So-net無料ブログ作成
検索選択

「六月大歌舞伎」 [┣演劇]

「六月大歌舞伎」を観てきました。
前回の観劇が、昨年の二月だったので…一年半近くぶり、ですね。


今回は夜の部だったので、「鎌倉三代記」から“絹川村閑居の場”一幕、河竹黙阿弥作「曽我綉侠御所染 御所五郎蔵」、長谷川伸作「一本刀土俵入」の三本を観劇した。歌舞伎は、やはり、素人の私にはとーっても難しいので、各場面ごとに短く切って記録していきたい。


では、まず、この作品から。


「鎌倉三代記」絹川村閑居の場


鎌倉…と書かれているが、この作品も時代劇に仮託して書かれた作品とのことで、実際は、真田幸村・木村重成・千姫・徳川家康をモデルにしているんだとか。その真田幸村を仮託されているのが、宇治川の先陣争いで有名な、佐々木高綱。あれ、なんか、私、この前も佐々木高綱の出てくる話を観たはず…[あせあせ(飛び散る汗)]一年半ぶりなのに、作品も違うのに…縁かしら[exclamation&question]


さて、今回の物語、鎌倉幕府の将軍、源頼朝亡き後、実権を握る北条時政と頼朝の遺児・頼家の擁立を図る京の公家との対立が激化していた。京方の武将、三浦之助義村(尾上松也)の母・長門(片岡秀太郎)が病に伏すわび住まいに、時政側の富田六郎(大谷桂三)らが現れる。実は、恋人である三浦之助の母を看病するために、時政の娘・時姫(中村雀右衛門)が逗留していて、彼らは、時姫を連れ戻すように、という命を受けている。
そこへ、重傷を負った三浦之助が戦場から帰ってくる。母の病が重いことを知り、今生の別れにやってきたのだが、母は、戦場から母恋しさに戻ってきた息子になど会いたくないと面会を拒絶する。また、時姫のところには、時政から取り戻しに成功したら時姫を嫁にやると言われてその気になった百姓の藤三郎(松本幸四郎)が時姫に言い寄り、怒った時姫が短刀を振り回したため、井戸に逃げ込む。
ところが、この藤三郎、京方に軍師、佐々木高綱に瓜二つということで、(間違わないように)額に入れ墨を入れられてここにやってきたのだが、実は、彼こそが佐々木高綱。高綱の影武者として死んだ藤三郎の妻、おくる(市川門之助)と謀っての身代り作戦だったのだ。
三浦之助に言い含められ、父である時政を手に掛けようと決意した時姫。それを時政に通報しようとする富田を井戸から槍で突き殺したのが、藤三郎こと高綱だった。
とはいえ、手負いの三浦之助、女ながら父を討とうとする時姫…と、なんか、この先不幸しか待ち受けていないようなところで幕切れとなる。


この舞台を観て、まず、本当に驚いたのは、芝雀さん…じゃなく、雀右衛門さんの美しさ[exclamation×2]
私、こーこーせーの頃に初めて芝雀さんの舞台を観ています。たしか、「義経千本桜」の道行だったと思います。当時の芝雀さんは、特に美しくもなく、まあ、やさしそうな感じの静役でした。ただ、あれから数十年経過した後に、「義経千本桜」の静を芝雀さんで観て、「変わらないな~[揺れるハート]」といつまでもお若い姿に驚いた記憶はあります。
しかーし[exclamation×2]
あきらかに、今回の、(襲名後、私は初観劇でした)雀右衛門さんは、美しかったのです[黒ハート]
これが襲名効果というものなのでしょうか。
これからが、美女・雀右衛門の時代かもしれません。楽しみ[揺れるハート]
相手役の松也くん。なんか、少し瘦せたのでしょうか[exclamation&question]こちらも、雛人形のような美男ぶりで、美しい恋人たちでした。


一方、幸四郎さんは、年齢を感じさせない力強さが見事でした[ぴかぴか(新しい)]
出番は一瞬でしたが、秀太郎さんも、さすがの重鎮らしい存在感でした。


nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:演劇

「成スベキカ」観劇 [┣演劇]

「成スベキカ」


脚本・演出:MIZUKI(てふてふ組)
舞台監督:大河原敦
音響:福西理佳(零’s Record)
照明:(株)ライトスタッフ
宣伝デザイン:小川麻里奈
制作:森有紗
美術:徳満明子、よしの飛鳥、塚崎綾、大谷瑞紀
衣装:鷹司翠玉
当日運営:大森晴香
殺陣:米山勇樹(偉伝或~IDEAL)
主催:MIZUKI×kasane企画


シェイクスピアの「ハムレット」を徳川初期の日本に移し、再構築した作品。
元和9(1623)年、徳川家光が将軍になった年、日本のどこか山奥にある架空の国“色彩(いろどり)国”で、物語は始まる。


その色彩国、人口の七割が女性、という状況が長く続いていた。そういうこともあって、長く女性が当主になるというしきたりが続いていたが、幕藩体制が整ってくると、些細なことでお取り潰しになったりするので、都へ留学していた当主の長男・雪之丞<ハムレット>(塚崎綾)は、国のしきたりに疑問を感じたりしている。
そんな雪之丞のところへ、当主である母・瑠璃姫<先王・ハムレット(女役)>(徳満明子)からの帰還命令が下り、雪之丞は、都に伴っていた乳母子の犬君<ホレイショー(女役)>(妃桜みおん)と一緒に帰国の途に着く。しかし、その途上、瑠璃姫の訃報が二人にもたらされる。
流行病とのことで、雪之丞は、遺体に対面することも叶わなかった。
次期当主には、しきたり通り、雪之丞の妹・茜姫<オフィーリア>(小川麻里奈)が就くかと思われたが、雪之丞の父・三条桐ノ院常盤の君<ガートルード(男役)>(愛生)が、妻である当主・瑠璃姫の妹にあたる紅姫<クローディアス(女役)>(鑪壱白)と再婚し、茜姫が成人するまで、紅姫が当主となる宣言をしたのだった。
茜姫は、まだ16歳にもなっていない少女なので、当主の座を叔母が代行することより、父が母の死後すぐに再婚したことに納得がいかない様子。そのことについては、雪之丞も少し合点がいかないと感じている。
さて、色彩国では、先代の当主の亡霊が夜な夜な現れるという噂が流れ始める。侍女のアカリ(鈴木由紀)とヒカリ(田中美代子)<フランシスコ(女役)とバーナードー(女役)>に案内され、雪之丞は亡霊に声を掛ける。亡霊は、当主の墓地に雪之丞を誘った。密かにあとをつけていた、紅姫の重臣の夏江<ポローニアス(女役)>(大蔵紫乃)も当主の墓地には畏れ多くて近寄れない。
そこで、雪之丞は恐るべき事実を知ったのだった。
瑠璃姫の存命中から、常盤の君と紅姫は深い仲になっており、茜姫は実は紅姫の産んだ娘だった。そんなこともあり、瑠璃姫は、そもそも茜姫に当主の座を譲るつもりはなく、雪之丞を次の当主にと考えていた。それを知った紅姫は、瑠璃姫の企てを阻むために、自らの手で瑠璃姫を毒殺したのだった。
恐るべき事実を知った雪之丞は復讐を誓うが、瑠璃姫は、くれぐれも常盤の君に手出しをしないように、と言い聞かせる。
(シェイクスピアの「ハムレット」では、ガートルードは愚かで騙されて結婚しただけなので、復讐の対象にしないように、という先王の亡霊の言葉は納得性が高いが、この作品では、紅姫と常盤の君は一蓮托生の関係なので、そんな常盤の君への手出しを禁じる瑠璃姫の姿は、政略結婚で一度も愛されたことはなかったにもかかわらず、自身は常盤の君を愛していた瑠璃姫の悲しい女心が見える。)
雪之丞は、亡霊の発言が真実かどうか、懇意の踊り女(春蝶百花のWキャスト)に、殺害場面を彷彿とさせるような舞を演じさせ、紅姫の反応を見る。そして、紅姫の犯行を確信した雪之丞だったが、そこに父・常盤の君が立ちはだかる。父は、瑠璃姫が自分を愛していたとは全く思っておらず、自分が種馬のように扱われていたと、長い間の憤懣を爆発させる。(それでも現れた母の亡霊は、常盤の君を殺してはならない、と言い張るのだ。どんなにいい男なんだよ、まったく…[爆弾]
この時、雪之丞は、様子を探っていた夏江を誤って殺してしまう。そして、狂ったように剣を振り回し、犬君をも斬ってしまう。
夏江には、秋之信<レアティーズ>(よしの飛鳥)という息子がいて、雪之丞とは親友、そして茜姫は、彼を婿にと願っている。しかし、秋之信自身は、犬君を想っていて、犬君は雪之丞に叶わぬ恋心を抱きつつ従っている…という関係性が続いていた。
レアティーズではなく、ハムレットの方に妹がいる、という設定は、ハムレットから恋愛面の苦悩を奪う結果となるが、その分、「復讐」というテーマが鮮明になる。オフィーリアの恋は、逆にレアティーズに向けられることで、そしてレアティーズが性別を変更したホレイショ―に恋をしていることで、悲恋を作り出している。また、主人公に恋愛要素がないことも、このホレイショ―⇒ハムレットへの想いが補う。そういう意味で、ホレイショ―である犬君は、オフィーリアの役割も一部担っている。
しかし、この事件により、秋之信は、雪之丞を仇として憎むようになる。
そんな秋之信に、紅姫は、公式に仇討を認めるわけにはいかないが、剣の試合中の事故なら…と、いう提案をする。そして、秋之信が仕損じた時のために、剣に毒を塗り、毒杯も準備する。
こうして、雪之丞と秋之信は剣を合わせるが、互いに剣が入れ替わってしまい、結局二人とも手負いの傷がもとで命を落とすことになる。その前に、雪之丞は、紅姫に毒杯を飲ませ、復讐を遂げる。それを見た、常盤の君は、毒杯を自分もあおって紅姫の後を追う。
「私はどうすれば…」と泣きじゃくる茜姫に、雪之丞は、「尼寺へ行け」と告げて息絶える。
尼寺では、庵主の橘花(早智)が、茜姫を待っていた。そこには、どんなことがあっても死なないと約束させられた犬君が彼女を待っていた。当主となった茜姫の治世を支えるために。


おお…うまくできているな[exclamation]と、まず思った。
「ハムレット」の設定を逸脱してはいないが、ちゃんと日本の、でもちゃんと架空の国っぽい、そして女のものがたり、になっている。
切なくて、痛々しい、でも、わかるよ~という、いろんな女心がステキだった[黒ハート]


出演者は、みなさん女性なのですが、男役陣はそれぞれ魅力的で、選べない~[るんるん]という感じ。特になよ竹のような、常盤の君が、すっごいドロドロを吐露した場面が、私のツボをめっちゃ刺激してくれました[黒ハート]この舞台では、罪なきガートルードではなく、すべての犯罪を紅姫とともに実行していく、悪の黒幕みたいな存在…ってか、その前に当主の夫でありながら、その妹に手を出すとか、言語道断なヤツですが、悪事が露呈すると逆ギレするとか、もうサイテー通り越してますが…いやぁ、好きです[揺れるハート]
女役では、瑠璃姫さんが亡霊も含め、迫力が素晴らしかったのと、夏江さんの忠義心が素晴らしかった。(主人公側からしたら、敵方ですが。)
娘役さんたちは、みんな可愛いし、恋心が、犬君も、茜姫も、切ないな~[もうやだ~(悲しい顔)]
時々、こういう舞台を観て、きゅんきゅんな娘役ちゃんを見て、自分が女性だということを思い出さなければ…なんて思う、素敵な公演でした[ひらめき]


nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:演劇

文学座アトリエ公演「青べか物語」観劇 [┣演劇]

文学座5月アトリエの会 文学座創立80周年記念
「青べか物語」


原作:山本周五郎
脚色:戌井昭人
演出:所奏


装置:石井強司
照明:阪口美和
音響:藤田赤目
衣裳:宮本宣子
振付:新海絵理子
舞台監督:寺田修
制作:白田聡、最首志麻子


「青べか物語」の舞台を観るのは、黒テント公演以来。その時の感想は、こちらです。


あれから5年数ヶ月が経過し、当時の黒テントの劇場はなくなり、出演していた斎藤晴彦さんも鬼籍に入られた。
そして、今回、「青べか…」上演を果たしたのは、文学座。文学座で「青べか…」か…と、少し驚いたが、劇団の特色なのだろうか、黒テントとはまったく違う作品になっていた。


黒テントの時に私が強く感じたのは、「猥雑さの中にある庶民の力強さ」だった。
しかし、今回の文学座には、猥雑さはまったく感じられなかった。
そもそも「青べか物語」という小説は、足掛け3年、「浦粕」というまちに移り住んだ“蒸気河岸の先生”と呼ばれる青年が体験した日々の出来事を描写した短編連作のような形の小説。どのエピソードを拾い、どのエピソードを捨てるか、で作品の印象は大きく変わる。
若者たちがあけっぴろげに性を謳歌するようなエピソードは回避され、色っぽいエピソードも、「スケベ心で飲み屋に行き、べろべろに酔わされた挙句、10万円以上の請求書を突きつけられた男の話」とか「心中しようとした男女のその後の話」とか「食事処の娘と客の間の誤解とその後」だったかな。全体的に文学的な印象が強かった。
冒頭のエピソードが「砂粒が生きている」という哲学的な問答だったこともあったかもしれない。
最後に、「浦粕」つまり、現実世界の「浦安」の2017年を表すエピソードも登場し、今の浦安は、蒸気河岸の先生が30年後に訪れた時、なんてものじゃなく様変わりしているんだな~と実感した。


脚本は、文学座創立メンバー戌井市郎の孫にあたる戌井昭人氏。
現在は文学座を退団し、別の劇団を立ち上げ、活動する傍ら、小説家としても活躍している。
エピソードの積み上げ方が、私好みで、一瞬で世界に引き込まれた。きっと、小説も私好みな気がする。
演出の所氏は、今回のアトリエ公演が演出家デビューとなる。1977年生まれだそうだから、40歳か。文学座で演出家になるのって、宝塚よりずっと根気がいるのね…。脚本に戌井氏を起用したのも、所氏の希望が叶った、ということらしい。
アトリエの真ん中に縦長の舞台を設え、客席を両サイドに配した。その縦長の舞台が根戸川(江戸川)に見えて、効果抜群だった。舞台真下に草が生えていたり。ただ、実際にそこを川に見立ててしまったら、演者は川の中で芝居をすることになってしまう。だから、舞台は実際には川じゃないことになる。べか舟は端の方に置かれ、そこだけが係留地であるかのようになっている。この、「芝居が始まる前には舞台が川に見えて、観客が川岸にいる雰囲気、でも、芝居が始まったら舞台は川じゃない様々な場所になる」ということが自然に感じられるセットと演出というのがすごいな、と思った。


出演者では、少年「長」や、ごったく屋(飯屋だが実際には女給が身体も売る)の女など多くの役を元気に演じていた鈴木亜希子が、特に印象に残った。ベテランの坂口芳貞が、先生にべか舟を売りつけるじいさんの役だったが、あまりのなりきりぶりに、坂口さんだと気がつかなかった。
そして、先生役で出ずっぱりだった上川路啓志。大変なエネルギー量だったと思う。巻き込まれキャラの先生がピッタリ似合っていた。
そして、みんなが代わる代わる演じていた“イタチ”が、浦粕というまちの象徴として、うまく機能していた。
富なあこ(山森大輔)と倉なあこ(松井工)の“砂は生きている”ダイアローグが、なんとも不思議な空気を醸し出していて、癖になるような公演だった。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(1) 
共通テーマ:演劇

文芸喫茶シリーズ「それから」観劇 [┣演劇]

文劇喫茶
「それから」


原作:夏目漱石
脚本:田中洋子
演出:山田佳奈(ロ字ック)
舞台監督:今泉馨(P.P.P.)
舞台美術:岡田志乃
照明川口丞(キングビスケット
音響:鯨井拓実
衣装:伊藤摩美
ヘア&メイク:Emiy


夏目漱石の、いわゆる「三部作」の真ん中にあたる作品。
第一作の「三四郎」では、主人公の三四郎が、美禰子(みねこ)という美しい女性と知り合い、恋心を抱くが、結局、美禰子は、別の男性と結婚する。
第二作の「それから」では、主人公の代助が、友人の平岡と、その妻・三千代と再会するところから話が始まる。かつて、代助は三千代を愛し、三千代も代助を憎からず思っていたのに、代助は、平岡の思いを三千代に伝え、二人の橋渡しをしたのだった。それから、数年が経過し、子どもを亡くし、心臓を悪くした三千代と、仕事を辞めて生活が苦しくなった平岡の夫婦関係は破綻していた。
代助は、全てを捨てて三千代と新しい人生を進む決意をする…という話。
第三作の「門」は、友人の妻である御米(およね)を奪って結婚した宗助の「その後の人生」が描かれる。世捨て人のような宗助が、精神の救いを求める物語、とも言える。
という風に、この三作は、別々の登場人物を扱いながら、繋がっているような展開になっていることから、三部作と呼ばれているようだ。


今回の文劇喫茶というシリーズは、今回が第一弾とのことで、今後どのようなシリーズになっていくのか、わからない。
が、チラシによると、「夏目漱石×三人の役者という濃密な空間を提供する」というのが、ウリになっているようだ。


客席に座ると、まず、舞台セットに心を奪われる。
舞台上に円形の八百屋舞台を乗せ、そこに四角く畳が敷かれ、周囲の余った部分が床張りになっている。その奥がふすまになっていて、出ハケにも使われる。出ハケは、左右の袖も普通に使い、その付近は、舞台セットでもあり、公開している袖内のようでもある。小道具や衣装もここに置かれていたり。
すべてがアンバランスな配置で、それが代助の心情にリンクしているようで、引き込まれた。


出演者は三人プラス、日替わりゲスト。しかし、主な登場人物は、それより多い。
そのため、三千代役の帆風成海は、代助の父親を演じ、平岡役の今立進は、代助の兄・兄嫁を演じている。朗読劇ではない、普通の演劇なので、いくら帆風が、元男役で、台詞回しがかっこよくても、しっとりとした和服姿で仁王立ちされると違和感があるし、男性である今立の演じる兄嫁役は、どんなにシリアスな場面でも、ギャグでしかない。
また、日替わりゲストが演じる寺尾役は、セリフもなく、ほとんどフリーな状態で登場するようで、ここでシリアスなドラマが、すっかり分断される感じがあった。
そういう意味で、せっかく真面目な「ブンガク」の腰が折られるような気もした。あと、せめて二人役者を増やして…と、考えもしたが、この違和感こそが、文劇喫茶の醍醐味なのかもしれない。


主演の平野良は、5~6年ぶりに観たが、高等遊民(親の財産を減らさないために敢えて事業に手を出さず、文化的な生活をして過ごしている)らしい世間知らずな雰囲気を醸し出しつつ、そのやわらかい雰囲気のまま、役者として、膨大な台詞を繰り出し、ほとんど出ずっぱりで舞台を支え続ける。
(そのせいで、日替わりゲストへの対応が素に戻っている、というのはあるかもしれない) 
その真摯な姿勢に感動したし、代助という明治の男がピッタリと嵌まって素敵だった。


帆風成海は、綺麗で可愛くて、こんな三千代なら、結婚後も忘れられなかっただろう…と思えた。口跡の良さは宝塚時代そのままに、でも帆風以外誰も表現し得ない三千代像を構築していて、それがとても魅力的だった。
突然、憑依したように代助の父親になるのが、すごいっちゃーすごいんだけど、やっぱりないわー[爆弾]と思う。(三千代さんの姿のまま仁王立ちだし[爆弾]でも、男役してくれるのは嬉しかったりする、複雑なファン心理。でもね、男役時代も好きだったけど、女優・帆風成海は、好き過ぎて困ってしまう…。
あの間、あの声のトーン…あー、そうきたか、あー、そうなるんだ…と、公演中ずっと身もだえていた[あせあせ(飛び散る汗)]


恋敵から兄嫁役まで幅広く変身していた今立進(エレキコミック)。
兄嫁ではしっかりと笑いを取っていたが、最後、代助の告白を受けた平岡の心からの叫びが見事だった。ぜんぶ、平岡が正しいよね…もちろん、色々あった結婚生活だったからこそ、代助が入り込む隙が生まれたということなんだけど。素晴らしい対決シーンだった。途中いろいろあったけど、このシーンがあったからこそ、気分よく劇場を出られたのだと思う。


次のシリーズも期待している。


nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(1) 
共通テーマ:演劇

「ハムレット」観劇 [┣演劇]

ハムレット
ジョン・ケアード演出による「ハムレット」を観た。
舞台の上にもう一つ八百屋舞台を作り、芝居は基本、その上で行う。
舞台上手には椅子を置き、音楽(尺八)の藤原道三さんのほか、出演者たちが、出番の間に座っている。
舞台下手には客席を置き、横からではあるが、迫真のステージを観劇できる。
舞台上に余計な装置は置かず、場面ごとに必要なものは、都度役者たちが運び入れる形になっている。簡素なステージの上で、俳優の力量が試されるような、そんな「ハムレット」だった。
出演者は14名。
大きな劇場の「ハムレット」としては少ないが、世界中で愛されている「ハムレット」は、色々なサイズの劇場で上演されていて、私が過去に観た作品にも10名くらいの出演者のものは、いくつかある。出演者が少ない場合は、一人が何役かを演じるわけだが、この舞台の特徴は、主役のハムレットでさえも二役をしていることだろう。
つまり、意識的な二役。ここに、今回のケアード版の意味があるのだろうと思う。
実際、ハムレット役の内野聖陽が、ノルウェーの王子、フォーティンブラスになって登場すると、なんとなく釈然としなかったラストシーンが、納得できてしまう。国王・王妃・そして後継者すべてなくなってしまった国を、突然他国の王子が奪い去ることの理不尽さが、同じヒトが演じることで薄らぐのだ。
これは日本における「ハムレット」上演の画期的打開策かもしれない。
というか、ヨーロッパでは、あのラストシーンはそれほど、唐突ではないんじゃないかと思っている。なにしろ、狭い土地をやったり取ったりの歴史を繰り返してきたから。

で、「ハムレット」はお馴染みの物語なので、記事は、演出と、出演者の感想にとどめる。
まず、第三独白(to be or not to be)の位置が少し早い、という改変がある。そもそも第三独白は、ハムレットとオフィーリアのやり取り(尼寺へ行け)の直前にあるのだが、今回は、この二つが分断されている。その効果は…よくわからない。第三独白自体とても難解で深い意味は分からないので、どこにあっても違和感はないというべきか。
男性出演者は、日本の古代(それこそ邪馬台国とか?)みたいな衣装、ガートルードとオフィーリアは同じ白いドレスで、ガートルードは上衣をつけて帯をしている。で、二人とも白いスニーカー。男性出演者も足元はスニーカーっぽかった。白じゃないから目立たなかったけど。
ま、衣装なんかは二の次で、台詞劇を楽しめ、という意図とは思うが、このジャパネスク感は、どう理解したらいいのか。日本人なんだからキモノ着ておけってことなんだろうか。それとも海外公演を視野にいれているのか。
普段着での上演より、こういうジャパネスクの方が気になる。だって、なんか変だし。
で、「あなた太ってるんだから…」というガートルードの台詞があって、「ハムレットは太っていた!」という本も出ているくらいなのだが、実際、太っていた(笑)もちろん、演者の実年齢相応の素敵な体格なのだが、くすっと笑った。
そして、ハムレットとオフィーリアは、本当に恋しあっていたんだなーと思える演出。そして、レアティーズ(加藤和樹)もポローニアス(壌晴彦)も、オフィーリアが可愛かったんだなーと思った。だからこその悲劇。
貫地谷しほりのオフィーリアはとても素朴で、誰からも愛される女性だった。
オフィーリアが、父親の命令でハムレットを試すようなシーン、あの場面、彼女は何を考えているんだろう?といつも思う。そういえば、シェイクスピアに登場する恋する女子は、父親の言うことを聞かない子が多いのよね。そのせいか、余計、この従順さはなんなのだろう?と思ってしまう。
恋人同士の会話を父親に聴かせるのだ。いやじゃないのだろうか、と。
オフィーリア自身が、ハムレットの突然の変心に合点がいかず、彼の気持ちを確かめようとする父親の策に乗ってしまう、という解釈もできるのだが、今回は、わりと素直に父の言うことを聴く娘だった気がする。
墓のシーンから、最後の場面まで、ハムレットの愛、レアティーズの愛、レアティーズの苦悩が伝わって、すごくよかった。そして、ハムレットは若い俳優だけのものじゃないなーと思った。演技が熟してから演じるハムレットの良さを堪能した時間だった。


nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:演劇

「リメンバーミー」観劇 [┣演劇]

崩壊シリーズ
リメンバー・ミー」


作・演出:オークラ


美術:小林奈月
照明:松田かおる
音響:長野朋美
衣裳:四方修平
ヘアメイク:平野仁美
振付:Cha
アクション指導:富田昌則
演出助手:宮森かわら、道場禎一
舞台監督:兼安凌平


この舞台、「崩壊」シリーズの第2弾で、前回は、イギリス演劇の翻案だった。前回の感想はこちら
なのに、同じ設定でオリジナル第2弾が普通に作れる…って、二次創作なのか[exclamation&question](笑)それとも、前回作品がそもそも原作からだいぶ逸脱していたってことなのかな。あるいは、原作の上演権がかなり緩いとか…。
「THE PLAY THAT GOES WRONG」(原題)というイギリス演劇は、けっこう世界中で上演されているようなので、自由に上演させるスタイルなのかもしれない。舞台写真を見る限りでは、設定は、一応前作「九条丸家の殺人事件」に似ているようだったけど…。

荻窪遊々演劇社という、なんとなくどこかで聞いたような名前の劇団。前回公演で結婚を決めた座長の栗須(山崎樹範)と、舞台監督の杏里(上地春奈)。しかし、杏里の父は演劇やっている栗須になんか娘はやれないと言う。でももし次の芝居で自分を泣かせたら、考え直してもいいらしい。
その、重要な“次の芝居”である「リメンバーミー」の初日。客席には、杏里の父(が居る体)。しかし、舞台上には、相変わらずのメンバー。栗須と杏里の結婚を祝って開演前の舞台上でサプライズのフラッシュモブをやったりしている。(緊張感ゼロ[exclamation×2])音響・照明担当の鳥場(伊藤裕一)は、風邪で絶不調。そんな中、女優の愛(彩吹真央)がいまだに栗須を好きなのではないか、という疑惑が浮上して、嫉妬深い杏里はブチ切れる。杏里がキレると、大変なことが起るというのに…はたして舞台は無事に終幕するのか、そして、杏里の父は栗須を認めてくれるのか。


2回目ともなると、様々なことが既に「お約束」になっている。
杏里の嫉妬によって舞台が崩壊するとか。その対象はいつだって、元キャバ嬢の愛(彩吹)とか。

よくよく考えるとダメな話だと思うのね。
舞台人が舞台を破壊させちゃダメ。
なんだけど、逆にすごいと思ってしまう。
毎日これだけ崩壊させて、復旧して、を繰り返せるセットの素晴らしさ、そして、出ハケのタイミングの絶妙さ[ぴかぴか(新しい)]
だって、歩いてきたとこにドアが開いて脳震盪とか、タイミングを外したら、大惨事。でも、すべてカンペキ[ぴかぴか(新しい)]
完璧に崩壊するからこそスッキリするし、スッキリするからこそ、プログラムで上地春奈さんが言っているように、きっと杏里ちゃんは、プロの舞台監督じゃなくて、普段は別のお仕事をしていて、でも栗須さんのことが好きだから、彼のためにセットまで作ってあげちゃうんだろうなぁ~だから、プロ意識がなくてもしょうがないんだよなぁ~と思えるのだ。(観る側が勝手に補完してしまう)

ただ…今回は、残念ながら、ゆみこさん(彩吹)の素晴らしい脚が見られなかった。これも、お約束にしていただけるとありがたいのだが。あと、ヤマシゲさん、ちょっと太ったかなぁ[爆弾]


出演:山崎樹範、松下洸平、味方良介、上地春奈、大水洋介(ラバーガール)、伊藤裕一、彩吹真央、梶原善


nice!(2)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:演劇

「弁当屋の四兄弟」観劇 [┣演劇]

「弁当屋の四兄弟」
藤波瞬平くんが客演するというので、スプリングマンの「弁当屋の四兄弟」を観劇。
いや~!いいもの、観た~!
てか、ほんと、藤波くん、はずさないよね…[黒ハート]
本人プロデュースのワークショップとか、まだ一度も行けてなくて、コンプリートの難しい俳優さんではあるんだけど、少なくとも私が観たものは、すべて「面白い」とおススメできる作品だった。なーんて私が言うのは珍しいけど、今回連れて行った友人も完全に嵌まってくれたし、たぶん、これからも間違いない仕事をしてくれるハズ。

さて、「弁当屋の四兄弟」
下北沢の711という小さな劇場。スズナリの2階なのかな、これって。
世田谷創業60年という老舗の弁当屋があり、その若旦那以下4人の男兄弟が主役の物語。話が進むうちに、それぞれの登場人物の心の中がちょっとずつ浮かび上がり、みんな生きていれば、それなりに悩みがあるよなぁ~と思いながら、観劇。観終わって、とても心地よい気分になる素敵な舞台だった。
たぶん、これ、今後も再演すると思うので、細かいストーリーは省き、出演者感想へ。

長男・信秀(日南田顕久)…弁当屋の跡取り。天才肌の父親と違って料理人の才能はない。経営能力もない。でも長男だから、ずっと自分が跡を継ぐ気でいた。そして、今、存亡の危機に立っている。とても優しい。本当はハンサムだが、身だしなみに気を使ったことがない。色々考えるととても難しい…たぶん一番難しい役だと思うが、あー、いるよね、すごくわかるーと納得してしまった。絶対に幸せになってほしい。
次男・龍盛(朝川優)…如才ないタイプで、大手電気メーカーに就職、ハワイ支社でバリバリ働いていた。が、会社が支店をたたむことになったので会社を辞めてしまう。夫婦仲も暗雲が。めっちゃかっこいい登場から一転、一番かっこわるいことになってしまう後半まで、なんか憎めないイケメンでした。
三男・清朝(沖田幸平)…ニート。恋人あり。絶対に働こうとしないのには、実は理由があった。前半と後半で一番印象の変わる人。あーそうだったのかーと思う。そして、その変わり身が超かっこいい。最初はホントダメ人間だと思っていたんだけど、すげぇ~!恋人のねねちゃんとの関係性もすごくいいなぁ[揺れるハート]と思う。現実にはありえないだろうけど。あ、いっこだけ、どうして次男のこと嫌いなんだろ?という謎は解けないまま。単に兄弟で三竦み(四竦み)ってこと[exclamation&question]
あと、彼は、冒頭上半身裸にトランクス姿なのだが、そのトランクスの中にちゃんともう一枚グレーのパンツをはいていて、それを見て、こういうとこがプロの舞台だ、と思ったことは付け加えたい。客席からどう見えるか、をちゃんとチェックしてるんだなーと。
四男・瑠宇玖(釜山甲太郎)…大学生。名前の由来からしてくすっとさせる。三男よりはしっかりしているようで、一番とんでもない展開が面白い。だめだめーとか言いながら、ポーズ決めたりとか、アイラブミーなところが可愛いです。
父・吾郎(藤波瞬平)…父の登場シーンは、この再演版からの設定とのことだが、ここが増えたことで、作品に厚みができたのは間違いないだろうな、と思う。天才肌の料理人。それゆえに使用人との関係がうまくいかなくなって、どんどん孤立していく。悪い人じゃない。でも、酒が手放せないようになって、悪循環。長男だけが知るあれやこれやのエピソードが切ない。
その他、パートの春日さん(あきやまかおる)、清朝の恋人・ねねちゃん(溝口小百合)、信秀のお見合い相手・後鳥羽さん(藤井真由香)、郵便局員で清朝の高校時代の友人・板垣(尾方泰輝)、かつての従業員・岩倉(堂ヶ平勇介)、八百屋ののりちゃん(苗村大祐※)、弁当商品の開発担当・平(溝口謙吾)…と総勢12人の出演者。
これって劇場サイズに比べて多いんじゃないかな~[あせあせ(飛び散る汗)]なんて余計なことを思った。
これだけの役者揃えて、これだけの芝居して、12人で3800円じゃ元取れないんじゃないの[exclamation&question]
あ、だから、物販…か…[あせあせ(飛び散る汗)]ごめん、すぐ帰っちゃって[もうやだ~(悲しい顔)]
てか、すぐに物販出来る体制がほしいかな。
役者に売ってもらわなくても、すぐ買えた方が嬉しいです。

nice!(3)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:演劇

「エレクトラ」観劇 [┣演劇]

エレクトラ

エレクトラ:高畑光希
オレステス:村上虹郎
イピゲネイア:中嶋朋子
アイギストス:横田栄司
クリュソテミス:仁村紗和
アガメムノン:麿赤児
クリュタイメストラ:白石加代子

演出:鵜山仁
上演台本:笹部博司
製作:りゅーとぴあ


白石加代子と高畑充希主演の「エレクトラ」。
上演されることは、昨年の「オフェリアと影の一座」の時から知っていた(おなじりゅーとぴあの製作なので)が、実際に観てみようと思ったのは、2月に観劇した「アトレウス」がことのほか面白かったから。その時の感想は、こちらです。
あらすじも書いてあるので、ぜひ読んでください。

今回の「エレクトラ」も、内容は「アトレウス」とほぼほぼ同じような展開。つまり、ギリシャ悲劇である。
ただ独白が重要なポイントになってもいるので、それぞれの独白枠をいい感じに繋ぎ合わせることもあって、内容は多少前後していた。

面白さという点では、「アトレウス」に軍配をあげたいが、最後の唐突な終わり方は完全に忘れていた。今回は、そこが全部持って行った感があるので、やはり、白石のインパクトはすごいと言わざるを得ない。
そういえば、アイギストスとクリュタイメストラが殺される順番は逆だった[exclamation×2]
でも、オレステスの遺体だと偽って相手に見せるというのは同じで、どっちにしても残酷な話である。(死んでほしいと思っていた相手の遺体を見るつもりでいたら、最愛の人の遺体だったわけで…)

実は生きていたことが明らかになる、イピゲネイア役の中嶋朋子、やっぱ好きだわ、このひと[るんるん]儚げな感じがたまらない。
ただ、この作品では、白石演じるクリュタイメストラが、自分を正当化するために、イピゲネイアが生贄になる場面をまるで見てきたかのようにおどろおどろしく語るので、この作品では殺されてしまったのか…と思っていた。白石の演技力にミスリードされてしまった人は多いのではないかしら[exclamation&question]

ダブルヒロインの高畑充希も、身体を張って、難役に挑戦していた。その迫力はすごかった[exclamation]
ただ、彼女はとても理知的な雰囲気が強く、セリフの喋り方も、相手を納得させてしまうような語り口なので、誰からも理解されないヒステリックな王女、エレクトラとはちょっと違うタイプかな…と思った。
そんなせいもあるのだろう、ダブル主演なのだが、やっぱり白石加代子の圧倒的な存在感が印象的な舞台だった。

舞台美術が素晴らしかった。プログラム買っていないので、どなたの作品かわかりませんが…家族の中に荒野があるような、ヒリヒリとした空気を感じさせるすごいステージだった。終わりの方で、オベリスク風の装置が、吊り上げられ、中に仕込まれていたアテネ像を使うところなんか、なるほど~[ひらめき]と、楽しく観ることができた。

そうそう、あと、さすが「パブリック」シアター[exclamation]と思ったのは、軽食がリーズナブルに提供されていること。近くのお店で食べるより、ここで食べた方がいいような気がする。


nice!(3)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:演劇

「エレファント・ソング」観劇 [┣演劇]

「エレファント・ソング」

作:ニコラス・ビヨン
翻訳:吉原豊司
演出:扇田拓也

美術:内山勉
照明:桜井真澄
照明操作:松本由美
音響:井出比呂之
衣裳:樋口藍
舞台監督:小島とら
制作担当:栗原暢隆
プロデューサー:名取敏行
製作:名取事務所

とある精神病院の医師の診察室を舞台にしたサスペンス。

めったにここにはやってこない院長、グリーンバーグ(藤田宗久)がやってきて、看護師のミス・ピーターソン(安藤みどり)は緊張を強いられている。
この部屋の主、医師のジェームス・ローレンスが失踪した件について、理由を知っていると思われる患者、マイケル(佐川和正)にインタビューするために、グリーンバーグはやってきた。が、マイケルはとても特殊な患者らしい。ピーターソンは、院長に何度も警告するが、彼女の見た目(かなりのおデブさんらしい)が災いしてか、あまり効果を発揮していない。
連れてこられたマイケルは、院長を自分のペースに巻き込み、ローレンス医師を殺してロッカーに遺棄したとか、彼とはホモ・セクシュアルの関係だったとか、本当か嘘かわからない言葉で院長を翻弄する。挙句は、ローレンス医師が幼児性愛者であったと告発する。
院長は、そんなマイケルを脅したりすかしたりしながら、自分の優位を崩さない範囲で信頼関係を作ることに成功する。そして、カルテを見ようとするとマイケルが過剰に反応することを利用して、彼から様々な話を聞き出す。
彼が、世界的に有名なオペラ歌手、アマンダ・セント-ジェームスの一人息子であること。彼女はある男と24時間だけ恋をして、その結果、マイケルを産んだこと。彼が8歳の時、一度だけ父親の住むアフリカに行ったこと。父に会いたかったから。そこで、父はマイケルをサファリに連れ出した。一頭のゾウを父が撃ち殺し、それが彼の生涯のトラウマとなった。
帰国したマイケルに、母は、ゾウのぬいぐるみをプレゼントし、彼のためだけに『エレファント・ソング』という数え歌を歌ってくれた。
それは、マイケルに対する唯一の母親らしい行動だった。
マイケルは、思春期には地中海クラブで船旅を楽しみ、その際、幼児性愛者(年齢的には少年愛かも[exclamation&question])らに性的暴行を受けていた。そして、現在、彼はゲイを自覚している。
その事件の少しあとに、マイケルは母親を亡くしている。コンサートで失敗し、自殺を図った母は、マイケルが見つけた時はまだ生きていた。しかし、彼女のダイイングメッセージを聞いたマイケルは、彼女を救うための手段は取らず、彼女のそばでエレファント・ソングを歌い続け、28になったところで、母は死んだ。母を見殺しにしたマイケルの態度が問題になり、彼は、精神病院へと送られることになった。そして、今も彼は精神病院で暮らしている。
担当医師は何人も変わった。そして、失踪したローレンス医師は、マイケルを愛していると言った。マイケルは初めて、心を開いた。しかし、彼は、ベッドへ誘うマイケルを拒絶した。患者と担当医師だったからか、彼への愛を性愛を含めて考えることができかなったからか…は、わからない。
そんなローレンス医師のところに、彼のおばさん(伯母か叔母かは不明)が倒れたという連絡が入った。ローレンスは、慌てて出発した。マイケルに院長宛のメモを渡して。つまり、ローレンスの失踪に事件性はなかったのだ、ということが、ラスト付近でようやく明らかになる。

しかし、それは、マイケルの心に大きな傷を残している。
マイケルとジェームス(ローレンス医師)、二人だけの心地よい世界。いつだって、ジェームスにとって一番大切なのはマイケルのはずだった。精神病棟に囚われたマイケルにとって、それが世界のすべてだった。
ジェームスには、もちろん、それ以外の世界が存在する。
しかし、治療なのか、面接なのかはわからないが、マイケルをこの部屋に入れている時は、常に、マイケルだけがそこに存在していた。
そんな中、緊急事態ということで、診察室に繋がった電話。
ジェームスは、マイケルの目の前で取り乱し、彼との面接時間を切り上げて、倒れたおばのところへ向かおうとする。そして、マイケルにメモを託す。
それは、マイケルへの信頼にほかならないのだが、マイケルが求めているのは、信頼ではなかった。

自殺を図った母の最期の言葉は、「音を3つ外した」だった。
死を目前にして、たったひとりの息子を前に、彼女は自分の歌のことしか考えていなかった。

愛されたかった。
そのマイケルの純粋な思いは、こうして次々に裏切られる。
世の中、そんなものなのだが、無条件に愛された経験を持たない、傷つきやすい彼の魂は、ジェームスが去ったことで、最後の希望を失う。
院長を使って、マイケルは、大芝居を打つ。マイケルの目的、それは、すべてを話す代わりに得られるチョコレートだった。彼はチョコレートアレルギーだったのだ。周到な計画の果てに訪れる突然の幕切れ。

でも、本当に悲しいのは、看護師のミス・ピーターソンも、マイケルをとても大切に思っていることを、マイケルが完全に無視していることだったりする。彼女の愛は、母親の愛と言っていいものだったが、マイケルには伝わらなかった。
彼女が醜く太っていて、下品で、独身だったから。そして、マイケルはゲイだったから。自分を性的な目で見る(マイケルはそう信じている)中年女に耐えられなかったのだ。

圧倒された。パズルのように、作られた心理劇。でも、決してゲームのような軽さはない。
すごく面白かった。こんな演劇が上演されているカナダが羨ましい[黒ハート]


nice!(3)  コメント(0)  トラックバック(1) 
共通テーマ:演劇

三越劇場「びっくり箱」観劇 [┣演劇]

向田邦子「びっくり箱」「重役読本」

作:向田邦子

「びっくり箱」脚本:岡本さとる
「びっくり箱」演出、「重役読本」構成・演出:一井久司

美術:齋藤浩樹、加藤藍子
照明:阿部典夫
音楽:高橋たかふみ
音響・効果:秦大介
舞台監督:小菅良隆
演出助手:竹内一貴
制作:岡本多鶴、佐野仁志

演出部:上間幸徳
音響操作:冨田聡
照明:A Project
音響:東京演劇音響研究所
衣裳・大道具・小道具:東宝舞台
声の出演(「びっくり箱」):中山由紀
ヘアメイク(名取裕子):橋本靖男
ヘアメイク:田中エミ
公演支配人:大島隆弘

製作:アーティストジャパン

向田邦子の「びっくり箱」と初期のエッセイ「重役読本」を上演するという企画に、元宝塚の帆風成海が出演する…というので、行ってきました!
結論…女優・帆風成海はいい!!!

作品は、向田邦子の生きていた時代が舞台になっているから、ざっと今から40年位前の日本。それを現代に置き換えて描かれている。なので、少しばかり古風なドラマにはなっている。
厚子(帆風成海)は、恋人の良司(山本一慶)と一緒に故郷に向かっている。実は彼女は妊娠しているのだが、彼はまだ知らない。
厚子は携帯で友人の「ヨウコ」に電話をしているのだが、そこでプロポーズされるかどうかは「五分五分」だと語っている。そうかな[exclamation&question]男が女の親に会うためにわざわざ列車に乗る時点で、100%プロポーズだと思うのだが。
列車の中で、厚子はしきりに彼が母のとし江(名取裕子)に気に入られるかを気にしている。なぜならとし江は、夫を亡くして以来十年間、清く正しく美しく生きてきた人…だから。
ところが、娘が母に手紙で見栄を張っていたように、母も娘に見栄を張っていた。実は、ここ数年来、近所に住む5歳年下の男性、友行(喜多村緑郎)といい仲になっていて、近所でも公認の関係だった。そこへ厚子がいきなり戻ってきたから大変。母と娘は、自分を棚に上げて相手を罵り始める。
母と娘、そして2組のカップルはいったいどうなるのか…そんな物語が「びっくり箱」。
ラスト近く、良司が財布をなくした場面の顛末が印象的。ここで、とし江は、一瞬にして女から母に戻る。岡惚れしている自身の目ではなく、世間的な目で(ある意味偏見で)“夫”を見て、財布を彼がどうにかしたと思いこむ。そして、事実(良司が喫茶店に忘れてきた)が分かった時、疑ったことだけがそこに残り、彼女は、すべてを失ったと思う。その流れが切ない。
しかし、友行の心は海よりも広かった。
びっくり箱が二人の本音を繋げてくれる展開がやさしい。
ほかにも、母子の語らいの場面で、出されたワインをさりげなく持ちながらも、決して飲まない厚子、、、などの見せ方もうまいなと思った。
母でありながら、女としての現役感バリバリな、とし江を演じる名取の存在感が素晴らしい。そして大女優と丁々発止一歩も引かない新人女優らしからぬ帆風の演技に感動した。唯一、スカートの捌き方が雑で、どうしてそんなに足が見えるんだ[exclamation&question]と思ったりはしたものの、それ以外は、娘であり恋する妙齢の女性だった。
ふんわりと女性たちを包み込む柔らかさのある喜多村と、イケメンで心優しい青年を好演した山本、そしてこういう舞台を成り立たせるために欠かせない存在としての仲本工事素晴らしい座組みだと思った。
朗読「重役読本」も、めちゃめちゃ面白かった[黒ハート]
向田さんは職業婦人だったが、そういう自分を決して肯定的には見ていらっしゃらなかったんだなーという気がする。重役とその奥様たち、そして部下たちのエピソードが、性差を是認する社会構造の中で、それを肯定して生きて行く人々の物語として面白く描かれている。もし向田さんが御存命だったら、今の世の中をどうご覧になっていたのか…と、ふと思った。
新しい女性の生き方を素晴らしいと思ってくださったのか、それとも、小言ばあさんになっていたのか…。
テーマソング的に「寺内貫太郎一家」のテーマ曲が使われていたとか。「昭和のホームドラマみたいな曲だな」と思ったら、まさに。

ほのぼのとした時代だったなぁ。もう戻れないけど。
そういう古い部分をさりげなく換骨奪胎している脚本が素晴らしかった。あと、喜多村さんは、テレビドラマにもどんどん進出したらいいんじゃないか…と思った。

とにもかくにも、ホタテ最高[黒ハート]
朗読の時のベージュのパンツスーツも可愛かったです[かわいい]


nice!(4)  コメント(0)  トラックバック(0) 
共通テーマ:演劇