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「真説・春琴抄」観劇 [┣演劇]

あかね色 第一回公演
「真説・春琴抄」


原作:谷崎潤一郎
脚本:柳井祥緒(十七戦地)
演出:三浦佑介(あサルとピストル)


制作:神崎ゆい(ゆめいろちょうちょ)
美術:石塚うた
音響:臼井倶里
衣装:153
撮影:山本詩乃(7millionsーナナミリオンズ―)
宣伝美術:ハコファクトリィ
プロデューサー:石原あかね


あかね色さんの初プロデュース公演「真説・春琴抄」を観てきた。
遠征以外では、たぶん、一番遠い劇場だった気がする。遠いというか、終了後、帰宅までに一番時間がかかった、というか。駅から劇場までの距離も含めて…だが。ふれこみでは、65分の短い芝居なので、20時の部でも、21時過ぎには終わりますよ…ということだったが、まっすぐ帰宅したら23時を軽く回っていた。


遠い…


しかし、今回の舞台、その遠さも含めて、よかった。


一人で帰る道々、色々考えることができるから。
そういう、考える気持ちになる芝居を見るって、幸せなことだと思う。


上演前に、演出の三浦さんから、ちょっとした前説があった。
ステージも上演始まる前なら、撮影OKですよ、と言われて、少し写真も撮った。こんなステージです。


春琴抄1.jpg


散乱しているのは、原稿用紙です。


春琴抄2.jpg


着物とか鳥籠とかがモチーフになっています。見えづらいですが、着物の手前の扇の手前につり下がっている小さな鳥籠の中には、「春琴抄」の初版本が入っているのだとか。


春琴抄3.jpg


正面の小さな文机で谷崎は執筆しているのですが…。


「真説・春琴抄」とあるのは、谷崎潤一郎の小説「春琴抄」をベースにしつつ、谷崎夫婦の実人生も登場するから…かな[exclamation&question]「春琴抄」では、サディスティックな盲目の美少女に尽くすことに悦びをおぼえる男が主人公であり、それが谷崎自身にオーバーラップしているというのが定説になっている。当の谷崎自身もそれを認めるような随筆を書いているのだが、これに真っ向から異を唱える形で、本作は始まる。


記者の鮎川(小山蓮司)は、谷崎の2番目の妻、丁未子(木野コズヱ)から「処分してほしい」と、谷崎から結婚前にもらったラブレターの束を受け取る。再婚するので、持っていけないというのがその理由だが、わざわざ記者に渡すところが怪しい。しかも、その場で読ませてるし。そして、谷崎と現夫人の松子との本当の関係を知りたければ、谷崎の弟である精二に聞けばいい、みたいなヒントまで与えちゃう。
弟の精二(田中智士)は、大学教授で、文筆業もしている。が、兄に対しては、とても批判的。ぶっちゃけ、あんまり性格が良くないように感じられる。
この人の話を聞いているうちに、本作品(春琴抄の外側の谷崎夫妻の居る世界)の舞台が、昭和14年であることが、まざまざと浮かび上がってくる。長男である谷崎が、弟妹の面倒を見るのが当然であり、大学教授であっても次男にはその義務がないと言い張る精二から、「家父長制」という死語がぽーんと浮かぶ。
谷崎は、現在の妻、松子の魅力に抗えず、しかしそれは、彼女が美人というわけではなく、なにやら性的な魅力があるらしい、と精二は主張する。そして、二人は夫人が谷崎を使用人のように扱うプレイを楽しんでいる。その楽しみを完遂するために、彼女が妊娠した時、無理矢理中絶させた過去があるらしい。
それを「とんでもないこと」と評する精二だが、その感覚は、赤ちゃんが可哀想…みたいな現代的な感覚ではなく、「生めよ、増やせよ」とされていた軍国主義の日本において、産まない選択肢を持つなどとはあり得ない的感覚なんだろうと感じた。決して、台詞にあるわけではないのに、時代背景が浮かび上がるのは、脚本と演出が細やかにその時代を再現しようと努めているから、じゃないだろうか。
その辺りの誠実さが、昨今の演劇の中では、秀逸だったと思う。


田中智士は、この精二役のほかに「春琴抄」の登場人物、利太郎を演じているのだが、どちらも的確に作品上のヒールを演じている。ヒールだけど、ちゃんと血の通った、その人物が生きてそこにいる感覚。丁寧な役作りで、すっかり引き込まれた。
そういう「ただの悪役」ではない利太郎だから、この「春琴抄」では、春琴が火傷をした原因が利太郎とは思えない。もっと理性的に春琴に意趣返しをできるキャラクターになっている。


その分、犯人っぽく描かれているのが、木野コズヱが「春琴抄」ターンで演じている“照女”。照女は、原作の小説にも登場するキャラクターだが、原作では、盲目の師弟コンビの世話をするために雇われた少女、“鴫沢てる”として登場する。当然、犯人であろうはずがない。
が、この芝居では、盲目の春琴の小間使いとして当初から登場、佐助(藤波瞬平)が、春琴からひどい仕打ちを受けながらも、彼女に尽くし抜く姿に、内に秘めた嫉妬を表現する場面がある。
そんなに、「苛められるのが好き」なら、私も…と、佐助に馬乗りになって責め立てるのだが、佐助は、春琴以外からは、こんなことをされたくないとキッパリ拒絶する。佐助は、春琴こそ完璧な美(盲目ゆえに目を伏せていることさえ)であり、彼女に奉仕することこそ、自分の幸せなのだ、と言って、さらに照女を激昂させる。
春琴は、ウグイスを飼っているのだが、原稿用紙で作られたウグイスを握りつぶす木野の鬼気迫る姿に、こういう春琴抄もいいかもしれない、と思った。
爆発するような芝居はないが、木野の静かな狂気が、心に残った。そして、この時、照女の狂気が、冒頭の丁未子の狂気に繋がるのを感じた。「真説・春琴抄」は、あの「春琴抄」の新しい解釈ではなく、「春琴抄」を通した、谷崎と三番目の妻・松子を読み解く物語なのだ、と納得した。


佐助を演じ、谷崎を演じた藤波は、これまでで一番低い声を使って、色々なものを抑え抜いた佐助を体現していた。
春琴と松子を演じたあきやまかおるは、佐助にとっても理想の美女、谷崎にとっての最愛の妻という難役を、説得力をもって演じた。松子の方は、さすが、声優[exclamation]的変わり身のある芝居を見せ、春琴の方は、静と動、悲しみと怒りを美しさを失わないまま、幅広い表現力で見せてくれ、最後は、コミットしようとする他人を寄せ付けない、「二人だけの世界」の存在が、他者を必要以上に攻撃的にするのかもしれない…という、「真説」に到達できたような、そんな二人に圧倒された。
佐助が春琴にプレゼントした簪を使って目を突くというアイデアは、ロマンチック[黒ハート]


鮎川を演じた小山は、このメンバーの中で、ちょっと損だったかな…と思ったが、(原作にないキャラクターだし、難しかったと思う)ハートのある芝居には好感が持てた。


最後に。
これまで、なよなよしてるとしか思っていなかった谷崎潤一郎だが、よく考えてみれば、戦争中に「細雪」を書くなんて、相当、腹がすわった男なんじゃないか、ああいう時代に、個人の愛や性癖を貫こうとか、むしろかっこいいと思うようになった。


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池谷のぶえ「贋作 女優」発売記念イベント [┣演劇]

「円生と志ん生」上演の前後、ネットで共演者について調べていた時に、池谷さんのエッセイがすごく面白いことを知った。
(現在は、“えんぶ”上にて身の上相談を連載中。)


そんな池谷さんの出版記念イベントがあると知り、即申し込んでみた。


会場への到着が少々遅くなってしまったため、逆に近い席しか残っていなくて、特等席で池谷さんを見つめることになりました[黒ハート]


なんと、獅子舞姿で登場され、大いに盛り上がる中、獅子面を外すと、中はヒゲとモジャモジャ頭とサングラス。そんな姿で、鈴木雅之の歌でグルーヴする池谷さん。なんか、これ、どういう風に進んでいくんだろう…と、ハテナマークが飛び交う中、テンポよくイベントは進んでいった。
まず、今回出版された「贋作 女優」の一部を朗読。さすがに引き込まれる。
それは、大学を卒業した頃の池谷さんの物語。彼女は、大学の演劇部の後輩に誘われて、彼の劇団の旗揚げ公演に参加する。
そして、10年間所属することになった劇団(猫ニャー)の主宰、ブルー&スカイさんが登場し、二人のゆるいトーク。大学時代(東洋大学)の話から、本に書かれた池谷さんの人生の話、そして劇団時代の話など、とりとめもなく、ゆるく、でも温かい会話が繰り広げられた。
そして、ほっこりして客席が温まったところで、自作自演の一人芝居へ。


なかなかSFチックな一人芝居で、ここで、あまり面白くない芝居を見た現在の池谷さんが、そこに出演していたアンサンブルの女優、ゆうこさんと一緒に劇場近くのお店に入って、あれこれと話す芝居と、やたら大御所的な雰囲気を漂わす大女優が、あまり面白くない芝居に出演していて取材を受けている芝居が、時空を超えて連結するというもの。
大女優は、83歳の池谷さんという設定。そしてここで言葉を濁した面白くない芝居の再演で主演している。
あなたがハッキリとつまらないと言わないから、再演に主演することになってしまった、と大女優は現在の池谷さんを叱る。そして、これからの女優人生はもっともっと大変なんだから[exclamation]みたいな話で笑わせる。
位置的に、ゆうこさんは私[exclamation&question]みたいな距離感でお芝居を観ることができ、感動で胸がいっぱい。


すると、今度は、なぜか、顔に白塗りをした状態で、歌う時間に。
なぜ、白塗りだったんだろう…[exclamation&question][exclamation&question][exclamation&question]


曲は、ディズニー映画「リトル・マーメイド」より、“パート・オブ・ユア・ワールド”。
実は、このイベント、観劇仲間のK様をお誘いしていて、K様の好きな女優さんは、彼女の前で、“パート・オブ・ユア・ワールド”を歌うことが多かったので、急にK様が参加できなかったのは、とても残念に思ったりしたのでした。


池谷さんの澄んだ声は、生き生きとのびのびとしていて、アリエルにピッタリ[揺れるハート]


その後、白塗りを落としながら、客席からの人生相談に答える池谷さん。読み切れなかった相談は、今後“えんぶ”でも使用されるとのこと。私が池谷さんの文章に注目したのが、この人生相談だったので、今後も楽しみだな…と思っております。


そして、最後に、中島みゆき「誕生」を歌って終了。1時間という短い時間に収め切った見事なイベントでした[exclamation]


池谷さんほどの素晴らしい演技者が「女優」とはなんだろう…と、真剣に悩んでいたことが、エッセイからもトークからも感じられ、そんな池谷さんとの共演は、ゆうひさんにとって、とてもよい経験だったんじゃないか、とあらためて感じた。
私はサイン本を購入してきましたが、「贋作 女優」、軽い筆致で、でも、人生の深みが感じられて、ステキな自叙伝でした。


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キャラメルボックス「ティアーズライン」観劇 [┣演劇]

キャラメルボックス 2017ウィンターツアー
「ティアーズライン」


脚本・演出:成井豊


美術:松井るみ
照明:黒尾芳昭
音響:早川毅
舞台監督:村岡晋
振付:川崎悦子(BEATNIK STUDIO)
スタイリスト:花谷律子
ヘアメイク:武井優子
小道具:高庄優子
殺陣振付:大内厚雄
音楽監督:加藤昌史
音楽コーディネーター:高岡厚詞


ゲストなしのオール劇団員キャストで、久しぶりの成井豊オリジナル書下ろし新作だという。
実は、私もキャラメルが久しぶりだったり。


ティアーズラインとは、チーターの顔についている黒いラインのこと。それはチーターが子供を思う涙の痕だとも言われている。


この物語は、「母が子を思う気持ち」がテーマになっている。
主人公の探偵・横手道朗(畠中智行)は、突然何者かに襲われ、拉致される。相手は殺し屋・十文字誠(阿部丈二)で、殺し屋開業10周年記念として、自分を説得できたら殺さないでもない、と言われる。
その事件が起きた時、道朗の両親は、オーストラリアに旅行中だったのだが、突然、母の克子(大森美紀子)が道朗のところにやってくる。そのいきなり感に納得できない道朗だったが、オーストラリアにいる父・幸治(西川浩幸)から連絡があり、とんでもないことがわかる。母は現地で突然倒れ、意識がないというのだ。
つまり、ここにいる母は幽体離脱[exclamation&question]
さらに、十文字が狙っているのは、道朗だけではなく、同僚の鯉川晴也(多田直人)もだという。どうやら鯉川が追っている事件が、彼らを危険にさらしているらしい。


序盤から、謎・謎・謎…
それが見事に回収されていく様は、観ていて気持ちがいい。


人が人を想う気持ち。家族であったり、恋人であったり、中でも、母が子を想う気持ちの強さは、奇跡を呼ぶのかもしれない。
そんな感動的な物語の中、間違った思いの強さは、逆に子供を破滅へ導くこともある…ことも描かれる。
幽体離脱してまで道朗を助けに来る克子の愛。一方で、子供の起こした(実は違う)交通事故を隠蔽するために、殺し屋まで雇ってしまう大臣の妻・成美(坂口理恵)の愛。


しんみりするだけでなく、アクションシーンもあり、爆笑するシーンもあり、これからどうなるの[exclamation&question]と、ドキドキするシーンもあり、本当に楽しかった。
成美の息子、翔平(山崎雄也※)は、事故を起こしていなくて、本当に同級生の起こした事故だったこと、そして克子がちゃんとオーストラリアで目を覚ましたことで、まさに絵に描いたような大団円。年末に気持ちよく劇場を後にすることができた。
(※「さき」は山編に立・可ですが、環境依存文字のため、この漢字を使用しています。ご了承ください。)


鯉川の妹で、道朗の恋人、麻衣が事故の被害者で、実は亡くなっていたこと。それからずっと、道朗は、今はいない彼女との電話に依存していたこと…が、ずっと伏線として張り巡らされていて、あー、そういう風に繋がるんだ[exclamation]と、納得。
母の愛の影に隠れているけど、鯉川の「妹を思う心」の強さも、感動的だった。


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キャラメルボックス「ティアーズライン」応援してます! [┣演劇]

劇団キャラメルボックス「ティアーズライン」初日を観劇した。


これ、公演中は感想書くのは難しい。ま、そもそも公演中に感想書ける状況じゃないけど。(ただいま1.5ヶ月分の感想がたまっています[がく~(落胆した顔)]


でも、久々の成井さんオリジナル作品だし、初日を観ての感動がハンパなかったし、それに、公演終了後、撮影OKタイムもあったりしたので、これは、宣伝しなきゃ~と、勝手に使命感感じて(キャラメルさんは、同じソネブロ仲間でもありますしね[黒ハート])、撮影写真を一挙公開しつつの大宣伝です。


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前半はプロローグのダンスシーン。
そして、後半は、次回作「夏への扉」についてのミニコントでした。
(微妙にご贔屓の多田さんと西川さん多めになっています。)


「夏への扉」の時は、演劇についてすごくすごく考えたな~。あの作品を純粋に楽しめるほどに、まだ色々なものが戻ってきているわけじゃないけど、震災の記憶が残っている今だからこそ、再演する意味もまたあると思う。


でもその前に「ティアーズライン」は、絶対に観ておくべきですよっ[パンチ]


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「欲望という名の電車」観劇 [┣演劇]

「欲望という名の電車」


作:テネシー・ウィリアムズ
翻訳:小田島恒志
演出:フィリップ・ブリーン
美術:マックス・ジョーンズ


照明:勝柴次朗
音響:長野朋美
衣裳:黒須はな子
ヘアメイク:佐藤裕子
美術助手:ルース・ホール、原田愛
演出助手:渡邉さつき
通訳:時田曜子
舞台監督:幸光順平


「欲望という名の電車」、過去に篠井英介主演作品(鈴木勝秀演出)のものを2度観ているが、女優主演で観るのは初めて。
今回の舞台は、ブランチ・デュボワに大竹しのぶ、スタンリー・コワルスキーに北村一輝、その妻でブランチの妹・ステラに鈴木杏、ブランチに恋をするミッチに藤岡正明という配役。


舞台はアメリカ南部のニューオーリンズ。日本語のタイトルは「欲望という名の電車」だが、原題は、“A Streetcar Named Desire”。Streetcar=路面電車である。Desire Streetは、実際に存在する横丁の名前で、そこを通る路面電車なので、Desireという名前が付けられている。
大昔、ニューオーリンズに行った時、Streetcarの写真、撮ったな~[わーい(嬉しい顔)]


ニューオーリンズのその界隈の横丁は、貧しい白人たちが住んでいるところのようで、そこにやってきたのが、いささか場違いな貴婦人然とした女性、ブランチ・デュボア(大竹しのぶ)。妹のステラ(鈴木杏)に会いに来たという。ステラは、長屋のような家に夫のコワルスキー(北村一輝)と暮らしていて、多少乱暴だが、自分を強く愛してくれるコワルスキーにメロメロだが、かつて南部の富豪だったことを忘れられないブランチは、そんな妹に大いに不満がある。
顔を見たら帰るのかと思いきや、ブランチは、居心地の悪いコワルスキー家に居座ってしまう。そして、この家で夜通しポーカーをしに来るメンバーの一人、ミッチ(藤岡正明)は、上品なブランチにすっかり心を奪われてしまう。
ブランチとそりが合わないコワルスキーは、親友のミッチが彼女に惹かれていることもあり、ブランチのことを調べ始める。そして、彼女の恐ろしい正体を知ってしまう。親友として、コワルスキーはすべてをミッチに話し…


この戯曲には、痛々しい設定がいくつもあって、そのひとつが、ブランチを崇拝していたミッチが、すべてを知った後にブランチを訪ねるシーンだ。
(学校で国語の先生をしていたブランチだが、その裏で、彼女は、住んでいた街で有名になるくらい男漁りをしていて、相手になる男に不自由したあまり、教え子に手を出してしまい、学校と街を追われたのだった。)
そういう女と知ったからは、妻として、母親に紹介できない。でも、そういう女と知ったからは、これまでみたいにおずおずとデートに誘うんじゃなくて…と、ブランチに襲い掛かる。ひどい…[もうやだ~(悲しい顔)]
でも、純情なミッチだったので、どうにか、難を逃れるブランチ。


しかし、コワルスキーは、もともと残虐性もあるし、これまでのブランチへの怒りもあるので、躊躇なくブランチを犯す。ステラが出産のために病院に行っているその時に。
この一晩の出来事により、ブランチの最後の正気が失われ、彼女は精神病院に連れていかれることになる。
何も知らないステラ。悪いことをしたと思っていないコワルスキー。


救われない…[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]


この救われなさは、女優がブランチを演じることによって、いたたまれなさになる。
これまで、篠井英介のブランチしか観ていない私は、そのことに初めて気づいた。
そして、テネシー・ウィリアムズの遺族を説得して、篠井ブランチを強行したあのシリーズは、私にとっては、乾いてヒリヒリする胸の痛みを受け入れることができる唯一のキャストだったのかもしれないと思った。

救われなさ、は、私は耐え難く感じたが、それこそが、テネシー・ウィリアムズの望んだ世界なのかもしれない。
そのわりに、ブランチ強姦シーンの演出は、絵として、そういうものに見えず、残念な感じ。
コワルスキーとステラのラブシーンは、慣れ親しんだ夫婦の気安さと、肉体的な魅力を感じ合っているカップルの熟れた愛欲が感じられて、見事な演出だと思った。(決してエロに走っているわけではなく。)
でも…[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]
もちろん、強姦シーンをリアルにやれ、というのも違うし、相手は大女優様だし、いろいろあるんだろうな…と思いつつ、たとえ、ニンフォマニアと言われる女性であっても、無理矢理犯される恐怖と屈辱は絶対にあると思うし、象徴的な表現でいいから、そこをしっかりと描いてほしいなと思った。


まあ、そういう微妙な要望はありつつも、大竹ブランチの演技には、もはや、神が宿っているとしか思えなかった。
さすがの大竹しのぶであっても、畳みかけるように長ゼリフを言うのは、難しい。どこかで、覚え込んだ台詞が出てこないことも出てくる。瞬時、台詞が止まっても、明らかに自分の言葉の混じったものであっても、大竹の台詞は、そのすべてがブランチのものだった。
女優・大竹しのぶの真骨頂を見たと思った。
これを引き出したことは、演出家の功績であると思う。


真夏のニューオーリンズの湿度の高そうな空気感、猥雑な街の人々西尾まりが好演!)、不思議な仮面の出てくるシーンなど、日本人には、ちょっとできない演出も面白かった。2017年の観劇の締めくくりに相応しい舞台だったと思う。


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「終わらない世界」観劇 [┣演劇]

「終わらない世界」


作:益山貴司(劇団子供鉅人)
演出:吹原幸太(ポップンマッシュルームチキン野郎)


舞台監督:白石定
照明:Jimmy
音響:島貫聡
美術:稲田美智子
振付:椎田香王子
音楽:ナカムラタカノリ
衣装:オガロコ
ヘアメイク:三宅早月
演出助手:朝田博美
宣伝美術:清水皓之
宣伝写真:梅沢香織
宣伝ヘアメイク:大宝みゆき
当日運営:大槻志保、須藤千代子
制作:ジェットラグ
プロデューサー:阿部敏信
企画・製作:ジェットラグ


小惑星が衝突して「世界の終わり」が訪れるという日、大女優・七瀬ミワコ(大和悠河)のカムバック公演が行われる劇場には、本人のミワコと、スタッフの青年(百名ヒロキ)の二人だけがスタンバイしていた。
その他の出演者やスタッフは、それぞれの場所で、それぞれの形で人生の終わりを迎える覚悟をしていた。
家族水入らずで過ごそうとする者、二人の美女を相手に酒池肉林としゃれこもうとする者、自分だけは生き残ろうと強い意志で行動する者…しかし…世界は終わらなかった。小惑星の衝突は回避されたのだった。
みんなよかったねー[るんるん]というわけにはいかない。死ぬと思い込んで「やらかしてしまった」さっきまでのあれこれは、もう「なかったこと」にはできない。生き続けられるとわかっていれば、あんなことしなかったのに…[爆弾][爆弾][爆弾]
そして、人々は、行くべき場所を目指す。そうだ、今日は公演があったんだよ[るんるん]と。
「世界の終わり」の前後での人々のあさましいエピソードと、そんなものを超越しているミワコの物語が交錯し、出演者やスタッフの現実の物語と劇中劇が錯綜して、面白い脚本だった。


宝塚を退団後の大和悠河を観たのは、「カーテンズ」以来かな[exclamation&question]今調べたら、2010年の作品だったので、7年ぶりに観たことになる。
女優としてのタニちゃんは、どこか、普通の人間っぽさが見えなくて、どう表現したらいいのか、正直、わからないというのが、当時も今も変わらない感想。ただ、今回のミワコ役は、大女優としてのキャリア後に、ギャングのボスの夫人になって、今回、久々のカムバック公演という設定に納得性があった。
その一方で、舞台上で男性の役を演じるはずなのに、稽古中の服装が短パンにデザインタイツ(ガーターベルトみたいな柄のヤツね)だったりする辺り、ほとんど理解不能。男性役を演じる時は、稽古中からそれ風なスタイルじゃないと、本人も周囲もやりづらいんじゃないかなーと、現実的なことを考えてしまう。ミワコさんや、タニちゃんは、そんなことないんだろうな…[あせあせ(飛び散る汗)]
元宝塚男役から女優になる人は多いが、タニちゃんは、女優と呼ぶにはちょっと違う、職業・大和悠河、みたいな存在のようだ。だから、ここでリアリティとかそういうことを思うのは、きっと見当はずれなんだろうな、と思う。
思うけど、理解を超える主演女優だと、どうも物語に気持ちが入っていかない。
ジェットラグだと、蓮水ゆうやが主演した「私はスター」なんかは、すごく面白くてよかったんだけど。


そんな中、大女優・ミワコに敵意を燃やす女優を演じた帆風成海は、的確な演技が心地よかった。ま、この辺は、好みの問題も大きいかな。
「世界の終わり」を前に、シェルターに籠っても自分だけは助かろうとする一部の人々が、逆にシャッターが開かずに、終わらなかった世界に戻れない。そこで、女優らしくSNSでファンに助けを求めるという設定が面白い。
一緒に閉じ込められた、自信を失っている俳優を、「どっちのファンが先に助けに来るか、賭けよう」と言って鼓舞するのも、なんか、かっこいい。ただ、スリットの入ったセクシーな衣装だったのに、網タイツが濃いめで、ダサい感じになってしまったのは残念。女役については、まだまだ研究途上ってとこかな。


百名は好青年を好演、AKB48の藤田奈那は、演出家の息子に取り入ろうとして失敗し、豹変する役どころ。たしかに可愛い。
AKBファンと見られる男性客も多く、そんな方たちに、元宝塚の男役は、どんな風に見えたのだろう。
そして、私が次にタニちゃんの芝居を観るのは、いつかな[exclamation&question]


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「プライムたちの夜」観劇 [┣演劇]

「プライムたちの夜」


作:ジョーダン・ハリソン
翻訳:常田景子
演出:宮田慶子


美術:横田あつみ
照明:中川隆一
音響:上田好生
衣裳:半田悦子
ヘアメイク:宮内宏明
演出助手:金澤菜乃英
舞台監督:澁谷壽久


芸術監督:宮田慶子
主催:文化庁芸術祭執行委員会/新国立劇場


出演は、浅丘ルリ子、香寿たつき、佐川和正、相島一之。これだけで、「行くでしょ」となる、すごいメンバー[黒ハート]


で、内容は…というと、近未来的な物語。
「プライム」というのは、AI(人工知能)を搭載したアンドロイドのことらしい。


最初、85歳で認知症気味のマージョリー(浅丘)の話し相手的ポジションとして、不思議な男(佐川)が登場する。動きは不自然ではないのだが、どことなく人間離れしている。たぶん、視線が微妙に違うのかな。話が進むうちに、だんだんと、この男がプライムであり、その姿はマージョリーの亡夫・ウォルターの若い頃の姿であることが分かってくる。

マージョリーのもとを訪れる人間は、一人娘のテス(香寿)と、その夫、ジョン(相島)。この二人がマージョリーのために、ウォルターの姿をしたプライムの導入を決めたのだ。


そして、ここからがこの作品の真骨頂なのだが、場が変わるごとに、マージョリーが死んで、彼女のプライムが登場する⇒テスが死んで彼女のプライムが登場する…と人間が減って、プライムが増えていく。
最後に、ジョンは居なくなっていて、三人のプライムたちが不毛な会話を永遠に続けていく場面は、鳥肌が立つような空間だった。


基本的には、4人の役者がいて、最初は3人の人間と1人のプライムだったのが、だんだん交替していって、最後にはプライムだけが残る、というこの設定を味わうための芝居なんだろう、とは思う。
しかし、その中に、認知症になってポロポロと記憶がこぼれていくことに不安を抱えるマージョリーが、夫の姿をしたプライムに記憶を移していくことで、何かの解決になるんじゃないか、と考えるジョンの優しさだったり、罪のないプライムの質問に、心をどんどん壊されていくテスの繊細さだったりが描かれているところに、この芝居の魅力があるんじゃないかと思った。


夫婦のすれ違いや、微妙な心理状態、思いやりの空回りなどを演じる香寿相島の丁寧できめ細かい演技。どこまでも壊れていくテスの痛みを客席にまで体感させるような香寿の悲鳴が耳に残る。そして、相島の深い愛情が、それだけにいっそうの哀しみを誘う。
その細やかさの反対側で、大女優・浅丘の存在感とドーンと突き抜けた存在感と、無機質を貫く佐川の透明感。
四人が、ちゃんと仕事をしていて、それがしっかり噛み合っていて、噛み合わない芝居を見事に構成している。出演者の演技力と、宮田慶子氏の演出力に圧倒される、プライムな夜だった。


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「この熱き私の激情」観劇 [┣演劇]

「この熱き私の激情 それは誰も触れることができないほど激しく燃える あるいは、失われた七つの歌」


原作:ネリー・アルカン
翻案・演出:マリー・ブラッサール


翻訳:岩切正一郎
振付:アンヌ・テリオール、奥野美和
音楽:アレクサンダー・マクスウィーン
美術:アントネン・ソレル
衣装:カトリーヌ・シャニオン
照明:ミッコ・ヒンニネン
音響:井上正弘
ヘアメイク:川端富生
演出助手:大江祥彦
舞台監督:小笠原幹夫
プロデューサー:毛利美咲
製作:井上肇
後援:カナダ大使館、ケベック州政府在日事務所
企画製作:(株)パルコ


ネリー・アルカンの映画を見た話はこちらに書いた。
舞台のチケットのおまけで映画が見られるなんて、お得~[るんるん]と思って見に行ったのだが、実は、舞台の方の日程を間違って覚えていて、おまけの映画は見たものの、舞台は…ということになりそうだったところ、お声掛けいただき、別日程の公演を観ることができた。
お声掛けて下さった友人の皆様に感謝したい。


舞台は、2階建て全10室の「部屋」。その部屋に6人の女優と1人のダンサーが現れては消え、独白とダンスでネリー・アルカンを多角的に表現する。部屋の前面はアクリル板になっていて、出演者はハッキリと見えるが、実は彼女たちと同じ空気を観客は共有していない。見えない壁があるのだ。


「幻想の部屋/幻想、イメージと肉体について」…芦那すみれ
空の絵の描かれた絵画に囲まれた部屋。
このシーンが初っ端で、でも、一番長く感じた。
すごいパッションで、動き回り、熱く心情を吐露するのだが、何度もM字開脚をしてくれることも含め、すごく苦手に感じた。


「天空の部屋/宇宙、星、自然について」…小島聖
ゴールドのタイトなドレスが美しい。
部屋は、白く無機質なトイレ。
なにやら、小難しいモノローグなのだが、ひたすら美しく危うく引き込まれた。


「血の部屋/家族の絆と血縁について」…霧矢大夢
ベッドルーム。売春婦の仕事部屋のような雰囲気。
ダンサー(奥野美和)が、蛇のようにチロチロと上の部屋から姿を見せる。
ここでは、霧矢は客を待つ売春婦のような体なのに、語るのは、家族と幼くして亡くなった姉のこと。
ベッドに横たわり、ピンと伸ばした足先にダンサー霧矢の矜持を感じる。


「神秘の部屋/運命とジャンルの混乱について」…初音映莉子
左上の部屋。この部屋が一番、生活空間っぽい部屋に見えたが、話は一番救いがない。
自分は、男の子が欲しかった親から望まれていない子だった、ということに囚われていて、自分なんてこの世にいらない…と、だんだん死を望むネリーの心情が、ポップな部屋にもかかわらず溢れていく。


「影の部屋/死の魅力について」…松雪泰子
下のセンター付近。背中を大胆に見せたタイトな裾の長いドレスが松雪の隙のない肉体に似合っている。
死を語る美女は美しすぎて、抑揚をギリギリまでおさえた台詞の力が素晴らしくて、とにかくもうひれ伏す。


「ヘビの部屋/信仰と狂気について」…宮本裕子
もはや、自殺は決定事項になっている。
漆黒の部屋の中で、熱にうかされたように繰り返し語られる物語は、ただもう悲劇でしかなくて…


才能のあるアーティストたちによる、実験的なドラマで、彼女の世界観を知らないと、なかなかストンと落ちてこないなーというのが正直な感想。最初の場面がかなりイタく感じてしまい、感情移入しづらかったという気もする。
親や兄弟との確執的なものは、どんな人も多かれ少なかれ経験しているものだが、性的な奔放さというのは、持ち合わせている人もいれば、そうでない人もいる。特に、高級娼婦として不特定多数の男性と性的な関係を結ぶ女性を理解できないと思う同性の観客は、少なくないと思う。そういう意味で初っ端で「ヒトゴト」になってしまう構成が本当に惜しいなぁ[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]
と思うのは、私だけだろうか。


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「24番地の桜の園」観劇 [┣演劇]

「24番地の桜の園」


作:アントン・チェーホフ
翻訳・脚色:木内宏昌
演出・脚色・美術:串田和美


照明:齋藤茂男
音楽:太田恵資
音響:市来邦比古
衣裳デザイン:太田雅公
ヘアメイク:佐藤裕子
振付:黒田育世
映像:栗山聡之
衣裳進行:中野かおる
美術助手:原田愛
演出助手:片岡正二郎
技術監督:櫻綴
舞台監督:横沢紅太郎、二瓶剛雄


24番地とは、東急Bunkamuraの住所らしい。
おそらく「24番地」を付けることで、この公演のための、この出演者のための新しい「桜の園」だよ、と言いたかったのかな…と思った。


「桜の園」自体は、我が家にチェーホフの全集があったので、読んでいたのだが、今回の演出(串田和美)は、かなり異質。
なんとも説明しがたい不思議な作品に仕上がっていた。
主演は、高橋克典らしい。高橋は、“桜の園”の農奴の息子だが、成功し、没落したラネーフスカヤ夫人が競売にかけた“桜の園”を競り落とすロパーヒン役。演劇公演の“主演”は、様々な力関係で決定し、作品の主役が“主演”になるとは限らないとはいえ、ロパーヒンが主演なのか[exclamation×2]とは、思った、さすがに。
大地主がたくさんの農奴を抱えて広大な領地を運営するという『時代』の終焉を、滅びゆく貴族側から描いた芝居を、新興勢力のロパーヒン主演でねぇ~[あせあせ(飛び散る汗)]
ちなみに、ラネーフスカヤ夫人役は、小林聡美。滅びゆく貴族を象徴するような居方をしていないのは、演出指示かな。でも、存在感はさすがだった。
その兄、ガーエフを風間杜夫。途中、三輪車に乘るシーンがあったりして、度胆を抜かれたが、「桜の園」の世界観を一身に背負っている感があった。
久世星佳は、ラネーフスカヤ夫人の娘、アーニャ(松井玲奈(可愛い[揺れるハート]))の家庭教師、シャルロッタ役。めっちゃ、変わり者の不思議なキャラクターで、客席を煙に巻いていた。最近のパンツ姿の似合うボーイッシュな久世は、かつての男役を彷彿とさせて、大好物。
しかし、何といっても一番驚いたのは、11月9日にスタートしたこの公演、10月14日に大千秋楽を迎えた「円生と志ん生」に出ていた大森博史池谷のぶえが出演していたことだろう。
ゆうひさんが、思っていた以上にお仕事熱心で慌てているファン一同だが、一般演劇界では、公演終わったらすぐに次の稽古みたいなサイクルが普通なのだろうか[ダッシュ(走り出すさま)]
池谷の声とセリフの間にすっかり惚れてしまって、セリフとセリフの間に、吸い込まれそうになった[るんるん]


脚本は、チェーホフ戯曲を大胆に変更していたが、私はチェーホフの、あのよく分からない言い回しが好きなので、それに関しては残念だった。


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リーディングドラマ「わが愛の譜」 [┣演劇]

リーディングドラマ
「わが愛の譜(うた)~滝廉太郎物語~」


原作:郷原宏
上演台本・演出:菅原道則
照明:阿部典夫(A Projekt)
衣裳:村上まさあき(東京衣裳)
制作:佐野仁志
プロデューサー:岡本多鶴
主催・製作:アーティストジャパン


かの有名な滝廉太郎の短い人生をその音楽で綴ったリーディングドラマ。大阪・東京各1回しか上演しない…という、もったいないステージに行ってきました。


最近流行りのリーディングドラマ。
出演者は4人。登場人物は19人。主演の松村湧太は、滝廉太郎を演じるのみなので、3人で18人…一人6役計算…[爆弾]役ごとに衣裳を変えるわけではないので、ナレーションも付けて、今、誰を演じているのか分かるように演じられている。
また、ステージ上にいくつも椅子が置いてあって、場面ごとに出演者がその椅子に座り、台本を読んで、ハケる…みたいな形で進行していく。廉太郎役の松村だけは、センターのピアノ椅子に座って芝居することも多かった。舞台のセンターにピアノが置いてあるだけのシンプルなセットなので、椅子の配置が難しかったのかな。
(ピアノをたとえば下手に設置して、椅子を上手に設置してしまうと、下手側には常に松村がいて、他の三人が上手側固定になってしまう。観客サービスという意味で、ピアノをセンターに配置し、椅子を上下に置いて、出演者が上手にも下手にも登場できるようにした…ということかと理解しました[ひらめき]
ドラマは、滝廉太郎が16歳で東京音楽学校(現・東京藝術大学)に入学したところから始まり、23歳で夭折するまでの短い人生が描かれる。それがただ朗読されるだけでなく、松村自身のピアノと尺八の演奏、そした帆風成海・亜聖樹・田中由也の歌も含めて紹介される。
23歳で亡くなった作曲家なので、「花」「箱根八里」「荒城の月」の三曲くらいしか残っていないのか…と漠然と思っていたが、肺結核で亡くなったため、感染を怖れた周囲によりかなりの楽譜が焼却されてしまったものの、残された作品は決してそれだけではなかった。(現在、存在が確認されている楽曲は34曲とのこと。)
特に、ピアノ曲「憾(うらみ)」の旋律の美しさ、切なさには、言葉に出来ないほどの感動を覚えた。
また、幼稚園唱歌として童謡を作曲したり、四季の歌を連作で作ったり…とバラエティーに富んだ作品を生んでいたことも知った。
名作「荒城の月」は、作詞の土井晩翠とは一度も会うことなく作曲されたのだとか。だから、荒城の月のモデルが仙台城(土井晩翠の故郷の近く)とも、大分県の岡城(滝廉太郎の父の郷里であり、廉太郎が晩年を過ごした地の近く)とも言われているのね…。作詞者・作曲者、それぞれの“荒城の月”があって、そのイメージの合作だったとは[ひらめき]


出演者は、みな和服姿がよく似合い、帆風亜聖はとりわけ美しかった。
出ハケが慌ただしいのと、三人が演じるには役が多すぎて混乱するところは残念だったが、滝廉太郎という不世出の天才を紹介するドラマとして、素晴らしい取り組みだったと思う。
特に廉太郎の楽曲をたくさん(13曲かな)聴くことができたのは、本当に幸せな経験だった。そして、そんな廉太郎を生み出した明治という時代、もしかして、かなり新しい時代だったのかもしれない…と感じた。


ホタテ見たさに行ったけど、本当に行けてよかったです[黒ハート]


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