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劇団☆新感線「髑髏城の七人 極 修羅天魔」観劇 [┣演劇]

劇団☆新感線
「修羅天魔」
―髑髏城の七人<シーズン 極>ー


作:中島かずき
演出:いのうえひでのり


美術:堀尾幸男
照明:原田保(FAT OFFICE)
衣裳:GROUPE色 竹田団吾
音楽:岡崎司、松崎雄一
作詞:デーモン閣下
振付:川崎悦子(BEATNIK STUDIO)
音響:井上哲司(FORCE)
音効:末谷あずさ(日本音効機器産業)、大木裕介(SoundBusters)
殺陣指導:田尻茂一、川原正嗣(アクションクラブ)
アクション監督:川原正嗣(アクションクラブ)
ヘア&メイク:宮内宏明(M's factory)
小道具・甲冑製作:高橋岳蔵
特殊効果:南義明(ギミック)
映像:上田大樹・大鹿奈穂(&FICTION!)
大道具:俳優座劇場舞台美術部
所作指導:尾上菊之丞
歌唱指導:右近健一
演出助手:山崎健司、加藤由紀子
舞台監督:芳谷研


5列センターという、超良席(前が通路なので、視界が妨げられない)でのたった一度の「髑髏城」、回ってまいりました~[exclamation×2]


IHIステージアラウンド東京…豊洲にあるとは聞いていたが、まったくどんな劇場かわからず、前日から職場であれこれ雑談していた。(席がよいことを自慢したい気もあり…)
その時、「ミート・ザ・ワールド」(※東京ディズニーランドにかつて存在した日本オリジナルのアトラクション)みたいなやつじゃないの[exclamation&question] と言われたが、ほぼ「ミート・ザ・ワールド」でした[exclamation](笑)(古い人しか分からない)
もちろん、左側に4回転して終了する「ミート…」(あの回転する時の音楽は、なんとシャーマン兄弟のオリジナルソングだそうです[exclamation])と違って、ステアラは、向こうに行ったかと思えば、こっちに戻ってくるという形で、何往復もするんだけど…。
あー、これ、そうか、舞台装置の転換を少なくするために、シーンごとにステージ(セット)があり、舞台を転換する代わりに役者が移動し、客席が回るのね…と納得[ひらめき]
まさに、これは、プロセニアム・アーチ(舞台の上左右を額縁のように囲って、その中で芝居をする形式。それ以前は張り出し舞台が主流)以来の劇場革命かもしれない。
そんなステアラ、場所は、まさかの東京砂漠[あせあせ(飛び散る汗)]


ステアラ2.jpg


行きは時間があったので、新橋からゆりかもめを利用したが、駅に着いた途端、DOCOMOが不通に…[爆弾]劇場2階のトイレの窓付近しか通じないとのこと。本当に東京なのか[exclamation&question]


ステアラ3.jpg


背景の超高層ビルは東京っぽい気もするが、このなんにもない感がすごい…いや、これもまた、近未来の東京かもしれない。


物語は、織田信長を過去に狙撃した女スナイパー(天海祐希)と信長本人なのか、影武者なのか、謎の男・天魔王(古田新太)の確執と、天魔王の居城である“髑髏城”攻略、そして、遊郭・無界の里の人間模様。キラ星の如くスター総出演で展開する、超弩級のスペクタクル。ああー、観てよかった[黒ハート]
髑髏城攻略はCG映像と相俟って、RPG的な感覚で楽しかった。
花鳥風月を観た上での極という方も多い中、極だけ観て偉そうに語るな!とお叱りを受けてしまいそうだが、芝居としては「極」だけで通じるようになっているし、IHIステージアラウンド東京という稀代の施設を体験する機会を、こけら落とし公演である「髑髏城の七人」の中で経験することができて、ただもうラッキー[るんるん]というのが、一番正直な感想。


そのステージアラウンド、素晴らしい劇場だということは、間違いない。
あとは、使い方…かな。
新感線以外の劇団でも無理なく使える劇場なのか。たとえば、宝塚とかで。
宝塚でも、上手にハケてすぐ下手から出るとかムチャ設定があるため、ショーの間じゅう、ホリゾント裏を全力疾走なんてことがよくあるが、息が切れそうな移動距離をなかったことにして芝居を続ける体力のある者しか舞台に立てないシステムなんじゃないか、という気がしてならない。
あと、進行さんによる出演者の誘導は不可避であろうと思われるが、出演者数が多いと、その辺も厳しそう。
今回の作品も、意外と出演者の総数は少なかった。
新しいスタイルの劇場なので、これからどんどん試行錯誤して、面白い機能をたくさん付加し、さらに使い勝手のよい劇場に深化することを切に願う。あと、事故だけはないように。


では、出演者感想。


天海祐希美しい。もう観ているうちに、手が拝みの形になってました。ありがたやー[ぴかぴか(新しい)]女であることを侮られないために、百発百中、それも心臓を狙うスナイパー。平時は流れの女郎でありながら、太夫と呼ばれてしまう美貌と風格。ストイックでなければ生き残れないスナイパーと、流されなきゃつらいだけの身を売る稼業、それを両立させ、しめっぽくならず豪快に生きている…って、そりゃ、天海祐希以外の誰にも演じられないキャラクターだな~と思った。
最後に、天海をセンターに置いたまま、全ステージが回る光景は、菩薩か[exclamation&question]と。 この公演のチケットをゲットしてくれ、数年ぶりに上京して一緒に観劇してくれた天海ファンの友人には、感謝しかない。


古田新太…織田信長orその影武者という謎の男。現在、髑髏城の城主。この髑髏城が、難攻不落のダンジョンで、天魔王はラスボスというのが、RPG的設定。その一方で、追う者と追われる者、スナイパーと天魔王の中で、一種恋愛めいた感情が生まれている、という情緒的なおぜん立てもされている。 古田天海、二人の信頼感とか、それぞれ日本を代表する劇団のトップを張ってきたスターとしての矜持とか、色々なものがスパークして、見事なW主演だなーと思った。それでいながら、客演でヒロインの天海に華を持たせるあたり、古田新太、なんてかっこいいヤツなんだ[るんるん]


その他の出演者もみんなかっこよくキレッキレ。
兵庫役の福士誠治は、ケロさんが出演した時の「RENT」でマークを演じていたからすごく懐かしい。豪快でしょうもないキャラがめちゃくちゃ似合っていた。
無界の陰間、その実、天魔王の息子・夢三郎役の竜星涼。最近では「ひよっ子」のおまわりさんで活躍してたけど、古いライフファンとしては、「OZ」のムトウ役を思い出す。まだ未成年で、タバコ吸うシーンがカットされたんだよね、あの頃…。すっかりオトコマエになって…。
カンテツ役の三宅弘城は、今回のお目当ての一人。ポイント、ポイントで場をさらい、愛されてるな~と思う。
ぜん三役、梶原善。ちょっと台詞が聞こえづらいところもあったが、愛嬌のあるじいさんが魅力的だった。
個人的に、黄平次を演じた鈴木智久(スタジオライフ)にはもちろん、目が行く。今回もすごいアクションで。シャンテのCMにも出てるし、色々ご活躍。またライフにも出てほしいけど…忙しそうだよね。
川原正嗣演じる清十郎、シブくて素敵でした。


堪能しまくりました。関係ないですが、中学生の時から沙霧をやりたい(byプログラム)と熱望している根本宗子嬢、絶対魅力的な沙霧になると思うんで、ぜひ今度、彼女に沙霧を[exclamation×2]と、願っている。


ステアラ4.jpg


終演後の劇場。ちょうど日が暮れる頃で、なんとも風情があった。


お昼は、新橋の怪獣酒場に偶然入り、流行りのサラダランチを。


ステアラ1.jpg


「真実の口」がジャミラになってる…(笑)
同行の友人は、年齢が下で男兄弟もいないので、全然世界観がわかっていないようでしたが。


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「真説・春琴抄」観劇 [┣演劇]

あかね色 第一回公演
「真説・春琴抄」


原作:谷崎潤一郎
脚本:柳井祥緒(十七戦地)
演出:三浦佑介(あサルとピストル)


制作:神崎ゆい(ゆめいろちょうちょ)
美術:石塚うた
音響:臼井倶里
衣装:153
撮影:山本詩乃(7millionsーナナミリオンズ―)
宣伝美術:ハコファクトリィ
プロデューサー:石原あかね


あかね色さんの初プロデュース公演「真説・春琴抄」を観てきた。
遠征以外では、たぶん、一番遠い劇場だった気がする。遠いというか、終了後、帰宅までに一番時間がかかった、というか。駅から劇場までの距離も含めて…だが。ふれこみでは、65分の短い芝居なので、20時の部でも、21時過ぎには終わりますよ…ということだったが、まっすぐ帰宅したら23時を軽く回っていた。


遠い…


しかし、今回の舞台、その遠さも含めて、よかった。


一人で帰る道々、色々考えることができるから。
そういう、考える気持ちになる芝居を見るって、幸せなことだと思う。


上演前に、演出の三浦さんから、ちょっとした前説があった。
ステージも上演始まる前なら、撮影OKですよ、と言われて、少し写真も撮った。こんなステージです。


春琴抄1.jpg


散乱しているのは、原稿用紙です。


春琴抄2.jpg


着物とか鳥籠とかがモチーフになっています。見えづらいですが、着物の手前の扇の手前につり下がっている小さな鳥籠の中には、「春琴抄」の初版本が入っているのだとか。


春琴抄3.jpg


正面の小さな文机で谷崎は執筆しているのですが…。


「真説・春琴抄」とあるのは、谷崎潤一郎の小説「春琴抄」をベースにしつつ、谷崎夫婦の実人生も登場するから…かな[exclamation&question]「春琴抄」では、サディスティックな盲目の美少女に尽くすことに悦びをおぼえる男が主人公であり、それが谷崎自身にオーバーラップしているというのが定説になっている。当の谷崎自身もそれを認めるような随筆を書いているのだが、これに真っ向から異を唱える形で、本作は始まる。


記者の鮎川(小山蓮司)は、谷崎の2番目の妻、丁未子(木野コズヱ)から「処分してほしい」と、谷崎から結婚前にもらったラブレターの束を受け取る。再婚するので、持っていけないというのがその理由だが、わざわざ記者に渡すところが怪しい。しかも、その場で読ませてるし。そして、谷崎と現夫人の松子との本当の関係を知りたければ、谷崎の弟である精二に聞けばいい、みたいなヒントまで与えちゃう。
弟の精二(田中智士)は、大学教授で、文筆業もしている。が、兄に対しては、とても批判的。ぶっちゃけ、あんまり性格が良くないように感じられる。
この人の話を聞いているうちに、本作品(春琴抄の外側の谷崎夫妻の居る世界)の舞台が、昭和14年であることが、まざまざと浮かび上がってくる。長男である谷崎が、弟妹の面倒を見るのが当然であり、大学教授であっても次男にはその義務がないと言い張る精二から、「家父長制」という死語がぽーんと浮かぶ。
谷崎は、現在の妻、松子の魅力に抗えず、しかしそれは、彼女が美人というわけではなく、なにやら性的な魅力があるらしい、と精二は主張する。そして、二人は夫人が谷崎を使用人のように扱うプレイを楽しんでいる。その楽しみを完遂するために、彼女が妊娠した時、無理矢理中絶させた過去があるらしい。
それを「とんでもないこと」と評する精二だが、その感覚は、赤ちゃんが可哀想…みたいな現代的な感覚ではなく、「生めよ、増やせよ」とされていた軍国主義の日本において、産まない選択肢を持つなどとはあり得ない的感覚なんだろうと感じた。決して、台詞にあるわけではないのに、時代背景が浮かび上がるのは、脚本と演出が細やかにその時代を再現しようと努めているから、じゃないだろうか。
その辺りの誠実さが、昨今の演劇の中では、秀逸だったと思う。


田中智士は、この精二役のほかに「春琴抄」の登場人物、利太郎を演じているのだが、どちらも的確に作品上のヒールを演じている。ヒールだけど、ちゃんと血の通った、その人物が生きてそこにいる感覚。丁寧な役作りで、すっかり引き込まれた。
そういう「ただの悪役」ではない利太郎だから、この「春琴抄」では、春琴が火傷をした原因が利太郎とは思えない。もっと理性的に春琴に意趣返しをできるキャラクターになっている。


その分、犯人っぽく描かれているのが、木野コズヱが「春琴抄」ターンで演じている“照女”。照女は、原作の小説にも登場するキャラクターだが、原作では、盲目の師弟コンビの世話をするために雇われた少女、“鴫沢てる”として登場する。当然、犯人であろうはずがない。
が、この芝居では、盲目の春琴の小間使いとして当初から登場、佐助(藤波瞬平)が、春琴からひどい仕打ちを受けながらも、彼女に尽くし抜く姿に、内に秘めた嫉妬を表現する場面がある。
そんなに、「苛められるのが好き」なら、私も…と、佐助に馬乗りになって責め立てるのだが、佐助は、春琴以外からは、こんなことをされたくないとキッパリ拒絶する。佐助は、春琴こそ完璧な美(盲目ゆえに目を伏せていることさえ)であり、彼女に奉仕することこそ、自分の幸せなのだ、と言って、さらに照女を激昂させる。
春琴は、ウグイスを飼っているのだが、原稿用紙で作られたウグイスを握りつぶす木野の鬼気迫る姿に、こういう春琴抄もいいかもしれない、と思った。
爆発するような芝居はないが、木野の静かな狂気が、心に残った。そして、この時、照女の狂気が、冒頭の丁未子の狂気に繋がるのを感じた。「真説・春琴抄」は、あの「春琴抄」の新しい解釈ではなく、「春琴抄」を通した、谷崎と三番目の妻・松子を読み解く物語なのだ、と納得した。


佐助を演じ、谷崎を演じた藤波は、これまでで一番低い声を使って、色々なものを抑え抜いた佐助を体現していた。
春琴と松子を演じたあきやまかおるは、佐助にとっても理想の美女、谷崎にとっての最愛の妻という難役を、説得力をもって演じた。松子の方は、さすが、声優[exclamation]的変わり身のある芝居を見せ、春琴の方は、静と動、悲しみと怒りを美しさを失わないまま、幅広い表現力で見せてくれ、最後は、コミットしようとする他人を寄せ付けない、「二人だけの世界」の存在が、他者を必要以上に攻撃的にするのかもしれない…という、「真説」に到達できたような、そんな二人に圧倒された。
佐助が春琴にプレゼントした簪を使って目を突くというアイデアは、ロマンチック[黒ハート]


鮎川を演じた小山は、このメンバーの中で、ちょっと損だったかな…と思ったが、(原作にないキャラクターだし、難しかったと思う)ハートのある芝居には好感が持てた。


最後に。
これまで、なよなよしてるとしか思っていなかった谷崎潤一郎だが、よく考えてみれば、戦争中に「細雪」を書くなんて、相当、腹がすわった男なんじゃないか、ああいう時代に、個人の愛や性癖を貫こうとか、むしろかっこいいと思うようになった。


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池谷のぶえ「贋作 女優」発売記念イベント [┣演劇]

「円生と志ん生」上演の前後、ネットで共演者について調べていた時に、池谷さんのエッセイがすごく面白いことを知った。
(現在は、“えんぶ”上にて身の上相談を連載中。)


そんな池谷さんの出版記念イベントがあると知り、即申し込んでみた。


会場への到着が少々遅くなってしまったため、逆に近い席しか残っていなくて、特等席で池谷さんを見つめることになりました[黒ハート]


なんと、獅子舞姿で登場され、大いに盛り上がる中、獅子面を外すと、中はヒゲとモジャモジャ頭とサングラス。そんな姿で、鈴木雅之の歌でグルーヴする池谷さん。なんか、これ、どういう風に進んでいくんだろう…と、ハテナマークが飛び交う中、テンポよくイベントは進んでいった。
まず、今回出版された「贋作 女優」の一部を朗読。さすがに引き込まれる。
それは、大学を卒業した頃の池谷さんの物語。彼女は、大学の演劇部の後輩に誘われて、彼の劇団の旗揚げ公演に参加する。
そして、10年間所属することになった劇団(猫ニャー)の主宰、ブルー&スカイさんが登場し、二人のゆるいトーク。大学時代(東洋大学)の話から、本に書かれた池谷さんの人生の話、そして劇団時代の話など、とりとめもなく、ゆるく、でも温かい会話が繰り広げられた。
そして、ほっこりして客席が温まったところで、自作自演の一人芝居へ。


なかなかSFチックな一人芝居で、ここで、あまり面白くない芝居を見た現在の池谷さんが、そこに出演していたアンサンブルの女優、ゆうこさんと一緒に劇場近くのお店に入って、あれこれと話す芝居と、やたら大御所的な雰囲気を漂わす大女優が、あまり面白くない芝居に出演していて取材を受けている芝居が、時空を超えて連結するというもの。
大女優は、83歳の池谷さんという設定。そしてここで言葉を濁した面白くない芝居の再演で主演している。
あなたがハッキリとつまらないと言わないから、再演に主演することになってしまった、と大女優は現在の池谷さんを叱る。そして、これからの女優人生はもっともっと大変なんだから[exclamation]みたいな話で笑わせる。
位置的に、ゆうこさんは私[exclamation&question]みたいな距離感でお芝居を観ることができ、感動で胸がいっぱい。


すると、今度は、なぜか、顔に白塗りをした状態で、歌う時間に。
なぜ、白塗りだったんだろう…[exclamation&question][exclamation&question][exclamation&question]


曲は、ディズニー映画「リトル・マーメイド」より、“パート・オブ・ユア・ワールド”。
実は、このイベント、観劇仲間のK様をお誘いしていて、K様の好きな女優さんは、彼女の前で、“パート・オブ・ユア・ワールド”を歌うことが多かったので、急にK様が参加できなかったのは、とても残念に思ったりしたのでした。


池谷さんの澄んだ声は、生き生きとのびのびとしていて、アリエルにピッタリ[揺れるハート]


その後、白塗りを落としながら、客席からの人生相談に答える池谷さん。読み切れなかった相談は、今後“えんぶ”でも使用されるとのこと。私が池谷さんの文章に注目したのが、この人生相談だったので、今後も楽しみだな…と思っております。


そして、最後に、中島みゆき「誕生」を歌って終了。1時間という短い時間に収め切った見事なイベントでした[exclamation]


池谷さんほどの素晴らしい演技者が「女優」とはなんだろう…と、真剣に悩んでいたことが、エッセイからもトークからも感じられ、そんな池谷さんとの共演は、ゆうひさんにとって、とてもよい経験だったんじゃないか、とあらためて感じた。
私はサイン本を購入してきましたが、「贋作 女優」、軽い筆致で、でも、人生の深みが感じられて、ステキな自叙伝でした。


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「黒蜥蜴」観劇 [┣演劇]

「黒蜥蜴」


原作:江戸川乱歩
脚本:三島由紀夫
演出:デヴィッド・ルヴォー


美術:伊藤雅子
照明:西川園代
衣裳:前田文子
ヘアメイク:UDA
音楽:江草啓太
音響:長野朋美
映像:栗山聡之
舞台監督:小川亘
宣伝AD+D:東海林小百合
宣伝写真:土井浩一郎


興味はありつつも、直前まで予定が決まらなくて、もう行けないか…と思ったが、千秋楽の一週間前にどうにか行くことができた。


三島由紀夫の「黒蜥蜴」(原作=江戸川乱歩)は、過去にも観劇している。
美輪様の主演する版と、宝塚版と。(宝塚版は、三島由紀夫の脚本に拠っていない体を採っているが、原作から直接脚本を起こしたものとは思えない。登場人物のセリフは三島版を避けているかもしれないが、構成は原作より三島版に近い。)


今回は、日本通の演出家デヴィッド・ルヴォーの演出で、中谷美紀演じる黒蜥蜴と、井上芳雄演じる明智小五郎が対決する。
映像の世界で活躍する中谷と、ミュージカル界のプリンス・井上が、ザ・昭和な耽美的ストレートプレイに挑戦する。しかも、演出家は、親日家とはいえ、イギリス人のルヴォー。その、少しだけストライクゾーンを外れた部分の緊張感が面白い舞台だった。


メインの出演者は、ほかに、岩瀬早苗役の相楽樹、家政婦と見せかけて実は黒蜥蜴の手下役の朝海ひかる、宝石商・岩瀬役のたかお鷹、そして、雨宮潤一役の成河
それ以外の出演者は、ほぼセリフがなく、ダンスやパントマイムで状況を表現する。いつも、素晴らしい歌唱で宝塚出身者の名を高めてくれている真瀬はるか嬢も今回は、台詞なし。まあ、それでも、ホテルの行き交う人々や、岩瀬家のお手伝いさんなどは可愛かった。黒蜥蜴のアジトに舞台が移って位からは、アンサンブルメンバー、顔を墨で汚したようなメイクになっていて、これは何を表しているんだろう…と不思議な気持ちになってしまった。真瀬贔屓だからかしらね。
しかし、黒ずくめのスタイルで、何やら蛍光灯の棒のようなものを動かして、黒蜥蜴をサポートしつつ蠢く手下たちは、彼らこそがリアル黒蜥蜴のようでもあり、その不気味さがクセになる感もあった。


早苗の身代りである葉子と雨宮は、このドラマで唯一結ばれる恋人同士で、そうなるとも知らないうちに黒蜥蜴はこの二人の肉体を使って「恋人同士」像を作ろうとしている。さすが女の勘。
で、それって、若さの迸る清冽なエロ表現になる予定だと思うんだけど、なんというか、もうそれはない、と思った。
なんというか、この二人は、エロじゃない。ま、実際に、エロ像は実現しないので、よかったです。
二人とも演技派なので、不満ではないけど、エロしかないような男女を配しても面白かったのでは[exclamation&question]
最後に、相楽の二役で、本物の早苗さんが婚約者と登場するのですが…えーと、この人でよかったんなら、あの騒ぎはなんだったんでしょうか…[爆弾]すみません[あせあせ(飛び散る汗)]


中谷の黒蜥蜴は、圧巻の美しさ、儚さ。
40代になって、少しふっくらしたかな。腰のラインが豊かになったような…衣装のせい[exclamation&question]
でも、その肉感が、伝説の女賊に相応しい。オペラグラスから目が離せなかった。
井上の明智は、実にイケメン。それだけで絵になる。一度、美輪様とも組んでほしい…と思ったけど、顔の大きさ違いすぎるか…[爆弾]
朝海も、黒蜥蜴の子分として異彩を放っていて、ステキだった。でも…私の中では、朝海・成河・相楽って、ほんと、エロと真逆のキャラなの…なんか、わざとなのかな、このキャスティングって。井上も爽やかだし…もう少しエロがほしかった…[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]


ルヴォーのステージングは、マジックみたいで面白かった。ガラスを挟んでの表現とか、蛍光灯の縛りとか、どれも忘れ難い。
やはり観てよかったです。


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「TERROR」観劇 [┣演劇]

「TERROR(テロ)」


作:フェルディナンド・フォン・シーラッハ
翻訳:酒寄進一
演出:森新太郎


美術:堀尾幸男
照明:佐藤啓
音響:高橋巌
衣裳:西原梨恵
ヘアメイク:中原雅子
演出助手:須藤黄英
舞台監督:林和宏


宣伝美術:東學
宣伝写真:渞忠之
宣伝写真衣裳:松竹衣裳
著作権代理:Meike Marx
プロデューサー:栗原喜美子、尾形真由美
制作:滝口久美
東京公演製作:井上肇(パルコ)
企画:兵庫県立芸術文化センター
共同製作:パルコ、兵庫県立芸術文化センター


以前、橋爪功の朗読で観た「TERROR」が舞台作品として再登場した。
前回の感想はこちら


ストーリーは、上記に記載しているので、割愛。
朗読公演の時、自分が観た回は有罪だったけど、ほかの回はどうなんだろう[exclamation&question]とずっと思っていたが、実は、その時は、全公演「有罪」だったそうだ。私自身は有罪票を投じたが、そっか…全日程か…。
この作品、結果は2パターンあるといっても、裁判の過程や出演者のセリフが変わるわけではない。幕が降り、票を数えた後に判決を言い渡す裁判官(堀部圭亮)だけが、有罪と無罪、双方の台詞を覚えなければならない。もし、全公演有罪だったら、無罪のための台詞は日の目を見ない。朗読劇の全公演有罪を聞いて、堀部さんはどう思いながら、台詞を覚えたのだろうか。
とはいえ、どうやら、今回は、私が観た日までに、双方(有罪・無罪)初日が出ていたらしい。
堀部さんのために、「よかった」と思った。


そして、なぜ、同じ脚本なのに、今回「無罪」が出たのかな、と考えたのだが、やはり、被告役が存在することが大きいと思う。
被告のコッホ少佐は、松下洸平が演じている。私も好きな俳優だし(すみません、俳優として以外のキャリアを知りません)、ファンも多数観に来ていると思うので、「洸平くんを有罪になんてできない[exclamation]」という理由で無罪に投じた人は一定数いたと思う。
私も、実は、迷っていた。公演を観るまでは。
でも、観ている間に、やはり、検察の追及に同意してしまう部分が多かった。


観劇前にストーリーを聞いただけでは、検察側が、「被告が164人の無辜の乗客を殺害した」と、我々参審員(観客)の情に訴えるのかな、と思っている人が多いだろう。普通の裁判劇では、検察側が事件の悲劇性を陪審員の情に訴えて、有罪を引き出すことがパターン化しているからだ。しかし、この作品はその反対で、検察側は、「事実として」撃墜以外に対処の方法がなかったのか、ということを徹底的に問いただしていく。
むしろ被告人サイドの証人(被告人を含め)の方が、9.11以降、一連のテロ事件に対抗するために法整備された「航空安全法」の中の「テロ対抗手段として、軍は航空機の撃墜を行うことができる」という部分が、憲法審査会で違憲とされた判決に批判的で、テロに屈していいのか、と情に訴えてくる。


橋爪功は弁護士ビーグラーに専念。
被告席に座るコッホ少佐(松下)のために、全力を尽くしている。ビーグラー自身は、テロ防止のために、国家権力が何をしてもいい、という考え方ではないと思うが、その一方で、成立してしまっている航空安全法の一部が、憲法違反の判決を受けて、宙ぶらりんになってしまっている今、正しい判決をすること自体の矛盾も強く感じているのだと思う。


橋爪は、もはやビーグラー本人にしか見えない。
乗客の未亡人を演じた前田亜季の一人民間人っぽい…というか、我々普通の市井の人間っぽさが、逆に浮いている違和感が印象的。出番は限定的だが、鮮烈な印象を残した。
コッホの上官を演じた今井朋彦は、軍人らしいきっちりとした雰囲気が印象に残ったし、松下は、すべてをこちらに委ねるようなニュートラルな雰囲気。既になにかを覚悟しているようで、発言にもよどみがない。しかし、旅客機にあなたのご家族が乗っていたら[exclamation&question]と聞かれた時だけ、空気が動いた。コッホさん、素直ないい人なんだな…と感じた。終身刑にしてしまってごめんなさい。
堀部の裁判長は、滔々と判決理由を語り、存在感を示した。無罪判決も聞いてみたかった。(無罪に投票する気ないくせに…)
しかし、本公演のMVPは、なんといっても、軍を上げての確信犯的行為を、知的に糾弾した検事役の神野三鈴だと思う。2年前の朗読劇の時は、夫君の小曽根真が橋爪の朗読を見事なピアノ演奏で盛り上げていたが、今度は、神野がやってくれた。法の正義を求める姿勢の神々しさに、女神かと思った。


とにもかくにも、判決を下す一員として、しっかり裁判に参加でき、自分にとっての正義についてあらためて考えることができた貴重な機会だった。


火の鳥.jpg


新宿タカシマヤタイムズスクエアのデッキには、今年生誕90周年となる手塚治虫先生を記念して、火の鳥のモニュメントが[exclamation]


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キャラメルボックス「ティアーズライン」観劇 [┣演劇]

キャラメルボックス 2017ウィンターツアー
「ティアーズライン」


脚本・演出:成井豊


美術:松井るみ
照明:黒尾芳昭
音響:早川毅
舞台監督:村岡晋
振付:川崎悦子(BEATNIK STUDIO)
スタイリスト:花谷律子
ヘアメイク:武井優子
小道具:高庄優子
殺陣振付:大内厚雄
音楽監督:加藤昌史
音楽コーディネーター:高岡厚詞


ゲストなしのオール劇団員キャストで、久しぶりの成井豊オリジナル書下ろし新作だという。
実は、私もキャラメルが久しぶりだったり。


ティアーズラインとは、チーターの顔についている黒いラインのこと。それはチーターが子供を思う涙の痕だとも言われている。


この物語は、「母が子を思う気持ち」がテーマになっている。
主人公の探偵・横手道朗(畠中智行)は、突然何者かに襲われ、拉致される。相手は殺し屋・十文字誠(阿部丈二)で、殺し屋開業10周年記念として、自分を説得できたら殺さないでもない、と言われる。
その事件が起きた時、道朗の両親は、オーストラリアに旅行中だったのだが、突然、母の克子(大森美紀子)が道朗のところにやってくる。そのいきなり感に納得できない道朗だったが、オーストラリアにいる父・幸治(西川浩幸)から連絡があり、とんでもないことがわかる。母は現地で突然倒れ、意識がないというのだ。
つまり、ここにいる母は幽体離脱[exclamation&question]
さらに、十文字が狙っているのは、道朗だけではなく、同僚の鯉川晴也(多田直人)もだという。どうやら鯉川が追っている事件が、彼らを危険にさらしているらしい。


序盤から、謎・謎・謎…
それが見事に回収されていく様は、観ていて気持ちがいい。


人が人を想う気持ち。家族であったり、恋人であったり、中でも、母が子を想う気持ちの強さは、奇跡を呼ぶのかもしれない。
そんな感動的な物語の中、間違った思いの強さは、逆に子供を破滅へ導くこともある…ことも描かれる。
幽体離脱してまで道朗を助けに来る克子の愛。一方で、子供の起こした(実は違う)交通事故を隠蔽するために、殺し屋まで雇ってしまう大臣の妻・成美(坂口理恵)の愛。


しんみりするだけでなく、アクションシーンもあり、爆笑するシーンもあり、これからどうなるの[exclamation&question]と、ドキドキするシーンもあり、本当に楽しかった。
成美の息子、翔平(山崎雄也※)は、事故を起こしていなくて、本当に同級生の起こした事故だったこと、そして克子がちゃんとオーストラリアで目を覚ましたことで、まさに絵に描いたような大団円。年末に気持ちよく劇場を後にすることができた。
(※「さき」は山編に立・可ですが、環境依存文字のため、この漢字を使用しています。ご了承ください。)


鯉川の妹で、道朗の恋人、麻衣が事故の被害者で、実は亡くなっていたこと。それからずっと、道朗は、今はいない彼女との電話に依存していたこと…が、ずっと伏線として張り巡らされていて、あー、そういう風に繋がるんだ[exclamation]と、納得。
母の愛の影に隠れているけど、鯉川の「妹を思う心」の強さも、感動的だった。


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キャラメルボックス「ティアーズライン」応援してます! [┣演劇]

劇団キャラメルボックス「ティアーズライン」初日を観劇した。


これ、公演中は感想書くのは難しい。ま、そもそも公演中に感想書ける状況じゃないけど。(ただいま1.5ヶ月分の感想がたまっています[がく~(落胆した顔)]


でも、久々の成井さんオリジナル作品だし、初日を観ての感動がハンパなかったし、それに、公演終了後、撮影OKタイムもあったりしたので、これは、宣伝しなきゃ~と、勝手に使命感感じて(キャラメルさんは、同じソネブロ仲間でもありますしね[黒ハート])、撮影写真を一挙公開しつつの大宣伝です。


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前半はプロローグのダンスシーン。
そして、後半は、次回作「夏への扉」についてのミニコントでした。
(微妙にご贔屓の多田さんと西川さん多めになっています。)


「夏への扉」の時は、演劇についてすごくすごく考えたな~。あの作品を純粋に楽しめるほどに、まだ色々なものが戻ってきているわけじゃないけど、震災の記憶が残っている今だからこそ、再演する意味もまたあると思う。


でもその前に「ティアーズライン」は、絶対に観ておくべきですよっ[パンチ]


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「欲望という名の電車」観劇 [┣演劇]

「欲望という名の電車」


作:テネシー・ウィリアムズ
翻訳:小田島恒志
演出:フィリップ・ブリーン
美術:マックス・ジョーンズ


照明:勝柴次朗
音響:長野朋美
衣裳:黒須はな子
ヘアメイク:佐藤裕子
美術助手:ルース・ホール、原田愛
演出助手:渡邉さつき
通訳:時田曜子
舞台監督:幸光順平


「欲望という名の電車」、過去に篠井英介主演作品(鈴木勝秀演出)のものを2度観ているが、女優主演で観るのは初めて。
今回の舞台は、ブランチ・デュボワに大竹しのぶ、スタンリー・コワルスキーに北村一輝、その妻でブランチの妹・ステラに鈴木杏、ブランチに恋をするミッチに藤岡正明という配役。


舞台はアメリカ南部のニューオーリンズ。日本語のタイトルは「欲望という名の電車」だが、原題は、“A Streetcar Named Desire”。Streetcar=路面電車である。Desire Streetは、実際に存在する横丁の名前で、そこを通る路面電車なので、Desireという名前が付けられている。
大昔、ニューオーリンズに行った時、Streetcarの写真、撮ったな~[わーい(嬉しい顔)]


ニューオーリンズのその界隈の横丁は、貧しい白人たちが住んでいるところのようで、そこにやってきたのが、いささか場違いな貴婦人然とした女性、ブランチ・デュボア(大竹しのぶ)。妹のステラ(鈴木杏)に会いに来たという。ステラは、長屋のような家に夫のコワルスキー(北村一輝)と暮らしていて、多少乱暴だが、自分を強く愛してくれるコワルスキーにメロメロだが、かつて南部の富豪だったことを忘れられないブランチは、そんな妹に大いに不満がある。
顔を見たら帰るのかと思いきや、ブランチは、居心地の悪いコワルスキー家に居座ってしまう。そして、この家で夜通しポーカーをしに来るメンバーの一人、ミッチ(藤岡正明)は、上品なブランチにすっかり心を奪われてしまう。
ブランチとそりが合わないコワルスキーは、親友のミッチが彼女に惹かれていることもあり、ブランチのことを調べ始める。そして、彼女の恐ろしい正体を知ってしまう。親友として、コワルスキーはすべてをミッチに話し…


この戯曲には、痛々しい設定がいくつもあって、そのひとつが、ブランチを崇拝していたミッチが、すべてを知った後にブランチを訪ねるシーンだ。
(学校で国語の先生をしていたブランチだが、その裏で、彼女は、住んでいた街で有名になるくらい男漁りをしていて、相手になる男に不自由したあまり、教え子に手を出してしまい、学校と街を追われたのだった。)
そういう女と知ったからは、妻として、母親に紹介できない。でも、そういう女と知ったからは、これまでみたいにおずおずとデートに誘うんじゃなくて…と、ブランチに襲い掛かる。ひどい…[もうやだ~(悲しい顔)]
でも、純情なミッチだったので、どうにか、難を逃れるブランチ。


しかし、コワルスキーは、もともと残虐性もあるし、これまでのブランチへの怒りもあるので、躊躇なくブランチを犯す。ステラが出産のために病院に行っているその時に。
この一晩の出来事により、ブランチの最後の正気が失われ、彼女は精神病院に連れていかれることになる。
何も知らないステラ。悪いことをしたと思っていないコワルスキー。


救われない…[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]


この救われなさは、女優がブランチを演じることによって、いたたまれなさになる。
これまで、篠井英介のブランチしか観ていない私は、そのことに初めて気づいた。
そして、テネシー・ウィリアムズの遺族を説得して、篠井ブランチを強行したあのシリーズは、私にとっては、乾いてヒリヒリする胸の痛みを受け入れることができる唯一のキャストだったのかもしれないと思った。

救われなさ、は、私は耐え難く感じたが、それこそが、テネシー・ウィリアムズの望んだ世界なのかもしれない。
そのわりに、ブランチ強姦シーンの演出は、絵として、そういうものに見えず、残念な感じ。
コワルスキーとステラのラブシーンは、慣れ親しんだ夫婦の気安さと、肉体的な魅力を感じ合っているカップルの熟れた愛欲が感じられて、見事な演出だと思った。(決してエロに走っているわけではなく。)
でも…[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]
もちろん、強姦シーンをリアルにやれ、というのも違うし、相手は大女優様だし、いろいろあるんだろうな…と思いつつ、たとえ、ニンフォマニアと言われる女性であっても、無理矢理犯される恐怖と屈辱は絶対にあると思うし、象徴的な表現でいいから、そこをしっかりと描いてほしいなと思った。


まあ、そういう微妙な要望はありつつも、大竹ブランチの演技には、もはや、神が宿っているとしか思えなかった。
さすがの大竹しのぶであっても、畳みかけるように長ゼリフを言うのは、難しい。どこかで、覚え込んだ台詞が出てこないことも出てくる。瞬時、台詞が止まっても、明らかに自分の言葉の混じったものであっても、大竹の台詞は、そのすべてがブランチのものだった。
女優・大竹しのぶの真骨頂を見たと思った。
これを引き出したことは、演出家の功績であると思う。


真夏のニューオーリンズの湿度の高そうな空気感、猥雑な街の人々西尾まりが好演!)、不思議な仮面の出てくるシーンなど、日本人には、ちょっとできない演出も面白かった。2017年の観劇の締めくくりに相応しい舞台だったと思う。


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「終わらない世界」観劇 [┣演劇]

「終わらない世界」


作:益山貴司(劇団子供鉅人)
演出:吹原幸太(ポップンマッシュルームチキン野郎)


舞台監督:白石定
照明:Jimmy
音響:島貫聡
美術:稲田美智子
振付:椎田香王子
音楽:ナカムラタカノリ
衣装:オガロコ
ヘアメイク:三宅早月
演出助手:朝田博美
宣伝美術:清水皓之
宣伝写真:梅沢香織
宣伝ヘアメイク:大宝みゆき
当日運営:大槻志保、須藤千代子
制作:ジェットラグ
プロデューサー:阿部敏信
企画・製作:ジェットラグ


小惑星が衝突して「世界の終わり」が訪れるという日、大女優・七瀬ミワコ(大和悠河)のカムバック公演が行われる劇場には、本人のミワコと、スタッフの青年(百名ヒロキ)の二人だけがスタンバイしていた。
その他の出演者やスタッフは、それぞれの場所で、それぞれの形で人生の終わりを迎える覚悟をしていた。
家族水入らずで過ごそうとする者、二人の美女を相手に酒池肉林としゃれこもうとする者、自分だけは生き残ろうと強い意志で行動する者…しかし…世界は終わらなかった。小惑星の衝突は回避されたのだった。
みんなよかったねー[るんるん]というわけにはいかない。死ぬと思い込んで「やらかしてしまった」さっきまでのあれこれは、もう「なかったこと」にはできない。生き続けられるとわかっていれば、あんなことしなかったのに…[爆弾][爆弾][爆弾]
そして、人々は、行くべき場所を目指す。そうだ、今日は公演があったんだよ[るんるん]と。
「世界の終わり」の前後での人々のあさましいエピソードと、そんなものを超越しているミワコの物語が交錯し、出演者やスタッフの現実の物語と劇中劇が錯綜して、面白い脚本だった。


宝塚を退団後の大和悠河を観たのは、「カーテンズ」以来かな[exclamation&question]今調べたら、2010年の作品だったので、7年ぶりに観たことになる。
女優としてのタニちゃんは、どこか、普通の人間っぽさが見えなくて、どう表現したらいいのか、正直、わからないというのが、当時も今も変わらない感想。ただ、今回のミワコ役は、大女優としてのキャリア後に、ギャングのボスの夫人になって、今回、久々のカムバック公演という設定に納得性があった。
その一方で、舞台上で男性の役を演じるはずなのに、稽古中の服装が短パンにデザインタイツ(ガーターベルトみたいな柄のヤツね)だったりする辺り、ほとんど理解不能。男性役を演じる時は、稽古中からそれ風なスタイルじゃないと、本人も周囲もやりづらいんじゃないかなーと、現実的なことを考えてしまう。ミワコさんや、タニちゃんは、そんなことないんだろうな…[あせあせ(飛び散る汗)]
元宝塚男役から女優になる人は多いが、タニちゃんは、女優と呼ぶにはちょっと違う、職業・大和悠河、みたいな存在のようだ。だから、ここでリアリティとかそういうことを思うのは、きっと見当はずれなんだろうな、と思う。
思うけど、理解を超える主演女優だと、どうも物語に気持ちが入っていかない。
ジェットラグだと、蓮水ゆうやが主演した「私はスター」なんかは、すごく面白くてよかったんだけど。


そんな中、大女優・ミワコに敵意を燃やす女優を演じた帆風成海は、的確な演技が心地よかった。ま、この辺は、好みの問題も大きいかな。
「世界の終わり」を前に、シェルターに籠っても自分だけは助かろうとする一部の人々が、逆にシャッターが開かずに、終わらなかった世界に戻れない。そこで、女優らしくSNSでファンに助けを求めるという設定が面白い。
一緒に閉じ込められた、自信を失っている俳優を、「どっちのファンが先に助けに来るか、賭けよう」と言って鼓舞するのも、なんか、かっこいい。ただ、スリットの入ったセクシーな衣装だったのに、網タイツが濃いめで、ダサい感じになってしまったのは残念。女役については、まだまだ研究途上ってとこかな。


百名は好青年を好演、AKB48の藤田奈那は、演出家の息子に取り入ろうとして失敗し、豹変する役どころ。たしかに可愛い。
AKBファンと見られる男性客も多く、そんな方たちに、元宝塚の男役は、どんな風に見えたのだろう。
そして、私が次にタニちゃんの芝居を観るのは、いつかな[exclamation&question]


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「プライムたちの夜」観劇 [┣演劇]

「プライムたちの夜」


作:ジョーダン・ハリソン
翻訳:常田景子
演出:宮田慶子


美術:横田あつみ
照明:中川隆一
音響:上田好生
衣裳:半田悦子
ヘアメイク:宮内宏明
演出助手:金澤菜乃英
舞台監督:澁谷壽久


芸術監督:宮田慶子
主催:文化庁芸術祭執行委員会/新国立劇場


出演は、浅丘ルリ子、香寿たつき、佐川和正、相島一之。これだけで、「行くでしょ」となる、すごいメンバー[黒ハート]


で、内容は…というと、近未来的な物語。
「プライム」というのは、AI(人工知能)を搭載したアンドロイドのことらしい。


最初、85歳で認知症気味のマージョリー(浅丘)の話し相手的ポジションとして、不思議な男(佐川)が登場する。動きは不自然ではないのだが、どことなく人間離れしている。たぶん、視線が微妙に違うのかな。話が進むうちに、だんだんと、この男がプライムであり、その姿はマージョリーの亡夫・ウォルターの若い頃の姿であることが分かってくる。

マージョリーのもとを訪れる人間は、一人娘のテス(香寿)と、その夫、ジョン(相島)。この二人がマージョリーのために、ウォルターの姿をしたプライムの導入を決めたのだ。


そして、ここからがこの作品の真骨頂なのだが、場が変わるごとに、マージョリーが死んで、彼女のプライムが登場する⇒テスが死んで彼女のプライムが登場する…と人間が減って、プライムが増えていく。
最後に、ジョンは居なくなっていて、三人のプライムたちが不毛な会話を永遠に続けていく場面は、鳥肌が立つような空間だった。


基本的には、4人の役者がいて、最初は3人の人間と1人のプライムだったのが、だんだん交替していって、最後にはプライムだけが残る、というこの設定を味わうための芝居なんだろう、とは思う。
しかし、その中に、認知症になってポロポロと記憶がこぼれていくことに不安を抱えるマージョリーが、夫の姿をしたプライムに記憶を移していくことで、何かの解決になるんじゃないか、と考えるジョンの優しさだったり、罪のないプライムの質問に、心をどんどん壊されていくテスの繊細さだったりが描かれているところに、この芝居の魅力があるんじゃないかと思った。


夫婦のすれ違いや、微妙な心理状態、思いやりの空回りなどを演じる香寿相島の丁寧できめ細かい演技。どこまでも壊れていくテスの痛みを客席にまで体感させるような香寿の悲鳴が耳に残る。そして、相島の深い愛情が、それだけにいっそうの哀しみを誘う。
その細やかさの反対側で、大女優・浅丘の存在感とドーンと突き抜けた存在感と、無機質を貫く佐川の透明感。
四人が、ちゃんと仕事をしていて、それがしっかり噛み合っていて、噛み合わない芝居を見事に構成している。出演者の演技力と、宮田慶子氏の演出力に圧倒される、プライムな夜だった。


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