考えると、この出演者数はピタリな気がする。
日本の芝居って、やっぱ、必要数に対して、実際の出演者が1割くらい多いんじゃないかな。


新婚ホヤホヤの妻が失踪して動揺しつつ警察に相談している男・ダニエル(加藤和樹)。話を聞くのは、カンタン警部(筒井道隆)。
しかし、時を経ずして、神父(渡部秀)が一人の女(白石美帆)を連れてくる。あなたの奥さんが帰ってきました、と。
ダニエルは驚愕する。その女は、一度も見たことのない女だったのだ。


なぜ、女はこんなことをするのか。
妻になりすまして、彼女の資産を狙っているのか[exclamation&question]
(妻には、富豪の親戚がいたのだ。)
疑心暗鬼になったダニエルは焦燥していく。
誰も信じられない。そして…という物語。 これ以上、一文字も書けないけど、すごく面白いのは間違いない。


名作と駄作の違い。
名作は、「あれ、この設定って、ちょっと…かも[exclamation&question]」と、終幕付近に気づいたら、そこが最後のどんでん返しになっている。
駄作は、あれ…と気づいた設定上の穴が回収されないままに広がり続ける。
「罠」の世界は、「屠殺人ブッチャー」に近いサスペンス。なんですぐれた小品は外国ものばかりなんだろう…[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]


さて、主演の加藤和樹
ストプレの主演を観たのは…たぶん初めてだと思う。
いや、すごい…すごすぎる…もう…この感情移入をどうしてくれよう…[exclamation×2]主人公は男性なのに、完全に同化して観ていた。
そして、憔悴すればするほど、怯えれば怯えるほど、イケメンになっていく(笑)
いや、イケメンであることを褒めたくはない。彼の演技を褒めたいんだけど、ネタバレしたくないので、そこに突っ込めないの~[もうやだ~(悲しい顔)]ただね、イケメンであることは、この芝居の肝だから。でも、ただのイケメンにはできないんだよぉ~[exclamation×2][exclamation×2][パンチ]
そこに到達している加藤和樹が、すごいの[ぴかぴか(新しい)]
ということを主張しておきたい。


妻になりすました女、白石美帆
ちょうどお誕生日の日に観劇させてもらいました♪
なんかもう全身から漂うアヤシイ感じがたまらない。
そして、会話の噛み合わなさが、恐怖レベル。笑顔が怖すぎる…しばらく忘れられない怪演でした。


警部役の筒井道隆。おー、すっかり味のある役者になっていてビックリ。一番の肝になる芝居、たっぷりと堪能させてもらいました[るんるん]


山口馬木也すごいおいしい役。力の抜けた感じがさいこー[ぴかぴか(新しい)]でした。


ガイチ(初風)さんお久しぶり[るんるん]すっごい役者ぶりを楽しめました。


渡部秀怖い…怖すぎた…。白石美帆とセットで夢に出てくるレベル。皆さん、本当に怪演でした…[もうやだ~(悲しい顔)]


美術に今は亡き、朝倉摂さんのお名前を見つけたけど、初演のままなのかな。セットもとて良かったです。


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「鎌塚氏、腹におさめる」ミニ感想 [┣演劇]

M&Oplaysプロデュース
「鎌塚氏、腹におさめる」


作・演出:倉持裕


照明:笠原俊幸
美術:中根聡子
音響:高塩 顕
舞台監督:幸光順平
衣裳:高木阿友子
 ヘアメイク:大和田一美
衣裳助手:梅田和加子
演出助手:相田剛志
制作:近藤南美
 制作助手:寺地友子
制作デスク:大島さつき
宣伝:杉田亜樹(る・ひまわり)
宣伝美術:坂本志保
宣伝イラスト:安齋 肇
宣伝写真:三浦憲治
宣伝衣裳:チヨ(男性衣裳)松居瑠里(女性衣裳)
宣伝ヘアメイク:大和田一美
宣伝小道具:AWABEES
HPデザイン:stack pictures


プロデューサー:大矢亜由美
協力:大人計画、ソニー・ミュージック・アーティスツ、ザズウ、ワタナベエンタ-テインメント、MY Promotion inc.、オフィスPSC
製作:(株)M&Oplays


舞台は、綿小路公爵家。ここに、現在、「完璧なる執事」鎌塚アカシ(三宅弘城)が勤めている。
当主・サネチカ氏(大堀こういち)は、探偵小説にのめり込む一人娘のチタル(二階堂ふみ)を溺愛している。そして、亡き妻の弟に当たる鬼集院ヤサブロウ伯爵(眞島秀和)は、サネチカ氏を嫌っていて、ついでに遺産を狙っている。
そんなある日、サネチカ公爵が、屋敷の倉庫の中で遺体となって発見された。遺体の背中にはナイフが深く刺さっている。
探偵かぶれのチタル、アカシ、そして、庭師のくせに草木をすぐに枯らしてしまう毛呂ヨシミ(矢田部俊)、同時に二つのことが出来ない 料理女中・太田代テマリ(猫背椿)は、協力しているようでちっとも噛み合っていない。自分がどうやって死んだか覚えていないサネチカ公爵の幽霊まで現れて大騒ぎ。
さらに、実力が足りていないくせにアカシをライバル視するヤサブロウ氏の従者、従者の宇佐スミキチ(玉置孝匡)が家の中を引っ搔き回し…という物語。


毎週嵌まって見ていたドラマ、「フランケンシュタインの恋」の主要キャラである二階堂ふみと新井浩文が同時期に下北沢で舞台に立っているというのも、なかなか興味深いな~などと思いつつ、何の因果か下北沢通い。(大好きな街だけど、電車賃が…[がく~(落胆した顔)]


最近、10秒に1回はどっかんと笑える舞台をよく観るが、すべて舞台セットが素晴らしい。
一部だけが転換するような仕掛けのある舞台を使って、とにかく話を止めずに進んでいく。暗転や盆回しとかはあり得ない。それで上演時間は休憩なしで2時間を切る。最近の流行りなのだろうか。
で、今回の舞台を観た印象、同じ系列に入ると思われる「崩壊」シリーズの面白さ、スピード感の方が好みだったなぁ~[ひらめき]という感じ。
でも、楽しい舞台だった。やはり倉持さんの脚本には、玉置さんの存在が大きいんだなぁ~とも思った。今回も、その存在感に感服。
そして、シリーズ(鎌塚シリーズは今回が4回目とのこと)初出演のヒロイン、二階堂ふみちゃん、可愛かったけど…あんまり舞台向きじゃないのかなぁ…と思ったり。ただ公演は、まだまだ全国を回るので、もしかしたら大化けしてくれるかも[exclamation&question]
三宅さんについては…好きな気持ちが、UPしました[黒ハート](気が多い)


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「鳥の名前」観劇 [┣演劇]

「鳥の名前」


作・演出:赤堀雅秋


美術:袴田長武
照明:杉本公亮
音響:田上篤志(atSound)
衣裳:坂東智代
演出助手:松倉良子
舞台監督:伊東龍彦


演出部:吉成生子
音響操作:野中祐里


嵌まりまくっている俳優の新井浩文が、「最後の舞台」とか言うもんだから、観てまいりました[黒ハート]
脚本・演出は、彼の初舞台作品でもある「葛城事件」を手掛けた赤堀さん。ま、その頃は、知らなかったんだけど。映画「葛城事件」の感想は、こちらです。(テレビ放映の感想ですが。)
あれもすごい話でしたが、今回の「鳥の名前」もまた、えらくシュールな作品。


金子秀樹(新井浩文)と友人の池田俊彦(山本浩司)がガストで話しているところから始まる。池田は金子に「2万円返して」と言うが、金子は借りたことを覚えていない。
金子は、アパート経営をしている。が、1室しか埋まっていなくて、収入は足りないと思われるが、毎日パチンコをしている。彼には、友人が二人いる。一人は、池田で、彼は結婚を考えはじめ、貸付金の回収に走っている。
もう一人は自転車屋を営む中村晃(赤堀雅秋)。中村さんの誕生日を祝うためにキャバクラに行った時、金子に持ち合わせがなかったので、池田が2万円を貸したのだという。金子は、すぐに催促してくれないから、忘れたと言い、そんな金子とはもう付き合いたくないと言って池田は帰って行く。ガストの店員(飯田あさと)は、金子が注文したチーズハンバーグのオーダーを通していなかったらしい…[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]


オープニング音楽にのって、地下アイドル、田辺まこと(根本宗子)が踊っている。それを必死で応援するファンの男(飯田)。
女が短いチュールのスカートにスニーカーというスタイルで、振付も地上アイドルと違って、あまり清潔感のある雰囲気に見えない。これでアイドルなのかなぁ~と思っていたら、カラオケで見かけた“仮面少女”という地下アイドルが同じような雰囲気だったので、納得した。あれが地下アイドルというやつなのか…[exclamation×2]
中村さんは、認知症っぽいお父さんと二人暮らしらしい。46歳だが未婚。パンクの修理をしているところへ金子がやってきて、合コンをやろうと言い出す。アパートのたった一人の住人(イケてるけど、おばさん)とどうかな、とひらめいたらしい。中村さんはいい人だから、幸せになってほしい、と金子は純粋な気持ちで言っているらしい。
そして、場面はスナックへ。なぜか「あの素晴らしい愛をもう一度」を熱唱している池田。その向こうで、会話が弾んでいない中村さんと、おばさん…じゃなくて金森明菜(村岡希美)、そして金子。このスナックは、池田の彼女、高橋典子(井端珠里)が働いている店。今、ママが入院中なので、典子仕切っている。
少しずつ、中村さんは、自分語りを始める。中村さんは、痴漢冤罪で仕事を辞めて家業を継いだらしい。そんな話をしたと思ったら、突然結婚を申し込む。金森さんは少し驚き、そして、自分はストーカーに狙われている、と漏らす。
場面変わって、どこかのサウナ。ここで、“サウナあるある”をスローモーションで演じる東伸二(荒川良々)と平田裕司(松浦祐也)コンビ。ベージュのサポーターひとつで頑張っている。暑い季節に、汗の雰囲気を出すためにローション塗りたくって…たいへんそう…[爆弾]
そこへ金子と池田が現れる。入ってきたばかりのようで、こちらは、汗をかいていない。二人は、金森さんの言っていた、ストーカーこと東に、酔った勢いで、やめてくれるように、談判しにきたらしい。
金子らの話を東が理解する前に、サウナに一人の背広姿の男が乱入してくる。平田は、彼を知っているらしい。柳健(水澤紳吾)という名であだ名は「りゅうさん」。本物のヤクザだという。
狂気を秘めた感じのりゅうさんは、あっという間に東をボコボコにしてしまう。そして、どういうわけか、金子や池田も含め、全員がその場で拉致され、目隠しされてどこかへ運ばれる。
そこは、一面の空き地で、一同のほかに、オープニングで登場した地下アイドルのまことがいた。りゅうさんによると、彼女は、りゅうさんが預かっているタレントなんだけど、東に強姦されたと言っているらしい。それを聞いて東は驚く。ナンパしてホテルに行ったのは間違いないが、彼女もその気だったはずだ、と東は主張する。
真実は藪の中だが、二人が入ったラブホテルが、「西船橋のアランド」というところで、笑いを堪えるのが大変だった。(原木インター付近を通る人は誰でも知っている、かなり有名なラブホだけど、ローカルすぎるだろ…[あせあせ(飛び散る汗)]まったく関係ないですが、この付近で事故ったことがあるので、何も関係ないけど、なんかいや~な記憶しかない。)
りゅうさんは、突然、ピストルを取り出し、4人の男に向け、一人一人に夢を語らせる。それぞれが、自分の身の丈にあった平凡な夢だったり、壮大な夢だったりを語る中、ピストルを向けられても淡々と「夢はありません…」と答える金子。この時から、りゅうさんは、金子を気に入ったらしい。1万円をくれるのだった。
4人は、この空き地で不法投棄のための穴掘りをさせられる。そして免許証を取り上げられ、毎日夕方5時に津田沼駅ロータリーに集合しろと言われる。もし逃げたら、連帯責任だ、とも。またまたローカルな場所に…[あせあせ(飛び散る汗)]
いちいち、ウケてしまう地元民。ここシモキタだし、ウケてる人は少ないだろうな…[わーい(嬉しい顔)]
こうして金子と池田がシュールな体験をしている間、中村さんは、金森さんをストーカーから守る体で、親密になっていった。もっと話が聞きたいが、金子は夜は穴掘りなので、飲みには行けない。金子が帰ると、パンク修理を依頼した女がやってくる。それは、まことだった。中村さんは、まことに、このパンクはおかしい、誰かに故意にやられている、心当たりはないか、と聞く。まことは、心当たりはないと言い、携帯にかかってきた電話に出てひとしきり話す。旧友からの電話のようだったが、途中から電波が悪い振りをはじめ、電話を切ると号泣する。
一方、穴掘り現場では、あの鳥はなんだろう、というところから始まって、動物の姿が遠くに見えて、タヌキかな、犬かな、などと話したところで、りゅうさんに電話が入る。りゅうさんがいなくなると、東がキレて、りゅうさんを殺すと言い出す。
金子は表情を変えずに、このタバコを吸い終わるまで、待って…と言う。
その間にりゅうさんが戻ってきて、あれは熊だったと言い出す。さらに例の地下アイドルがストーカーに殺されてしまった(最後にフラッシュバックで、ファンに惨殺されたことがわかるが、その犯人、使えないガストのバイトくん(飯田)だった[exclamation])ので、事務所の社長として色々大変なので、もうお前ら帰っていい、とりあえず、穴は全部埋めておいてね、と言いだす。
そして、免許証を返してくれて、皆で肉でも食べろと言って、金子に1万円をくれる。
4人は、もうりゅうさんが戻ってくることはないと感じたので、穴を放置して戻ってくる。
4人が例のスナックにやってくると、金森さんが、女が「魅せられて」を歌っていた。
彼女の顔を見た途端、東はキレて、俺がストーカーだなんて冗談じゃないぞと言い出す。
東によると、コンビニでナンパされ、最初はたちの悪い立ちんぼ(街娼)かと思ったが、お金は要らないというので、一度は汚いアパートで、もう一度はビルとビルの間の空間で立ちバックで…その2度だけの関係だったと言って、女に問いただす。
金森さんは、「まあ、私が虚言していた、ということでしょうかね。でも、私には、虚言という意識がないんです」と開き直る。
もうどうしようもなくなって、飲み直すことになるが、その時、池田が再び金子に「お金、返して」と言い出す。金子は困ってしまうが、ポケットに2万円があり(りゅうさんがくれた分)、それをなんだろう[exclamation&question]と言いながら、池田に返すのだった。


シュールかつ、どうでもいい話ではあるが、なんともいえない魅力があって、しょーもないけど捨てがたいドラマだった。
やっぱ良々さんがいいんだわ。言ってること、さいてーだけど、良々さんだから、笑える。
りゅうさんは、狂気を秘めた上に吃音なので、何言ってるかわからなくて、ますます怖いという設定。なんだけど、これがね、あまりうまくない。公演ごとにだんだん上手くなっていったけど、そもそも、吃音のシステムがわかってないと難しいんだな、これ。全部の台詞をやってたら、効果なくなるしね。むしろ一番それでどーなった?とこっちが前のめりになるところで激しく吃るとか、緩急ほしかったな。
で、主役、なんだけど、受け身で傍観者の新井さん、素敵でした。
映画の人が舞台出るとこうなるんだなーという、よきお手本。舞台の人は、しかも主役は常に舞台上で存在感放ってなきゃならない、みたいな縛りがあるのに、自分のターンじゃないとき、いるのに存在感を消すんだよね。
それが新鮮だし、あー、こういう人が好きだわ、と心底思ったのでした[ぴかぴか(新しい)]


終わった後に、シモキタ在住のお友達とゴハン。


下北沢.jpg


刺身がうますぎる[キスマーク]


下北沢1.jpg


日本全国47都道府県の日本酒が用意されていて、どれを飲もうかな~とドキドキワクワク。また行きたいお店です[黒ハート]写真は、鷹勇(たかいさみ)という鳥取のお酒です。


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「ローマの休日」観劇 [┣演劇]

「ローマの休日」


オリジナル脚本:イアン・マクラレン・ハンター、ジョン・ダイトン
原作:ダルトン・トランボ
演出:マキノノゾミ
脚本:鈴木哲也、マキノノゾミ
音楽:渡辺俊幸
美術:奥村泰彦
照明:笠原俊幸
音響:内藤博司
映像:奥秀太郎
衣裳:宮本宣子
ヘアメイク:中原雅子
振付:前田清実
演出助手:郷田拓実
舞台監督:仲里良
版権コーディネート:東北新社


初演の時から気になっていたが、行けなくて。今回、初演キャストで再々演と聞いて、今度こそ絶対に行く!と決意を固めて行ってまいりました!


素晴らしかったです[exclamation×2]


まず、装置が素晴らしい。1幕の、アパートの内装の素晴らしさ。そして、窓を開けた時の、そこから見える景色の素晴らしさ!60年以上昔の映画だから…と時代感を考えながら観るのではなく、勝手に現代が、「ローマの休日」の時代感に吸い込まれるような、素晴らしいセットだった。
背景はモノクロ(セピア)だが、内装にはしっかりと色がある。あるが、男性の住処らしく、落ち着いた色合いで、それがセピアの風景とよく馴染んでいる。ジョー(吉田栄作)が、窓の手すりに腰をかけて外の景色を眺めている時の、なんともいえない開放感が、心地よかった。
1幕は、すべてこのアパートの一室での出来事で、2幕になってから、ローマの町を歩いたり、ヴェスパに乗ったり…という場面が登場するが、最低限のセットで、うまく物語を構成している。
船上パーティーでは、2体の等身大の人形を使い、床屋のマリオまで紹介してしまう、という構成。うまいなぁ[ぴかぴか(新しい)]


原作映画との大きな違いは、ジョーとアーヴィングがローマにやってきた理由と、王女がジョーの正体と目的を帰る前に知ってしまう、というところ。
映画のシナリオライターとスチールカメラマンがレッドパージのせいで追放になったという設定は、「ローマの休日」の脚本を担当しながら、長い間、クレジットに名前が載らなかったトランボへのオマージュなのかな、と思った。(アカデミー賞は、トランボに1993年、アカデミー原案賞を死後贈呈しているため、この舞台のクレジットでは、オリジナル脚本にイアン・マクラレン・ハンターの名を入れ、原作にダルトン・トランボの名を入れているが、実際には、ハンターはトランボに名前を貸したのであって、脚本もトランボが書いている。)
そして、もうひとつの設定の方は、ジョーが最後に記者会見に行くことへの明確な動機づけになっている。あー、そうか、ロマンチックな恋心以外に、あそこで王女に再会するとしたら、それはひどい悪戯心になってしまうなぁ~とあらためて感じた。二人の間に激しい恋のやり取りがあった…と、(こっそり)想像させる映画に対して、場面を切ることができない舞台版では、一瞬のキス以上の関係はなかった、という体で進めるしかない。なるほどね、映画と舞台ならではの作り方、ということなんだな[ひらめき]と思った。
それにしても朝海ひかるはすごい。
2013年版で、一度若い女優(Wキャスト)にバトンタッチしたのを、もう一度朝海に戻したのは、むしろ当然な気がした。だってもう、最初の登場シーンから、アン王女なんだもの…ひょえー、可愛すぎる…[かわいい][かわいい][かわいい]
たしかに女優としては悪声ではあるのだが、それを差し引いても可愛さMAX、高貴な佇まい、誰もかなわない。
吉田栄作のジョーも、シナリオライターから転身した、ということが納得できる、ちょっとソフトな役作りで、好感が持てる。年齢不詳な感じも役にピッタリ。
小倉久寛のアーヴィングは、一番、映画とキャラクターが変わった役だが、三人芝居だとこれくらい三枚目に振れている方が座りがいい。そして持ち前の温かさが、作品を救っている。ちょっとだけマリオ声優をやっているところも、むふ…という感じだ。

そして、あらためて、マキノノゾミの脚本・演出の素晴らしさに感動する。
冒頭のイタリア人運転手の声は映画のままかな?あれも雰囲気があってよかった。
また、王女の正体を本人の前でアーヴィングにどうにか悟らせる場面は、映画や宝塚版のやりすぎ感がまったくなくなっていて、今の時代らしいスピーディーな展開になっているところにホッとした。こういうセンス、いいなぁ[黒ハート]
あと、映画ならではのシーンとして、王女のとびっきりのショットをアーヴィングが撮影する場面(止め絵)があるのだが、これも、シャッター音を使うだけで、意外と効果が上がっていた。実際の写真については、現像後に見せる場面で、背景のスクリーンに投影される。なるほど!
舞台版だけの創作部分も、私は納得できたし、面白かった。
今後は、このトリオで、いつまでやれるか、挑戦し続けてほしい。
ヴェスパ(スクーター)を使うので、舞台にある程度の広さは必要だが、このあたりを映像処理することで、もう少し小さなハコで上演した方が、伝わるものが多くなる作品なのかもしれないな~と感じた。

さて、蛇足ながら、王女殿下という言葉は気になった。「双頭の鷲」の王妃殿下※と同じで、我が国の“殿下”を付ける表記にそぐわない身分表記なのだ。アン王女は、国王の娘で、将来は女王になる人なので、「皇太子殿下」が相応しい呼称と思われるが、それも女子だけに座りが悪い。(我が国では、現在、女子が皇太子になる制度がないからだ。)
いっそ「プリンセス」と呼んでしまう方が、私は気持ちよく感じるのだがいかがなものだろうか。
(※日本にも王妃殿下は出現する可能性はあるが、天皇家における「王」の妻という意味なので、「殿下」相当となる。元首としての国王の妻に「殿下」はおかしい。)


世田谷パブリックシアター。パブリックなだけあって、付属のカフェは、安くておいしい。できたてのクロックムッシュは、超おすすめです[黒ハート]


世田谷パブリックシアター.jpg


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「世襲戦隊カゾクマンII」観劇ミニ感想 [┣演劇]

プリエールプロデュース
「世襲戦隊カゾクマンII」


作・演出:田村孝裕(ONEOR8)


音楽:石山理
美術:田中敏恵
照明:稲葉直人(ASG)
音響:今西工(山北舞台音響)
映像:ワタナベカズキ+CO2
舞台監督:金安凌平
衣裳:竹内陽子
ヘアメイク:奥野展子
演出助手:中込里菜
主催:株式会社プリエール
助成:芸術文化振興基金


パート1を観ていないのですが、スタジオライフで先行予約があったので、思わず取ってしまいました[るんるん]
曽世海司氏ご出演の「世襲戦隊カゾクマンII」。

「世襲戦隊カゾクマン」は、日曜朝7時半からやっている、あの戦隊シリーズのメンバーが、全員家族だったら?という設定の芝居らしい。カゾクマンは、地球防衛軍の日本支部にあたり、敵は、ミドラ―(西山水木)という女怪人で巨大化できる。ミドラ―は、父・ヒドラーをカゾクマンに殺されている。(どうやら、敵も世襲らしい。)
ミドラ―の部下の最下層はジョッカーという全身タイツマンで、怪人たちは改造手術によって怪人になっているので、この辺の設定は仮面ライダーのようだ。
さて、かつては、日本のヒーローだったカゾクマンも、寄る年波には勝てず、腰痛治療にマッサージチェアを購入したところ、防衛費の私的流用だとして謝罪会見を行うことになってしまった…ってなところから、物語は始まる。記者会見は、実は、ミドラーの配下であるイーゲン(塚原大助)が仕切っているので、カゾクマン糾弾大会みたいになってしまう。
さらに、昨今の法律改正(野党に“戦争法案”とか言われているアレです)は、日本が地球防衛軍を離れるための布石という話まで登場する。カゾクマンがだらしないから。そうだったのか、あべさん、誤解してごめんね(ウソ)
疑惑の責任を取って、父(山口良一)と母(熊谷真実)はカゾクマンを引退するとまで言うことになった記者会見の後…
兄(曽世海司)の生まれたばかりの息子が誘拐されるという事件が発生する。
そこに、嫁(上田桃子)に岡惚れする怪人・男前男(岡田達也)がやって来たり、妹(梨澤慧以子)の婿(芋洗坂係長)が戦闘意欲をなくしたり、かつてのカゾクマンメンバーである大叔母(田中真弓)が地球防衛軍の日本支部長としてやって来たり…いろいろありすぎるだろ[パンチ]
一家のホームドラマに終始するかと思いきや、一応、巨大化したミドラ―VSカゾクマンロボの対決があったり…と、なつかしヒーロー(いや、今でもテレビでやってるんですが)感も忘れない。
大笑いしつつも、家族が抱える問題とか、ヒーローに対する一般国民の立ち位置とか、考えさせられる部分もある芝居だった。
みんな、もっとヒーローを大事にしよう[exclamation×2]


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「遠い夏のゴッホ」観劇ミニ感想 [┣演劇]

元スタジオライフの三上俊出演作品、なかなか全部追いかけられないのだが、一応、ぴあで案内してくれるものについては、先行抽選で観るようにしている。
その結果…私が観る三上君、女役か変態役なんですけど…[もうやだ~(悲しい顔)]
いや、べつに、それがイヤってわけじゃないです。似合うし…[わーい(嬉しい顔)]


今回の舞台「遠い夏のゴッホ」は、以前、松山ケンイチの初舞台公演として話題となった作品らしい。今回は、再演というよりは、全体的に大きくリメイクしたのかな…という感じ。衣装とかも、よりデフォルメ感を強くして、あと女性出演者をヒロインのベアトリーチェだけにした、というのも大きな変更点。(前は、安蘭けいや彩乃かなみが出ていた。)
そんなわけで、三上俊くんは、安蘭けいサマの演じていた、クビカリアリのエレオノーラ女王役。


物語は、地中で恋人同士になったユウダチゼミのゴッホ(安西慎太郎)とベアトリーチェ(山下聖菜)。ところが、おっちょこちょいなのか、そもそも自分の年齢を間違えていたのか、ゴッホは本人の予定より1年前に成虫になってしまう。成虫になったセミの余命は一週間。でも、ゴッホは、ふたたびベアトリーチェに会うために、冬を越して生き抜こうと決意する…みたいな感じ。そのために、セミなのに、一度もミンミン鳴かない。


森にはたくさんのいきものが住んでいて、その大半は冬を越せない。同じように飲んだり騒いだりしても、季節と共に死んで行くものたちがいる。さびしいけど、せつないけど、でも淡々とそういう生態系が描かれる。


三上君の演じたエレオノーラは、わがままな女王アリ。とにかく越冬して子孫を残さないとならないのに、どうも臣下(ハタラキアリ)たちは頼りにならない。
いやー、女王さまがピッタリでした[黒ハート]
てか、女優だな、としみじみ。


ゴッホとベアトリーチェのキスシーンが、ことごとく止められるのは、ネタなんだろうか。あんまり面白くないんだけど…てか、キスシーンいらないしねぇ…[爆弾]セミだし[爆弾][爆弾][爆弾]


テーマとしては、共感できるのだが、微妙に2.5次元的俳優(ほとんどがテニミュか仮面ライダー出身)を多用したことによる、イケメンな世界と虫の世界観が「なんか違うんですけど…」な空気。それが最後まで払拭できなかった。
出演者はみんな楽しそうだったけどね。


今後、舞台を楽しんでいくには、この、2.5的舞台づくりへの対策が重要になってくるように思った。その試金石的作品のひとつだな。


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「他重人格」観劇 [┣演劇]

「他重人格 Who am I?」


脚本:舘そらみ
演出:福島三郎


音楽:瓜生明希葉
美術:秋山光洋
美術助手:古謝里沙
照明松本大介
音響効果:反町瑞穂
映像:梅里アーツ
舞台監督:宮田公一
演出部:青木規雄、河野茜
大道具製作:イトウ舞台工房


出演:山崎彬(悪い芝居)大久保聡美、貴瀬雄二、村井まどか(青年団)、小林瑞紀、野崎数馬(丸福ボンバーズ)、多田直人(キャラメルボックス


一組のカップルが結婚を決めるシーンから話は始まる。
男は、「キミがそうしたいんなら、結婚しよう」みたいなことを言う。投げやりなのか?というと、そうではなくて、相手から求められる自分になるのが、楽なんだという。
その性格を生かして、二人はオーダーメイドのペンションを始める。客からは感謝される毎日。
しかし、アルバイトに雇った娘がある日、重傷を負い、彼は逮捕されてしまう。彼女の中にある虐待願望に応えた、と男は言う。


タイトルの「他重人格」、多重人格ではない。
他人の心の奥の願望に応える人格、それは、罪なのだろうか。彼は、どこで引き返すべきだったのか。


アルバイト役の大久保聡美さん、初めて観たが、とても印象的な女優さん。プログラム写真は、桜一花ちゃんっぽいけど、すらっとした美人で、雰囲気は、白峰ゆりちゃんみたい。狂気を秘めた芝居が目に焼き付いた。


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「ベルリンの東」観劇 [┣演劇]

「ベルリンの東」


作:ハナ・モスコヴィッチ
翻訳:吉原豊司
演出:小笠原響


美術:内山勉
照明:松井真澄
照明操作:松本由美
音響:井出比呂之
衣裳:樋口藍
演出助手:杉林健生
舞台監督:村田明
制作担当:栗原暢隆、松井伸子
著作権:Catalyst TCM Inc.
プロデューサー:名取敏行
製作:名取事務所


6月末の「屠殺人ブッチャー」からの連作上演。6月30日に「屠殺人ブッチャー」が終わり、7月1日から「ベルリンの東」が上演されるというスケジュール。なのに、佐川和正と森尾舞はどちらも出ている…すけぇっ[exclamation×2]
この「ベルリンの東」は再演なので、まっさらな状態から台詞を覚えるわけではないとはいえ…ありえない…[爆弾]
俳優さんの脳内はどうなっているのか、パックリと割ってみたいもんです。


タイトルの「ベルリンの東」というのは、ナチスの隠語で“東”がアウシュビッツを指していることから、付けられたとのこと。
主人公のルディ(佐川和正)は、パラグァイに住んでいるドイツ人。父は、パラグァイ人相手の不動産屋を営みながら、ドイツ人コミュニティの外に出ようとはしない人物。今でもヒットラーの誕生日を友人たちと祝っている。
学校でカエルの解剖が行われた日、級友のヘルマン(西山聖了)が口を滑らす。さすがおやじ譲りだと。
それでルディはヘルマンを詰問して、父親がアウシュビッツで人体実験をしていた医師だったことを知るのだ。ルディがヘルマンとホモセクシュアルの関係を結んだのは、父親への嫌悪がその根底にあったのは間違いない。
(ヘルマンは、ルディを本気で愛していたと思う。)
ルディは、ドイツに留学し、父の犯罪について調べようとする。そしてそこで、ユダヤ人学生のサラ(森尾舞)に出会う。二人はすぐに恋に落ちた。そして初めてアウシュビッツに見学に行った時、サラの妊娠がわかる。
結婚を申し込むルディだが、動揺を見せるサラ。それでも説得して、どうにか、結婚にこぎつけるが、その直前、ヘルマンがルディのもとを訪れ、ルディのいない間に、彼の素性を話してしまう。ルディは、サラに本名を告げていなかったのだ。
ルディがアウシュビッツでユダヤ人を人体実験の材料にしていたことを知ったサラは、ルディのもとを去り、電話にも出てくれない。
失意のルディはパラグァイの家に戻ってきた。ピストルを手に。そして、父の書斎のドアを開け―


衝撃的な幕切れだった。


ルディもサラも戦争には何の関係もない。けれど、逃れることはできなかった。
二人の間には、重い現実が横たわっていた。
そんな悲恋を縦糸に、もうひとつのドラマを作っているのが、ヘルマン。彼は、ルディの父親の正体をルディに知らせることで、彼を動揺させ、その動揺の中で二人は関係を持った。ナチでは、ホモセクシュアルもタブーなので、それを父親に見せつけることは、ルディにとって、これ以上ない父への反抗だ。
しかし、そもそもルディはゲイではなかったので、サラと恋をして結婚しようとしている。ヘルマンがそれを許せるはずはない。今度は、サラにルディの父親の正体を知らせる。それでルディを取り戻せるわけではなくても。ヘルマンの悲しい恋心が、この芝居の横糸になっている。


ルディの父は、こんな息子の人生をどう受け止めるのだろうか。


「屠殺人ブッチャー」とは全然違う、冷笑的なルディの長ゼリフを見事にこなした佐川和正、本当に素晴らしかったです[黒ハート]作品ごとに、全然違うキャラクターになってしまう彼の芝居の虜になってしまった…[揺れるハート]
森尾舞は、「屠殺人ブッチャー」のエレーナ役が印象的過ぎて、スカート穿いてるのすら、なんか違和感[あせあせ(飛び散る汗)]もう少し時間をあけて、観てみたかったかも。(それだけ、「…ブッチャー」の演技がすごすぎたんだけど。)
西山聖了は、ルディとの距離感を詰めていくところが超リアル。戦争もナチスも関係ない、「ヘルマンの悲劇」もまた、形を変えて今も生き続けているんだなぁ~と思った。


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「アジアン・エイリアン」観劇 [┣演劇]

「アジアン・エイリアン」


作・演出:古城十忍


美術:礒田ヒロシ
照明:磯野眞也
音響:黒澤靖博
舞台監督:尾崎裕
衣裳:友好まり子
映像:後藤輝之

演出助手:白井なお
舞監助手:有坂美紀、小山広寿
衣裳助手:増田和

大道具:イトウ舞台工房 伊藤幸夫
小道具:安田惣一、原田佳世子
特殊効果:(有)インパクト 緒方宏幸
運搬:加藤運輸(有)


オープニングアクトはとても変わっている。喪服の登場人物たちが、舞台奥から登ってきて、いくつかのパフォーマンスを見せる。日の丸を花瓶の水に溶かすと、どんどん水の色が赤くなっていったり、かき混ぜると白くなったり…なにやら不思議な科学実験のよう。人々が重力に逆らうように消えていって、本編が始まる。


いきなり病院の霊安室前。さきほどのパフォーマンスで、出演者がここに這い上がってきたせいか、手すりがあるせいか、屋上に霊安室があるような感じがする。
そこに項垂れている境田健吾(奥村洋治)。娘同様に可愛がっていた姪が婚約者と事故死したのだ。ところが、婚約者の岬邦彦(山田悠介)の姉・顕子と名乗る女性(関谷美香子)が現れ、その遺体が弟のものではない、と言い出して…。
境田は、何が何だかわからなくなっていた。
岬は、境田の事務所で契約カメラマンをしていた。彼は「見えざる顔」という個展を開こうとしていた。そこに写っていたのは、すべて、在日韓国・朝鮮人たちの写真だった。境田は、その中に、事務所の一人、金山孝弘(多田直人)の写真を見つける。偶然撮影しただけ、と言う岬だったが、実は、金山もその一員だった。なんとなく言いそびれていた、という金山。そして岬は、本物の岬邦彦から戸籍を買って、境田の前に現れたのだった。
境田は、在日への差別意識は自分の中にないと思っている男だった。しかし、姪は結婚するなら日本の戸籍が必要だと主張し、金山は彼に出自を明かさなかった。境田は、自分が妙な匂いに包まれているのを感じ始める。そして、アジアの片隅で生きている本物の岬邦彦(山中雄輔)に出会い、姪の本心を聞かされて激しく動揺するのだった。


他人の戸籍を買ってまで日本人になろうとした男、そして、日本人であることをやめたくて、他人に戸籍を売り渡した男…「日本人ってなんだろう」と思うお芝居だった。


在日韓国・朝鮮人の特別永住者は、ウィキペディアによると現在、33万人だそうだ。
最近、在特会という団体が、執拗なヘイト・スピーチを行っていて、それに憤りを感じている人も多いと思う。


では、よく知っている知人から、「実は私在日で…」と告白されたら、あなたはどう対応しますか[exclamation&question]


という問いかけが、ドラマの中で何度も登場する。
「あ、そういうの全然気にしてないから」と、告白したこと自体を「なかったことにする」=相手をそれ以降も日本人として遇するということは、「実は傷つく」と、ドラマで語られる。


そうだったのか…[あせあせ(飛び散る汗)]


ドラマの舞台は、調査会社なのだが、入社前の調査で祖母が帰化した台湾人だったことがわかった迫水剛という男が(池永英介)が怒鳴り込んくる場面がある。自分が採用されなかったのは、自分も知らなかった出自が原因ではないのか、と。
えー、そこまで遡って血筋を調べるかな[exclamation&question]と、かつて子会社で総務一般を担当していた人間としては、思う。そこまで気にしている会社は少ないはずだ。本人の国籍は多少影響するかもしれないが。あ、うちの会社は、社員が外国籍を取得したいと言い出した時も了承したし、国籍や出自で入社をどうこうすることはなかった。とはいえ、本人調査はやっていた。
今は、入社前の素行調査というのは、一般の調査会社は請け負わない。たぶんリスクが高いのだろう。でも、やはり蛇の道は蛇…で、まだまだそういう調査をしている会社は存在するんだと思う。カード利用実績みたいな公的に売買されている資料もあるし。
実際、彼が血筋のせいで採用されなかったのか、それは、わからない。でも、彼はそう思い込んでしまった。外国の血ゆえに差別されたのだと。それが本当であっても、思い込みであっても、不幸なことだと思う。


ひるがえって、私自身のこと。
相続等で戸籍を見た…という意味で確実なのは、両親、祖父母は日本国籍だ、ということだけだ。それより前の、私も会ったことがない祖先がどこの国の人か、私は知らない。考えたこともない。たぶん、みなさんもそんなものだと思う。
でも、そんな私は、本当に純正の日本人だろうか[exclamation&question]
江戸っ子は三代前から江戸に住んでいたら江戸っ子らしいので、そういう意味では、日本人かな[exclamation&question]という程度の認識だ。
でも、普段は、日本人だと名乗っている。ごく自然に。


そもそも日本人って、何をもって日本人なんだろう。
国籍=日本の人を言うはずだ、普通は。
でも、なんか「私、日本人だなぁ~と思うんですよね」という文脈の時は、脈々と受け継がれている「日本民族」っていうものの一員だという自覚に基づいた発言っぽい。
この、「日本民族」ということを少しも疑っていないところが、我々「日本人」の特徴かもしれない。日本列島には、いわゆる「日本民族(=大和民族)」だけが住んでいたわけではなく、日本は単一民族国家でもない。しかし、それすらも忘れがちだったりする。
とはいえ、なにぶん、島国だから、ヨーロッパほど他国の人が流入せず、混血しにくいってことはあると思う。鎖国もしてたし。


タイトルの「アジアン・エイリアン」。
エイリアンというのは、映画で一躍有名になった英語。空港の入国審査のところにもこの文字があったように、そもそも外国人を指すのだが、映画の影響か、感じ悪いということで排除された。
なんか、侵入者みたく思っちゃうものね。
で、見た目で外国人だとわかるヨーロッパ系、アフリカ系の人々に比べて、分かりづらい、でも確実に日本に入ってきている人々「アジアン・エイリアン」に対して、日本人は、どう考え、どう行動しているのか、みたいなことがテーマの芝居…なんだろうな。


本編が始まってから、舞台には、少しずつ水が注入されていく。少しずつ水が増えていく。明らかに、水のせいで演技が変わる。くるぶしくらいまで水が上がってくると、歩くのも一苦労だ。
なのに、誰も水の存在に言及しない。水は増え続ける。それでも、みんなが見ないふりをしている。
「この水、どうしたんですか」
誰か言えばいいのに。


見て見ぬふりをしている間に、水はどんどん増えていく。


差別するっていうのは、自分が上だと思い込んでいるということ。差別してないよ、発言も、同じ。
増え続ける水に遮られて、もはや、身動きできないのに、まだ、そんな虚勢を張っている日本人…カッコ悪いな。


考えさせられる芝居だった。
また再演してほしいので、芝居の内容より、芝居を観た私の思いを中心に書かせてもらいました。


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