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2009年2月27日 [┣祐飛さんの思い出]

今日は2月27日。

野々すみ花ちゃん、HAPPY BIRTHDAY[黒ハート]

今年は2017年なので、もうあれから8年が経過してしまったのですね。

2009年の2月27日、祐飛さんの宙組トップスター就任が発表されました。その日の思い出こちらに書いております。


世界に一つだけの花 [┣祐飛さんの思い出]

ツイッターのTLに不穏な空気を感じた13日深夜、SMAP解散の臨時ニュースが流れた。(既に日付は変わっていた。)
解散に対して、私に何か言えることがあるなんて、さすがにちょっとないかな…だから、ふと思い出したことを書いておきたい。

SMAPが「世界に一つだけの花」をリリースしたのは、2003年3月だったとのこと。
その少し前から、大空祐飛ファンは、“オンリーワン”を合言葉にしていた。祐飛さんが、オンリーワンを目指したいと言っていたからだが、オンリーワンしか目指せないような位置にいたのも事実だった。
そもそも“オンリーワン”発言は、同期の瀬奈じゅんの方が先だったと思う。もしかしたら、当人達の間ではそうではないのかもしれないが、メディアで発言したのは瀬奈が先だった。沖縄出身の盲目のテノール歌手新垣勉さんの言葉に感銘を受けた、ということだった。
ところが、瀬奈はその後、オンリーワンじゃなく、ナンバーワンを目指せるところにまっしぐらに行ってしまって、オンリーワンは争うまでもなく大空のところに残った、というのが、当時の状況だった。

なので、「世界に一つだけの花」を初めて聴いた時、祐飛ファンは誰しも「祐飛さんの歌だ」と思ったに違いない。
そして、2003年5月、宝塚ホテルで開催された「シニョール ドンファン」のお茶会において、この歌が「歌のプレゼント」として歌われることになった。
祐飛さんは、公演の歌とかを歌うことはあまりなくて、J-POPの曲を歌ってくれることが多かった。いつもは、自分から曲紹介をするのだが、この時は、司会から「皆さんからたくさんのリクエストが来ているので歌ってください」というカタチでの歌唱だったと記憶している。
で、その時、客席を見回して、「聴きたくないなら歌わない」とか、けっこうゴネていたのを思い出す。

突然、オンリーワンがメジャーになっちゃって調子が狂ったのかな、もう言いたくない気分なのかな、とそれを見て感じた。
でも、今にして思えば、いくら「オンリーワン」を標榜してても、そこまで、ナンバーワンの対極にあるオンリーワンと言われなくたって…みたいな気持ちもあったのかもしれない。
とはいえ、歌い出したら、それはそれは素敵な歌のプレゼントだった。

この時のお茶会は、お手伝いをしてくれてる初舞台生(89期生の妃宮さくら・桜寿ひらり・羽桜しずく)が来てくれたり、ピンクの着物姿で城咲あいちゃんが来てくれたり、客席もほっこりと楽しい時間を過ごすことができた。
ゲーム大会は、持ち物ゲームだったんだけど、私はラスト10人以内には入っていた。
で、その日、私は七分袖位の服を着ていて、ふと、自分の手首を見た時、腕時計って言われたらアウトだな…と思った。つけていなかったのだ。その時、祐飛さんがこっちを見たような気がした。で、「腕時計」ってけっこう勝ち誇ったように言ったような気がする。
僻みかもしれないけど(笑)

いいんです。それから8年後、持ち物ゲームでちゃんとリベンジしましたから[わーい(嬉しい顔)]

“今日は何の日”
【8月14日】
日本初の専売特許が公布される(1885=明治18年)。


祐飛さんの思い出(13) [┣祐飛さんの思い出]

(13)2009年-2

そんなこんなで、祐飛さんは宙組のトップスターになることが決まった。
決まったが、花組での公演は続く。
『太王四神記』の千秋楽で、カーテン前に出てきて、挨拶もしたなぁ。組長の夏美ようさんが、「宙の王」になります、と紹介してくれた。ヨン・ホゲはチュシンの王になれなかったけど、祐飛さんは、王になるのか…それを聞きながら、なんとなく反芻したのを覚えている。

5月、花組での最後の公演、全国ツアー『哀しみのコルドバ/Red Hot SeaII』が始まる。この『哀しみのコルドバ』のオープニングの印象的なエリオの闘牛シーンのBGMに使用されている曲が、『Red Hot Sea』の祐飛さんの場面のBGMだったため、このシーンは曲が変更された…とか、まあ色々あったが、祐飛さん最後の2番手は、ヒゲが似合って素敵だった。
ツアーは通常入り出のイベントは行われないが、場所によってバスのお見送りができる会場もある。祐飛さんは、いつもスルーなんだけど、トップのゆうくん(真飛聖さん)が、祐飛さんの手を振らせたり…とサービスしてくれたっけ…[あせあせ(飛び散る汗)]

祐飛さんは5/31、すみ花ちゃんは6/1に花組での公演を終える。
その後、祐飛さんだけ、「百年への道」というイベントに出演。各組のトップ2番手までが出演し、OGも呼んで、95周年を祝う…という主旨だった感じ。このイベント終了を以て、大空祐飛と野々すみ花は、宙組に組替えとなった。

とはいえ、その頃、宙組生は、大和悠河サヨナラ公演の東京公演中。千秋楽は、7月5日だった。
で、新トップコンビのプレお披露目公演は、8月3日。千秋楽を待っていたら1ヶ月しかない。
というわけで、祐飛さんとすみ花ちゃんは、先にお披露目公演のお稽古に入っていた、という。
通常、このスケジュールで、お芝居とショー、両方新しい作品は持って来ない。劇団としては、祐飛さんのために『大江山花伝』は用意したもののショーは別作品の提示だったという噂を聞いた。『宙 FANTASISTA!!』だったという説もあるが、真相はもちろんわからない。
でも、『Apasionado!!』にして貰えたのは、祐飛さんにとって大正解だったと思う。
そして、『Apasionado!!』というショーにとっても。宙組でのアレンジがなかったら、月組であんな風に再生することはなかっただろう、と思うと。

8月3日、どこをどう頑張れば、こんなことが可能なのか…宙組は立派に初日の幕を開けてくれた。
そして、中詰の一番盛り上がるところで…まさかのトップ出遅れ…[爆弾][爆弾][爆弾]
祐飛さんらしいといえば、祐飛さんらしいけど。
それを除いたら、これまでの足踏みは何だったの[exclamation&question]と思うくらい、トップらしい姿だった。

さて、研18でのトップ就任だったので、このプレお披露目公演以降は、「いつ退団発表するんだろう…」と怯える毎日、あんまり楽しめた印象がない。もう少し、ご贔屓が真ん中にいる舞台を楽しめばよかったな。

トップしてのお披露目公演は、普及の名作映画『カサブランカ』を小池先生が世界初のミュージカルに仕上げた1本もの。
その記者会見で、キスシーンが上手いと小池先生に突然ぶち上げられ、祐飛さんは大いにテレるのでありました。

こうして、2009年11月13日、『カサブランカ』初日。
私は前日から前乗りしてたのですが…その新幹線の車中、眼が冴えて全然眠れず、ホテルでも睡眠が浅かったなぁ~[あせあせ(飛び散る汗)]
でも、公演は、ギラギラの目で集中して、そのクオリティに嵌まりまくった。小池先生、神だったな、ほんと。

初日は無事開いたが、その後、劇団内でインフルエンザが猛流行し、毎日休演者が出るという、大変なことになってしまった。どの場面も代役がいる、という状態が、あの緻密な公演でどれだけ大変だったか…しかし、すばらしいチームワークで乗り切ってしまった。
本当に素晴らしい組に受け入れてもらえたものだ…と、祐飛さんの幸運に感謝する日々だった。

 2009年 『太王四神記』(宝塚大劇場→東京宝塚劇場)『哀しみのコルドバ/Red Hot SeaII』(全国ツアー公演)、『大江山花伝/Apasionado!!II』(博多座)『百年への道』(宝塚大劇場)、『カサブランカ』(宝塚大劇場)


祐飛さんの思い出(12) [┣祐飛さんの思い出]

(12)2009年

2009年は、花組公演『太王四神記』で明けた。
祐飛さんの演じるヨン・ホゲのカッコよさはハンパなかったし、それだけでなく、トップ真飛聖に伍して、負のヒーローとして、これでもか[exclamation×2]という活躍ぶりだったし、フィナーレナンバーでも、“もう一人のトップ”と言えるくらいの扱いをしてもらっていた。
ほかのファンの人達がこの扱いをどう考えていたかは、わからない。でも、私の中では、どれだけ扱いが上がっても、その立場に相応しい働きを見せる祐飛さんの姿に、どうしてダメなんだろう…という思いが湧き上がっていた。

前年の10月に星組の安蘭けいが退団を発表していた。星組2番手は、この時、研10の柚希礼音。ちょっとだけ割り込んでも怒らないよね[exclamation&question]みたいな…。でも、そんな私の夢を打ち砕くように、早々と『太王四神記』終了後の全国ツアー「哀しみのコルドバ」の配役が発表されたりして、そういうことはないんだ[バッド(下向き矢印)]と、思い知らされただけに。

ところが、そんなある日、「大和悠河退団」という、とんでもない情報が飛び込んできた。まだトップになって2年にもならない時期の発表だった。一週間後、相手役の陽月華も退団を発表する。その真ん中で、星組トップコンビが「柚希礼音・夢咲ねね」に決まったことも発表されていた。
もし、祐飛さんにトップの目があるとすれば、まったく縁のない宙組への組替え以外にない…

ここから1ヶ月、そんなモヤモヤした時間を過ごしたことになる。
とはいえ、「太王四神記」は大劇場⇒東京、と公演していたので、ファンとしては忙しく活動していたと思われる。
東京公演をいつも観てくれていたお友達のまりなさんが、2月20日過ぎ頃に一緒に観劇した時、「なんか、祐飛さんが、すごく透明に見えた[あせあせ(飛び散る汗)]」と口にしていたことは、すごく覚えている。もしかして、退団を決意したのかな…その言葉を聞いて、私は背筋が寒くなった。

一方で、その頃から宙組のトップになるらしいという噂は聞こえていた。
相手役の名前も、ちらほらと聞こえてきた。もう時効だから書いてしまうと、城咲あい、美羽あさひ…という名前が囁かれていた。
当時、今で言うLINEのような感じで、まりなさんとメッセンジャーで通信している時、「もしトップになったら相手役は[exclamation&question]」という話を一度だけしたことがある。その時、一瞬も考えることなく、「すみかなら…」と私は打っていた。
それが、私の記憶に間違いがなければ、発表の前日だった。
いやー、自分でも、ずうずうしいなあ、と思った。だって、すみ花ちゃんは、劇団の一番大事な秘蔵っこだったはずだから。

だから、翌日の夕方、4時に、友人からのメールが来た時は、信じられなかった。嬉しすぎて…

寒い日だった。朝は氷雨だった。お使いから帰って、モバイルタカラヅカは繋がらなかったので、会社のインターネットで公式HPにアクセスして、それから必死でお手紙を書いた(全部時効だ[exclamation]
それで、「ちょっと出かけてきます…」と、お手紙だけを持って職場を離れた(職務放棄…時効です[exclamation×2]

平日1回公演だったので、終演時間は16時半。劇場前に到着したのは、17時を回っていたと思う。見知らぬファン同士、「よかったですね」とあいさつを交わし、小雨降る中、祐飛さんの出を待った。
私は、楽屋口近くの三列目辺りだったので、出てくる生徒さんがよく見えた。
すみ花ちゃんの方が早く出てきて、こちらに会釈をしてくれた。誰ともなく拍手が起きたような気がする。この日は、すみ花ちゃんのお誕生日だった。
たぶん、オーラスくらいに…待って待って待ちくたびれた頃に、祐飛さんが出てきた。
「おめでとうございます」
と渡されるお手紙に、祐飛さんは、ふつーのテンションで「ありがとー」と答えていたような気がする。クールだった。
ちなみに、あまりにクールな祐飛さんだったせいか、「おめでとうございます」の流れは途中で終わり、いつの間にか、通常モードの「おつかれさまでした」になったと友人は言っていた。

私は一度会社に戻り(ちょっと…と言って2時間行方不明…時効です[exclamation×2])、長年応援してきた友人のTちゃん、Kさまと共に、祝杯をあげた。たしかスペイン料理のお店だったと思う。

さる~[バー]

と。祐飛さんを追いかけ始めて、まる10年が経過していた。


祐飛さんの思い出(11) [┣祐飛さんの思い出]

(11)2008年

2008年は、月組での最後の作品、『HOLYWOOD LOVER』のバウホール公演が終わり、東京公演のお稽古が始まる前、前年と同じようにスタートした。ムラにいる時は、基本的にお正月の拝賀式に参加する祐飛さんだったが、この年は、参加していなかったようだ。周囲が騒がしいということに配慮したのかもしれない。

私はお稽古待ちに行くこともなく、東京公演を待っていた。決算期だったから…かな。素の祐飛さんを見る自信がなかったのかもしれない。何があってもついていきます[exclamation×2]みたいなお手紙は書いたような記憶が微かにあるが、実際に祐飛さんの目を見たら、瞳の奥を探ってしまいそうで怖かったのかもしれない。

『HOLYWOOD LOVER』東京公演は、1月19日から25日まで。ある日、入り待ちか、出待ちをしている私たちの前を、中村一徳先生が通り過ぎた。何の用[exclamation&question]組替えを機にDSやるんじゃないの[exclamation&question]そんな話題で盛り上がったが、たしか、すぐにその発表があったはず。
(公演中の1月24日にDSと担当演出家=一徳先生の発表だけはされたみたいですね。)
お茶会は、別箱公演にもかかわらず、800人以上の大盛況。「安心してついてこい[exclamation]」最後の挨拶で祐飛さんはそう言った。
千秋楽は、私も空前絶後の大号泣で、2幕はほとんど泣きっぱなしだった。あそこまで号泣したことは、結局、その後一度もなかったな。
カーテンコールの最後に「月組の大空祐飛でーす」と叫んで、私たちをさらに泣かせてくれたけど、出演メンバーもカーテンコールでけっこう泣いていて、挨拶する越乃リュウ新副組長もすごく泣いていて、そんなみんなを見ながら、笑ってしまう祐飛さん。寂しさを隠して笑っちゃう祐飛さんの姿に、私たちは、また泣いてしまったのだった。

2月末、公式HPの発表に手が震えた。
シアター・ドラマシティ公演『銀ちゃんの恋』再演[exclamation×2]
実は、石田先生に、祐飛さんで『銀ちゃんの恋』をやってほしい、とお手紙を書いていたのです。今考えると、どうしてそんなことを思ったのか、全然わからない。でも、こんなことってあるんんだな…と夢のような気持だった。

3月、花組生としての初仕事は、DS。
これまで、『Selfish...』『SPARK!』『SPARK!II』と、Sはじまりの英語タイトルだったDS、花組に行ったらどうなるのかな…と思ったら、『SORA』だった。しかも、“空の奇跡”というサブタイトルまでついていた。
“奇跡”をキセキという音から、“軌跡”=退団の決まったDSという噂も出た。
しかし、組替えして最初のお仕事だというのに、桜一花・初姫さあや・華耀きらり・白華れみという豪華美女軍団に囲まれ、なんだか楽しそうな祐飛さんだった。ドラムまで叩いちゃったりして。
DSが終わった後、ファンの絶大な後押しにより東上した、バウ作品『舞姫』を4人の美女を引き連れて観劇していた祐飛さん。まさか、舞台上でヒロインを好演する下級生の娘役が自分の伴侶になるなんて、思いもしなかったんじゃないだろうか。

大劇場での花組デビューは、5月の『愛と死のアラビア/Red Hot Sea』。
真飛聖トップお披露目公演だった。まとぶんは祐飛さんより3年も下級生だったし、当時、宙組の大和悠河と二人、一番若いトップスターだったし、祐飛さんがトップになる道はすっかり塞がれているように思えた。
『銀ちゃんの恋』を花道に退団しちゃうのかな…そんな気持ちで初日を観劇した。
そしたら、きらっきら[ぴかぴか(新しい)]なスターさんの祐飛さんがそこにいた。ヒゲをつけても、お魚になっても、隠しようがないスターな祐飛さん…いったいどうしてこんなに変貌したのか、祐飛さん七不思議のひとつかもしれない。
実は、この公演の時、初めて2ショットを撮影をしたんだけど、こんなに緊張することがあるのかっていうくらい、緊張した。

そして、『銀ちゃんの恋』は、期待以上の銀ちゃんだった。てか、銀ちゃん=祐飛さんだった。今でも祐飛さんの中にはちっちゃな銀ちゃんがいて、ちょろちょろ顔を出そうとする…なんてことを言われると、祐飛さんの中のちっちゃな銀ちゃんが、私にあの手紙を書かせたのかな…なんて思っている。

そして、翌2009年は、小池先生の『太王四神記』と発表され、年内に記者会見も行われた。
なんかしらないけど、めっちゃかっこいい…[黒ハート]
それが、ヨン・ホゲについての印象だった。

2008年 『HOLLYWOOD LOVER』(日本青年館)『SORA―空の奇跡―』(ディナーショー。宝塚ホテル→東京會舘)、『愛と死のアラビア/Red Hot Sea』宝塚大劇場→東京宝塚劇場)、『銀ちゃんの恋』(シアター・ドラマシティ→日本青年館)


祐飛さんの思い出(10) [┣祐飛さんの思い出]

(10)2007年

2007年は正月から大劇場公演『パリの空よりも高く/ファンシー・ダンス』に出演。
お芝居では、瀬奈じゅんとケチな詐欺師コンビ。詐欺を働くつもりがエッフェル塔の建設に貢献して、一文も稼げない…というお正月らしいコメディ。作・演出の植田先生は、同期ならではのコンビネーションに期待して、2番手の霧矢大夢を詐欺の題材となるギスターブ・エッフェルに配し、瀬奈と大空を詐欺師コンビにした。しかも大空は、18歳の少年…なんの羞恥プレイ[exclamation&question]
しかし、この少年役が、イタくないと言えばウソかもしれないが…なぜか、ハマる。好きなんだなー、ぱかーっと口を開けて笑う祐飛さん[黒ハート]
あと、あさこさんのテンションの高い芝居に、最後までついていけたことにも感動[ひらめき]暗い役じゃなくても、テンション保てるじゃない[exclamation]同期コンビによるドタバタ芝居が面白くて、脚本はアレだったけど、楽しく通った公演。
一方、ショーの『ファンシー・ダンス』は、1シーン丸々祐飛さんがセンターという場面を初めてもらった。ダンスのオーディションに合格してスターになるという、いやがらせか[exclamation&question]という設定ではあるものの…いや、そもそも、主題歌からして“決めるぜ、ダブルターン”とか、ほんとイヤミな歌詞だったりしますけど、でも、そういう場面があるのは、嬉しかった[グッド(上向き矢印)]
この公演で、月組は、学年も実年齢も近い1.2.3番手が充実した組というカラーがハッキリした。しかし、それは、「瀬奈を頂点とするピラミッド」とは違う組の形でもあった…

続く全国ツアー公演は、『ダル・レークの恋』。
きりやんがバウホール公演『大坂侍』に主演するため、祐飛さんは、全ツ2番手として、ペペルという色悪の役を引き受けることとなった。祐飛さんが退団する時の酒井先生のメッセージで知ったのだが、この時、初代ラッチマン役の春日野八千代先生が、お稽古を見てくれたそうだ。そして、祐飛さんに激励の言葉をくださったとか。小さくまとまらずに大きなスターになってほしい、というような言葉だったと思う。
浅黒い肌にターバンが似合って、スタイルの良さが際立ったペペル役を追いかけて、全国を回ったなぁ~[るんるん]
こうして、着実に一公演ごとに大きな存在になっていく祐飛さんに、わくわくしつつ、次の公演も楽しみにしていた。

次の大劇場公演は、『MAHOROBA/マジシャンの憂鬱』。
『MAHOROBA』は、ヤマトタケルを主人公とした、神話をベースにした和もののショー。祐飛さんは、きりやんと一緒に、サルメとサダルというヤマトタケルを先導する神の役を演じた。謝珠栄先生の振付で踊る祐飛さんは、一生懸命で、神々しかった。
しかし、『マジシャンの憂鬱』における祐飛さんの役どころは、完全な“格下げ”に思えた。
ポスターは、『マジシャン…』のもので、瀬奈・彩乃・霧矢・大空の4人が掲載されているのに、実際は、あさこさん扮するシャンドールの居候5人組の一人。しかも、フィナーレナンバーでは、あさこさんを囲む8人口の一人に。衣装にラインストーンのひとつ追加もない、完全にその他大勢口。この時、使われていた曲は、私の大好きなリストの「ハンガリア狂詩曲」だったのに、しばらく聴きたくないくらい落ち込んだ[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]
祐飛さん自身がこの状況をどう考えていたか、わからないが、このままいけば、退団に追い込まれる可能性はあるかも…そんな風に、戦々恐々とした。

しかし、実際には、この時、水面下で、組替え話が進行していた。知らぬはファンばかりなり…

12月、大空祐飛主演のバウホール公演、『HOLLYWOOD LOVER』が上演された。その千秋楽の翌日、運命の12月26日、祐飛さんの花組への組替えが発表された。その時点で、花組トップの春野寿美礼は東宝の退団公演を打ち上げており、新トップ、真飛聖が就任していた。真飛は、大空の3年後輩―祐飛さんの花組での立場がどうなるのか、その時点では、まったく予想がつかなかった。

2007年 『パリの空よりも高く/ファンシー・ダンス』宝塚大劇場→東京宝塚劇場)、『ダル・レークの恋』(全国ツアー)、『MAHOROBA/マジシャンの憂鬱』(宝塚大劇場→東京宝塚劇場)、『HOLLYWOOD LOVER』(宝塚バウホール)


祐飛さんの思い出(9) [┣祐飛さんの思い出]

(9)2006年

2006年も祐飛さんにとって、大きな節目の年になった。

まず、星組大劇場公演『ベルサイユのばら』への特別出演。しかも、特別出演者のスケジュール調整の都合により、千秋楽のオスカルを演じることになったのだ[exclamation]こんなところにも、なにか運のようなものを感じる。
このオスカル役、朝海ひかる、貴城けい、霧矢大夢、水夏希というスター達との競演となったが、意外にも、“一番女らしいオスカル”という評価を受けた。アンドレ役の安蘭けいが唯一、“肩を抱けなかった”ガタイだというのに…[あせあせ(飛び散る汗)]
なんだろう、X脚だから[exclamation&question]…じゃなくて、たぶん、すごく内面から作ったオスカル像だったせいかもしれません。

そして、好評だった『THE LAST PARTY』東京特別公演。
なんと、宝塚史上初めての東京芸術劇場中劇場(現プレイハイス)での公演。
この公演ほど、大空祐飛の強運を感じたことはなかった。

そもそものバウホール公演が大和悠河主演の宙組公演との競作だった。その後、ヒロイン役を演じた彩乃かなみと紫城るいが、入れ替わるように組替えして、その時点で、彩乃が月組、紫城が宙組生になっていた。
再演でありながら、相手役が入れ替わる…観客の興味を呼ぶ下地は整っていた。
しかし、宙組では、既に大和主演のバウホール公演が発表されていた。これがネックだったのだが、そのバウ作品ではなく、「THE LAST PARTY」を東上させる…そんな判断を劇団が下してくれたことによって、同時に大空版「THE LAST PARTY」東上も実現することができた。
さらに、大和主演版は、バウホール公演が通常東上する日本青年館大ホールを使用したが、会場が取れなかったのか、大空版は、もっとキャパの小さい東京芸術劇場で上演することができた。
あの芝居は、広い空間より狭い空間の方が、客席のエネルギーが拡散しないので、演じやすいハズ。しかも青年館で4日間より、東京芸術劇場で8日間の方が、総客席数が同じでも、ファン的にはリピートできる喜びが大きい。
上演された3月は、私にとっては、仕事もイベントが重なって忙しい時だったが、幸せな忙しさだった。
しかも、2日に1回くらいのペースで観劇していたにもかかわらず、毎回泣いていた[もうやだ~(悲しい顔)][もうやだ~(悲しい顔)][もうやだ~(悲しい顔)]
今でも大好きな作品です[黒ハート]
(この公演から、FCにチケットをお願いし始めたのですが、楽屋口がよくわからない劇場で入り出デビューなんて無理…ということで、一応ウェアは買ったものの、当時製作していた映画の打ち上げパーティーの時に、こっそりつけただけに終わった。打ち上げパーティー=THE LAST PARTYだから[わーい(嬉しい顔)]

そして次の大劇場公演が、轟悠さま降臨公演「暁のローマ」「レ・ビジュー・ブリアン」
専科所属になった轟さまが、大劇場公演に主演する…という試みは、各組1回ずつ実施された。
その中で、轟悠主演と謳いながら、その実、轟さまを祀り上げてトップコンビが主演にしか見えない作品だったのが、この「暁のローマ」。何しろ、轟さまの演じたカエサルは、物語の中盤で殺されてしまうのだから。
(そもそも原作としたシェイクスピアの「ジュリアス・シーザー」自体が、ブルータス主演だし。)
なんかわからないけど、瀬奈さんってすごいのかもしれない…と、この時、かすかに感じた。

祐飛さんは、ブルータス(瀬奈)の友人で、一緒にカエサル暗殺を実行するカシウスを演じた。今でも、「大海賊」のフレデリックと並ぶビジュアル人気の高い役だ。(金髪鬘が似合うってことかな…[ぴかぴか(新しい)]
そして、ショーでは、研15にして初めて「場面のセンター」を受け持ったり、轟さまとかなみちゃん(彩乃)を争うロン毛の男を演じたり…と大活躍[ぴかぴか(新しい)]
そして、その東京公演から、私はファン活動なるものをスタートさせた。
(この時のイタさを思い出すにつけ、誘ってくれた友人のフォローなしには、最後まで活動を続けることはできなかっただろうなぁ~[あせあせ(飛び散る汗)]と心から感謝している[たらーっ(汗)]

そして、秋、中日劇場で上演された「あかねさす紫の花」を全国ツアーで再演することになった。
中大兄皇子役が祐飛さん。これは、中日劇場できりやんが演じた役。まったく違うアプローチで演じられる中大兄皇子に驚いたり、感動したり[黒ハート]そして、ショーは、「レ・ビジュー・ブリアン」を轟さまなしで上演することに。祐飛さんは、轟さまの衣装を一部着せてもらったり、エトワールを経験したり…こちらもビックリする活躍[どんっ(衝撃)]
南彦根まで行って千秋楽を観て、即日帰京できないので、一泊して翌日は、「あかねさす紫の花」ゆかりの蒲生野まで行ってみたり…と、早くもド嵌まりしていく。(この時、まだそんなに親しくなって間がないにもかかわらず、最後まで私の旅に付き合ってくれたKさまにも、感謝でいっぱい[揺れるハート]

お、こうしてみると、私にとっても2006年は特別な年かもしれない。
あ…徹夜でオフィスを引っ越ししたのも、2006年だったなぁ~[あせあせ(飛び散る汗)]

2006年 『ベルサイユのばら』(宝塚大劇場)、『THE LAST PARTY』(東京芸術劇場中劇場)、『暁のローマ/レ・ビジュー・ブリアン』(宝塚大劇場→東京宝塚劇場)、『あかねさす紫の花/レ・ビジュー・ブリアン』(全国ツアー)


祐飛さんの思い出(8) [┣祐飛さんの思い出]

(8)2005年

大空祐飛の2005年は、彩輝直のサヨナラ公演、『エリザベート』で始まる。
『エリザベート』の上演は、月組が5組目。演出の小池先生も、その他のスタッフも、『エリザベート』上演へのプロセスは熟知しているので、稽古は、1幕から順につけられていった。大空の演じるルドルフは、2幕の中盤に15分だけ登場する。長い間、大空は、稽古場にいるだけ、という時間を過ごす。(カゲコーラスには参加していたが。)
自身の稽古には入れず、別の人の芝居を観ながら、ルドルフについて考え続ける日々…
そんな祐飛さんに、小池先生は、「ルドルフは弱かったから死んだんだ」と言ったらしいです。
「弱かったんじゃない。彼は強かったから死を選んだんだ[exclamation]と主張する祐飛さんに、小池先生は、「病んでる…」と言ったとか。祐飛さん自身も、役作りでプチ鬱になったかも[exclamation&question]と思い始める。
そんなある日、住んでいたマンションの近くで黒猫を見つける。餌付けして、ついて来たら飼おうかと思うものの、そんなにうまくはいかなかった。野良猫の家猫化に失敗した祐飛さんは、ペットショップで生まれたばかりの子猫に出会う。
本当に飼えるのだろうか、とビビっていると、小学生の女の子が、その猫に興味を示した。
「もう私が買ったから[exclamation]
小学生相手に大人げない宣言をして、引き取った猫は、やがて、“ハウル”と名付けられ、祐飛さんの伴侶となる。

ルドルフ役が原因でプチ鬱になったのは、なにも祐飛さんだけのことではなく、『エリザベート』上演のたびにジェンヌさんの間でこういう話が出てくる。
また、ルドルフについて、相当突っ込んだ論争をした小池先生は、この月組公演の後、ルドルフ役への印象が一変したらしい。そういう話を聞くと、祐飛さんってすごいなーと思う。
時は流れ、2007年に雪組で『エリザベート』が上演された時のルドルフ役は、凰稀かなめ。その特集本で、応援メッセージを頼まれた祐飛さんの他人行儀なコメントが笑える。本当に全然接点がなかったんだろうなぁ[あせあせ(飛び散る汗)]まさか、数年後にトップと2番手としてあいまみえることになろうとは…[どんっ(衝撃)]

『エリザベート』で、トップスター彩輝が卒業した後、次期トップスター・瀬奈じゅんのプレお披露目公演は、梅田芸術劇場公演ミュージカル『Ernest in Love』と決まった。同時期に、バウホールではワークショップ的若手の公演『BourbonStreet Blues』が行われる。あれ[exclamation&question]祐飛さんは[exclamation&question]と思ったら、なんと、またまたDSが決まった。
2年前のDSと同じスタッフによる、その名も『SPARKII』
今回は、共演者も一色瑠加・彩那音・白鳥かすが・榎登也…と、全員男役。ホストクラブの場面など、石田先生らしい挑戦も見られる楽しいDSだった。

そんな宝塚ホテルでのDS初日、とんでもないニュースが飛び込んできた。
翌2006年1-2月に上演される星組公演『ベルサイユのばら』に特別出演するオスカル役の一人に祐飛さんが選ばれた、というのだ。
星組公演の主演は、トップスター湖月わたる&白羽ゆり。そして、雪組トップスター朝海ひかるのほか、月組から霧矢大夢、大空祐飛、雪組から貴城けい、水夏希の5人がオスカル役を演じる、という発表だった。
90周年の特出組でもないのに、いつから、そっちのチームに…[exclamation&question]と、キツネにつままれたような気分だったのを覚えている。

そして、秋、瀬奈のお披露目公演『JAZZYな妖精たち/REVUE OF DREAMS』を前にした、とある夜のことだった。
以前から仲良くしてもらっていた、祐飛さんファンの友人から、メッセージをもらった。
後悔しないように、そろそろファンクラブに入ることを検討してみたら[exclamation&question]と。後になって、どうしてあんなことを[exclamation&question]と訊いたら、もうそろそろ退めるだろうな…と思ったから…とのこと。
いつも、えー、ファンクラブなんてガラじゃないし…と、言っていた私の中に、どういうわけか、その一言がすとーんと入り込んだ。そろそろ、カメラ小僧も飽きて来たしな…と。

お芝居では、ティモシーという軽めのキャラクターを楽しそうに演じていて、出番も多く、瀬奈との絡みもたくさんあって、とりあえず、よかったな…とは思った。
しかし…大劇場では、銀橋で歌っているのに、渡り切らずに戻る[がく~(落胆した顔)]という演出に、どんなイヤガラセ[exclamation&question]と思うこともあった。
で、この場面、東京では、銀橋を渡り切る形に変更された。…んだけど、渡り切るところで、ライトが落ちるんだよね…[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]
前もののお芝居の中で、トップ・2番手以外が銀橋を渡ることって、そんなにハードル高いのか…と、思い知った作品でした。
ショーの方では、単独の場面はなかったものの、瀬奈と一緒に出る場面では大きな役があったり、大きな羽根を背負ったり…と、W2番手的な扱いも感じられ、ちょっと安心した。

そして、2005年の終わり、一大決心をして、私は、一枚の申込書を投函したのだった。

2005年 『エリザベート』(宝塚大劇場→東京宝塚劇場)、『SPARKII』(DS 宝塚ホテル→第一ホテル東京)、『JAZZYな妖精たち/REVUE OF DREAMS』(宝塚大劇場→東京宝塚劇場)


懐かしい… [┣祐飛さんの思い出]

福岡での「TABU」観劇は、生祐飛さんは2011年以来となるお友達と一緒に。

彼女が関東に住んでいる時は、公演のたびに、一度は必ず観劇してくれていた。でも「ヴァレンチノ」は、東京公演が中止になってしまい…その後、奇跡的に東京公演が実施された時には、彼女はこの地にいなかった。

「太王四神記」の時、「祐飛さん、やめちゃうのかな…なんか、すごく透明になった感じがした」と、突然言い出した人で、後になって、「あれは、真ん中に立つ透明感だったんだねー」と二人で語り合ったことも懐かしい。

女優になった祐飛さんを観てもらえてよかった。


祐飛さんの思い出(7) [┣祐飛さんの思い出]

(7)2004年

宝塚歌劇90周年のこの年、各組2番手が1年間他組にシャッフル出演することになった。
2003年の夏の終わりに慌ただしく発表され、お正月の東京公演後半から、まず、安蘭けいが宙組に出演することになった。2003年は年末まで青年館で主演公演をしていたのに…である。

2番手が大劇場でシャッフル出演している間、バウホールは各組3番手の主演公演(東上付)が粛々と計画されていた。

しかーし[exclamation×2]

前年に大病を患い、バウホール公演が代役上演された月組の霧矢大夢だけは、2番手でありながら、シャッフルにも行きながら、新たにバウホール主演公演が企画された。
そして、月組3番手のはずの大空祐飛は、各組3番手(花=彩吹真央、雪=壮一帆、星=真飛聖、宙はW2番手なのでナシ)の最上級生にもかかわらず、バウ主演の機会を失ってしまったのだった…これは不幸と言わずして、何と呼ぶのか…[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]

私の、ファンとしての不幸は、それだけではなかった。
前年、「巌流」で、安蘭けいとW主演と言ってもいいほどの活躍を見せた星組の汐美真帆が、突然、「1914/タカラヅカ絢爛」の公演で、立ち位置を下げられた。

え、なに、劇団が私にイジワルしてるのっ[exclamation&question]

宝塚歌劇団では、ゆっくりと成長していた生徒が急上昇することがある。
2004年の時点で、既に花組2番手となっていた瀬奈じゅんも2000年に1期下の水夏希が組替えしたのを機に一気に浮上した。
そういう意味で、真飛聖も2003年にスター生徒が大量退団した後、浮上するかと見られていた。しかし、その時点では、月組から組替えしてきた汐美の方が、なぜか役付がよかったのだ。全ツの2番手羽根、「王家に捧ぐ歌」のウバルド役、そして「巌流」の武蔵…そこで、つい、期待した自分がいた。だから、さらに辛いと思った[もうやだ~(悲しい顔)]

2004年は、紫吹淳のサヨナラ公演「薔薇の封印」の東京公演から始まった。
祐飛さんは見事に3役を演じ分け、立派に役目を果たしているように見えた。
ただし、新トップは、専科から特出していた彩輝直と決まったため、代が代わっても、組内2番手・霧矢大夢、3番手・大空祐飛の序列に変更はなかった。

新トップ、彩輝直のお披露目は、全国ツアー公演「ジャワの踊り子」。
初演は、1952年。その時も、1982年に麻実れい主演で再演された時も、2番手役は、オースマンという青年の役だった。
が、発表されたオースマン役は、若手の北翔海莉で、祐飛さんは、専科の人が演じていたハジ・タムロン役に配役されていた。当然、これはもう番手落ちだのなんの…と、ネットで書かれる毎日[爆弾][爆弾][爆弾]
フィナーレナンバーを見れば、祐飛さんがツアー2番手なのは明らかだったし、祐飛さんの演技力を考えれば、単なる青年役より、屈折したタムロン役の方が嵌まるし、直後に上演された花組の同公演では、路線まっしぐらの蘭寿とむがタムロン役に配役されていたし、何も心配することはないはずなのに、やはりどこか不安を抱えてしまうのは、星組でのケロさんのことが響いているからかもしれなかった。

しかし、祐飛さんは、仕事への忠誠と、人間としての誠実さに引き裂かれていく、一人の男の人生を見事に演じ切り、タムロン役でよかった…とまで思う充実ぶりだった。
後日談として、祐飛さんのタムロンに感銘を受けた演出の植田先生が、遅まきながら花組版のためにタムロンのソロを用意した…ということがあった。もしかしたら植田先生のリップサービスかもしれないが、ファンとしては嬉しい話だ。

続く大劇場公演は、彩輝の大劇場お披露目公演かつ、映美くららのサヨナラ公演「飛鳥夕映え/タカラヅカ絢爛II」
ここにシャッフルでやってくる他組の2番手は、花組の瀬奈じゅんと雪組の貴城けい。同期の二人が2番手スターとして上に降ってくる…組内に同期のいない祐飛さんとしては、同期生と一緒の楽しさと、立派に2番手を務めている同期生を見上げる苦しさと、両方がないまぜになるのではないか…そんな風に想像した。

2番手シャッフル公演は、星組公演では、真飛聖の上に同期の大和悠河とか、花組公演では、彩吹真央の上に同期の霧矢大夢とか、これまで組が違うことで、立場の違いに目を向けずに済んでいたところに、敢えて踏み込む形となった。同期でも立場が上の人間が、自分よりいい衣装を着て、いい位置で歌い踊る…という…[爆弾]
そんな中で、月組大劇場公演「飛鳥夕映え」は、瀬奈、貴城、大空三人による「役替わり」公演が企画された。

祐飛さんのターニングポイントには必ずこの方の存在が…という柴田先生の脚本。そして、三者三様の中臣鎌足が火花を散らす、スリリングな舞台が出来上がった。
ハッタリが効いて舞台映えのする瀬奈の鎌足。
眼力と声で悪の魅力を見せつける貴城の鎌足。
そんな中で、祐飛さんは、入鹿との関係性の中で、彼への執念をつのらせていく物語性のある、人間臭い鎌足を見せ、スターの二人に対して一歩も引くことはなかった。
ショーでは、スターの二人とは違う衣装で踊る場面の連続だったが、後になって考えると、この時の共演が祐飛さんの中で、自分にあるものとないもの(既に十分に勝負できるものと、全然足りてないところ)を知る機会となったのではないだろうか。

その『飛鳥夕映え』の東京公演中、次の大劇場公演『エリザベート』の配役が発表された。シャッフルで今回月組に出演していた瀬奈じゅんが、そのまま次回公演にも出演、エリザベート役を演じる…という意外な配役だった。
フランツ役には、専科の初風緑が出演し、霧矢大夢がルキーニ、そして、大空祐飛はルドルフ役ということまでが、東京公演のお茶会までに発表された。
その時は、祐飛さんがルキーニ役とかやってみたい…と言っていたこともあり、「今さらルドルフ[exclamation&question]な気持ちが大きかったが、そういう公演の時の方が、祐飛さん、すごい[ぴかぴか(新しい)]という結果になることは、タムロンで身に染みていたので、この時は、期待と不安が半々だっただろうか。

さて、当初、「飛鳥夕映え」の役替り公演は、「東京公演で実施するかどうかは未定」として発表された。客寄せのための役替りなので、集客が見込める東京公演では実施してもしなくてもどちらでもよかったのだろう。
役替りをする三人だけでなく、三人と演技するすべての人たちに影響があるし、替わるたびに舞台稽古が入ったりする。正直、めんどくさいものだと思うが、たくさんの人の尽力があったのだろう、東京公演も役替りは実施された。
祐飛さんは、そういうギリギリの強運の持ち主なのかもしれない。

そして、その強運はさらに発動することになる。
3番手なのにバウホール主演ができなかったのは、祐飛さんだけではなかった。W2番手の下級生側ゆえに、昨年主演していない大和悠河がいた。
劇団は、大和悠河と大空祐飛の二人用に、同じ脚本のバウホール公演を用意した。
海外留学中の植田景子先生の新作…それが、『THE LAST PARTY』だった。

この公演が、とても急に決まったというのは間違いない。
当時、宝塚舞踊会は生徒の自主公演で、毎年幹事となる専科生が、各組の生徒をスカウトしていた。一応、生徒でいる間に一度は出演しなければならないという不文律はあるものの、スター生徒が出演しないとチケットが売れないので、トップスターや番手スターは、数年に一度の割合で参加していた。そして、番手の狭間にいるのをいいことに、祐飛さんはしばらく出演していなかった。
そんなこんなで、『ジャワの踊り子』の時、専科の邦なつきさんからスカウトされ、舞踊会出演を決めた時、祐飛さんは、何度も組のプロデューサーに秋のスケジュールを確認したという[あせあせ(飛び散る汗)][あせあせ(飛び散る汗)][あせあせ(飛び散る汗)]「何もない」と[爆弾][爆弾][爆弾]

秋のスケジュールといえば、宝塚90周年のこの年、一大イベントが待っていた。
10年に一度の“大運動会”[exclamation×2]
10年前(1994年)は屈辱の最下位[exclamation]79期以上だけが知っている屈辱だが、
ズルをしてでも優勝[ぴかぴか(新しい)](by大空祐飛)
を合言葉に、全競技、燃えに燃えて、勝利をもぎ取った。
何かの競技の時、星組の柚希礼音が、半泣きで“ズルい”と抗議していたが、正々堂々とやっていたのでは、勝てない、と10年前に星組に教えてもらったのだから、ちえちゃんは知らないだろうけど、これは仕方のないことなのよ…。
何が何でも優勝する。何をやっても優勝する[爆弾](by紫苑ゆう)
祐飛さんは、応援合戦の衣装探しなども積極的にやったりしていて、意外と運動会を楽しんだ一人だったような気がする。
何はともあれ、優勝、おめでとうございます[exclamation×2]
この時、月組にトップ娘役がいなかった(映美卒業後、次の公演が『エリザベート』で、瀬奈がヒロインを務めることもあって、トップ娘役は発表されずじまいだった)こともあり、トップコンビのレースに代わって、1・2・3レースという男役のトップ・2番手・3番手が障害物競走に挑むレースがあったが、彩輝・大空・霧矢の三人が走る姿は、ナイスバディすぎて、かなり話題になったりした[あせあせ(飛び散る汗)]
ちなみにこの時の1・2・3メンバーは…
花組 春野寿美礼・瀬奈じゅん・彩吹真央
月組 彩輝直・霧矢大夢・大空祐飛
雪組 朝海ひかる・貴城けい・壮一帆
星組 湖月わたる・安蘭けい・真飛聖
宙組 和央ようか・水夏希・大和悠河
専科 轟悠・初風緑・樹里咲穂
(ここにえりたんがいる…ということが、彼女の宝塚人生の特異さを物語っている気がする…)

ここで、少し話を戻す。
祐飛さんが東京宝塚劇場公演『飛鳥夕映え/タカラヅカ絢爛II』の舞台稽古にいそしんでいた頃、劇団HPに星組の退団者が発表されていた。

汐美真帆[もうやだ~(悲しい顔)][もうやだ~(悲しい顔)][もうやだ~(悲しい顔)]

ほんの3年前、『血と砂』でW主演を果たした二人は、明暗がくっきり分かれた。

しかし、宝塚というところは、残酷なほどに心優しい場所で、舞踊会は二人にとって最後の共演の機会となった。
植田先生のご子息、山村若先生のご指導の下、二人は、長い長い二人舞を披露した。
それが、ラスパ初日の2週間前のことだった[爆弾]

その『THE LAST PARTY』は、主役が2時間出ずっぱりの公演だった。膨大なセリフと歌。栄光から転落する悲惨な人生を繰り返し演じる。心身ともにボロボロになるだろう物語でありながら、祐飛さんはタフだった。
初日明けの2回公演の後、祐飛さんは、ケロさん(汐美)の最後のDSを見に来たりしている。(ちなみに次の日も…。これは、私を含む『血と砂』ファンには堪らない出来事だった[ぴかぴか(新しい)]

そして、この年、もうひとつ、衝撃的な発表があった。
トップに就任したばかりの、彩輝直が、突然『エリザベート』での退団を発表したのだ。
これだけでも、いったい月組は、どうなっちゃうのか…[爆弾][爆弾][爆弾]という感じだが、この発表には、続きの衝撃が用意されていた。
2004年12月、劇団は、次期月組トップスターに瀬奈じゅんが就任する、と発表した。

大空祐飛にとって、本当の激動の時代が幕を開けようとしていた。

そして、12月26日、汐美真帆が、14年の男役人生に終止符を打った。帝国ホテルに泊まって、一部のメンバーはフェアウェルに行って、残りのメンバーは居酒屋で待機し、その後、一晩中ケロさんのことを語り合った。その時、大好きな人の最後の日、フェアウェル・パーティーに参加できないのは、寂しいことかも…と、心の片隅で考え始めていた。

2004年 『薔薇の封印』(東京宝塚劇場)、『ジャワの踊り子』(全国ツアー)、『飛鳥夕映え/タカラヅカ絢爛II』(宝塚大劇場→東京宝塚劇場)、「90周年大運動会」(大阪城ホール)、「宝塚舞踊会」(宝塚大劇場)、『THE LAST PARTY』(宝塚バウホール)


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