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「危険な関係」観劇 [┣演劇]

シアターコクーン・オンレパートリー2017
DISCOVER WORLD THEATRE vol.2
「危険な関係」


原作:コデルロス・ド・ラクロ「LES LIAISONS DANGEREUSES」


作:クリストファー・ハンプトン
翻訳:広田敦郎


演出:リチャード・トワイマン
美術・衣裳:ジョン・ボウサー


照明:日下靖順
音楽:かみむら周平
音響:長野朋美
ヘアメイク:佐藤裕子
ファイティングコーディネーター:渥美博


通訳:時田曜子
アソシエイト・デザイナー:ジーン・チャン
演出助手:桐山知也
舞台監督:北條孝、上田光成


玉木宏・鈴木京香・野々すみ花で「危険な関係」をやる!と聞いた時から、これは観なくては!と思っていた。まあ、絶対ラブシーンとかあるから、耐えられるかな…という不安はありつつも。(けっこうピュアなすみ花ファンである。)


さて、今回の舞台、外国(fromロンドン)の演出家と舞台美術・衣裳担当とのことだったが、背景の庭園やパティオが日本庭園風だったり、登場人物が華道をやったり、衣装に帯のようなものが使用されていたり…と、かなりジャパネスクを意識したスタイル。
日本人の観客に向けての芝居として、あまり効果的とは思えない
が、西洋人の演出家は、日本人が洋装で西洋の芝居をすることは醜いと思っているのかしら[exclamation&question]ちょっと気になる。
ただ、とはいえ、女性出演者の衣装は、本人によく似合っていて素晴らしかった。セシルは道化だからちょっとアレだけど[爆弾]

原作の「危険な関係」自体は知らなくて、私はもっぱら宝塚の「仮面のロマネスク」で、この作品を知るのみなわけですが[あせあせ(飛び散る汗)]思っていた以上にそのまんまの話だった。なので、ストーリーの説明は不要かな。
メルトゥイユ夫人(鈴木京香)の社交界でのポジションは、そもそもこの舞台に“社交界”の場面がないのでわからない。が、宝塚版に出てくる“世間知らず”的な仮面は登場しない。若き未亡人として、他の貴婦人たちの相談相手になっている頼りがいのある女性、みたいな感じ。
宝塚版では、彼女が秘密の恋人を持っていることが、どうしてバレないのか、なかなか不思議ではあったが、そこはトップ娘役の力量でねじ伏せられてしまっていた。鈴木のメルトゥイユは、その理由を台詞で説明してくれる。
男を怒らせないこと。そのためには、自分の方が飽き飽きしている関係でも、追いかけて、捨てないでと懇願して、男に捨てさせる芝居を打たなければならない。そうすれば男のプライドは満たされ、可哀想な女を捨てたことは黙っているというわけだ。(ということは、メルトゥイユ自身、社交界の花形から少し離れた位置で地味を装っているのだろうとも想像できる。だって、社交界の花形だったら、手に入れた時点でしゃべる男とか居そうだもの。)
そして、宝塚版では、もう一人のヒロインのような扱いを受けているセシル(青山美郷)は、ここでは道化の扱い。彼女の疑ぐり深くない素直さや、好意に好意で返す親しみやすさは、美徳ではなく、頭の悪さや身持ちの悪さの象徴になっている。
その一方で、厳しい一方だったセシルの母・ヴォランジェ夫人(高橋恵子)は、思慮深いが色っぽい美人だし、ヴァルモン(玉木宏)の叔母・ロズモンド夫人(新橋耐子)も、多少の色事には動じない太っ腹な女性。そして、野々すみ花演じるトゥルヴェル夫人に至っては、演出家が彼女の芸名の意味を知っているのか、というくらい、野に咲く小さな花のようなつましく美しい少女。
ほかに登場人物は、騎士ダンスニー(千葉雄大)、ヴァルモンとつかず離れずの関係を保っている娼婦のエミリー(土井ケイト)、ヴァルモンの従僕・アゾラン(佐藤永典)、その他使用人などの役を演じる冨丘弘黒田こらんのみ。
トゥルヴェルの夫の法院長や、メルトゥイユの恋人・ベルロッシュ、セシルのフィアンセ・ジェルクール、小間使いのジュリーなどは、台詞の中に登場するだけで、実際に舞台には登場しない。
これらの人物が登場しないことにより、三角関係のドロドロした愛憎は劇中から感じられない。恋の駆け引きとゲームを愉しんでいるようで、苦しんでいる人々の人間模様が濃密に描かれる感じ。特にメルトゥイユからは、ヴァルモンと「似た者同士」の嗜好を持ちながら、女であるために、ヴァルモンの何倍も苦労していることの理不尽さへの怒りを強く感じた。これは、なぜこの二人がハッピーエンドにならなかったのか、その理由がよくわかる筋立てだと思った。
あとは、脚本家・演出家の好みみたいな部分もあると思うのだが、いわゆるヒロイン格(主人公の男性の唯一無二の思い人)は、トゥルヴェル夫人ということになるんだろうな[ひらめき]
メルトゥイユは、女性主人公という位置づけで。
様々な生きづらい環境の中にあって、それでも逞しく時代を生き抜く女性の強さを感じる作品。
すべてを失いつつある時に、それでも気丈に年を取ることを受け入れようとするメルトゥイユのラストシーンは、今年の演劇シーンの中でも特筆に値するシーンだった。この場面に繋がりやすくなるような、奇抜なメイクを試みた方がよかったのかな、とも思った。実は、一人メイクが残念だったので。
でも、表情も素晴らしかったからな…あんまり、凝ったメイクも良くないかも…。
トゥルヴェルは、宝塚版よりずっと若く、少女のまま法院長夫人になってしまった感じ。
宝塚版では、貞操堅固で信仰心の篤い、野暮ったいくらいに物堅い女性というキャラクターだが、今回のトゥルヴェルは、素直で正直なところはセシルと変わらず、違いといえば、好奇心よりも恐怖心の方が強いというところ。
怯える小動物のようなトゥルヴェルは、当初はヴァルモンに誘惑されそうになって、意識を失う。この時、意識を失くしながらも身体は激しく痙攣し、ヒステリーの発作のよう。言葉では拒絶しても、既に心と体はヴァルモンを求めて悶絶している。ロズモンド夫人の助言もあり、一度は振り切ってパリに戻ったものの、ヴァルモンの接見を許してからは、彼の思うつぼ。とうとう愛を誓ってしまう。
ドキドキしていたラブシーンは、一幕のラストにヴァルモンではなく、ロズモンド夫人にぶちゅっとキスされてしまい、その衝撃で、わりとどうでもよくなった。でも、さすが宝塚出身というか、ゆうひさんの相手役さんというか、所作がとても綺麗だし、どんな時でも、これはすみかじゃなくて、トゥルヴェル夫人なのだ、と思える演技力のおかげで、それほど重大事に感じなかった。
(もしかすると事務所の方針で必要以上に過激なシーンはご法度なのか、すみかに関しては、お子様でも問題なく見られるようなシーンなので、未見の皆様もご安心ください。)
二人の間には、とてもめくるめく官能の時間が続いたと思われるが、そこはヴァルモンの台詞に委ねられる。
そして、メルトゥイユに引き裂かれたものの、実は、二人の想いは純愛で繋がり続けていた、という解釈で、ヴァルモンの死(ダンスニーに殺される)が描かれ、それを知ったトゥルヴェルの心神喪失からの病死が語られる。これはこれで、納得できる筋書。


で、主演の玉木さん。
とにかくよく脱ぐ[あせあせ(飛び散る汗)]しかし、それも仕方ないかもしれない。あの肉体美を見せないのは、神への冒涜[ぴかぴか(新しい)]どんどん脱いで下さい[exclamation×2]
また、上半身裸になるだけでなく、ズボンを下ろす場面も多いのだが、その手際が美しいというか、あんなに素敵にカッコよくズボンを穿く人を私は知らない[ぴかぴか(新しい)]
玉木さん的には、京香さんは一回り年上だったり、高橋さんは二回り以上年上だったりするけど、ちゃんと恋愛対象に見えているところが、すごいな…と思う。ヴォランジェ夫人と過去に何かあったようなことをベッドの上でセシルに語る場面があるのだが、うん、そういうことがあっても不思議じゃないよね、と。
千葉くんは、先週の土曜日にみまかったばかり(朝ドラ)なので、生きている姿を見られてよかった…[黒ハート]と。ダンスニーもよくわかんない人だな―とは思うが、若さゆえ…といったところか。


さて、まだ今年もあと2カ月残っているけど、今年のMY最優秀女優賞は、新橋耐子さんに決定です。あの存在感、美しさ、表現力、そして独特の色気…まいりました[exclamation×2]


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「人間風車」観劇 [┣演劇]

PARCO&CUBE 20th present
「人間風車」


作:後藤ひろひと
演出:河原雅彦


美術:石原敬
音楽:和田俊輔
照明:大島祐夫
音響:大木裕介
衣裳:高木阿友子
ヘアメイク:河村陽子
殺陣指導:前田悟
演出助手:元吉庸泰
舞台監督:榎太郎、安達徳仁


人間風車ってプロレス技の名前だったんですね。知らなかった…[ひらめき]
ビル・ロビンソンという先週の開発した、ダブルアーム・スープレックスのことを日本では「人間風車」と呼んだようです。
私がプロレス好きだった頃は、ジャーマン・スープレックス全盛時だったので、ダブルアーム・スープレックスという技は知らなかったな~。


でも物語はプロレスとは直接関係がなくて、一人の童話作家(成河)が想像した物語を、その通りに体現してしまう青年(加藤諒)が、作家のメンタル最悪な時に作ったホラー童話に呼応して猟奇的事件を起こしてしまう…まあ、そんな物語。
初演・再演を観ていた友人から、「覚悟するように」と言われていたけど、大丈夫、とてもよかった[黒ハート]
たしかにホラーだし、苦手な場面もあったけど、それも含めて、良かった。主演の成河が、童話作家の心を繊細に丁寧に作り上げていたからかな、残酷な場面でも彼に寄り添って観ることができた。
この人が出る作品は間違いない、そういう演者にどんどん出会えているのが嬉しい。

そしてヒロインのミムラ。いつも一生懸命で、いつも笑顔で、でも不幸が降りかかってくる役が似合いすぎる。笑顔のまま、弟の人生を引き受けることになった事件を語る場面が痛々しかった。この二人のとても丁寧な芝居が、荒唐無稽な脚本を哀しい童話にまで引き上げていた。
そして、加藤の怪演も忘れられない。


そんな中、チャラくて、恥ずべきテレビディレクターとして、飄々と現れる矢崎広突き抜けたゲスっぷりに、納得。
役者として、突き進むんだな[パンチ]よし、これからも、応援するよ[黒ハート]


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「サブマリン」観劇 [┣演劇]

東京ハートブレイカーズ
「サブマリン」


原作:伊坂幸太郎「サブマリン」(講談社文芸ピース刊)
脚本・演出:益山貴司


楽曲提供:西山宏幸
演出助手:田原寛也
衣装協力:実川貴美子
映像記録:庄村拓也
写真:安東愛有子
宣伝美術:ムロオカ
制作協力:仲村和生
主催:(株)ナッポスユナイテッド
Special Thanks:(公財)アイメイト協会
企画・製作:首藤健祐


私が観劇した夜、吉祥寺の駅に降り立ったら、ものすごい豪雨。
そこから劇場となるライブハウスに着くまでの間の水攻めはひどいもので、自分がサブマリンになって水中を歩いているような気分になった。


さて、今回の劇場は、ライブハウス。
ライブハウスの場合、ワンドリンク注文が必須ということが多く、私はジントニックかなんか頼んでみました。あんまり観劇前にお酒を飲むことは多くないんですが。ちょっとアウェー感があったので、お酒でいい感じにほぐれてよかったかな。


原作は伊坂幸太郎。
以前も、今回のお目当て、多田直人が出演した「アヒルと鴨とコインロッカー」が伊坂氏の作品だった。
その時も思ったのだが、伊坂氏の作品、結局、原作通りに進めるのが一番面白いという結論になるんだろうなー。小説なのに、立体的に完成してしまっているというか。そして、エンターテイメントとして、とても面白い。だから、舞台化もされるということなのだろう。
で、今回の「サブマリン」、伊坂氏の短編「チルドレン」の続編的な物語になっていて、家庭裁判所の破天荒な調査員、陣内(首藤健祐)が大活躍する。もちろん関係する事件などは、独立しているので、「チルドレン」を知らない私などでもついて行けるのだが、「チルドレン」の中の登場人物(本作には登場しない)について、曖昧にされている部分が、舞台上でも曖昧にされた形で登場するので、「あれ、なんか聞き逃した伏線が?」と思ってしまった。 あれは、切れなかったのかな[むかっ(怒り)] (あれのおかげで、「チルドレン」という作品に興味を持った、ということはありつつも。)


少年犯罪は、基本的に、家庭裁判所で事実だけでなく家庭環境なども詳しく調査し、裁判官が主導する裁判において量刑が決められる。あくまでも更生が目的であり、処罰に重きを置いていない。なので、家庭裁判所の調査員は、対象となる少年に対して、検察官のような姿勢ではなく、保護司のような姿勢で臨んでいて、裁判において保護観察処分となった少年のもとにも定期的に訪れたりしている。
今回登場する「裁判案件」は、棚岡佑真(白又敦)という少年が無免許運転で男性を死なせてしまった、という事件。佑真は逮捕後に事件を起こしたと認めており、事実認定を争う話ではない。家裁送致後、それ以上の供述を拒む少年に疑問を抱き、彼が事件を起こした本当の理由を調べようと、陣内や部下の武藤(岡田達也)が奮闘する、というのが基本のストーリーだ。
で、主演は、この佑真役の白又ということになっている。
なんだけど、彼は黙秘している。黙秘してるから、出てきても台詞がない。
しかも、陣内さんはおせっかいなので、勝手に事件を調べまくり、その過程が芝居になっているので、出演シーンも多くない。
あ、久々、佑真登場[あせあせ(飛び散る汗)]という感じ。
さらに、佑真の小学校時代の友人、田村守(末原拓馬)が登場し、「本当の動機」をめぐるエピソードで場をさらう。まあ、さらって当然の役者なのだけど。
その上、その「本当の動機」である、彼らの友人の命を奪った事故を起こした元少年・若林(多田直人)のエピソードが入る。これがまた場をさらう。まあさらって当然ではある。
これだけでもひどいところにもってきて、話をややこしくするためのダミーの事件と犯人がいて、そこでも、陣内の友人、盲導犬を連れた男・永瀬(井俣太良)が場をさらう。これまたさらって当然だよね。
で、推理小説あるある、の、解決のヒントをさらっと教えてくれるキャラクターがいて、それは、現在保護観察中の、ネット掲示板で脅迫事件を起こした少年、小山田俊(岩義人)なのだが、これがまたおいしいのなんのって。
そういうわけで、入口にたくさんの花輪を出してもらっていた主演俳優さんが、まったくかすんでしまったように見える舞台だった。
それでも成立していたから、観客としては、まったく気にならない、というか、自分の中では、甚内と武藤のコンビが主役だと思っているので、全然いいんだけど、白又くん本人的に、これで主演とか、いいんだろうか、と逆に心配になった。
(事務所間の政治的なあれこれで、名目上の主演がほしかった、とかなら、これ以上言わないけどね。)
最後に、なぜかライブがついていて、多田さんのギターなんかも聴けて、非常にお得な公演でした。
雨の吉祥寺19:30開演はキツかったけど、観て良かった[exclamation×2]
ちなみにここでも一番目立っていたのは、小山田少年でした。 目立ったもん勝ちってことですかね[爆弾]


原作小説も気になったが、文庫になっていなかったので、しばらく様子見かな。


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「冒した者」観劇 [┣演劇]

文学座創立80周年記念
文学座9月アトリエの会
「冒した者」


作:三好十郎
演出:上村聡史


美術:乘峯雅寛
照明:沢田祐二
音響:藤田赤目
衣裳:宮本宣子
舞台監督:寺田修
フルート指導:杉原夏海
三味線指導:松永鉄九郎
制作:白田聡、松田みず穂


昭和27年。東京にはまだ空襲で焼け残り、中途半端な形で存在する半壊した建物が存在していたようだ。
そんなヤバい建物に、9名の人間が暮らしていた。
戦争で家をなくしたり、家族を失ったり、仕事がなかったり…と、まだ生活を立て直せていない人々が、身を寄せ合うようにして暮らす建物。語り手の「私」(大滝寛)は、その中では一番の新参者。彼は劇作家だが、妻を亡くしてから、すべてに意欲をなくしている状態。
巨大な穴(隕石の痕のような)のある大きな岩のような不思議な、足場の悪いステージの上で、様々な人間ドラマが繰り広げられる。
まあ、途中までは、問題があっても家族の中の諍いだったり。
ところが、そこへ、3人も人を殺したらしい男が逃げ込んでくる。それを機に、微妙な均衡を保っていた9名のバランスが崩れ、誰も彼もが激しく罵り合うようになる。ま、そもそも、「私」以外の全員が親戚関係なので、この屋敷の相続など、諍いのネタにはことかかないのだ。
すべての原因である須永(奥田一平)は、人を殺した実感がない、と言う。彼が殺したのは、亡くなった恋人・鮎子の両親と偶然居合わせた米屋。恋人は、須永と心中する約束をしていたのに、直前に自殺したという。ここで暮らす医師の舟木(中村彰男)は、セックスフォビアが自殺の原因に違いないと言う。
舟木の弟、省三(佐川和正)は、戦争で人を殺した(捕虜を銃剣で突き殺した)ことがトラウマになっている。彼は、相場師・若宮(若松泰弘)の娘、房代(吉野実紗)に内心気があるのだが、彼女が進駐軍に出入りしていることが気に食わない。
ほかにも、この家のオーナー(元満洲の高官で高齢)と芸者の間に生まれた柳子(栗田桃子)は、三味線を弾いて日々を過ごしていたが、須永の来訪をきっかけに、突然色の道を思い出し、彼を追いかけ回す。
須永は、以前も「私」を訪ねてたびたびこの家を訪れていたが、鮎子という恋人がいるにもかかわれず、管理人、浮山(大場泰正)の遠縁の娘、モモちゃん(金松彩夏)のことをかなり気に入っており、鮎子が死んだ今は、かなりモモちゃんに気持ちが傾いている。
モモちゃんは、広島で原爆禍に遭った娘で、治療の薬がもとで失明している。


物語は、それぞれの人の心の歪みを浮き彫りにしながら、約4時間(間に休憩を2回挟む)の長丁場。それをを飽きさせずに、見せる演出に脱帽。決して奇をてらわず(舞台装置はかなりアバンギャルドだけど)、丁寧に各々の人物像を造形していく。
上演時間を知った時は目眩がしたが、終わった時は、不思議な高揚感の中にいた。


最後の方、月明かりの中、須永とモモちゃんが全裸で登場する。モモちゃんは、原爆のケロイドが半身を覆っているという設定で、左胸をあらわにしたくらいで、あとは肉布団だったりするのだが、須永は、全身を真っ赤に塗りたくった全裸。色が付いていれば、全裸で出てもいいんだ…てか、アトリエという狭い劇場で、全裸か…などと、そちらばかり考えてしまう修行の足りない私なのでした。(汗)


この物語は、昭和27年という、戦争からようやく立ち直ろうとし始めた日本の中で、市井の人々が日々とどんなふうに向き合ってきたか、みたいなことが丁寧に描かれている。
そこには、戦争の影が、まだ色濃く残っていて、社会を担うべき若者の多くが復員兵で、みんなトラウマを抱えていたり、大学生たちは、戦場に行った経験はないものの、須永のように、生きている実感を感じていなかったり。この作品に出てくる人物の特徴なのか、その時代の空気だったのか、私には知るすべもない。
でも、鮎子の父親が、元軍人と一緒に新しい何かを立ち上げようとしていたり、米屋が国民服を着ていたり…と、まだまだ戦後継続中だったのだろうな、と感じた。


決して楽しい作品ではないが、観てよかった。とても心が震えた。
そして、65年前の日本が、どこか、今の日本に似ているような気がして、背筋がぞくっとするのだった。


房代役の吉野実紗さん、「天守物語」「安倍晴明」で、ゆうひさんと共演していたのを思い出しました。


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「グローリアス!」観劇 [┣演劇]

「グローリアス!」


作:Peter Quilter
翻訳:芦沢みどり
演出:鈴木勝秀


美術:伊藤雅子
照明:吉川ひろ子
音響:井上正弘
衣裳:前田文子
ヘアメイク:川端富生
演出助手:山田美紀
歌唱指導:大嶋吾郎
舞台監督:村田明
舞台製作:クリエイティブ・アート・スィンク 加賀谷吉之輔
制作:伊藤夏恵、山家かおり、市瀬玉子
プロデューサー:江口剛史
制作協力:ミーアンドハーコーポレーション
企画・製作:シーエイティブ・プロデュース


出演:篠井英介、水田航生、彩吹真央 ピアニスト:栗山梢


映画や舞台などでも何度か取り上げられている、フローレンス・フォスター・ジェンキンズという実在の歌手。なぜ、そんなに取り上げられるかというと、彼女は、誰もが納得する「音痴」だったから。
彼女は親の遺産がたっぷりあったらしく、そのお金で、何度もリサイタルを開く。
友人・知人は、彼女の歌が、まあ、ほぼほぼ大好きなのだが、心無い一部の人が、わざわざ聴きに来ては、彼女の音痴を揶揄するので、今では、チケット販売の前に面接を実施しているらしい。


物語は、ピアニストが突然辞めてしまって困っていたフローレンス(篠井)のところへ、貧しいピアニストのコズメ(水田)が紹介されてやって来たところから始まる。
すぐにレッスンしたいと言うフローレンスの音痴ぶりにすぐに気づいたコズメは、音楽家としてこの話を蹴ろうとする。しかし、そのタイミングを逸してしまい、心ならずも専属ピアニストに就任する。
そして、いつの間にか、この愛すべき音痴の歌姫の歌声を誰よりも大切に思うようになり、彼女が音を外したり、リズムがズレたら、それをカバーするような演奏をし、そのことを自分の矜持としていくようになる。
そして、フローレンスは、カーネギーホールを満員にしてコンサートを開き、人生の花を開かせるのだった―


音痴の歌手。
それを舞台劇にすることの難しさ-容易に想像できるそれを、いとも簡単に(と見えた)具現化してしまった、スズカツさんの演出には簡単というほかない。
たしかに音を外す。誰の耳にも明らかに外す。それでいて、わざとらしくなく、しかも聞き苦しくない。それがどんなに驚異的なことか。
そうとう綿密な計算をされたのではないだろうか。


そして、ヒロインに篠井英介、というのは、なるほど[exclamation]と納得させられた。
天真爛漫のようで、毒もあって、でも最強の美女[exclamation×2]
ただ、華がありすぎて、70歳越えということがわかりづらく、コンサートから1か月後に亡くなったというのが唐突に思えた。
ちなみに、それが1944年のことだったというのも、衝撃。戦争中じゃん…[がく~(落胆した顔)]カーネギーホール満員にして音痴のおばあちゃんが歌ってたの[exclamation&question]フローレンスの亡くなった11月には、東京にB-29が来たりしてたのに。
歌がまた、本当に素晴らしい。魅力的だった。音の外し方も絶妙で[ぴかぴか(新しい)]
再演、あったら、絶対行く[exclamation×2]


水田航生という名前は、チラシ等で何度も見ていたが、観劇は初めてだと思う。
お金持ちのご婦人に気に入ってもらって、安定した収入にありつきたいという思いのつまった貼りついた笑顔に始まり、徐々にフローレンスに心酔する様を丁寧に演じていた。音楽を担当するピアニストとのやり取りなど、洒脱な芝居も魅力的。実はゲイという設定も、わざとらしくなくさらりと演じて好感が持てた。


彩吹真央は、フローレンスのメキシコ人のお手伝いさんと、支援者の老婦人(昔はダンサー)と、排斥運動をしているパワフルな女性の三役。見事に演じ分け、魅力を振りまいていた。
ゆみこさんの出る舞台を観ておけば、間違いない感、最近のあるある。


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「ルート64」ミニ感想 [┣演劇]

演劇ユニット ハツビロコウ#4
「ルート64」


作:鐘下辰男
演出・上演台本:松本光生
照明:中佐真梨香(空間企画)
音響:日陰可奈子
宣伝写真:スイヤスモリ(Sui_Photografica)
演出助手:大木明
チラシデザイン・制作:岩野未知


1989年11月に発生した弁護士一家殺害事件の顛末をフィクションとして再構成した作品。登場人物の氏名や年齢構成、人数も男女比も変えてある。誰があの教団の誰、ということではなく、もっと普遍的にとらえてほしいということだろうか。
メンバーは、次の4人。全員、ある宗教団体のメンバーだ。
元小学校教諭の宮田(松本光生)。一番早く出家している。
家族を亡くして入信したらしい進藤(高川裕也)。
知的障害を持つ兄を亡くした過去を持つ谷村(藤波瞬平)。
そして唯一の女性である元看護師の片桐(岩野未知)。
この中では、片桐と新藤が幹部、宮田は「あの人」のおぼえがめでたくなく、谷村は出家してまだ3ヶ月、これが最初の大きな「ワーク」という設定。
芝居は、時系列に進むのではなく、行きつ戻りつしながら、過去の重大な教団内部の事件を再現したり、それぞれのメンバーの来し方の独白があったり、今回の事件の再現があったり…。それらの事件が、かつて彼らが社会の一員であった頃の記憶を呼び覚まし、どんなに修行してもワークをこなしても、人は人である限り解脱なんてできない現実を突きつける。


舞台上には車が1台。
そこに4人の人間が乗っている。
教団を糾弾する瀬川弁護士に対して「あのひと」からの命令が下りる。
仕事帰りを拉致して殺害し、他殺かどうかわからないようにしろ、という指示だった。
しかし、実行日はなんと祝日で、弁護士は仕事に行っていなかった。凡ミスである。片桐が「あのひと」に相談すると、家族も道連れにするように、とあっさり指示が変わる。
運命のいたずらというべきか、その晩、弁護士の家の鍵は「あいていた」。
片桐は、殺害の道具として、塩化カリウムを使用することにしていた。予備として注射器を3本用意していたが、殺す相手が3人に増えたとあっては、失敗は許されなくなる。そもそも、事故か自然死に見せかけるという話だったから塩化カリウムにしたのに、一家3人を殺すとなれば、死体を隠すしかない。だったらもっと簡単な毒薬を用意したのに…。片桐は、突然の変更にパニックになっていた。
塩化カリウムは、静脈注射をしなければ効かない。しかも即効性がない。暴れる弁護士夫婦を相手に、片桐の注射はすべて失敗し、針が折れてしまう。それでも、もうやめるわけにはいかない。男たちが、夫妻を撲殺する。
さらに、歯形から身元が分かるかもしれない、と、死後に顔面を歯がボロボロになるまで踏みつける。
そこまでやっておいて、車が普通のセダンで、こちらのメンバーが4人もいて、大人二人と赤ん坊の死体をどうやって運ぶのか、とそこから考える人々。
ずさんな計画といきあたりばったりな行動、責任回避、ののしり合い、怒号が飛びかう。
組織の体を成していない素人集団。
それが「あのひと」の作った世界。


そんな荒唐無稽な連中のせいで殺害された一家が可哀想すぎる。ハリボテのようなビニールっぽい人形を弁護士一家に見立て、それを殴る蹴る踏む…という形で事件を再現するのだが、それを見ているだけでつらい。
人は、どうしたら、ここまで残酷になれるのか。
事件から30年近い時が流れ、もはやリアルタイムで知らない人も多いと思われるこの作品を今、上演した意図はなんだったのだろう。

この物語は、サリン事件を含む一連の宗教テロ事件の発端となった実話をもとにしている。
私の従兄弟はSF作家をしているが、1996年のお正月に、親族が集まった時、担当の編集者の方がこんな話をした、と教えてくれた。
もし、今回起きた一連の事件と同じ内容のSF小説が持ちこまれたら、間違いなく、「リアリティがない、書き直せ」と言っただろう、と。事実は小説より奇なりと言うが、小説は、理にかなった物語じゃないと読者がついてこれないから、それはある意味、当然なのだ、という話だった。
リアリティってなんだろうね、と話したことが忘れられない。

この芝居は、観劇して演劇を楽しむためのものではない気がする。
もう一度、あのことと自分を見つめ直すための教材、というか…。
しかし、そう感じるためには、出演者が「演じてるなー」というレベルでは、演技論・演出論みたいな感想も出てきてしまう。そこでリアルに物語が起きているように演じられるだけの技量が必要だし、派手ではなく、でも確実に心に飛び込む演出が必要となる。
だから、この信頼できる四名の芝居だったのだ、と思った。
「スペース梟門」という狭い場所で、ぶつかり合う4人の役者。ぜいたくな空間だった。


ちなみにタイトルの「ルート64」には、どんな意味があるのだろう。ルート64は…8、だよね。
(ちなみに、国道64号は存在しない。)


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「罠」ミニ感想 [┣演劇]

「罠」


作:ロベール・トマ
訳:平田綾子
演出:深作健太


美術:朝倉摂
照明:倉本泰史
音響:長野朋美
衣裳:宮本宣子
ヘアメイク:中原雅子
演出助手:松森望宏
舞台監督:小川亘
制作進行:児玉奈緒子
プロデューサー:松村英幹


著作権代理:フランス著作権事務所


 加藤和樹主演の舞台「罠」観劇。
いやー、面白かった~[exclamation×2]


しかし、ネタバレしないでどうやって書けばいいんだ、この話…。
でも、ネタバレしたくない…[たらーっ(汗)]
だって、何度でも再演してほしいもん[黒ハート]


とにかく、すごいサスペンス劇。
なんだけど、実は、ネタバレした上で作っても、意外とサスペンスとして成立しそうな感じはする。
同じようなテーマで、そういう芝居を作っても面白い気がするな。誰か作って~[るんるん]


サンシャイン劇場の舞台で2時間休憩なし、出演者7名…そのうち2名(初風緑・山口馬木也)は、かなり贅沢な使い方をしている。
でも、芝居の内容を考えると、この出演者数はピタリな気がする。
日本の芝居って、やっぱ、必要数に対して、実際の出演者が1割くらい多いんじゃないかな。


新婚ホヤホヤの妻が失踪して動揺しつつ警察に相談している男・ダニエル(加藤和樹)。話を聞くのは、カンタン警部(筒井道隆)。
しかし、時を経ずして、神父(渡部秀)が一人の女(白石美帆)を連れてくる。あなたの奥さんが帰ってきました、と。
ダニエルは驚愕する。その女は、一度も見たことのない女だったのだ。


なぜ、女はこんなことをするのか。
妻になりすまして、彼女の資産を狙っているのか[exclamation&question]
(妻には、富豪の親戚がいたのだ。)
疑心暗鬼になったダニエルは焦燥していく。
誰も信じられない。そして…という物語。 これ以上、一文字も書けないけど、すごく面白いのは間違いない。


名作と駄作の違い。
名作は、「あれ、この設定って、ちょっと…かも[exclamation&question]」と、終幕付近に気づいたら、そこが最後のどんでん返しになっている。
駄作は、あれ…と気づいた設定上の穴が回収されないままに広がり続ける。
「罠」の世界は、「屠殺人ブッチャー」に近いサスペンス。なんですぐれた小品は外国ものばかりなんだろう…[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]


さて、主演の加藤和樹
ストプレの主演を観たのは…たぶん初めてだと思う。
いや、すごい…すごすぎる…もう…この感情移入をどうしてくれよう…[exclamation×2]主人公は男性なのに、完全に同化して観ていた。
そして、憔悴すればするほど、怯えれば怯えるほど、イケメンになっていく(笑)
いや、イケメンであることを褒めたくはない。彼の演技を褒めたいんだけど、ネタバレしたくないので、そこに突っ込めないの~[もうやだ~(悲しい顔)]ただね、イケメンであることは、この芝居の肝だから。でも、ただのイケメンにはできないんだよぉ~[exclamation×2][exclamation×2][パンチ]
そこに到達している加藤和樹が、すごいの[ぴかぴか(新しい)]
ということを主張しておきたい。


妻になりすました女、白石美帆
ちょうどお誕生日の日に観劇させてもらいました♪
なんかもう全身から漂うアヤシイ感じがたまらない。
そして、会話の噛み合わなさが、恐怖レベル。笑顔が怖すぎる…しばらく忘れられない怪演でした。


警部役の筒井道隆。おー、すっかり味のある役者になっていてビックリ。一番の肝になる芝居、たっぷりと堪能させてもらいました[るんるん]


山口馬木也すごいおいしい役。力の抜けた感じがさいこー[ぴかぴか(新しい)]でした。


ガイチ(初風)さんお久しぶり[るんるん]すっごい役者ぶりを楽しめました。


渡部秀怖い…怖すぎた…。白石美帆とセットで夢に出てくるレベル。皆さん、本当に怪演でした…[もうやだ~(悲しい顔)]


美術に今は亡き、朝倉摂さんのお名前を見つけたけど、初演のままなのかな。セットもとて良かったです。


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「鎌塚氏、腹におさめる」ミニ感想 [┣演劇]

M&Oplaysプロデュース
「鎌塚氏、腹におさめる」


作・演出:倉持裕


照明:笠原俊幸
美術:中根聡子
音響:高塩 顕
舞台監督:幸光順平
衣裳:高木阿友子
 ヘアメイク:大和田一美
衣裳助手:梅田和加子
演出助手:相田剛志
制作:近藤南美
 制作助手:寺地友子
制作デスク:大島さつき
宣伝:杉田亜樹(る・ひまわり)
宣伝美術:坂本志保
宣伝イラスト:安齋 肇
宣伝写真:三浦憲治
宣伝衣裳:チヨ(男性衣裳)松居瑠里(女性衣裳)
宣伝ヘアメイク:大和田一美
宣伝小道具:AWABEES
HPデザイン:stack pictures


プロデューサー:大矢亜由美
協力:大人計画、ソニー・ミュージック・アーティスツ、ザズウ、ワタナベエンタ-テインメント、MY Promotion inc.、オフィスPSC
製作:(株)M&Oplays


舞台は、綿小路公爵家。ここに、現在、「完璧なる執事」鎌塚アカシ(三宅弘城)が勤めている。
当主・サネチカ氏(大堀こういち)は、探偵小説にのめり込む一人娘のチタル(二階堂ふみ)を溺愛している。そして、亡き妻の弟に当たる鬼集院ヤサブロウ伯爵(眞島秀和)は、サネチカ氏を嫌っていて、ついでに遺産を狙っている。
そんなある日、サネチカ公爵が、屋敷の倉庫の中で遺体となって発見された。遺体の背中にはナイフが深く刺さっている。
探偵かぶれのチタル、アカシ、そして、庭師のくせに草木をすぐに枯らしてしまう毛呂ヨシミ(矢田部俊)、同時に二つのことが出来ない 料理女中・太田代テマリ(猫背椿)は、協力しているようでちっとも噛み合っていない。自分がどうやって死んだか覚えていないサネチカ公爵の幽霊まで現れて大騒ぎ。
さらに、実力が足りていないくせにアカシをライバル視するヤサブロウ氏の従者、従者の宇佐スミキチ(玉置孝匡)が家の中を引っ搔き回し…という物語。


毎週嵌まって見ていたドラマ、「フランケンシュタインの恋」の主要キャラである二階堂ふみと新井浩文が同時期に下北沢で舞台に立っているというのも、なかなか興味深いな~などと思いつつ、何の因果か下北沢通い。(大好きな街だけど、電車賃が…[がく~(落胆した顔)]


最近、10秒に1回はどっかんと笑える舞台をよく観るが、すべて舞台セットが素晴らしい。
一部だけが転換するような仕掛けのある舞台を使って、とにかく話を止めずに進んでいく。暗転や盆回しとかはあり得ない。それで上演時間は休憩なしで2時間を切る。最近の流行りなのだろうか。
で、今回の舞台を観た印象、同じ系列に入ると思われる「崩壊」シリーズの面白さ、スピード感の方が好みだったなぁ~[ひらめき]という感じ。
でも、楽しい舞台だった。やはり倉持さんの脚本には、玉置さんの存在が大きいんだなぁ~とも思った。今回も、その存在感に感服。
そして、シリーズ(鎌塚シリーズは今回が4回目とのこと)初出演のヒロイン、二階堂ふみちゃん、可愛かったけど…あんまり舞台向きじゃないのかなぁ…と思ったり。ただ公演は、まだまだ全国を回るので、もしかしたら大化けしてくれるかも[exclamation&question]
三宅さんについては…好きな気持ちが、UPしました[黒ハート](気が多い)


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「鳥の名前」観劇 [┣演劇]

「鳥の名前」


作・演出:赤堀雅秋


美術:袴田長武
照明:杉本公亮
音響:田上篤志(atSound)
衣裳:坂東智代
演出助手:松倉良子
舞台監督:伊東龍彦


演出部:吉成生子
音響操作:野中祐里


嵌まりまくっている俳優の新井浩文が、「最後の舞台」とか言うもんだから、観てまいりました[黒ハート]
脚本・演出は、彼の初舞台作品でもある「葛城事件」を手掛けた赤堀さん。ま、その頃は、知らなかったんだけど。映画「葛城事件」の感想は、こちらです。(テレビ放映の感想ですが。)
あれもすごい話でしたが、今回の「鳥の名前」もまた、えらくシュールな作品。


金子秀樹(新井浩文)と友人の池田俊彦(山本浩司)がガストで話しているところから始まる。池田は金子に「2万円返して」と言うが、金子は借りたことを覚えていない。
金子は、アパート経営をしている。が、1室しか埋まっていなくて、収入は足りないと思われるが、毎日パチンコをしている。彼には、友人が二人いる。一人は、池田で、彼は結婚を考えはじめ、貸付金の回収に走っている。
もう一人は自転車屋を営む中村晃(赤堀雅秋)。中村さんの誕生日を祝うためにキャバクラに行った時、金子に持ち合わせがなかったので、池田が2万円を貸したのだという。金子は、すぐに催促してくれないから、忘れたと言い、そんな金子とはもう付き合いたくないと言って池田は帰って行く。ガストの店員(飯田あさと)は、金子が注文したチーズハンバーグのオーダーを通していなかったらしい…[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]


オープニング音楽にのって、地下アイドル、田辺まこと(根本宗子)が踊っている。それを必死で応援するファンの男(飯田)。
女が短いチュールのスカートにスニーカーというスタイルで、振付も地上アイドルと違って、あまり清潔感のある雰囲気に見えない。これでアイドルなのかなぁ~と思っていたら、カラオケで見かけた“仮面少女”という地下アイドルが同じような雰囲気だったので、納得した。あれが地下アイドルというやつなのか…[exclamation×2]
中村さんは、認知症っぽいお父さんと二人暮らしらしい。46歳だが未婚。パンクの修理をしているところへ金子がやってきて、合コンをやろうと言い出す。アパートのたった一人の住人(イケてるけど、おばさん)とどうかな、とひらめいたらしい。中村さんはいい人だから、幸せになってほしい、と金子は純粋な気持ちで言っているらしい。
そして、場面はスナックへ。なぜか「あの素晴らしい愛をもう一度」を熱唱している池田。その向こうで、会話が弾んでいない中村さんと、おばさん…じゃなくて金森明菜(村岡希美)、そして金子。このスナックは、池田の彼女、高橋典子(井端珠里)が働いている店。今、ママが入院中なので、典子仕切っている。
少しずつ、中村さんは、自分語りを始める。中村さんは、痴漢冤罪で仕事を辞めて家業を継いだらしい。そんな話をしたと思ったら、突然結婚を申し込む。金森さんは少し驚き、そして、自分はストーカーに狙われている、と漏らす。
場面変わって、どこかのサウナ。ここで、“サウナあるある”をスローモーションで演じる東伸二(荒川良々)と平田裕司(松浦祐也)コンビ。ベージュのサポーターひとつで頑張っている。暑い季節に、汗の雰囲気を出すためにローション塗りたくって…たいへんそう…[爆弾]
そこへ金子と池田が現れる。入ってきたばかりのようで、こちらは、汗をかいていない。二人は、金森さんの言っていた、ストーカーこと東に、酔った勢いで、やめてくれるように、談判しにきたらしい。
金子らの話を東が理解する前に、サウナに一人の背広姿の男が乱入してくる。平田は、彼を知っているらしい。柳健(水澤紳吾)という名であだ名は「りゅうさん」。本物のヤクザだという。
狂気を秘めた感じのりゅうさんは、あっという間に東をボコボコにしてしまう。そして、どういうわけか、金子や池田も含め、全員がその場で拉致され、目隠しされてどこかへ運ばれる。
そこは、一面の空き地で、一同のほかに、オープニングで登場した地下アイドルのまことがいた。りゅうさんによると、彼女は、りゅうさんが預かっているタレントなんだけど、東に強姦されたと言っているらしい。それを聞いて東は驚く。ナンパしてホテルに行ったのは間違いないが、彼女もその気だったはずだ、と東は主張する。
真実は藪の中だが、二人が入ったラブホテルが、「西船橋のアランド」というところで、笑いを堪えるのが大変だった。(原木インター付近を通る人は誰でも知っている、かなり有名なラブホだけど、ローカルすぎるだろ…[あせあせ(飛び散る汗)]まったく関係ないですが、この付近で事故ったことがあるので、何も関係ないけど、なんかいや~な記憶しかない。)
りゅうさんは、突然、ピストルを取り出し、4人の男に向け、一人一人に夢を語らせる。それぞれが、自分の身の丈にあった平凡な夢だったり、壮大な夢だったりを語る中、ピストルを向けられても淡々と「夢はありません…」と答える金子。この時から、りゅうさんは、金子を気に入ったらしい。1万円をくれるのだった。
4人は、この空き地で不法投棄のための穴掘りをさせられる。そして免許証を取り上げられ、毎日夕方5時に津田沼駅ロータリーに集合しろと言われる。もし逃げたら、連帯責任だ、とも。またまたローカルな場所に…[あせあせ(飛び散る汗)]
いちいち、ウケてしまう地元民。ここシモキタだし、ウケてる人は少ないだろうな…[わーい(嬉しい顔)]
こうして金子と池田がシュールな体験をしている間、中村さんは、金森さんをストーカーから守る体で、親密になっていった。もっと話が聞きたいが、金子は夜は穴掘りなので、飲みには行けない。金子が帰ると、パンク修理を依頼した女がやってくる。それは、まことだった。中村さんは、まことに、このパンクはおかしい、誰かに故意にやられている、心当たりはないか、と聞く。まことは、心当たりはないと言い、携帯にかかってきた電話に出てひとしきり話す。旧友からの電話のようだったが、途中から電波が悪い振りをはじめ、電話を切ると号泣する。
一方、穴掘り現場では、あの鳥はなんだろう、というところから始まって、動物の姿が遠くに見えて、タヌキかな、犬かな、などと話したところで、りゅうさんに電話が入る。りゅうさんがいなくなると、東がキレて、りゅうさんを殺すと言い出す。
金子は表情を変えずに、このタバコを吸い終わるまで、待って…と言う。
その間にりゅうさんが戻ってきて、あれは熊だったと言い出す。さらに例の地下アイドルがストーカーに殺されてしまった(最後にフラッシュバックで、ファンに惨殺されたことがわかるが、その犯人、使えないガストのバイトくん(飯田)だった[exclamation])ので、事務所の社長として色々大変なので、もうお前ら帰っていい、とりあえず、穴は全部埋めておいてね、と言いだす。
そして、免許証を返してくれて、皆で肉でも食べろと言って、金子に1万円をくれる。
4人は、もうりゅうさんが戻ってくることはないと感じたので、穴を放置して戻ってくる。
4人が例のスナックにやってくると、金森さんが、女が「魅せられて」を歌っていた。
彼女の顔を見た途端、東はキレて、俺がストーカーだなんて冗談じゃないぞと言い出す。
東によると、コンビニでナンパされ、最初はたちの悪い立ちんぼ(街娼)かと思ったが、お金は要らないというので、一度は汚いアパートで、もう一度はビルとビルの間の空間で立ちバックで…その2度だけの関係だったと言って、女に問いただす。
金森さんは、「まあ、私が虚言していた、ということでしょうかね。でも、私には、虚言という意識がないんです」と開き直る。
もうどうしようもなくなって、飲み直すことになるが、その時、池田が再び金子に「お金、返して」と言い出す。金子は困ってしまうが、ポケットに2万円があり(りゅうさんがくれた分)、それをなんだろう[exclamation&question]と言いながら、池田に返すのだった。


シュールかつ、どうでもいい話ではあるが、なんともいえない魅力があって、しょーもないけど捨てがたいドラマだった。
やっぱ良々さんがいいんだわ。言ってること、さいてーだけど、良々さんだから、笑える。
りゅうさんは、狂気を秘めた上に吃音なので、何言ってるかわからなくて、ますます怖いという設定。なんだけど、これがね、あまりうまくない。公演ごとにだんだん上手くなっていったけど、そもそも、吃音のシステムがわかってないと難しいんだな、これ。全部の台詞をやってたら、効果なくなるしね。むしろ一番それでどーなった?とこっちが前のめりになるところで激しく吃るとか、緩急ほしかったな。
で、主役、なんだけど、受け身で傍観者の新井さん、素敵でした。
映画の人が舞台出るとこうなるんだなーという、よきお手本。舞台の人は、しかも主役は常に舞台上で存在感放ってなきゃならない、みたいな縛りがあるのに、自分のターンじゃないとき、いるのに存在感を消すんだよね。
それが新鮮だし、あー、こういう人が好きだわ、と心底思ったのでした[ぴかぴか(新しい)]


終わった後に、シモキタ在住のお友達とゴハン。


下北沢.jpg


刺身がうますぎる[キスマーク]


下北沢1.jpg


日本全国47都道府県の日本酒が用意されていて、どれを飲もうかな~とドキドキワクワク。また行きたいお店です[黒ハート]写真は、鷹勇(たかいさみ)という鳥取のお酒です。


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「ローマの休日」観劇 [┣演劇]

「ローマの休日」


オリジナル脚本:イアン・マクラレン・ハンター、ジョン・ダイトン
原作:ダルトン・トランボ
演出:マキノノゾミ
脚本:鈴木哲也、マキノノゾミ
音楽:渡辺俊幸
美術:奥村泰彦
照明:笠原俊幸
音響:内藤博司
映像:奥秀太郎
衣裳:宮本宣子
ヘアメイク:中原雅子
振付:前田清実
演出助手:郷田拓実
舞台監督:仲里良
版権コーディネート:東北新社


初演の時から気になっていたが、行けなくて。今回、初演キャストで再々演と聞いて、今度こそ絶対に行く!と決意を固めて行ってまいりました!


素晴らしかったです[exclamation×2]


まず、装置が素晴らしい。1幕の、アパートの内装の素晴らしさ。そして、窓を開けた時の、そこから見える景色の素晴らしさ!60年以上昔の映画だから…と時代感を考えながら観るのではなく、勝手に現代が、「ローマの休日」の時代感に吸い込まれるような、素晴らしいセットだった。
背景はモノクロ(セピア)だが、内装にはしっかりと色がある。あるが、男性の住処らしく、落ち着いた色合いで、それがセピアの風景とよく馴染んでいる。ジョー(吉田栄作)が、窓の手すりに腰をかけて外の景色を眺めている時の、なんともいえない開放感が、心地よかった。
1幕は、すべてこのアパートの一室での出来事で、2幕になってから、ローマの町を歩いたり、ヴェスパに乗ったり…という場面が登場するが、最低限のセットで、うまく物語を構成している。
船上パーティーでは、2体の等身大の人形を使い、床屋のマリオまで紹介してしまう、という構成。うまいなぁ[ぴかぴか(新しい)]


原作映画との大きな違いは、ジョーとアーヴィングがローマにやってきた理由と、王女がジョーの正体と目的を帰る前に知ってしまう、というところ。
映画のシナリオライターとスチールカメラマンがレッドパージのせいで追放になったという設定は、「ローマの休日」の脚本を担当しながら、長い間、クレジットに名前が載らなかったトランボへのオマージュなのかな、と思った。(アカデミー賞は、トランボに1993年、アカデミー原案賞を死後贈呈しているため、この舞台のクレジットでは、オリジナル脚本にイアン・マクラレン・ハンターの名を入れ、原作にダルトン・トランボの名を入れているが、実際には、ハンターはトランボに名前を貸したのであって、脚本もトランボが書いている。)
そして、もうひとつの設定の方は、ジョーが最後に記者会見に行くことへの明確な動機づけになっている。あー、そうか、ロマンチックな恋心以外に、あそこで王女に再会するとしたら、それはひどい悪戯心になってしまうなぁ~とあらためて感じた。二人の間に激しい恋のやり取りがあった…と、(こっそり)想像させる映画に対して、場面を切ることができない舞台版では、一瞬のキス以上の関係はなかった、という体で進めるしかない。なるほどね、映画と舞台ならではの作り方、ということなんだな[ひらめき]と思った。
それにしても朝海ひかるはすごい。
2013年版で、一度若い女優(Wキャスト)にバトンタッチしたのを、もう一度朝海に戻したのは、むしろ当然な気がした。だってもう、最初の登場シーンから、アン王女なんだもの…ひょえー、可愛すぎる…[かわいい][かわいい][かわいい]
たしかに女優としては悪声ではあるのだが、それを差し引いても可愛さMAX、高貴な佇まい、誰もかなわない。
吉田栄作のジョーも、シナリオライターから転身した、ということが納得できる、ちょっとソフトな役作りで、好感が持てる。年齢不詳な感じも役にピッタリ。
小倉久寛のアーヴィングは、一番、映画とキャラクターが変わった役だが、三人芝居だとこれくらい三枚目に振れている方が座りがいい。そして持ち前の温かさが、作品を救っている。ちょっとだけマリオ声優をやっているところも、むふ…という感じだ。

そして、あらためて、マキノノゾミの脚本・演出の素晴らしさに感動する。
冒頭のイタリア人運転手の声は映画のままかな?あれも雰囲気があってよかった。
また、王女の正体を本人の前でアーヴィングにどうにか悟らせる場面は、映画や宝塚版のやりすぎ感がまったくなくなっていて、今の時代らしいスピーディーな展開になっているところにホッとした。こういうセンス、いいなぁ[黒ハート]
あと、映画ならではのシーンとして、王女のとびっきりのショットをアーヴィングが撮影する場面(止め絵)があるのだが、これも、シャッター音を使うだけで、意外と効果が上がっていた。実際の写真については、現像後に見せる場面で、背景のスクリーンに投影される。なるほど!
舞台版だけの創作部分も、私は納得できたし、面白かった。
今後は、このトリオで、いつまでやれるか、挑戦し続けてほしい。
ヴェスパ(スクーター)を使うので、舞台にある程度の広さは必要だが、このあたりを映像処理することで、もう少し小さなハコで上演した方が、伝わるものが多くなる作品なのかもしれないな~と感じた。

さて、蛇足ながら、王女殿下という言葉は気になった。「双頭の鷲」の王妃殿下※と同じで、我が国の“殿下”を付ける表記にそぐわない身分表記なのだ。アン王女は、国王の娘で、将来は女王になる人なので、「皇太子殿下」が相応しい呼称と思われるが、それも女子だけに座りが悪い。(我が国では、現在、女子が皇太子になる制度がないからだ。)
いっそ「プリンセス」と呼んでしまう方が、私は気持ちよく感じるのだがいかがなものだろうか。
(※日本にも王妃殿下は出現する可能性はあるが、天皇家における「王」の妻という意味なので、「殿下」相当となる。元首としての国王の妻に「殿下」はおかしい。)


世田谷パブリックシアター。パブリックなだけあって、付属のカフェは、安くておいしい。できたてのクロックムッシュは、超おすすめです[黒ハート]


世田谷パブリックシアター.jpg


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