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犬山城 [┣百名城]

犬山城1.jpg先月の松江城に引き続き、現存12天守のひとつ、犬山城に行ってきました。

愛知県犬山市にあるこのお城、名古屋から名鉄戦で30分ほどの地にあります。私は、犬山遊園駅から徒歩で向かいましたが、「犬山」駅からでも、所要時間は、それほど変わらないようです。

城の手前には、針綱神社、三光稲荷神社などの神社群があり、その中を抜けてお城に登っていきます。犬山城は、平山城なので、城付近までは平たんな道が続くのですが、敷地に入ると上り坂が続きます。

わりと息が上がるような上り坂の途中、景色が開けてくると犬山城2.jpg、思わず「ひゃー」と声を上げてしまいます。
テンションあがる~[グッド(上向き矢印)]

坂を上がりきり、入場料を払って門を抜けると、犬山城3.jpgじゃじゃーん[るんるん]いかがでしょうか[exclamation&question]素晴らしい望楼型天守です。

現存12天守とよく言いますが、実は、国宝に指定されているのは、そのうち五城しかなく、まったく偶然ですが、私が訪れたことのある現存天守は、その五城でした[exclamation×2]
(姫路城・彦根城・松本城・松江城・犬山城)
私、なんか、もってるかもしれない(笑)

望楼(物見台部分)は、廻縁がめぐっていて、オープンエアな中、360度周囲の景観を臨むことができます。冬のスッキリとした空気の中、素晴らしい景色を眺めることが出来ました。

たとえば、犬山城4.jpgこちらの風景。眼下に広がるのは、木曽川。そこに架かっているのが、ツインブリッジ犬山橋。

前日は、天気がイマイチだったのですが、この日は素晴らしい青空[exclamation×2]もしかして、私の雨女、治ったのかしら…

犬山城の犬山城5.jpg石垣は、高さ5メートルの野面積み。この野性的な石の積み方を見ていると、それだけで、ムフムフ…と笑みがこぼれてしまう…[ハートたち(複数ハート)]
私もだいぶ、城オタクになったようです。

先ほども書いた通り、城の入口付近は、神社群になっています。
そのひとつ、三光稲荷神社には、銭洗池というのがあって、ここでお金を洗うと、倍になって返って来るとか。

そのお守りのカエルさんです。犬山城6.jpg
カエルさんって猿田彦大神の使いなんだとか。ますます、カエルさんが好きになりました。(最後はカエルか[exclamation&question]


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松江城 [┣百名城]

松江城に行ってきました。

お城というのは、江戸時代の政庁なので、松江城2.jpgその跡地に県庁が立っていることは、わりとよくあります。

左の建物は島根県庁。松江城的には、この場所は、三の丸だったそうです。
現代と過去が美しく融合していて、うっとりと眺めてしまいました。

この付近には、公的な建物が並んでいるのですが、あちこちに垂れ幕があって、『竹島は日本の領土です』的なことが書いてあった。
竹島は現在、韓国が実効支配しているとのことだが、もし日本の領土ということになると、島根県の一部ということになるらしい。
正直、遠すぎて、どこの県に近いか、よくわからないけど、島根なのか…。

では、城に入りましょう[exclamation×2]

松江城は、日本に12しかない、天守が現存している城。私的には、松本城以来の現存天守訪問となる。
別記事にも書いたが、松江城3.jpg実は、松江藩主となった松平直政公は、松本城から転封されてきた。松本城の次に松江城に行くというのは、正しい流れだったのかもしれない。

「国宝松江城天守」の文字に、テンションアップ[グッド(上向き矢印)][グッド(上向き矢印)]

まだまだ、あちこちに雪が松江城4.jpg残っています。
1日前だったら、雪をかぶった天守閣(宍道湖十景のひとつ)が見られたとのこと。
そう言われると、ちょっと残念なような…[ダッシュ(走り出すさま)]

では、その、国宝・天守閣松江城5.jpgです。

いかがでしょうか[exclamation&question]

ぶっちゃけ、そんなに期待していなかったのですが、大変申し訳ございません[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]
素晴らしい[ぴかぴか(新しい)]
たしかに、高さは、気圧されるほどのものではないですが、なんとも、美しい[ぴかぴか(新しい)]
晴れていてよかった[晴れ]

もちろん、天守閣、登ってきましたよ[黒ハート]

階段は狭くて急だったけど、石落としなどもよく見えて、楽しかったです。

最上階では、何やら撮影をしていて、下を全方位見ることはできなかったのですが、ちらっと見た感じでは、やはり高さはないのだな…と。松江城6.jpg

城の詳細は、いずれ「写真帳」ブログの方にアップしていきたいと思っています。とりあえず、城を出た後、「ぐるっと松江堀川巡り」に乗船することにした。

ほぼ貸切状態。ま、平日だし、寒いし。

周囲の家々も、古い武家屋敷が残っていて、こうやって舟で廻れてよかったな~と。船頭さんが、色々な説明をしてくれ、舟を降りた後、どこに回ろうか…と考えていた私の手助けになった。

もし、松江城に行く機会があったら、この堀川巡りは、絶対おススメ[exclamation]でございます。
私は冬に訪れたけれど、春・夏・秋・冬…それぞれに、楽しみがありそうに思う。船頭さんによると、海水が混じっている(大橋川が中海を通して日本海に繋がっているため)ので、この堀川では、海の魚が獲れたり、クラゲがいたりもするそうです。

舟のスピードはかなりゆっくりなので、松江城7.jpg両岸の景色も、しっかりと把握できる。

こちらの銅像は、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)像。八雲の屋敷もこの堀川の川岸にあり、その近くに記念館もあるとのこと。
今回は、ちょっと時間的に間に合いませんでした。

舟から松江城8.jpgお城を撮影できるポイントは、この辺だけ。
堀川巡りなので、お城が近すぎて、ほぼ屋根で遮られて見えないようです。
まあ、それだけに、見えた時は、

おお~[exclamation×2]

という気分になれます(笑)

冬に舟なんて…とお考えの方もいるかもしれないですが、大丈夫です[exclamation]

炬燵完備[ひらめき]

途中、何箇所か下船できる場所があり、同一日であれば、何度でも乗船できるようです。私は、夕方に乗ったので、一周で終わっちゃいましたが…[わーい(嬉しい顔)]

なんと、年間パスポートもあるそうですよ[るんるん]

そして、下船後、船頭さんのおススメで、松江歴史館に寄ってみた。

既に閉館直前で、展示資料等は見られなかったが、レゴで作られた松江城を見たり、ちょっとしたお買い物をしたり…はできた。

でも…「磁場」は、決してついで、ではありません[exclamation×2]松江城9.jpg 松江城10.jpg


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佐倉城 [┣百名城]

トークショーにつきましては、「COUNTUP」の方にちょこっと書いています。祐飛さん、少し髪の色を換えましたね[わーい(嬉しい顔)]

さて、年末に佐倉城に行ってきました。佐倉城1.jpg

天守とか櫓とかがひとつもない…ということは聞いていたので、そんなに期待しないで行ってみたら、もう…大興奮[いい気分(温泉)]

まず、こちらが馬出空堀です。

美しい[ぴかぴか(新しい)]

建物が何もないので、入場料など何もないのですが…このお手入れ、すごくないですか[exclamation&question]近くに建っている国立歴史民俗博物館の入場料が使われているのでしょうか[exclamation&question]
この時点で、すっかり、佐倉城址に見せられてしまいました[黒ハート]

では、佐倉城2.jpg順にご案内していきましょう[ひらめき]

この日は12月とは思えないよく晴れた日で、お城仲間の友人と、のんびり過ごしてきました。
この最高の環境の中、惜しむらくは、最寄りの佐倉駅(JRも京成も)駅前喫茶店などが見当たらないことでしょうか。どっかに隠れてたのかな…[バッド(下向き矢印)]

園内を歩いていると、佐倉城3.jpg「マムシが出ます」とかいう、シャレにならない看板を見かけたりしますが、冬だから冬眠してるハズ[exclamation]と根拠のない掛け声をかけながら、歩き続けました。

こちらの銅像は、タウンゼント・ハリスさん。ハリスが日米修好通商条約の調印を迫った時、それを受け取り、調印のために頑張ったのが、佐倉城の城主であった、老中・堀田正睦。
そんな関係で、ハリスと堀田の銅像が並んで立っていました。
実際には、攘夷で固まっていた朝廷が調印に応じるはずもなく、堀田自身も井伊直弼と対立して失脚してしまい、「日米修好通商条約」自体は、大老井伊直弼が朝廷に諮ることなく締結に踏み切ってしまったそうですが。

ハリスさんと堀田さんの銅像の奥に本丸が広がる。

ああ、そういえば、ここには石垣もないのだった…[わーい(嬉しい顔)]
天守閣・櫓・門・本丸or二ノ丸御殿・石垣…お城の歴史的建造物といえば、だいたいこんなところだと思うが、佐倉城は、それがひとつもない[exclamation×2]
しかし、佐倉城のすごいところは、「ないのに、残っている」ことなのだ。これだけの広大な土地が公園として残されていることに、深く感動した。

こちらは、佐倉城4.jpg本丸跡。石垣がないから、周囲は土塁で覆われている。
本丸の一番端に天守閣の跡がある。
どうして、建物がないのか…というと、明治6年にこの地に陸軍歩兵第二連隊が置かれた時に、ぜーんぶ取り壊されてしまったんだとか。仕方ないですね…幕府の要職にあった人の城ですから…[もうやだ~(悲しい顔)]

ところで、そもそも石垣に使う石、関東周辺ではほとんど採掘できないとか。そんなわけで、関東周辺の城は、土塁の上に建設されている。
あの天下普請・江戸城ですら、石垣と土塁の両方が使われている。
そして、関東では、石垣よりも土塁の方が、城を守りやすいらしい。何故なら、関東ローム層というとても滑りやすい粘土層の土があるから。
西国の武士は、土が滑るなんて思いもしないから、このローム層で作られた空堀を這い上がることは不可能だったみたい。

お城に嵌まったばかりの頃は、石垣がない城なんて…と思っていたが、空堀の魅力に気づいてからは、土塁にも激しく惹かれています[黒ハート]

さてこちらは、佐倉城5.jpg隅櫓の跡のようです。

周囲に空き地がなく、ギリギリの位置で撮影したため、全体が見にくいかもしれませんね。

佐倉城を佐倉城6.jpg後にして、近隣の武家屋敷を訪ねてみようと思ったら…残念ながら、お休みでした[もうやだ~(悲しい顔)]

外から見える景色だけ、撮影してみました。これは、庭の木で剣の稽古をする場所みたいですね。

詳しい写真は、写真帳の方にアップしていく予定です。


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新発田城 [┣百名城]

唐突に新発田城に行ってまいりました[exclamation]

新潟まで新幹線で新発田1.jpg行き、そこから在来線で30分くらいかな。到着した新発田(しばた)駅から、徒歩で30分くらいの場所にありました。

こちらが、表門。国の重要文化財でございます。

正面の門の真上は、石落としになっているとか。表門まで、まったくクランクがない構造だけど、そうそう簡単に進入できると思ったら、大間違い、というわけですね。

表門の内側のアウトドアにテーブルがあって、そこで地域の方がパンフレット配付したり、アンケート取ったり、していました。百名城スタンプは、そのテーブルにあって、百名城スタンプ巡りをしている人のためのパンフレットも別に用意されていました。
ここでスタンプが押せるのは、11月末まで…というのは、知っていたのですが、実は、新発田城自体、11月末日で閉城になるんだとか。(スタンプだけ、新発田市役所で押せるとのことです。)
毎年、3月下旬から11月末日までしか開城しない、それが新発田城なのです[exclamation]

こちらは、新発田2.jpg表門前のお濠です。

チラッと見えるのは、辰巳櫓。こちらは、漆喰の白さからもお分かりでしょうが、2004(平成16)年に木造で再建されたもの。
そもそもの櫓は、元禄時代より前に焼失したそうで、管理責任者がその責任を取って、藩を出て浪人になったんだとか。それが、堀部安兵衛のお父さんだったと言われている。つまり、堀部安兵衛、旧姓・中山安兵衛は、新発田出身。そして、中山家再興を目指して、安兵衛は江戸に赴き、そこで、高田馬場の決闘で名を上げ、浅野家家臣・堀部弥兵衛に見初められ、娘・ほりと結婚、浅野家家臣となる。

一方新発田3.jpg、こちらは、三階櫓。
天守代用だったと思われます。
こちらも、2004年に木造で再建されています。ただし、三階櫓は、自衛隊新発田駐屯地の敷地内にあるため、中に入ることはできません。無念…[もうやだ~(悲しい顔)]

ちなみに、三階櫓の下の方に見える車両のようなものは、自衛隊の車両と思われます。
城と自衛隊…「戦国自衛隊」かっ[るんるん]って思いますよね。
古くは、あやめ城と呼ばれた新発田城ですが、現在は、「戦国自衛隊の城」と呼ばれているんだとか[わーい(嬉しい顔)]

ところで新発田城、鎌倉時代くらいから、新発田家の居城となっていたそうですが、柴田重家が上杉景勝に反逆、景勝により滅ぼされた後、溝口秀勝が入封。以来、明治維新まで、新発田城はずーっと溝口家が治めていたため、古い資料とかが、そのまま残っている珍しい藩なのだ…と、入口のガイドさんが教えてくれました。

表門を出たすぐ近くに、新発田4-1.jpgこの銅像が[exclamation]

新発田出身、忠臣蔵でおなじみ、堀部安兵衛さんの銅像です。

現在、NHKの大河ドラマは、来年(2017年)の「おんな城主直虎」、再来年(2018年)の「西郷どん」、再々来年(2019年)の宮藤官九郎オリジナル現代劇まで発表されている。
で、2020年の大河ドラマに「忠臣蔵」を[exclamation×2]という署名活動が、ここ新発田でも行われていました。
実は、1964年(東京オリンピックの年)の大河ドラマは、「赤穂浪士」。歴代最高視聴率を取った番組なのだそうです。オリンピックの年には忠臣蔵を[exclamation×2]というキャンペーンを見て、興味をそそられました。忠臣蔵、いいですよね[揺れるハート]

こちらは、新発田5.jpg辰巳櫓の反対側にある、二の丸隅櫓。こちらは、江戸時代の建築物で、国の重要文化財となっています。
石垣の少し上側は、海鼠壁になっています。
この辺の写真は、また後日、写真帳の方にアップしていきたいと思います。
最近、写真帳が城だらけになっている自覚…[あせあせ(飛び散る汗)]

城の少し先に、国の名勝に指定されている清水園(下屋敷の庭園)があり、こちらも散歩してきました。新発田6.jpg

池がとても美しかったです。

全然関係ないけど、こういう庭を見ると、「春の雪」の松枝侯爵家を思い出してしまうんですよね[黒ハート]

雪の季節は、また違った美しさになるでしょうね。
残念ながら、雪の季節だと、新発田城に入れない…というジレンマが。旅人としては、この季節の生の景色と、写真などで見る雪の清水園で満足するしかないのかもしれません。

行きは、駅からタクシーで新発田城に行ったのですが、帰りは、清水園経由で、徒歩で新発田駅まで戻りました。今回もグーグルマップ様、大活躍[exclamation×2]

途中、新発田7.jpg見つけたのが、こちらの諏訪神社。
諏訪神社なので、主神は、建御名方命(タケミナカタノミコト)。相殿として、新発田藩初代藩主溝口秀勝も祀られているようです。

創建は、大化4年…とか。648年…[exclamation&question]す…すごい…[たらーっ(汗)]
全国の諏訪神社の総元締め、諏訪大社(長野県諏訪市等)は、神話時代(タケミナカタノミコトは、大国主命の息子で、国譲りに反対して敗れ、諏訪まで逃げてここに鎮座したとのことなので、分家も大化4年に出来ていても不思議ではないのかもしれない。

そして、この大鳥居は、なんと、大倉喜八郎氏(大成建設・サッポロビール・ホテルオークラ創業)が奉納したものだとか。喜八郎氏は、新発田市出身なのだそうです。

年内には、写真帳にもアップしていきますね。

“今日は何の日”
【11月26日】
日本ペンクラブ創立(1935=昭和10年)。

けっこうハイカラな名前なのに、こんな昔に設立されていたのですね。


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掛川城 [┣百名城]

名古屋の帰りに掛川で途中下車、掛川城に行ってきました。

東海道新幹線の掛川駅から徒歩10分。前回の小峰城同様、駅からの整備が完璧で、グーグルマップ様の出る幕はなかった。

掛川城1.jpg

この天守は、再建(木造)のもの。もとの天守は、安政元年の地震で崩壊したとのこと。
1994年に10億円の募金を集めて、戦後初めて「木造で再建」、掛川市のシンボルとなっているそうだ。

天守と現存する二の丸御殿(重要文化財)の中は、写真OK[exclamation]
この太っ腹が好感度大です[黒ハート]

こちらの写真は、二の丸御殿から天守を撮影したもの。
本丸はなく、政庁としては二の丸御殿が使われていたらしい。

二の丸御殿と天守の間は、ご覧の通りの高低差があり、見上げる感じがちょうどいい。
三層四階の入母屋造り。
初代の天守を築いた山内一豊が、後に築いた高知城をモデルに造られているのだとか。
こじんまりとしてるけど、天守らしい風情はあって、気に入りました[ぴかぴか(新しい)]
歩くと床がキコキコ鳴るし、階段の勾配は急。再建とはいえ、バリアフリーというよりは、忠実な再現を心掛けた感じ。昇るの、大変でした[あせあせ(飛び散る汗)]

一方、二の丸御殿の方は、さすが重要文化財[ぴかぴか(新しい)]

掛川城2-2.jpg詳細は、「写真帳」の方にアップするつもりだが、重要文化財の中を自由に撮影できるのって、なかなかないので、撮りまくってしまった[ダッシュ(走り出すさま)]

ちなみに、本丸御殿が現存しているのは、川越城・高知城・あと佐賀城に一部のみ、二の丸御殿が残っているのが、二条城とこの掛川城のみなんだとか。
天守なんか12も残っているのだから、御殿の方が貴重かも[exclamation&question]

写真は、天守台から撮影した二の丸御殿の全景です。

掛川城3.jpg

こちらの写真は、天守台から撮影した周辺の風景。
天守の中は昇るだけで疲れてしまって、中での写真は、気づいたら一枚もなかった…[爆弾]

百名城に行くと、記念のスタンプを押せるのですが、もし、押し忘れたら…と不安になるので、私は、まずスタンプを押してから観光をしています。
今回、スタンプは二の丸御殿に設置されていたので、チケット購入⇒そのまま天守方向へ上り⇒天守裏の階段を降りて二の丸御殿へ⇒スタンプを押して⇒二の丸御殿見学⇒再びもと来た道を上って天守へ⇒天守閣最上階へ昇る⇒降りる⇒またまた二の丸御殿方面へ下りる⇒竹の丸へ…という、アップダウン激しい行程を辿ってしまった…[ダッシュ(走り出すさま)][ダッシュ(走り出すさま)][ダッシュ(走り出すさま)]

帰りの道々、足がガクガクしてしまいました[もうやだ~(悲しい顔)]

実は、掛川城に行く途中の道で、見知らぬご婦人から、生け花展の招待券をいただいてしまったのです[あせあせ(飛び散る汗)]竹の丸でその生け花展が行われているとのことだったので、そちらにも寄ってきました[黒ハート]
(小学生の作品もあり、見事な大作もあり、生け花の世界に、あらためて心洗われました[ぴかぴか(新しい)]

帰りはさらに遠回りをして、大手門へ。川沿いに少し歩いた先にあります。

掛川城4.jpg

こちらは1995年に再建されたものだそうです。二階建ての立派な大手門。

掛川城5.jpg

こちらの、大手門番所は、1859年に造られた(再建)ものだそうです。
大手門の番所が現存するのは、全国でも珍しいとのこと。

掛川城6.jpg

駅に戻ると、最近では珍しい二宮金次郎の像が[exclamation×2]
昔は、どの小学校にもあったような気がするのですが、最近、ほんと見かけないですよね。

なんか、懐かしい[黒ハート]

さて、現在JR東海でキャンペーンをやっていて、駅でクーポン付きの案内を貰った。
そのクーポンで、なんと、焼酎をいただいてしまった[るんるん]

掛川城7.jpg

「みずから・おのずから」と読むそうですが、栗焼酎。ほんのりと甘くて、とても飲みやすかったです。

キャンペーンは、来年3月までやっているそうなので、次は、別の駅に行ってみようかな~[わーい(嬉しい顔)]

ちなみに、三島は山中城、静岡は駿府城、掛川は掛川城、そして浜松は浜松城…と、どの駅にもお城があるのです[揺れるハート]
(浜松城だけ、百名城になっていません。)

“今日は何の日”
【10月24日】
伊藤博文が初代貴族院議長に就任(1890=明治23年)。

前年に発布された大日本帝国憲法に基づき、この年、帝国議会がスタート。皇室男子も皇族議員として全員参加。華族については、公爵・侯爵は自動的に参加、伯爵・子爵・男爵が選挙による互選で議員となった。
ちなみに伊藤博文は、公爵だったそうです。


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小峰城 [┣百名城]

白河にある小峰城を訪れました。

新幹線を新白河駅で降り、白河駅までは一駅だから…と、余裕でトイレに寄ったりなんかしてみたところ…

小峰城2.jpg

ちょっと待て~[exclamation×2]

これですよ、この電車間隔…[爆弾]

次の電車を待つ間、貨物列車が3台通り過ぎました[もうやだ~(悲しい顔)]

「東北本線」という、メジャーな名前に騙されました…[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]
なにごとも東京の感覚で臨むと、思わぬ落とし穴にはまる…ということですね。

あとで調べたら、どうやら、新幹線の到着時刻とうまく連動するようになっているようです。トイレに10分もかからなければ、気持ちよく乗り継げたんですね。

小峰城3.jpg

ぼけーっと待つこと50分、ようやく到着した東北本線に乘り、またまたビックリ[exclamation]

無人駅では、電車がバス化している[exclamation×2]

東北本線の電車は2両編成なのですが、新白河駅や白河駅のような有人駅では、すべてのドアが開くものの、無人駅では、1両目のドアしか開かないのです[がく~(落胆した顔)]
乗車する人は整理券を取り、降車する人は運転手さんに料金を支払う[ひらめき]
カルチャーショック[exclamation×2]

白河駅のホームから、小峰城の三重櫓が見えます。これは、徒歩で行けそう[るんるん]

実際、iPhoneのグーグルマップ様のお世話になることなく、案内看板に従うだけで、無事にお城に到着しました[exclamation]

線路の下をくぐるトンネルが遊歩道になっていて、そこに白河の案内が載っていました。時間がなくてお城しか行けない感じでしたが、白河には史跡がたくさんあるんですね。「奥の細道」にも登場しますもんね。

小峰城4.jpg

歩くこと、5分程度でお城に到着。

石垣の改修工事が行われている、ということは、百名城のスタンプ帖にも書かれていたのですが…
絶賛工事中でした[どんっ(衝撃)]
生憎の小雨模様のお天気の中、クレーンの音が響きます。
修復にあたられている作業員の皆様、本当にありがとうございます[exclamation]全面修復のあかつきには、もういちど訪れたいと思います[exclamation×2]

この小峰城、東日本大震災で石垣が崩れ、修復が終わるのは2019年なのだそうです。
この景色を見て、そっか、そんなに大変なことなのか…と、あらためて、ことの大きさに胸が痛み、同時に、熊本城のことが頭をよぎる…[もうやだ~(悲しい顔)]

修復にあたられている方々に、深く感謝します[ぴかぴか(新しい)]

小峰城5.jpg

三重櫓には登れるとのことだったので、行ってきました。
再建なのに木造というのは珍しいんだとか。

中はすごく狭くて、一応、見張りや防戦ができるっちゃーできるような設備はあったものの、ここで戦争やれるとはとても思えない。
とはいえ、富士見櫓みたいな、城主が楽しむ空間という雰囲気もない。

櫓といっても、三重櫓になると天守代用として使われることもあり、各藩が勝手に城を作ったり改築できなくなって以降は、三重櫓を作るという申請をして、ほぼほぼ天守を作っている藩があったり…と、その辺、けっこうグレー。
小峰城は、明確に隅櫓としての三重櫓が本丸を守るように建っていて、江戸時代に改築された城だな~という感想をもった。(幕命による改築なので、この改築については、幕府のお墨付き。)

このお城の櫓と本丸の配置、本丸跡に立った時に、法隆寺の五重塔と金堂の並列配置を見たのと同じような衝撃を受けた。
斬新だけど、めっちゃ、座りがいい[exclamation×2]

小峰城6.jpg

三重櫓から前御門、多門櫓…と繋がって、その内側に本丸がある。本当にこぢんまりとしたお城。こちらは多門櫓のあった場所だとか。

小雨も降って寒い訪問だったけど、行けてよかったです[黒ハート]

小峰城7.jpg

小峰城は、もとは南北朝時代に最初の築城があったとされる場所。戦国時代には、白河結城氏、蒲生氏、上杉氏を経て、丹羽長重が改築してからは、丹羽氏、榊原氏、本多氏、奥平松平氏、越前松平氏、久松松平氏、阿部氏…とあるじが変わった。

でも、もっとも有名な城主は、松平定信だろうと思う。そう、老中となり、寛政の改革を行った、あの松平定信[exclamation]

松平定信は、領民を大切にした藩主だったそうで、誰もが景観を楽しめる「南湖」という庭園を造営した。
誰もが楽しめるという意味で『士民共楽』、武士も民衆も共に楽しむという言葉を使ったとのこと。
しつこいけど、この言葉を見つけた時、「士民平等」じゃなくて「四民平等」と言った以上、「士農工商」を教えないのは、歴史の改ざんだよね、と改めて思った。

遊歩道に繋がる駅前のプロムナード。素敵なデザインだな~と思いました。

小峰城8.jpg

そして、駅前には、美しい秋バラが咲いていました。

“今日は何の日”
【9月19日】
平民苗字許可令により、平民の苗字使用が許可される(1870=明治3年)。
(←旧暦。新暦では、10月13日となる。)
いきなり許可されたって、必要のない苗字をつけることは浸透しなかったらしく、5年後、苗字必称義務令が発布されたとのことです。


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金沢城 [┣百名城]

加賀百万石の城、金沢城へ行ってきました。

金沢4.jpg

こちら、再建された(右から)菱櫓・五十軒長屋・橋爪門続櫓。手前は三の丸広場。この金沢城、周辺はすべて「金沢城公園」として無料公開されている。この再建された建物だけ、入場料がかかるが、見どころは多いのでぜひ訪問を[exclamation]兼六園との通しチケットも販売しているとのこと。
ちなみに、桜の季節は、兼六園は無料公開されているので、私は、こちらの入場料しか払っていません。なんて太っ腹な、加賀百万石[exclamation×2]

金沢6.jpg

金沢城の特長は、石垣。いろいろなタイプの石垣がある。あと、土塀はなまこ壁。整然と並んだ石垣の上のなまこ壁の模様が美しい。

金沢7.jpg

この周辺はすべて昨年復元が完成したもの。

金沢8.jpg

一歩、外に出ると、もう桜で櫓が見えません[exclamation×2]

金沢9.jpg

お城と桜って似合いますね[黒ハート](戦国時代とソメイヨシノってミスマッチなんですけどね…)

“今日は何の日”
【4月12日】
1842=天保13年、伊豆韮山の代官、江川英龍が日本初の堅パンを焼いた
として、この日がパンの記念日になっている。(←旧暦。新暦では5月21日となる。)


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駿府城 [┣百名城]

徳川家康が晩年を過ごしたという駿府城に行ってきました。

駿府城1.jpg

静岡駅から徒歩10分程度の商店街の先みたいなところに、駿府城公園がある。

駿府城2.jpg

桝形の中は、立派な門[exclamation×2]

駿府城3.jpg

中は、ほぼほぼ公園で、近くの方たちがお花見に訪れていた。

駿府城4.jpg

中に、本丸堀があったりして、史跡と公園が共存している。

駿府城5.jpg

隣は小学校かな?満開の桜の中、短い途中下車の旅でした[るんるん]

“今日は何の日”
【3月26日】
左大臣源高明が謀反を起こしたとして、太宰権帥に左遷(969=安和2年)。
(←旧暦。新暦では4月15日となる。)
藤原氏による摂関政治を快く思っていなかった源氏の高明。この安和の変により、結果的に、藤原氏の摂関政治が加速することになったとか。事件が起きたのは、冷泉天皇の時代。藤原氏・源氏・冷泉天皇…まるで源氏物語のようなお話ですが(源氏物語には藤原氏という名は実は出てこないとも聞きますが)、結果は物語とは真逆の展開ということですね。


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鬼ノ城 [┣百名城]

岡山に行った時、ちょっと足をのばして、鬼ノ城に行ってきました。鬼ヶ島のモデルの城らしい…という中途半端な情報だけを胸に。

鬼ノ城1.jpg

こちら、西門。

吉備高原(標高400~600m)の南側にあるすり鉢状の山全体を「鬼ノ城」と呼んでいるとのこと。その山の八合目から九合目にかけて、鉢巻のように城壁が築かれている。誰が、何のために、築いたか…さまざまな説があるが、決定打はない。
白村江で負けて、逃げ帰った中大兄皇子が築いた朝鮮式山城という説もあるようだけど、他の城とは形態が違いすぎるとか。

平成8年の調査で新たに発見されたこの西門跡は、古代と同じやり方で、復元工事を行い、このような砦が完成したとのこと。

鬼ノ城2.jpg

こちらは、礎石建物跡と呼ばれる場所で、礎石だけが残っている。食糧庫の跡ではないかと言われているとか。
山の中腹なのに、突然こういう平地があって、切り出したのかな[exclamation&question]と思う。
こういうの、戦国の山城の廓みたい。

鬼ノ城3.jpg

すごい景色ですよね。中央に橋があって、左の方に望楼があります。そこから、この西門がよく見えます。

鬼ノ城4.jpg

こちらは、西門近くの遺跡「角楼」から撮影した西門。いやー、古代のロマンですね。

鬼ノ城5.jpg

角楼はこちら。どちらも、こんな山の上に…すごい[exclamation]

ほかに撮影した写真は、写真帳の方にアップしました。


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岡山城 [┣百名城]

日本百名城のひとつ、岡山城に行ったので、あらためて、一記事を費やしてご紹介したいと思います。

岡山城1.jpg

入城前に遠景を撮影。威風堂々たる美城です。

岡山城2.jpg

こちら、小納戸櫓下の石垣は、1620年代に築かれた石垣とのこと。隅石はとても美しいラインを作っているけど、そこに至る石がナナメだったりして、ちょっと惜しい感じです。

岡山城3.jpg

こちらは、国の重要文化財、月見櫓です。こちらも1620年代に造られたものとのこと。北西隅櫓に当たります。

岡山城4.jpg

こちらは、初代城主、宇喜多秀家が築城した際に使われた石垣とのことです。発掘調査で発見されたそうです。

岡山城5.jpg

表書院跡から、月見櫓を臨む。

岡山城6.jpg

こちらは天守閣の礎石だそうです。
現在の天守閣を再建した時に、当時の礎石をこちらに移築したのだそうです。

岡山城7.jpg

正面からは、こんな感じです。

もっと詳細な写真は、写真帳の方へアップしていきたいと思います。


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