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「人形の家」初日 [┣大空ゆうひ]

女優になって5年。
ここで初キスシーンって、かなり、珍しいかも。
これ以上先だと、恋愛する役も来ないかも、だし、ゆうひさんなりに、今でしょ!ということなのかも。
しっかり見届けますよ!

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「坂東玉三郎 越路吹雪を歌う『愛の讃歌』」 [┣大空ゆうひ]

「坂東玉三郎 越路吹雪を歌う『愛の讃歌』」


構成・演出:小林香
音楽監督:三枝伸太郎
照明:高見和義(クリエイティブ・アートスィンク)
音響:牧野恵司(デルタ音響)
美術:野村真紀(東宝舞台)
衣装:中村秋美
舞台監督:八木清市(ニケステージワークス)


<オーケストラ>
ピアノ・指揮:三枝伸太郎
ドラムス:今井義頼
ベース:川本悠自
ギター:田中庸介
ヴァイオリン:会田桃子、吉田篤貴、地行美穂、村松宏樹、向山有輝
ヴィオラ:三品芽生
チェロ:島津由美
パーカッション:相川瞳
アコーディオン:佐藤芳明
トランペット:武田恒夫、菊池成浩
トロンボーン:三塚知貴
アルトサックス:白石幸司
テナーサックス:川村裕司
ハープ:SANAE


東京・NHKホールでは、たった一回きりのステージ。ゆうひさんの出演も一回きり。
万難を排して行ってまいりました[黒ハート]


なのですが、なんせ一回きりのステージなので、ゆうひさんを観ているだけで、あとは吹っ飛びまして…今回は、ゆうひさんを中心にお伝えすることをお許しください。


楽曲は、プログラム記載のセットリストをもとに記載しております。


舞台はとてもシンプル。
左右にオーケストラを配して小ステージを置き、そこから階段で5~6段で本舞台という感じ。背景がシンプルながらとても綺麗なセットで、照明によって雰囲気が変わる。


まずは、キラキラのスーツに身を包んだ、坂東玉三郎様が登場し、『バラ色の人生』を歌う。
今回の舞台、越路吹雪さんが長年歌ってきた楽曲をメインに構成されているが、一部、越路さんの歌っていない曲も入っている。しかし、「作詞:岩谷時子」もしくは「作曲:内藤法美」というところで、統一感が取れている…と感じるのは、ドラマの影響かもしれない。
(録画してコンプリートしました[黒ハート]


『バラ色の人生』は、エディット・ピアフが幸せの絶頂にいる時に作られた歌なのだそうだ。


続く『夢の中に君がいる』は、アダモの楽曲。そして、3曲目の『群衆』は、ゆうひさんのレパートリーでもある。
そして、ゆうひさんが歌ったのと同じ歌詞だったので、あれは、岩谷さんの詞だったんだな~と、知った。ドラマチックで、曲に合っていて、でも、ちゃんと歌詞に立ち止まれる。流れてしまわない。ちょっとだけ違和感がある。だから、記憶に残る。絶妙な感覚のある詞だと思う。


ここで、ゲストメンバーがわらわら登場。
みんな玉三郎さんと同じ生地で作られた衣装。海宝直人くんはスーツで、宝塚OGはロングドレス。それぞれの個性によく似合ったデザインになっていて、素晴らしかった。
そして、とにかく、照明が当たると眩しいくらいに光る[ぴかぴか(新しい)]


越路吹雪.jpg


ゆうひさんはこんな感じ。
肩の出し方と、スカートの広がりにデザインの勝利を感じた[ひらめき]
まず、それぞれが客席にご挨拶…ここで、ゆうひさん、“玉三郎さん”という言葉で噛む…[exclamation×2][爆弾][爆弾][爆弾]緊張してたのね…[あせあせ(飛び散る汗)]


元宝塚&ミュージカル界のプリンス出演、そして越路さんも日本のミュージカル界をリードしていたということで、直接越路さんに関係ない作品もあるけれど、ミュージカル・メドレーへ。


楽曲は、「サンライズ・サンセット」(屋根の上のヴァイオリン弾き)~「魅惑の宵」(南太平洋)~「ワンダフル・ガイ」(南太平洋)~「炎のアグネス」(I DO! I DO!)~「シャル・ウィー・ダンス?」(王様と私)~「木陰のくちづけ」(王様と私)~「メイム」(メイム)~「私のお気に入り」(サウンド・オブ・ミュージック)~「さようなら、ごきげんよう」(サウンド・オブ・ミュージック)~「道化をよこして」(リトル・ナイト・ミュージック)


ゆうひさんは、「シャル・ウィー・ダンス?」のソロ、「私のお気に入り」は、凰稀かなめちゃんと二人で、「さようなら、ごきげんよう」は、みんなで歌った。「さようなら、ごきげんよう」は、ひとりずつ歌っては、階段を上がっていくのだが、ゆうひさんは、最後に歌う役…ということは、いちばんちっちゃい子の役[exclamation&question]いや~、ゆうひさんの本質をわかってくださった演出と思っていいのでしょうか[あせあせ(飛び散る汗)]
「シャル・ウィー・ダンス?」の時、チャチャチャの手拍子をマミさんが入れてくれて、会場が一緒に入れることができたのも嬉しかった。


ここから再び、越路さんのナンバーから、それぞれのソロ曲へ。


坂東玉三郎『18歳の彼』。年の差のある若い彼氏に翻弄され、やがて別れを経験する女性の哀しみを歌ったナンバー。
真琴つばさ『パダム・パダム』。宝塚でもおなじみのナンバー。越路さんを意識した歌い方で、とてもかっこよかった[揺れるハート]
凰稀かなめ『サン・トワ・マミー』。越路さんのレパートリーの中でも5本の指に入る有名な曲を爽やかに[ぴかぴか(新しい)]
海宝直人『誰もいない海』。この曲は、内藤法美(越路さんの夫で作曲家)の初めての大ヒット曲。作詞は山口洋子で、岩谷さんではないのだが、内藤作曲ということで歌われたのだと思う。あ、でも、トワ・エ・モワのレコードが有名だが、一応越路さんも競作でリリースしているんだよね。(と、ドラマでやっていた。)
ミュージカル歌唱ではなく、一人のシンガーとして、歌詞を大事に歌っていて気持ちよく聴くことができた。


最後に玉三郎さんが『谷間に三つの鐘が鳴る』を歌って第一部は終了。


第二部は、白スーツに着替えて、玉三郎さんの歌うところからスタート。
『枯葉』
これも、ゆうひさんレパートリーの一曲。そしてゆうひさんが歌っていたものと歌詞が一緒。
ゆうひさん、プログラムでも「越路吹雪さんが大好き」と語っていたが、本当にそうなんだろうな…だから、岩谷さんの歌詞をいつも使うんだろうな、とあらためて感じた。
そして、『私の心はヴァイオリン』。岩谷さんの歌詞は、ちょっと色っぽいことを歌っている[exclamation&question]と、ドキドキさせる絶妙なところがある。ここでトークタイムがあったのだが、岩谷さんは、作詞を真夜中にしていたという。
真夜中に書いた“お手紙”はやばい…と、宝塚のFC界ではよく言われているが、岩谷さんほどの方になると、ちょっと恥ずかしい感じの歌詞でありながら、そこに客観性を残して鑑賞に堪えるものにするのだから、さすが、というほかない。


ここのトークタイムは、玉三郎さんを囲んで、大空ゆうひ・水夏希・霧矢大夢の三名。なにげに一番上級生…ということで、一応仕切ろうとするものの、トークのネタは、下級生に丸投げしているゆうひさん。
体を張って、玉三郎さんにバッサリ切られるきりやんが、最高です[黒ハート]
きりやんだけに切られる…とか、呟くゆうひさんも最高です[爆弾]
とはいえ、前半はマミさんの仕切りがさすがだったので、ここは、本当にゆるかった[爆弾]と思う。


後半のソロは、霧矢大夢『メケ・メケ』から。
『メケ・メケ』というと、美輪様の方を思い出してしまうが、きりやんらしい、コミカルでお芝居っぽい作りが素晴らしく、いい曲を選んだな[るんるん]と思った。
続いて、水夏希『ラストダンスは私に』。こちらも、超有名ナンバー。ダンサーらしくひらひらと揺れながら歌うと、ドレスの光沢が乱反射して、ドレスが歌に合わせて踊っているかのようだった[ひらめき]
そして、大空ゆうひ『さくらんぼの実る頃』。映画「紅の豚」で知る人も多いシャンソンだが、一応、越路さんもアルバムの中で歌っているそうだ。フランス語のまま歌われることが多い曲だが、今回は、越路さんのアルバムと同じ歌詞で。
あらためて、シャンソンが似合うし、歌い続けてほしい、と思った。
そして、大音声で歌うなら、もっとうまくて声の出る人はたくさんいると思うが、マイクをうまく使って、ニュアンスを響かせるなら、いくらでもチャンスはあるんじゃないか…そんなことを感じるひとときだった。ステキでした[グッド(上向き矢印)]


ここでサプライズ。
実は、東京公演に来れないはずだった、姿月あさとさんが登場し、一曲歌ってくれた。
姿月あさと『そして今は』。素晴らしい[ぴかぴか(新しい)]
この曲は、歌の上手い人じゃなきゃ、歌っちゃいけないわ…[ひらめき][ひらめき][ひらめき]


ここから、衣装替えがあり、全員が黒い衣装。
そして、「宝塚のシャンソンメドレー」へ。
(ゆうひさんの出番以外は、自信が…ありません…[爆弾]
「ユーヌ・シャンソン」(玉三郎・みんな)「ろくでなし」(真琴・霧矢)「パリ野郎」(大空・霧矢)「サ・セ・パリ」(玉三郎・海宝)「ブギウギ巴里」(大空・水)「セ・シ・ボン」(水・凰稀)「幸福を売る男」(みんな)
「パリ野郎」のところで、これ、手拍子入った方がいいんじゃないかな…でも、手拍子してもいいのかな…と戸惑った時に、ステージ上で待機していたテルが、さりげない手拍子を入れてくれたので、客席も一緒に盛り上がれた。ありがとうございます[揺れるハート]
「ブギウギ巴里」は、しっかりハモっていて、安心した。


ここで、メンバーの出番は一応おしまい。
ひとりずつご挨拶があったが、ゆうひさんは、これからも歌い続けていきたいってたしかに言ったと思う[耳]


最後に玉三郎さんのソロで、『愛の讃歌』『水に流して』が歌われ、アンコールのなかで、『すみれの花咲く頃』姿月を含む全員で歌われた。楽しく、贅沢な一夜限りのショーだったし、そこに出演できたのは、本当に幸せなことだと思った。


そして、今はみんな女優としてキラキラと輝いているけど、きりやんとあまり女性を意識しない、バディものの舞台をやってほしいなぁ~と「パリ野郎」のいたずらっ子のような二人を見て夢が膨らんでしまった。いつか、実現しますように。


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共通テーマ:音楽

いよいよ「HEADS UP!」が東京へ! [┣大空ゆうひ]

ゆうひさんも出演するミュージカル「HEADS UP!」。これまで、横浜のKAATを関東の拠点にしていたため、東京では未上演。
そんな「HEADS UP!」がいよいよ3月、赤坂ACTシアターで上演されることとなった。その宣伝として、表参道駅構内に、柱巻き広告が出現したと聞き、見に行ってきた。


ヘッズアップ看板1.jpg ヘッズアップ看板2.jpg


印象的な歌や台詞と共に、ポスター写真がドアップで巻かれていて、かなりの迫力。


ヘッズアップ看板3.jpg ヘッズアップ看板4.jpg


日曜日に乗降客の多い駅に行ったので、これ以上は撮れなかったが圧巻でした。これで、新しいお客さんが「HEADS UP!」を楽しんでくれたらいいな~[黒ハート]


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共通テーマ:演劇

山田和樹VS大空ゆうひトークセッション [┣大空ゆうひ]

ゆうひさんが栄えある第1回目のゲストとなった朝日カルチャーセンター「指揮者と俳優が語る音楽と舞台 ヤマカズ・トークセッションvol.1」に行ってきました。


会場.jpg


(第1回目なので「指揮者と俳優が語る音楽と舞台」が今回のサブタイトルなのか、通しタイトルなのかは不明です。)
山田さんは、「ノマド」のゲストで一度対談されていて、(こちらにレポがあります!もう2年近く前のことだったんですね~[ひらめき]
今回はその時に比べてかなり打ち解けたトークだった。ゲスト立場の気やすさか、山田さんマジックか。
セッション、とタイトルにもあるように、ジャズセッションの如く、打合せなしのぶっつけ本番。山田さんの脳内にある三つのテーマについて順にフリートークが炸裂した。
あまりにもフリーすぎて、メモを見ただけでは思い出せないことも多く、抜けているエピソードなどもあると思いますが、お気づきの点がありましたら、コメントいただけると嬉しく思います。


会場(トーキョーコンサーツ・ラボ)の出入り口は後方一か所なので、客席の後ろからお二人が登場し、客席のサイドを通って前方のステージへ。短い時間だったが、近くでお姿を見ることができ、嬉しかった。
ゆうひさんは、黒いゆったりしたVネックのプルオーバーにグレーのワイドパンツ。髪は頭のてっぺんでおだんごに。最近、よくこの髪形にしている気がする。ペタンとした髪質だから、おだんごも小さくて、可愛らしい。


ステージにあがると、軽く自己紹介をして、着席。
山田さんは、さっそく、朝日カルチャーセンターの「センター長です」とジョークスタート。
だいたい月2回ペースで講座をやっているそうで、もはやセンター長を名乗れるレベルじゃないか、ということらしい。ただ、講座をやる、ということを決めるのは自分のはずなのに、時々「なんでやってるんだろう?」と思うこともあるとか。これにはゆうひさんも苦笑しつつ、同意していた。
で、いきなり「身長何センチですか?」から、トークはスタートした。
ゆうひさんのお答えは「169センチ」[ひらめき]
これまで最高身長169.8センチまで行き、(四捨五入で)170センチを公式プロフィールにしているものの、実は170センチになったことはなく、長年ダンス等で身体を酷使してきたせいか、今は、もう少し縮んだとのこと。
その答えが意外だったのか、「姿勢がいいから長身に見えるのか」みたいに突っ込む山田さん。
宝塚ではバレエを必ず習うので、姿勢がいいとしたら、そのせいかもしれない、とゆうひさんは答えていたが、等身バランスもあるような気がする。頭が小さいゆうひさんは、同じ身長の人よりも肩の位置が高いから。
「姿勢がいいと、肩凝りもないですね」と続ける山田さん。
もちろん、肩凝りのあるゆうひさんは、「もしかしたら、身体に悪いくらい姿勢がいいのかもしれない」と。まあ表現者なんてお仕事していると、身体にいいレベルの身体表現じゃ足りないですもんね。
ちなみに、整体では、「性格が悪いから、身体が曲がるのよ[わーい(嬉しい顔)]と言われているらしい。(場内爆笑)


その流れで、「もしかして、目は悪いですか?」と質問。
そう、ゆうひさんは、コンタクト必携の視力。目が悪いのは、たしかに肩凝りの大きな要因になりそう。
山田さんは、0.6くらいで日常生活には困らないものの、一度、コンタクトを作ったことはあったそう。しかし、2日坊主だったんだとか。1ヶ月分とかまとめて買うと安くなるということで、大量購入しておきながら…。


既に客席は爆笑の渦だったが、この辺までが“つかみ”の部分。
ここから、本日のテーマに入っていく。 


山田さんは、現在、雑誌に連載を持っていて、なんと一回分で2500字のエッセイを書いているそうだ。(400字詰原稿用紙で6枚ちょっとですね…。作文の量としてはかなり重い印象。)
で、前回書いたテーマは「紙とえんぴつ」。
昨今、オーケストラ業界にもタブレット利用者が増えてきている。自分は、その文化に抵抗があるのだが、人に使うな、というだけの理由が見当たらない。
たとえば、小学校ではえんぴつを使いなさいと言われている。今はわからないが、お二人の時代はそうだった。(私の時代もそうだった気がする)で、中学校になるとシャープペンシルを使ってもいい、ということになる。でも、その理由は、特に明かされなかった。
そして、タブレット使用は、このえんぴつとシャーペンの差なのか…みたいなことを山田さんは悩んでいたらしい。
なぜ、自分は、タブレットを受け入れられないのか…で、演劇界はどうですか、と、ゆうひさんに聞く。


演劇界はいまだに台本は紙媒体だと答えつつ、(新作などで、台本の第一稿ができました、という場合は、先にメールで送られてくることもあるが、あくまでも稽古で使用するのは紙の製本された台本)でも、タブレットは「波長が合わない」とゆうひさん。
山田さん、この「波長が合わない」に、かなりツボっていた。
ゆうひさん曰く、台本とか楽譜が紙の場合、音符だったり台詞だったりが、キラキラっと浮いて見える[ぴかぴか(新しい)]ことがあるけど、タブレットではそういうことがない。だから、情報以上のエネルギーがタブレットには宿らないんじゃないか、ゆうひさんは、そんな風に語っていた。
その時、山田さんは、紙というのは、やがて滅びるもの、我々人間と同じ。同じ滅びていくものとしての温度がそこにはあるのではないか、みたいな哲学的なことをおっしゃっていた。(タブレットも「モノ」である以上、滅びるのだけど、そこに乗っている情報は、消さない限り半永久的に残るから、違うということなのかな。)


ゆうひさんは、台本が使いこまれてくたっとした感じがちょっと好きみたいで、ゆうひさん自身の台本はあんまりそうならないけど、使いこんだ感を出したい俳優さんは、「お風呂に持って入るといいよ」と教えてくれるとか。
ゆうひさんの感覚としては、台本は「一緒によれっとしてほしい」ものらしい。役者にとって台本は「相棒」だから。
この「よれっとしてほしい」も、山田さんのツボ直撃だったようです。
そんな台本に書かれている台詞の覚え方は、俳優さんそれぞれだけど、ゆうひさんは、書いて覚えたり、歩いて覚えたり…だそう。
道を歩きながら、ブツブツ台詞を呟いているんだとか。(分からなくなると電車に乗った時などに、台本で確認)


そうやって完璧に覚えたつもりでも、実際舞台で間違うこともある。
演奏家にしてみれば、舞台の演劇は「暗譜」という特別なもののようなイメージらしい。
ゆうひさん的には、舞台で台詞を間違ってしまうことについては、「今日はそんな気持ちになった[exclamation&question]」みたいな感じだと。そんなに気にしていないのかなと思ったけど、「魔が差す」とも言っていた。台詞によって、重みが違うのかもしれない。
台本など、無きが如く無意識で完璧に演じられたらいいが、そんなことはないそうで、どこかに意識した自分がいて、コントロールしているそうだ。 こういうお話が聞けるから、他分野の方とのトークは面白い。


で、舞台の完成度みたいな話としては、舞台上だけではなく、客席を含めた「全員の気で、あるゾーンにいく」ことはできるのだそうだ。
山田さんの感覚では、調子が悪い方が演奏がうまくいったりするみたい。
それに対して、ゆうひさんが言っていたのは、お稽古中にケガをしてしまったりすると、力が抜けるのか、役がぽーんと自分の中に入ってくることがあるそうだ。


さて、指揮者とは、演劇なら演出家。
(これは、前回のノマドでも二人の意見が一致していたところ。)
演出家としては、本番を最高にするために、リハーサルで、どう指導するか、みたいなお話に進んでいく。
一流の演奏家に対して、「ここが、できていない」とか言わなければならないのが、指揮者の仕事。でも、相手がこちらの言う通りに修正して、言った通りの出来になるのは、ちょっとイヤなんだそうだ。
リハーサルで積み残す幅を大きく取りたい、とも言っていた。
こうすれば本番うまくいく、というのはないということなので、本番ならではのものが出てくるのを待つということだろうか。
実際、指示をしながら、演奏家には逆のことをしてほしいとか思っているんだとか。


ゆうひさんに対して、細かい演出家もいるでしょ[exclamation&question]みたいな質問があったが、演出家によって違うけど、すごく細かい演出だったとしても、それでもまだ役者にはやれる幅が残されていると思うし、意外と窮屈には感じない、というお答え。
それに、実際、舞台でその時に出てしまうものもあるし、とも。


山田さんが、チャップリンの監督作品で、ラブシーンを100回くらいやらせて、実はその女優さんは相手役さんが好きじゃなくて、だからとうとう最後にはキスじゃなくて相手を叩いてしまった。そしたらそれがOKになったみたいな話をしたところ、ゆうひさん、「真実の瞬間だったんですね[ひらめき]
この言葉、またまた、山田さんのツボだったみたい。


で、山田さん、厳しく指導しながら、実は、演奏家に対して、そういうことを期待している部分があるらしい。 
うーん、芸術は難しい…[バッド(下向き矢印)]


ゆうひさんは、指揮者はみんなに魔法をかける人、と言っていた。



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こんな感じですかね。


さて、音楽も演劇も「言葉にならない表現」をするから難しいけど、実は山田さんは「しゃべりもいける」と自負していて、演奏会の前にプレトークをすることが、よくあるんだとか。
でも、やはりトークは、うまくいく時とダメな時があるらしく、すべると、かなり落ち込むんだそうです。
しかし、トークがダメな時は、演奏がいいんだそうで。
なんとも複雑な表情の山田さんに、お話と演奏の両方でお客さんに理解してもらえれば、それでいいんじゃないか、みたいに豪快に回答するゆうひさんでした。


そんな山田さんにとって、一番、幸せな瞬間は、最後の音が鳴り止んで、拍手が入った瞬間。でも、うまくいけばいったで、寂しいんだとか。結局、音を出している人には敵わないという思いがあるからだそうです。
これって、指揮者あるあるなのかしら[exclamation&question]それとも山田さんだけ[exclamation&question]


ゆうひさんは、今日は満足だった[ぴかぴか(新しい)]と思った夜においしいお酒を飲むのが幸せだそうです。
(甘いものはどうですか、とも聞かれてたけど、甘いものも食べるけど、満足感とともに口にするのは、お酒のようです。)


ここで、ちょっと小ネタ。
山田さんは落ち込みやすいそうで、今日も、入口に置いてあった今後の演奏会のチラシを見て、ゆうひさんが、「小曽根真さんの大ファンなんですよ」と言っただけで落ち込んだとか。
そのチラシ、山田さんと小曽根さんの写真が載っていたものだったので、「じゃあ自分は…」みたいに思っちゃったんですね、きっと。


そんな山田さんの今日の名言。
「指揮者とは、99人100脚をうまくいかせるために、調整をする人。」
二人三脚とかなら、自分達だけで調整できるけど、99人になったら、全体を俯瞰して、そこちょっと速くとか、そこ紐が緩んでるとか、指摘する人がいないとうまくいかない。たぶん指揮者はそういう役割なんだとおっしゃっていて、言い得て妙だな~と思った。
もちろん、それだけじゃないと思うけど。


で、楽器別人類学というのがあるそうで。
同じバイオリンでも、第1バイオリンと第2バイオリンでは性格が違うらしく、高音のメロディーを担当する第1バイオリンは派手な服が好きだったりするとか。
ビオラ奏者については…うーん、ちょっとオフレコな気がするので割愛。
オーボエの奏者はちょっと変わっているみたい。リードを自分で作り、それがものすごく大変な作業なので、神経質。その神経質が食べる方向に行くかどうかで分かれるそうで、基本、太っているか、痩せているか、しかいないそうです。
(ゆうひさん、へー、と初耳みたいに聞いていたけど、リードを自分で作るというエピソード、“のだめ”に出てきたよね[わーい(嬉しい顔)]


山田さんの思うゆうひさんに似合う楽器は、フルート。ハープもいいかも…とのこと。
というか、このふたつの楽器には、女性をイメージするそう。女神というかミューズのイメージ。
ゆうひさん、喜びつつも、フルートだと弾き語りができない…とも。 (歌う気満々だな、と心の中で突っ込んでみた。)←いやいや、歌への意欲が強いのは嬉しいです[黒ハート]


そんなゆうひさん、前に演出家から、出演者の印象を楽器にたとえられたことがあって、一人ずつ、楽器を言われていって、ゆうひさんの番になると、「カントリーウエスタン」と言われたらしい。
楽器じゃないんかい!と今でも気になっているそうだ。


さて、指揮者に適性があるとしたら、「嫌いな人を愛せるか」だと山田さん。
それを聞いて、ゆうひさんは、山田さんから陽のエネルギーを感じるのは、そういう大きさ、求心力なんですね、と感心していた。
ちなみに、ゆうひさんは、嫌いな人と共演したら、どういうことになるか、みたいなことを聞かれ、けっこう険しい顔であれこれ言いながら、最終的には、まだそういう経験はない気がする…と言っていた。結局のところ、気が合うとか、芝居がやりやすいとか、じゃないちょっと異質な人というだけで、嫌いというのは、違うのかも、と思ったみたい。
というか、誰のことも嫌いになるほど深く知らないうちに、公演が終わってしまうし、みたいな。


そして再び登場する出待ちの話。山田さん、ほんとに宝塚のファンが整然と並んでスターを待っている話が好きね[わーい(嬉しい顔)]
てか、宝塚を知らない人はみんな興味津々なんでしょうね。
あの列がどのように出来ているのか、ファンの中でヒエラルキーはあるのか、みたいなことまで聞いていた。どういう順番でファンが並んでいるのかという質問には、早く来た順ですね、と正しいお答えをしていた。
ファンの中に序列があるのか、みたいな質問には、あると思いますと言っていたけど、まあ、代表とかスタッフみたいなのが序列っちゃー、序列なんですかね。
疲れているのに、ファンに応対するのはどうなんですか、と聞かれて、ゆうひさん、「たぶん、それがなかったら寂しい。宝塚は特別なところで、入り出待ちをしてくれるファン、客席で応援してくれるファンから、元気をもらって、自分も元気を渡して、エネルギー交換をしている。だから、宝塚の人は、ものすごい激務だけど元気なんです」と語ってくれた。
それは宝塚だけのステキなことだと言ってくれて、なんだか、とても嬉しかった。


エネルギーが循環している。限界になった時にどこからかエネルギーをもらえる、ってすごいことだと思う。
山田さんが、「元気玉」(byドラゴンボール)の話を出してくれたけど、 ゆうひさんを支える元気玉の一部になれていたとしたら、嬉しい。


とはいえ、嫌いな人との方がいい音楽ができることもあるんだそうで。
カラヤンは、晩年、ベルリンフィルのメンバー全員と険悪な状態で、6-7年務めていたけど、その時の緊張感ある演奏はすごかったとのこと。敢えて壊す、怒りのエネルギーみたいな話もなかなか面白かった。


あとは、舞台じゃなくてテレビの時は、どんな風にやっているんですか、とかいうのもあった。
テレビは、あまりやっていないので、わからないそうで、カメラの位置を意識しながら、目線を向けずに、そっちに意識を飛ばしているのを見るとすごいなーと思う、とか。
あと、役を演じていない時は、落ち着かないという話も。(退団した後、FCの解散式でのゆうひさんがすごく心許なさそうだったのが、今も思い出される。)
それから、自分のキャラをどう設定するか、みたいな話もあった。
ゆうひさんは、元男役の「オオゾラユウヒさん」は、他のキャラを消す存在だと言っていて、在団中は、それ一本だったけど、今は、ダメキャラの自分と…えーと…2つか3つのキャラが居るような話になったと思う。


最後まで、笑いの絶えない、楽しいトークセッションだった。
またぜひ、こんなトークを聞きたいな~[るんるん]


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2017年の大空祐飛/ゆうひ [┣大空ゆうひ]

2017年は、1992年に初舞台を踏んだゆうひさんにとって25周年という節目の年。
というわけで、仕事始めは、同期の瀬奈じゅんさんとのトークショーから。音楽学校時代のあれやこれや、そして、二人ともにとって思い出のショーとなった「Apasionado!!」の主題歌を二人で披露してくれた。同期で仲も良かった二人だったが、トップと微妙な立場の3番手として同じ組にいる…ということの難しさもあり、現役時代最後の方は、かつての蜜月感は感じられなくなっていたが、退団して長い時間が経ち、あらためてこのトークショーのために一緒にカラオケに行ったりして、Just a Friendに戻れたのかな…なんて感じた。


前年から続いている「磁場」のツアー公演。
椿という役は、二次創作をしてしまいたくなるほど、ミステリアスで、セクシーで、可哀想で、でも滑稽な役だった。


このツアーが続いている間に、正確には、名古屋公演と千秋楽の藤沢公演の間に、「エリザベート20周年記念ガラコンサート」の最終日2公演だけの出演もあり。この日のためにちゃんと歌の練習もしていたのね…というか、本人比でもこの日の唄の調子は良くて一安心。
昼の部では、瀬奈シシィと「僕はママの鏡だから」を歌い、夜の部では、彩輝トートと「闇が広がる」を歌い、4人もルドルフ役がいるのに、なんだかとっても美味しいところを頂いてしまい、居心地が悪くも嬉しかった。
一日だけの出演ということで、配慮していただいたのだろう。しかし、それがDVDになってしまう辺り、すでに土下座レベル…[バッド(下向き矢印)]
(思えば、10周年記念のDVD撮りの時にも、観客としてルキーニに絡んでもらった姿が映っている人だしな…)


2月、いきなり、「大空ゆうひ」に改名。


そこからまさかのライブ活動…
「Rhythmic Walk」のタイトルで、大阪、東京で歌いまくる。
昼公演では白い衣装、夜公演では黒い衣装で、前回と違い、特にドラマを挿入するようなことはなかったが、どの曲もドラマチックで、椅子を使った演出など、どこか演劇テイストが取り込まれていて、ゆうひさんの歌の世界は、演劇と繋がっているんだな、と感じた。


千秋楽ステージの前に、「ノマド」で中村壱太郎くんとトーク。
こんな風に、ある仕事が続いている間に、別の仕事を入れ込んでも平気になってきたんだな…と心強く思う。


4月には、映画「キャロル」の大ファンの方達に向けた上映会のゲスト。
ケイト・ブランシェットとか、ルーニー・マーラとか、ゆうひさんのいかにも好きそうな女優さんが出ている映画だから、引き受けたのだろうけど、ファンとしては、キャロルみたいな役も似合うし、やってほしいと思った。


少し時間があいて、7月に主演舞台「カントリー」
ここでは平凡な主婦…といいつつ、全然平凡じゃない恐ろしい女性の役を演じて、またまたドキドキさせてもらった。


8月には、1日だけのリサイタル「L'Age d’Or de la Chanson」
ゆうひさんにはシャンソンが似合うというのを再確認。ドラマチックなステージでした[exclamation]


そして、1日だけの朗読劇「逢いたくて…」
戦争中、夫に手紙を100通以上出し続けた、可愛らしい将校の妻役。いやー、朗読だと、さらに表現できる領域は広いな…と、あらためて感じた公演だった。


そして9月に、こまつ座「円生と志ん生」
20代~60代の様々な階層の女性を演じ分け、その一人一人の女性に確かな人生を感じさせた。この作品に出られたことは大きい。
この作品もツアーがありましたね。


12月、「HEADS UP!」再演。
真昼野ひかるが、さらにブラッシュアップされて帰ってきた[exclamation]
来年は、この「HEADS UP!」ツアー公演から始まる。こうやって眺めてみると、すごくバランスのとれた一年だったんじゃないかと思う。来年は、どんな一年になるかな~[exclamation&question]


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再演の「HEADS UP!」 [┣大空ゆうひ]

「HEADS UP!」が2年ぶりに帰ってきた[exclamation]というわけで、さっそく、KAATを訪れ、初日から観劇した。


再演なので、だいたいの流れは憶えていたし、わりと冷静に観ることができた。
で、脳内がクリアになって気づいたことを、あれこれ書いてみたい。


[1]音楽的に相当高度なことをやっている。
何重唱なんだこれ、みたいなシーンがたくさんある。
三重唱、四重唱って、オペラやミュージカルでもよくやっているけど、あれって音は綺麗だけど、それぞれがそれぞれの歌詞を歌っていると全然何言ってるかわからない。
進行形の人々の感情がちゃんと聞けないって、すごくもったいない。
でも、この「HEADS UP!」の重唱は、その時点までに既出の楽曲を重唱に使用しているので、歌詞(というか、言っている内容)がわかっているからストレスがない。そういう「すごいところ」にあらためて気づく。
このミュージカルを作ったラサール石井さんが、もともとミュージカルファンだったから、こういう、観客視点の気づきがあるんだろうな、と思った。

[2]新しい出演者のみなさん。
まずバイトの佐野役、池田純矢
前回の入野自由くんのキャラとは全然違っていて、その違いが面白かった。
すごく人懐っこい池田くんの佐野も可愛いなぁ。ダンスもかっこいいし、アクションも決まるし、そして、すっかり如月社のメンバーに飼いならされた感が、可愛くてたまらない[かわいい]
そんな、如月社のメンバー、九条役のオレノグラフィティー
日によって髪の色が違った!(私が観た中では16日夜公演が黒髪)
如月社3人の中ではキュウさん(橋本じゅん)、タキさん(芋洗坂係長)がキャラ立っているので、この役ってしどころないんだなーと、その分、前回の理生くんも、今回も役者本人が濃いから成り立っているんだなーと、納得した。
そして、衣装係のマキちゃん役、外岡えりか。印象薄いキャラクターで、そこにいるのに気づいてもらえない、という居方の難しい登場をするが、彼女の存在が、幽霊である熊川(中川晃教)が新藤(相葉裕樹)以外の人達からスルーされていることを不自然にしない。
その難しい登場が実に自然。彼女のソロは、前回のマキ役、MINAMIのハスキーな声質に合わせたものだったが、そこもちょっと掠れた声を使って、曲の雰囲気に合わせている。そして、演出家に食ってかかるシーンが打って変わってすごい[exclamation×2]ここは大迫力で、ひかるじゃなくても拍手しちゃう。
新しいメンバーの加入で、新しい「HEADS UP!」が観られた幸せを感じた。

さて、ゆうひさん[黒ハート]
再演で気心が知れたせいか、すごく生き生きと楽しそうに舞台に立っている。
すっかりメンバーと仲良くなったのね~[るんるん]みたいな空気も感じる。(ラサールさんからも、「ゆうひちゃん」と呼んでもらえているらしいし。)
歌に関しては、もっと自信持って歌ってほしいな~という気持ちはありつつ(笑)、かっこいいので許す(爆)


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「円生と志ん生」5 [┣大空ゆうひ]

「その4」はこちらです。


最後の場面は、昭和21年の初冬。「その4」のラストで紹介した場面(電柱の付近で円生と志ん生がニアミスをしたところ)から、2ヶ月ほど経過している。
シーツ類の大きな洗濯物が干してある場所に、円生(大森博史)が走り込んでくる。ここは、大連市内にあるカトリック系女子修道院の屋上。
円生は、様々な呼び方で志ん生(ラサール石井)を呼ぶ。この呼び方で、志ん生についてのミニ知識が増えた気がする。
最初の芸名が朝太(ちょうた)だったとか、芸名を16回も変えたとか。


舞台下手に設えられた小さな小屋から、らくだの上下にシーツを結び付けたようなかっこうで、無精ひげも伸び放題になった志ん生が登場する。円生はようやくホッとして、軽快な音楽に合わせて「この顔」を歌う。
このナンバーが、3曲出てくるリチャード・ロジャースの最後の1曲。
粋に背広を着こなし、帽子をかぶった円生が、歌いながらダンスも見せる。途中から志ん生も加わり、ちょっとショーアップされた場面。元がミュージカルナンバーだから、ちょっとミュージカルみたいな場面。てか宝塚っぽいかも[わーい(嬉しい顔)]
歌の最後で円生は感極まって、「神よ感謝します!」と志ん生の前に跪く。


その姿を、洗濯物を干しに来た見習い修道女のマルガリタ(太田緑ロランス)が見てしまい、慌てて駆け去る。
大げさな円生の姿に志ん生も驚くが、現在“セーキスピア”の「ベニスの商人」に出演中の円生は、ちょっとバタくさいモードになっているようだ。
それを聞いて、芝居をやることは、きっと落語にも生きてくる、という円生の話を覚えていたらしい志ん生は、「落語に外国人が出てくるか」と言って円生をたしなめようとする。が、逆に、円生が真顔になって志ん生を責める。行き倒れになる前にどうして自分を頼ってくれなかったのか、と。
それを聞いて、志ん生は、7月に日本に帰ると言って円生から五千円を借りたものの、密航船詐欺に遭ったことを告白する。さすがに体裁が悪くて行けなかったのだ、と。
そして、「密航船で日本に帰るのは、らくだが針の穴を通るより難しい」と言い出したのを、戻ってきたマルガリタと、彼女が連れて来たベルナデッタ(池谷のぶえ)が聞いてしまう。聖書に出てくるその言葉を聞き、二人は、きたない行き倒れのおじさんが、主・イエズス様なのではないか…と妄想したのだ。
そして、志ん生は、偶然なのか、どこかで聞きかじった(親切心から炊き出しをしてくれるようなところは、キリスト教系の場所が多かったのかも…)のか、次々に聖書に出てくる言葉を連発する。それを聞いて、どんどん確信を抱いていくマルガリタとベルナデッタ。
円生と志ん生がトイレに行った間に、盛り上がりまくって歌い始める。
この、「涙の谷から」という曲は、ベートーベン作曲。なんだかんだでベートーベンも3曲使われている。
二人が歌っていると、教育係のオルテンシア(前田亜季)が登場し、二人を指導する。最初は、マルガリタとベルナデッタが何を興奮しているか訝しく思っているオルテンシアだが、彼女も志ん生の言葉の前に、勘違いをしてしまう。
そこへテレジア院長(大空ゆうひ)が現れ、三人の修道女の勘違いと、それにワルノリする二人の落語家を叱責する。
「あなた方はいったい何者ですか」と聞かれ、二人は、噺家について説明する。
ここは、大森博史の面目躍如のシーンだ。
「生きている者はいつも涙を流しています。…生きると、つらいは、同じ意味なのです」と語り、笑いを「もともとこの世には備わっていないのですよ」と告げる院長に、円生は、「ところが、それをこしらえている者がいるんですよ。この世にないならつくりましょう、あたしたちは人間だぞという証にね。その仕事をしているのが、じつは、あたしたちはなし家なんです」と教える。
そうすることで、「貧乏を笑いのめしてステキな貧乏に変えちまう」のだ、と言ってのける。
そして、笑いに疎い4人に、小咄をいくつか話してみせる志ん生。最初は、笑いが出るまで時間がかかった4人だが、だんだんどっかんどっかん笑いが出てくる。
そして、円生がプレゼントした、あの「小さん全集」を院長が読み、みんなで爆笑している。
最後に院長は、宣言する。
「炊き出しは続けましょう。難民の方が最後の一人になるまで、ステキな苦労をしてみましょうね」


もう、ここで、ぶわっと、泣く。
大連は、ソ連に掌握されている。現在のロシアと違って、当時のソ連では「宗教は麻薬」と言っていた。
このカトリック修道院の本部はアメリカにあるらしい。そのアメリカの総本部は、それゆえにこれ以上の布教活動は不可能とみて、来週、アメリカ軍の潜水艦が大連港に入港を許されたので、それに乗って引き上げるように、との命令を出していた。
修道院の炊き出しがなければ飢えてしまう人がたくさんいるという状況と、修道女は従順の誓いを立てているので、上には逆らえないという自分たちの事情の板挟みになっている彼女たち。
でも、本当は、危険でも、上に逆らうことになっても、炊き出しをやめたくない、という思いが強い。
円生と志ん生が教えた「笑い」が、彼女たちの背中を押す。
そして、笑いの力にあらためて気づいた円生と志ん生…


こうして、昭和22年1月、志ん生が引き揚げ船に乗るところで物語は終わる。(円生は、事実婚のお相手を説得しきれなかったのか、今回の乗船は見送ることになった。)
4人の女優は、ここで引揚者に扮して登場し、カーテンコールも、そのモンペ姿だった。


ゆうひさんは、修道院の院長のテレジアさん。
杖をついていたし、動きやらなんやら考えると60代半ばくらいなのかな。もっと年上かもしれない。
(今回、20代、30代、40代、50代、60代のそれぞれの女性を演じ分けていたということになる。)
2014年の「La Vie」以来、おばあちゃん役というのは、ゆうひさんの貴重な抽斗のひとつになっているが、さらに洗練され、おばあちゃんというだけでなく、それぞれのキャラとして演じていて、違和感がない。
3人のシスターは、この場面、とにかく楽しんで演じていて、こちらも楽しくてしょうがなかった。
そして、院長先生の言葉で、胸アツになるのよね…
二人の噺家によって背中を押された心優しい院長先生と3人のシスターが、最後の一人まで炊き出しを続け、ちゃんと帰国できていますように…と祈りつつ、「円生と志ん生」の感想を終わりたいと思う。


性格も噺も全然違う二人の巨匠の、もう決して若いとは言えない時の経験が、二人の芸の円熟に大きな影響を与えたのだな~と思うと、人間、一生、勉強なのね…とあらためて感じるし、二人の俳優さんの優しさ、温かさを強く感じる公演でもありました。


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「円生と志ん生」4 [┣大空ゆうひ]

「その3」はこちらです。


休憩後は、作品の雰囲気もコミカル色が強くなってくる。
「その3」からさらに4ヶ月後の昭和21年7月。場所は、繁華街にある、委託販売喫茶コロンバン。
カウンターには、店番の女学生、弥生(池谷のぶえ)。丸い眼鏡をかけて、読書にいそしんでいる。
そこへ、ボロ雑巾と化した国民服姿の志ん生(ラサール石井)が入ってくる。弥生は、志ん生の呼びかけに対して、愛想よい返事をせず、ずっと本を読み続けている。
「お茶ちょうだい」と言っても、「前金でお願いします」とにべもない。そうやって、一心不乱に読んでいるのは、漱石全集らしい。
そうこうするうちに、カンカン帽に白麻の背広上下に身を包み、すっかりモダンになった円生(大森博史)がやってくる。志ん生はハッとするが、円生はゴミのような風体の志ん生になかなか気づかない。
そして弥生に向かって、「預かっていた品物に買い手がついたとお母さんから聞いたけど…」と告げると、弥生は本から目を離さないまま、「七千円で買い手がついて、手数料としてうちが二千円いただきましたって」と、五千円の入った封筒を手渡す。
ここの委託販売、手数料で四分の一以上持って行くんだ…[がく~(落胆した顔)]
円生は、お茶をふたつ注文して、もう一人見えるからね、と言う。
そこでようやく意を決して声を掛けた志ん生に、円生もやっと気づいて、二人は抱き合って喜ぶ…と言いたいところだが、円生は志ん生の頭が背広に触れるのをがっつりガードしている。まあ、それくらい、志ん生の姿はきたない[あせあせ(飛び散る汗)]
(ここは、戯曲通りじゃなくて、そのガードしている円生の心情を思うと納得の演出だった。この背広、円生の現地妻(円生は「ナニ」と呼んでいる)の旦那さんのものを勝手に借りているのだ。)


どうやら、あの後、円生は、炊き出しでいつもおにぎりを余計にくれていた小唄のお師匠さんと所帯を持ったらしい。そして、志ん生は、彼女の紹介で「常磐津のお師匠さん」とお見合いをしたが、へべれけに酔っぱらって不首尾に終わったらしい。そして、二人の人生は大きく分かれてしまった-。
しかし、志ん生に言わせると、そうではなくて、生活のために羽衣座で俳優稼業をしている円生が許せなかったらしい。落語と演劇は別個のものだと言う志ん生と、芝居の勉強は自分の噺に生きると言う円生の違い…それは、その後の二人の噺の違いに繋がったのかもしれない。


そんな志ん生だったが、今日、円生に会おうとしたのは、密航船で日本に帰る金を無心していたから。
そして、円生は、密航船なんて危ないなぁ~と思いながらも、奥さんの三味線と着物を売ってお金を作って渡そうとする。
結局、甘えるのはそこしかない志ん生と、全力で助けてあげようとする円生。二人の関係性が見える場面だ。
密航船に乗るために必要な五千円を借りた志ん生だが、返せるものはない。ボロボロになった「三代目柳家小さん落語全集」を進呈しようとする。
すると、これまで、客を胡散臭そうに眺めていた弥生が、驚いて「三代目小さんは天才である」[ひらめき]と、手元の漱石全集を読み上げる。
二人はビックリして弥生の方を見る。
夏目漱石は、三代目小さんの大ファンだったようで、小さんを絶賛する文章を発表している。弥生はそれを読み上げたのだ。
弥生は続けて、二葉亭四迷が三遊亭円朝の落語を聞いて言文一致体を発明した、という文学史を語り、そして、漱石先生が三代目小さんの落語によって新たな文体を手に入れたということを語る。
つまり、我々が現在読んでいる口語体の小説は、落語家のおかげ[黒ハート]
(この時代、言文一致の口語体をどんなカタチにするか、試行錯誤が行われていた。愛媛で漱石と一緒に下宿していた正岡子規は、晩年、病の悪化から自ら筆を執ることができずに、口述筆記を行っていた。話し言葉をそのまま書き取って原稿にしていたわけで、そういう形で口語体が進化した例もある。落語だけが言文一致体に貢献したわけではないとは思うが、多くの小説家が落語に着目していたことは、間違いなさそうだ。)


ここで、弥生に引っ張られるように二人の噺家が「三代目ソング」を歌う。
「ひょっこりひょうたん島」の「ナンセンスソング」が原曲とのこと。やはり、作品に一番しっくりくるのは、外国曲より、宇野誠一郎さんの作曲したナンバーだな~[るんるん]
弥生役の池谷さんの美声が劇場に響き渡り、実に楽しい時間だった。


歌い終わると、志ん生は円生のカンカン帽から手を離さない。円生はそれを餞別に渡そうとするが、よく見ると、ボロボロの国民服は可哀想すぎる。二人は互いの服を交換することになる。(現地妻の旦那さんの背広を勝手にあげてしまう円生もどうかと思うが、たぶん、かなりの亭主関白なんだと思う。)


と、そこへ、大連高女の教師、山田(前田亜季)が入ってくる。着物にモンペ姿。どうやら預けていた品に買い手がついたかを確かめに来たらしい。弥生はそっけなく「これからも(買い手は)つかないと思います」と述べる。
山田がどうしたものかと悩んでいるところへ、同僚の森(太田緑ロランス)もやってきて、山田に詰問する。森も山田と同じような服装。
今日山田が白いご飯のお弁当を持ってきたことは、大連市日本人教員組合の取り決め違反だというのだ。山田がクラスの生徒のおばあさんに食べさせたくて、分けてあげたのだという話をしても、「申し開きは査問会でなさってください」とにべもない。
山田は森を「イヌね」と罵り、ついこの間まで軍国主義に凝り固まっていた長刀教師のくせに…と言い出す。
どっちもどっちな二人が言い争っているところへ、憤然と登場したのが、教頭の今野(大空ゆうひ)。ただし、名前は呼ばれず、「教頭先生」と言われている。教頭は袴姿。


教頭は、二人の争いを「情けない」と断じる。
「案の定」のイントネーションが面白かったりして、えらい先生なのだろうが、どことなくユーモラスだ。
ここで戯曲にはないが、教頭は、「豆は釜の中で泣く」を中国語で(豆在釜中泣)披露する。
私の耳コピでは、トウ[バッド(下向き矢印)]・ツァイ[バッド(下向き矢印)]・フー[グッド(上向き矢印)]・ヂョン[グッド(上向き矢印)]・チー[バッド(下向き矢印)]みたいな感じ。
それを弥生が教頭先生の漢文の授業で習った通りに解説し、「よくできましたね」と褒められる。なんか嬉しそうな弥生。
豆と豆がらは兄弟のようなもので、豆がらを燃やして豆を煮ると、豆は泣きながら煮えていく。同胞同士が争うことの悲しみを歌った詩を引用し、教頭先生は、引揚までの間、日本人同士が争うのはやめましょうと説いたのだ。
(この漢詩は、三国志でおなじみ、魏の曹操の仲の悪い二人の息子、その弟(曹植)が兄(曹丕)に対して即興で作った詩なのだとか。)


と、感動的な場面の最中に、トイレのドアが開き、男二人(志ん生と円生)が手に手を取って現れる。着替え終わって、志ん生はズボンが余ったのか、裾を折っている。円生は、汚い国民服をなぜかダンディに着ている。
キツい眼差しで二人を見る教頭に気づいた志ん生は、シナを作るように円生と腕を組んで出ていく。


「昼日中(ひるひなか)から、あんなところで…[exclamation×2][爆弾]


教頭先生、妄想族ですかっ[exclamation&question]
絶対、二人の関係を疑ってるよね…[わーい(嬉しい顔)]


ここで、回り舞台のようにセットが回りながら、4人の女性たちの「ことばへの祈り」という歌に繋がる。この曲は、リチャード・ロジャースの「Bewiched」。「With a Song in my Heart」のパレードでわたるさんが歌っていた曲。


[るんるん]閉ざされた街でだれもが狂う[るんるん]という教頭先生の歌い出しは、妄想族な自身に向けられたのか、あくまでもおじさん二人の関係性に向けられたのか…[あせあせ(飛び散る汗)]
曲の間に3ヶ月が経ち、あの日もらった粋な背広がボロボロになった志ん生が、シケモクを拾っている。
そこへ、台本を読みながら通り過ぎる円生。茶の背広が季節の移り変わりを感じさせる。ブツブツ呟いているセリフは「ベニスの商人」の箱選びの場面のものだ。バッサーニオ役なのかしら[exclamation&question]
志ん生がそれと気づかずに近づくと、汚いルンペンだと思ったのか、マッチを投げる。その時に顔を見て志ん生は円生に気づくが、声を掛けずに立ち去る。


以下は、「その5」に続きます。


ゆうひさんは、大連高女の教頭先生役。
袴姿が超似合う[るんるん]当たり前だ。緑の袴を20年もはいていたのだ。
でも、あろうことか、その袴が崩れたことがあった。なんだか、後ろが妙に長い…[爆弾]
その時、隣にいた太田さんが、ぐいっと袴の腰のところを直してくれた。
ナイス・アシスト[exclamation×2]
お世話になりました[黒ハート]
教頭先生になっているので、既に40代くらいではあるのかな。
つまり、ゆうひさんに一番近い年代の女性、ということで、演技面で作り過ぎず、生真面目な教頭先生像。ただ、喋り方が大げさというか、変に訛っているので、本人は真面目なのに、ユーモラスな雰囲気を醸し出している。しかも妄想力逞しいし[あせあせ(飛び散る汗)]
また抽斗が増えちゃったかな~[るんるん]


池谷さんの弥生役は、もうキャラが立ちすぎていて、笑いっぱなしだった。歌もダンスもキレッキレ[exclamation×2]最高です。
前田さんと太田さんは、いがみ合う場面の本気度がすごい[exclamation]前田さんの髪形が可愛かった[揺れるハート]


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「円生と志ん生」3 [┣大空ゆうひ]

「その2」はこちらです。


「その2」からさらに3ヶ月後。年も明けて昭和21年の早春。
円生と志ん生は、中国人街の外れにあるあばら家…というか、既に家と呼べないシロモノに暮らしていた。
福屋のおかあさんから紹介された歯医者の家で、ウォッカを取り上げられた志ん生が、それを探し出してこっそりと飲み、水で薄めたことがバレて追い出されたらしい。
そして流れ流れて、今はホームレス。
そんな場所で二人がブツブツと呟いているのは、落語「火焔太鼓」。こんな状態になっても、まだ二人は、日本に帰って落語をやることを諦めてはいなかった。


出掛けていた円生は、志ん生のために残飯や炊き出しのおにぎりを持って帰ってくれる。そのついでに、逢坂町に寄ってきたと言う円生。
そこで仕入れた情報は、あまりにも悲惨なものだった。
ソ連兵に乱暴されかけた青柳さんは、めちゃくちゃ暴れ、そのはずみでデグチャレフが暴発、亡くなっていた。止めに入った紫さんが重傷で入院し、おかあさんも看病疲れで入院、今は、初雪さんが別の置屋に移って二人の入院費を稼いでいるという。
明日、どこかでいい紙を拾って、見舞の手紙を書こうと言い出した志ん生、そこで、二人は、再び古道具屋の噺に戻ってしまう。
口から出まかせに言った「小野小町が鎮西為朝に送った見舞状」だの「三蔵法師が沢庵和尚に送った詫び状」だのに端を発し、二人は、古道具屋にある、胡散臭い品々の故事来歴を紹介する歌を歌う。
その最後に二人は、[るんるん]めくりが返り、出囃子ひびき、客の拍手で、座布団にすわり、ことばのわかる人たちの前で、思い切り落語を語りたい[るんるん]と歌い上げる。


そして、日本に帰って落語をやるためにどうしたらいいか、相談する中で「所帯を持つんです[揺れるハート]と言い出す円生。
志ん生の「どっちがカミサン[exclamation&question]というのは、戯曲にはなかったが、これが入った方が、たしかに座りがいい。それくらい、円生の発言は突拍子もないということが、素直に伝わる。
大連には、男性がほとんどいない。関東軍に一斉動員されて、そのままソ連軍の捕虜としてシベリアに贈られてしまったのだ。女と老人しかいない大連は治安に不安があるし、心細くもある。そこで、シベリアから亭主が帰ってくるまでの「期間限定」と割り切って、夫婦になってくれる男性が求められているのだという。
女性に受けのいい円生は、既に、これは、というご婦人のアタリをつけているという。


などと穏やかでない話をしている時、ボロボロの衣装を纏った4人の女が二人の前に現れる。
突然現れた女たちに驚く二人だが、彼女たちの身の上話を聞いてさらにびっくり。牡丹江付近から大連まで逃げてきて、封鎖を抜けようとしてソ連軍に撃たれて亡くなった若い母親の幽霊だったのだ。
4人は、通りがかった中国人に子供たちを託し、安心して死んだものの、子供に持たせてやるものを渡し忘れたために成仏できない。
その「忘れもの」が彼女たちの役名になっている。
「おしゃぶり」「お人形」「風呂敷」「写真」。これが役名として戯曲に書かれている違和感がなんとも…(笑)
彼女たちの話を通して、ソ連軍の侵攻により、追い込まれた満洲の日本人開拓村の人達の行動がわかる。集団自決[爆弾]
これは別に物語上だけの話でなく、特殊な例でもなく、世界の各地で、沖縄で、日本人が取った行動の一例に過ぎない。民間人である彼らが、何故「集団自決」に追い込まれねばならないのか。というところに、この当時の日本の民間人が、どれだけ軍と一体化していたか、が痛々しいまでに伝わってくる。
そういう、戦争のいたましさを背景にしつつも、この舞台は、それを声高には語らない。
4人の幽霊がここに現れたのは、円生と志ん生が、彼女たちを象徴する「おしゃぶり」「お人形」「風呂敷」「写真」を落語のネタとして口にした偶然から。「牛若丸がしゃぶっていたおしゃぶり」「紫式部が抱き寝したお人形」「樋口一葉が使った仕入用の風呂敷」「坂本龍馬と姉さんの乙女の記念写真」…と、『火焔太鼓』で使えそうなフレーズを言い合っていたことで、それに呼ばれて現れたのだ。
二人にとっては、「ガラクタのネタ」だったそれが、この4人には、それゆえに成仏できない「子どもの宝」だった[exclamation]


「この世界にガラクタなんて一つもありませんよ。どんなものであれ。みんな大事な宝物」


ゆうひさん演じる「写真」が言い出し、4人で唱和するこの言葉が、二人の噺家に、大きなヒントを与える。
『火焔太鼓』は、おかみさんに頭の上がらない古道具屋のダメ主人が主人公の落語。しかし、古道具とは、それを持っていた人にとっても、それを買いに来る人にとっても、かけがえのない宝物なのだ。であれば、古道具屋の主人は“宝物の仲介人”という素晴らしい職業ということになる。その視点は、落語に新しい風を吹かせるに違いない。
いつ帰れるかわからない状態であっても、まだまだ落語を磨こうとする志ん生。生きて日本に帰るためなら、どんなことでもやってやろうと覚悟を決める円生。それぞれの想いの中、1幕の幕が下りる。


危機的状況の中、健気に笑いを失くさない人々の物語である「円生と志ん生」の中で、一番悲惨な場面がこのシーン。
4人の女優はなんと幽霊。彼女たちの歌う『若い母親たちの嘆き』という歌は、こちらもベートーベン作曲とか。原曲をあちこちから持ってきたのは、作曲の宇野先生に負担をかけないように…との配慮とのことだったが、それにしてもバラエティに富んでいる。
井上ひさしさんは、音楽にも造詣が深く、かなりたくさんのレコードを蒐集されていたと聞くが、さすが、としか言いようがない。


さて、ゆうひさん演じる「写真」。
若い母親たち、と曲のタイトルになっているように、ここでは全員が20代で小さな子を抱えていた設定かな。
それぞれ少しずつ衣装が違っていて、ゆうひさんはボロボロながら着物姿で草履を履いていた。(太田さんはズボンに靴姿で男装している感じ。)
「写真」は、家族で撮った写真を子供に持たせ、いつか日本に帰る時の証拠になりますように…と考えている。
その台詞を聞くと、いやでも、私が子供の頃に始まった中国残留日本人孤児の親探しのための訪日を思い出してしまう。こんな風に、親切な中国人に子供を預け、命を落としていった母親も多かったのだろうと思うと、涙が止まらなかった。
「写真」の旦那さんが無事にシベリアから戻り、家族で撮った写真がきっかけで亡き妻が守り抜いた我が子に再会できていればいいな~と心から思った。そして、「写真」のゆうひさんは、とても可憐な、20代にしか見えないスレンダーなお母さんでした[ぴかぴか(新しい)]
(被り物の毛布で顔があまり見えないのがミソ)
太田さんがリーダー格、池谷さんは大人っぽい風格があって、そして前田さんは肝っ玉母さんな雰囲気。とてもチームワークのよい幽霊さんたちでした[ひらめき]


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「円生と志ん生」戯曲紹介 [┣大空ゆうひ]

「円生と志ん生」の戯曲を劇場で購入しました。ネットでも買えるみたいですね。






さっそく読んでみました。
「こまつ座」での上演を前提に書かれている作品だけに、実際に舞台で違っているところがあると、演出の妙に、なるほど、と思うことが多かった。
その辺については、舞台感想の中でも触れていきたい。


ゆうひさんのセリフで、膝を打ったところ。この戯曲を読んで、再び胸に刻んだ。


『ひどい世の中に向かって、妙に勇ましいことをいう者や、妙にりっぱな理想を掲げる者は、たいてい偽者です』


選挙演説などで、そんな場面、出遭ったりしませんか[exclamation&question]


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