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湯築城 [┣百名城]

ミュージカルを楽しんだ帰りは、道後温泉近くまで戻り、湯築(ゆづき)城に。


湯築城1.jpg日本百名城に、愛媛県からは5つの城が選ばれている。これは、全国最多。坊っちゃん劇場でホタテくんを観ることも、今回のGW旅行の大きな目的だったが、四国の城を見てみようというのも、大きな目的。というわけで、イヨテツの市電に揺られて、到着!


すぐ近くに道後温泉がある平場に、そこだけ小高い丘。
のんびりとした風景がステキな場所だった。


湯築城2.jpg史跡として、しっかりと整備しようという関係者の気合いが感じられる作り。1988年から発掘作業を行い、武家屋敷などが再現されている。


こちらは再現された家臣団の武家屋敷。室内も再現されていて、当時をしのぶことができる。


湯築城3.jpg庭には、池らしきものや、あずまやもあったりして、地元の方達の憩いの場にもなっているようだった。


5月というのに、この日はすごく暑い日だったので、あずまやで涼んでいる方も多かった。


湯築城4.jpg湯築城は、そもそも中世に主語であった河野氏が築城したもので、その後、豊臣秀吉の四国進出のために、小早川隆景や福島正則の居城となり、その後、福島氏の転封に伴って廃城になった。
発掘の結果、その様々な時期の地層が発見されたので、展示されている。


湯築城5.jpg木がうっそうとしていて、登りがいのありそうな景色。


手前側はせき止められて、藻でドロドロになっているが、内堀。まるで、山水画のような景色が広がっている。


此の丘陵部の反対側にある土塁に沿って、一番端まで行くと、行き止まりになったので、また、元に戻る。


さて、今度は、高いところに登る番だ。(半分びびりつつ…)湯築城6.jpg


整備された山道を登っていくと、いくつかの壇がある。
ここは、「杉の壇」と呼ばれている。
そもそも中世の城なので、用途などは、わかっていないらしい。


湯築城7.jpg展望台まで登って松山市内を臨む。


ご存じの通り、松山市内には、有名な松山城がある。
七本槍の一人、加藤義明が築いたこの城を中心に、江戸時代の松山市は栄えていく。


廃城になった湯築城は誰にも顧みられることがなかったはずだが、往時の姿が復元され、こうして百名城にも選ばれ、今日を迎えている。
関係者の努力の賜物だな…と思う。


道後温泉1.jpgちょっと足をのばすと、有名な道後温泉。
ここは、有名な「道後温泉 本館」。宿泊施設ではなく、入浴と休憩しかできない。GWで数時間待ち状態な上に、一人旅だったので、ちょっとびびって周辺写真を撮っただけで退散した。


道後温泉2.jpgそして、観光列車の「坊っちゃん列車」も展示されている。


これは一時間に一本、松山市内を走ってもいる(市電ルートの一部を)のだが、今回は乗れなかった。また、リベンジしたいな~と思っている。


道後温泉3.jpg温泉街を彷徨っていると、「熟田津(にきたつ)の道」というのに出合う。
額田王が「熟田津に船乗りせむと月待てば汐もかなひぬ今は漕ぎ出でな」と詠んだあの熟田津に向かってまっすぐ伸びていく道が、これ。
斉明天皇が、滅亡した百済に援軍を出すため、九州まで行く途中、道後温泉に立ち寄り、そこから船に乗った。その時、額田王が力強いこの歌を詠んたと言われている。


松山4.jpg気づいたら、朝から何も食べていなかった。まだ夕食には早いが、ホテル近くに戻って店を物色。
野性の勘が働いて入ったお店がここ。
カレーの専門店だったが、カレーオムというのを注文し、めっちゃ美味しかった[黒ハート]


その後、ホテルに戻り、夜バス移動だった前日の疲れを癒すため、この日は早めに休んだ。


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赤穂城 [┣百名城]

宝塚のついでに…というにはちと遠かったですが、赤穂城に行ってきました。


赤穂城ー1.jpgこちら、大手門前。
赤穂城の主な構築物は、昭和30年に再建されたものとのこと。それ以前は、大石神社の境内になっていたのだとか。
元禄赤穂事件の後も改易で違う殿様が治めていたのに、大石内蔵助の屋敷跡と、大石神社だけは残っていたのね…さすが忠臣の鏡[exclamation×2]


赤穂城ー2.jpgそんな赤穂城には、満開の桜が[ぴかぴか(新しい)]


城と桜と青空…これほど似合う景色があるだろうか[exclamation]
(満開の桜を見て、桜咲き誇る姫路城に行くというのもありだったかも…と一瞬思ってしまったことは、ナイショです。ま、たぶん、あっちはめちゃくちゃ混んでいたと思うし、なにより、スタンプはもらっちゃったので、赤穂城でよかったんですけど。)


赤穂城は、山鹿素行の助言により、本格的な築城をされているのだが、1648年という、江戸幕府が開闢して50年近く経った時代に築城許可が下りた、とても珍しいお城。藩祖の浅野長直が築城マニアだったという説もあるらしい。


赤穂城ー3.jpgこちらは、大石内蔵助邸長屋門の先にある公園[exclamation&question]
桜がこれでもか[exclamation]というくらい植わっている。
桜=潔く散る=赤穂義士みたいなイメージがあるから、ここに桜が咲いているのが、すごくしっくりくる。


赤穂城ー4.jpgその向かい側にあるのが、こちらの大石神社。
超立派な鳥居。その向こうにある「義」とか書いてあるあの文字は、東郷平八郎の書だとか。立派過ぎて読めなかった…[バッド(下向き矢印)]鳥居の影にある、反対側の文字は「忠魂」だった。


赤穂城ー5.jpg最も似合うだろう絵柄を作ってみた[exclamation]
桜と大石神社の鳥居のコラボ。まさに忠義に散った大石…みたいなベタなイメージが表現できているのでは…[わーい(嬉しい顔)]


さらにベタなイメージの写真を掲載したい。


赤穂城ー6.jpgここ、大石神社の御利益は、「大願成就」である。
こりゃ、誰もが納得するわ[黒ハート]
私もしっかり、ゆうひさんの大願成就をお祈りしてきた。
ゆうひさんの大願は知らないが、私の大願として、こんな役をやってほしい…みたいな妄想を祈ってみたり…。


赤穂城ー7.jpgこちらが、お堂。創建は明治天皇の宣旨がきっかけだったそうで、実際には大正元年に鎮座なったということは、まだ100年程度の歴史。神社としてはかなり新しい。
明治天皇が評価したことで、赤穂義士の評価が定まったというのはあるらしい。庶民的には、忠臣蔵は江戸時代から人気の演目だったのは間違いのないところだと思うが。


赤穂城ー8.jpgこちらは、石垣と隅櫓。櫓が石垣から外に飛び出している珍しい形。
こうすることで、さらに横矢がけポイントが増えるんだとか。
(江戸時代の半ばに、何が横矢がけなのか、と言われると言葉もないが、山鹿素行さんって、平和な時代の軍事オタク的な存在だったのではないか…と想像している。)


ちなみに私も、この石垣から隅櫓のラインは、かなりお気に入り。
江戸城の辰巳櫓レベルの美しさ[ぴかぴか(新しい)]
しかも、桜も見えるし[黒ハート]


赤穂城ー9.jpgちなみに周辺のマンホールは、このように桜だった。やはり、忠臣蔵=桜なのかもしれない。


てか、そもそも、内匠頭の切腹が桜の季節だったし。


風誘う花よりもなほ我はまた 春の名残を如何にとかせむ


(この短歌は、実のところ、後世に作られたもののようですが。)


赤穂城―10.jpg駅に戻ってきたら、トマト銀行があった。
一時、変わった銀行名がたくさん登場して、面白かった記憶があるが、トマト銀行、健在だったのね。
ちなみにトマト銀行は岡山県の第二地銀。播州赤穂は兵庫県だと思っていたら、ほとんど岡山県だったというのを知った今回の旅…駅前のトマト銀行がそれを物語っていた。
(兵庫県の第二地銀はみなと銀行だそうです。)


-11赤穂城.jpgこちらが、播州赤穂駅。
赤穂城までは徒歩で15分くらい。かなりアクセスはよかった。
南国的な木々の真ん中に、采配を振るう大石内蔵助の銅像がある。駅前には、多くはないが飲食店(含む飲み屋)もコンビニあって、夜遅く到着しても困らなかった。
赤穂城は、本丸庭園に入れるのが、午前9時。
スタンプは本丸門の内側に設置しているので、その時間じゃないと対応できない。平日の朝に訪れたのに、スタンプを押している人を3人見かけた。城ブームを実感する。


-12赤穂城.jpg駅には、大石内蔵助の辞世(こちらは実際に大石が詠んだものという記録がある)掲げられていた。


あら楽し 思いは晴るる 身は捨つる 浮世の月にかかる雲なし


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上田城 [┣百名城]

「真田丸」に嵌まって、早、2年弱…ようやく、真田の城である上田城に行ってまいりました。


上田城-1.jpg今回は、お友達が車で付き合ってくれたので、上田駅からあっという間に現地に着いてしまったが、徒歩でも10分程度だと思う。


先に上田市観光会館に行き、百名城のスタンプを押し、ふっと後ろを見ると、NHK大河ドラマ「真田丸」に使用された衣装や刀などが展示されている[exclamation×2]
(展示物の中で、大河ドラマのポスター2点は、撮影禁止となっていたが、それ以外は、手を触れるのはNGだが撮影OK[るんるん]4月~11月の間は、城内櫓門でスタンプはいただけるのだが、ぜひ観光会館にも足を踏み入れてほしい。)


上田城-2.jpgこの日の上田は快晴だったが、数日前の雪がまだ残っていて、また気温も低く、お濠は凍っていた…[ダッシュ(走り出すさま)]


春になると、上田城周辺は、千本桜と言われる桜が満開になって、素晴らしい景観とのことだが、雪景色の上田城も素晴らしい[exclamation]
この景色を目の当たりにして、異常なテンションになった私に、友人がやや引いていた。
(いつも、お付き合いいただき、ありがとうございます[黒ハート]


上田城-3.jpgこちらは、「真田石」。
石垣に巨石をはめ込むことは、全国の城でもよく観られる光景。名古屋城や大阪城ほどではないが、こちらの真田石もなかなかの趣。


上田城-4.jpg


城内の真田神社に参拝して、この日観劇する公演の成功を祈願した後、観光会館内のお蕎麦屋さんで、こちらの「六文銭かき揚げ蕎麦」をいただいた。


さすがにかき揚げは完食できなかった…が、美味しかったです[黒ハート]


極寒の上田市だったが、公演(もちろん、「HEADS UP!」上田公演)も大盛況。短いが楽しい時間だった。


とはいえ、上田城の櫓門には登れなかったので、また、温かい季節に行ってみたいと思ってます。


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川越城 [┣百名城]

スタンプ友達との年に一度の城めぐり、今年は川越城にしました[るんるん]


川越城-1.jpg 川越城-2.jpg


川越城の本丸御殿に、このスタンプが一挙掲示されていて、よしっ、頑張るぞ[exclamation]と気持ちも新たにしました[黒ハート]


川越城-3.jpgここ、川越城は、かの太田道灌と、その父、道真が築城したとされる由緒ある城。関東管領扇谷上杉領の北端の拠点のようなものだったのかも。


江戸時代は、譜代大名が配置されていた重要な城で、家康が亡くなった時(1616年)も、この川越の地で天海大僧正による4日間の法要が行われたとか。
江戸幕府にとって、重要な場所だったらしい。


建物は、明治期以降移築・解体されて、さまざまな用途で使われた後、昭和42(1967)年に大規模な修理・復元を行って公開施設となった。


川越城-4.jpg庭も綺麗に整備されていて、心が洗われる。
てか、そういえば、この日も朝は酷い雨だったが、なんか、この写真、晴れてるとしか思えない…[あせあせ(飛び散る汗)]川越城-5.jpg


赤いヘビのようなものは、現代アートで「釜なめ蛇」という川越市の言い伝えに基づくものだとか。
山本麻世さんの作品だそうです。
赤いアートと紅葉がいいコラボになっていて、しばし見とれた。


川越城-6.jpg部屋の中も、こんな風に人形を配置して、より観覧車が理解しやすい工夫がされている。
しかし、昔の建物って、風の通りがよくて、寒い…[ダッシュ(走り出すさま)]


川越城-7.jpgその後、近くにある三芳野神社へ。ここはなんと、あの「通りゃんせ」のモデルになったと言われている。
正面に鳥居が見えるが、その手前の右側に社があるみたい。
ここから鳥居に向かうこの一本道が「天神さまの細道」ということになる。
この神社は、川越城の城内にあったため、お参りするには、南大手門から城内に入る必要があった。
庶民がお城に入るとか、そりゃ、「行きはよいよい帰りは怖い」だよなぁ[あせあせ(飛び散る汗)]
いや、行きも怖いかっ[爆弾]


その後、富士見櫓跡、中ノ門堀などを訪ね、喜多院にて家光公誕生の部屋や春日局化粧部屋などを拝観、蔵の街も散策して、小江戸と呼ばれる川越を満喫した。


詳細は、後日、「写真帳」の方にアップします。


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篠山城 [┣百名城]

JR宝塚線の終点、篠山口(ささやまぐち)からバスで15分ほどの場所にある篠山城(ささやまじょう)、いつかは行こうと思っているうちに、3年も経過していた。今回、大劇場公演が高騰していたので、思い切って城めぐりをしてみた。


篠山城-1.jpg 篠山城は、慶長14(1609)年に、大坂城包囲を目的として徳川家康が築城した天下普請の城。
大坂夏の陣以降は、譜代大名の治める城になったとのこと。


写真は、鉄門(くろがねもん)の跡。この先にあるのが、大書院(おおしょいん)。1944年に焼失したが、2000年に寄附等によって再建された。


中はかなり広くて、けっこう長い時間楽しめた。入館料は400円。近隣施設4館に入れるセット券600円がお得かも。 


大坂夏の陣前に突貫工事的に造られたため、天守台はあったが、天守閣は築かれなかった。
江戸時代になると、当然、天守閣は不要のものとなるので、そのままこんにちまで天守台が残されている。


篠山城-3.jpgということで、天守台に行ってみる。


私、実は、すごい雨女。
しかし、城に行くと、いつも、晴れてくるような…[あせあせ(飛び散る汗)]
バスの中で振り出した雨は、大書院に入る頃には、けっこうな降りになっていた。しかし、大書院を出た時には、雨が止んでいた[かわいい]篠山城-2.jpg


何故だろう[exclamation&question]
私と城の相性がいいのかしら[exclamation&question]


ここまでくると、もう晴れているとしか思えないけど、雨が降っていた証拠に、足元は水たまりになっておりました…[たらーっ(汗)]


篠山城-4.jpg篠山城の施設で、後世まで残った建物は先ほどの大書院だけ。
建物の再建は、立体的な設計図がないとできない、ということを山形城で学んだが、篠山城の二の丸御殿も平面図しか存在しなかったため、平面表示の工法で整備された。
たしか、仙台城(青葉城)も同じような平面表示になっていたけど、芝生や植栽を交えて、庭園のように整備されていたので、さらに散策が楽しかった。


バス停周辺のお店もフレンドリーでステキな場所ばかり。食べるものもみんな美味しかったので、宝塚に来るついでに、時々訪れてみようかな、と思っている。


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山形城 [┣百名城]

せっかく山形まで行ったので、百名城のひとつ、山形城に行きました。


山形城-1.jpg山形駅から、徒歩で10分くらいかな…。新幹線の駅から歩いて行けるお城っていいですよね[わーい(嬉しい顔)]


こちら、歩いている途中に撮影したもの。
山形は、もう紅葉が始まってる[exclamation]
でも、気温的には、それほど寒い感じではなく、ひんやりした空気が気持ちよい感じ。


山形城-2.jpg山形城の跡は、現在、霞城公園と呼ばれている。


現在、本丸御殿の発掘調査を行っているのだとか。
山形城は、特に災害などで壊れたのではなく、江戸時代中期以降、城の維持が困難になっていったらしい。


こんな感じで発掘現場も見学できる。
今後は、絵図面をもとに、発掘で位置を確認し、本丸御殿の間取り図みたいなカタチの広場を作る予定とのこと。(立体図面がないので、復元ができないため)


現在、復元されている本丸一文字門へ行ってみる。
桝形虎口から高麗門を臨んだ写真。(てか、高麗門しか撮影してないし…[がく~(落胆した顔)]


山形城-3.jpg平成26年に完成したというから、まだ3年前。
道理で美しい。


山形城-4.jpgこの門を出ると、その先に山形市郷土館(旧済生会本館)がある。
西洋医学によって運営されていた。
現在は、済生会時代の史料も展示しつつ、その他、山形市の歴史などもわかるように整理されている。


山形城-5.jpgこちらは、山形城主だった最上義光(もがみ・よしあき)の騎馬像。
直江兼続が攻めて来た際、義光自身が陣頭指揮を執った時の雄姿だそうです。


そして、最後は、二ノ丸東大手門。
櫓門の中を見学することができ、そこで案内の方のお話をお聴きすることもできる。私が千葉から来たと言ったら、すぐに、山形城の歴代藩主には、堀田氏もいたんですよ、と教えてくれた。(堀田氏は後の佐倉城主)


朝10時前だったが、けっこう散策&見学している人が多くて、城好き、やはり増えてるな~と実感した。


 


山形城-6.jpg


 


 


 


 


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人吉城 [┣百名城]

博多座公演の休演日に、人吉に行って来ました[黒ハート]

って書くと、なにやら、轟理事の大ファンっぽいですね、私。


人吉城-5.jpgえー、人吉城に行ってまいりました[るんるん]

あ、これじゃないです。これは、駅前のからくり時計です。


人吉城は、JR人吉駅から徒歩で約20分のところにあります。…とはいえ、とても日差しの強い一日だったので、ほんとに20分で着くのか…[exclamation&question]と疑心暗鬼になったりも。


人吉城-1.jpgほんとにあるのか[exclamation&question]と不安になったあたりで、ようやくそれらしき石垣を発見[exclamation]

こちらは、再建した多門櫓になります。


中に入り、まず、人吉城歴史館にてスタンプをゲット。(忘れないように、いつも先にスタンプをいただいています。)


人吉城-2.jpgそして、スタッフの方に教えていただいて、人吉城址を散策してきました。目の前のうぐいす谷に城の遺構があります。


この人吉城は、中世から明治まで、ずっと相良氏の居城となっており、鎌倉時代から35代に渡ってここに住み続けていたとのこと。なかなか例のないことだと思います。


実は、人吉城=武者返しという事前インプットしかなくて、石垣がある程度だろう的な勝手な想像をして現地に向かったのでした。滞在予定時間1時間(往復含む)みたいな感じで。
しかし、実際には、各曲輪が(建物はないが)完璧に残っていて、見どころは多いし、平山城といっても、かなり高低差がある。結局、予定の時間では間に合わず、2時間ほどかけて制覇してきました。


もう、階段がきついんですよね(笑)
その分、二の丸まで登った時の景色は、感動以外のなにものでもありませんでした。


そして、最後に汗ばんだ体に、帰り道の球磨川を渡る風が、爽やかだったことも。人吉城-3.jpg人吉城-4.jpg


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明石城 [┣百名城]

福山城を訪れた足で、もうひとつ。明石城にも行きました。


明石城-1.jpgこちらは天守台です。
結局、天守は築かれなかったようです。


明石城-2.jpg坤櫓。
三層になっているので、こちらが天守代用になっていたとのこと。
明石城は、重要文化財の巽櫓と坤櫓、その間の長い石垣が遺構になっているという、珍しい城。


ちなみに、この坤櫓は、伏見城からの移築という説もあるそうで。なんか、伏見城からの移築、多いな…[あせあせ(飛び散る汗)]


明石城-3.jpgそして、明石公園の中には、武蔵の庭園というのがあるみたいです。
武蔵というのは、宮本武蔵。
明石城主、小笠原家の客人だった時代に、庭園を造ったという記録があるそうで、これにちなんで、再現されたのがこの公園みたいです。


明石城-4.jpg普通に誰でも入れて、中で好きに過ごせる…市民の憩いの場所になっているようです。
でも古い茶室もあって、お茶席も行われているみたい。


城というより、「明石公園」(中に城もあるけど[るんるん])という感じの場所でした。


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福山城 [┣百名城]

新幹線の駅を降りて、びっくり[exclamation×2]


福山城-1.jpgこれ、駅から撮影した写真なんです。
ズームもしてなくて、これです。駅前に城です[黒ハート](これは天守ではなくて、伏見櫓ですけどね。)

福山は、新幹線ののぞみも停車する駅です。その駅前に城[exclamation]たぶん、ここまで便利な百名城は、ほかにないのではないでしょうか[exclamation&question]


福山城-2.jpg横断歩道を渡り、城へ。
まずは、地図を見て。これは、17世紀の福山城なので、現在は、数種の遺構が残っているだけです。


天守閣は再建されたもので、中は福山の歴史博物館のような形になっています。
GW中でも適度な混みっぷりで、じっくりと鑑賞することが出来ました。
下から順に見ていくと、時代を遡るような感じで、最後は弥生時代の史料を見る、という感じ。


福山城-3.jpgその上の展望台から下を眺めたのがこちらの写真。
正面に見える屋根が新幹線の屋根です。ほんと近いですね。


福山城-4.jpg直接城とは関係ありませんが、天守閣前の広場に藤棚があったので、撮影してみました。
ここしばらくの暑さで、ちょっと参っている感じもしますね。


福山は、かつての星組トップ娘役、星奈優里ちゃんの出身地。
優里ちゃんのことも思い出しつつ、短い滞在を楽しみました。


櫓などは、重要文化財として現存しているのですが、その辺の細かい写真は、後日「写真帳」の方にアップしていこうと思います。アップの際には、こちらのブログからリンクできるようにしますので、今しばらくお待ちください。


さて、城とは関係ありませんが、福山市は、「ばらのまち、福山」なんだそうです。
電車の発車ベルの音楽も、「百万本のバラ」が使われているし、PR大使に、フラワー・アーティストのニコライ・バーグマンさんが就任しているそうです。


5月は、ばらの季節。
現在はまだ4分咲き程度だそうですが、その名も、ばら公園という名の公園もあったり、5月20日・21日には、50回目の「ばら祭」というイベントが開催されるとか。
私も、ばらは大好きです[黒ハート]


福山城-5.jpg最後にもう一枚、駅に戻って撮影した、福山城です。


中央奥に見えるのが天守閣。
右手手前側のものが、月見櫓。京都の伏見城にあったものを移築したと言われているそうです。


明治の初め頃に取り壊されたそうですが、昭和41年に、天守閣とともに外観復元したのだとか。
それで、天守閣とのマッチ感がハンパないのですね。


福山城-6.jpg


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姫路城 [┣百名城]

GWの旅3日目、朝から姫路城に行って来ました。
姫路城は、『燃ゆる風』にも登場した黒田官兵衛孝高が生まれた場所。…というわけで、両兵衛と言われた半兵衛と官兵衛ですもの、こちらにも来なければね。
それに姫路城は、『天守物語』の舞台でもあります。ここの最上階には、ゆうひさんやおいちゃんも演じた富姫様が住んでいるハズ…


姫路城-1.jpgそのせいか…朝から、雲行きが怪しい…[あせあせ(飛び散る汗)]
なんか、『天守物語』冒頭の場面のようではありませんか[exclamation&question]


やはり、ゆうひさんファンなのね、私たち…[ぴかぴか(新しい)]


朝9時に門が開くのですが、8時半過ぎに現場に到着すると、既に長蛇の列…さすが、GWです。
混雑時には、開門前に整理券を配付するとのこと。
一日15,000枚しか配付しないのですが、我々の時点で既に1,500番台でした。す…すごい…[あせあせ(飛び散る汗)]


門を入り、そのまま、天守閣に進む列に並んだものの、実際に登るまで1時間くらいかかったように思います。


こちらは、キリシタンだったという姫路城-8.jpg黒田官兵衛に因んだ鬼瓦では[exclamation&question]と言われているものです。く…暗いからよく見えない…[もうやだ~(悲しい顔)]


姫路城-9.jpg加工してみました。これでどうだっ[exclamation]


「十」の形に見えるでしょうか[exclamation&question]


まあ、そんなあちこちを眺めながら列に並び、天守閣に登ってきました。


姫路城は、外から見ると5階建に見えるのですが、実際は6階建。(プラス地下1階)
このような構造が、姫路城の最上階に魔物が住むという『天守物語』のようなオハナシを生んだのかもしれません。
『天守物語』の冒頭では、侍女たちが下界の花を釣っていましたが、実際の天守からの眺めは、こんな感じでした。


姫路城-2.jpg


あ、もしかして、お気づきかもしれませんが、いつの間にか、お天気が良くなっていたのですよ。
いやー、美しいですね、下界[るんるん]
連なってここまで上がってきましたが、天守閣に上がった瞬間、我々、野に放たれました。好きな窓から外を眺めてよい[exclamation]と。ただし、天守閣にある“刑部神社”にお参りする場合は、別途並ばなければなりません。
『天守物語』でも、ここには、神社のような何かがありましたもんね。これはお参りしないわけにはいきません。


それに…私、思い出したんですけど、2008年頃、姫路菓子博に来た時、やはり天守閣に登って、「ゆうひさんがトップになりますように」とお願いしていたんですよね。お礼参りしなければ…[あせあせ(飛び散る汗)][あせあせ(飛び散る汗)][あせあせ(飛び散る汗)]


というわけで、しっかり御礼と、ゆうひさんの富姫が素晴らしかったご報告と、今後のゆうひさんの活躍をお祈りしてきました[ぴかぴか(新しい)]


姫路城-3.jpgまさに『天守物語』現場[exclamation]という雰囲気を感じます。図書之助と富姫、この辺に隠れてたんかな…などと思うような。


さて、たしか、あのお芝居も、冒頭は天気が悪かったけど、亀姫様登場以降は、すっかりお天気も回復した…という記憶があります。
今回の姫路城も、『天守物語』通りのお天気となったみたいで、天守閣から下を眺めてみると…なんか…晴れてる…[exclamation&question][晴れ]


ということで、再び、地上に下りてみると…なんか、別世界が広がっていました。てか、姫路城は、青空に映える[exclamation×2]


姫路城-4.jpgいかがでしょうか[exclamation&question]


なんだか、絵葉書のような写真が撮れちゃいましたよ。
誰が撮影しても、どこから撮影しても、青空と姫路城は、完璧に映える[黒ハート]
まさに神[ぴかぴか(新しい)]


姫路城-5.jpgなもんでですね…
昼から宴会が始まってしまいました[あせあせ(飛び散る汗)]


いやー、城をサカナに飲むお酒…美味しかったですよ。これ、とてもおススメです。
もちろん城外に出たところなのですが、こんな外でも、お城はこんな風に見えるのです。


姫路城-6.jpgこんな風景見ながら、なら、何杯でもいけちゃいますよね[るんるん] 


この日は、前2日に比べるとゆったりとしたスケジュール(混むだろうと予想していたので)だったので、黒田官兵衛でおなじみ、播磨国総社にお参りするなどして、過ごしました。
そして、夜は―


姫路城-7.jpg美味しかったです[ぴかぴか(新しい)]


食事については、行き当たりばったりだったのですが、どこも美味しくて、そこも幸せな旅だったと思います。 


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