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劇団メリーゴーランド「Tri‐anGle」観劇 [┣ミュージカル]

ミュージカル・プレイ
「Tri‐anGle(トライアングル)」


脚本・演出:平野華子、俵ゆり
作曲:内海治夫


劇団メリーゴーランド史上初めての男子3人芝居。しかも、大人メリゴである。
(大人メリゴとは、小学生でも楽しめる劇団メリーゴーランド本公演と違って、一応オトナしか分からないネタも含んだドラマという定義だろうと思う。媚薬とか出てくるみたいな…。)
男三人の三角関係[exclamation&question]と、勝手に妄想して神楽坂を訪れたが、一筋縄ではいかないのが、大人メリゴなのだった。


ここ神楽坂TheGLEEは、演劇空間というよりは、ライブホール。なので、使われないピアノが舞台にデーンと置かれたままになっている。(このピアノは、舞台装置的に使うことは構わないようだ。上着を置いたり、寄りかかったりする程度は。)出ハケの動線も、客席センター通路のみ。当然、ワンシチュエーションの作品しか作れない。
で、これは私の私見だが、制約があればあるほど、平野さんの脚本は冴えわたるような気がする。そして、脚本の平野さん、実は、華波蒼として、主演もしている。過去のメリゴ公演では、自分が演じるゆえに、カッコよすぎるヒーローを書くのはちょっと…みたいな照れがあったのではないかな。でも、今回は、男子3人芝居なので、出演しない主宰の俵ゆりさんが、脚本の補筆をしている。


ということは、世紀の二枚目、華波蒼が見られる[exclamation&question]


なーんてことはなく、いつも以上の悲劇が、スタア(華波さんの愛称)の上に降りかかってくるのだった。さすが、主宰[黒ハート]


さて、タイトル、「トライアングル」と読む。だから、男三人の三角関係[exclamation&question]と妄想したわけだが、違っていた。





これです。
あの、楽器のトライアングル。
これが、まさかの神器になっている国の物語。しかも、国王は、この神器と呼応する声の持ち主とか、アニメかっ[exclamation&question]


そんなファンタジーな物語を、よりによって、回転もしない、舞台装置もない、舞台と客席がハンパなく近いミニホールでやってのけるとか、すごいな、メリゴ、さすがはメリゴ[exclamation×2]
そこに、腐女子が聞けば、勝手にBLに変換するような設定が織り込まれ、スタアは巻き込まれ、苦難に遭い続ける。
彼を巻き込むのが、似ていないようで性格そっくりな兄(月夜見翔)と弟(斎桐真)。一応王子たちである。いや、もう、なんというか、控えめに言って、最高でした[黒ハート]


「ショー・タイム」
★Merry-Go-Round SHOW
構成・作詞:俵ゆり
作曲:美広まりな
★特別企画「Dispute de sang~Gardienの悲劇~」
作詞・構成・作曲・編曲:son voyage

いつもは、ストーリー・ショーが併演なのだが、今回は、「Merry‐Go‐Round SHOW」と題した短いショーナンバー数曲(過去本公演の再演)と、特別企画「Dispute de sang~Gardienの悲劇~」=歌で進められる短いドラマの二部構成。


ショーナンバーの方は、全曲、はっちゃけていて面白かった。華波さん、さんが、娘役さんたちの追っかけに扮して団扇を振っているシーンに、笑い転げ、月夜見さんに一本釣りされて完落ちし、おおいに盛り上がった。


そして、特別企画は、悲劇もイケるメリゴ[exclamation]という新趣向が面白く、重鎮・紗蘭広夢さまの伯爵感に酔い、妃桜みおん嬢の圧倒的歌唱力に戦慄し、新加入の清花紗海ちゃんのきゃわいさに心洗われた。
メリゴという劇団は、ミュージカル・コメディをやる劇団というのが、基本的な立ち位置だと思っているが、こういう形で悲劇を見せてもらえ、こういう作品もよいな~と思った。別箱公演では、こんな展開もまたやってほしいな[揺れるハート]


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ミュージカル「デパート!」観劇 [┣ミュージカル]

ミュージカル
「デパート!」


演出:原田優一
脚本:登米裕一  
音楽:伊藤靖浩
振付:中村陽子


美術:升平香織
舞台監督:櫻岡史行
演出助手:守屋由貴
舞台監督助手:内山清人
音響:戸田雄樹、古口雄士、畑野真美(エディスグローヴ)
照明:島田美希、鈴木のぞみ、熊倉彩季、杉山里紗、上田美佳、熊谷康子(C.A.T.)
衣裳:堀口健一、喜多優介(フロムアップ)
ヘアメイク:福島久美子、後藤満紀子


三越劇場でデパートを舞台にしたオリジナル・ミュージカルを上演する、というのが面白そうで、行ってきました[exclamation]


創業130年の老舗デパートを舞台に、繰り広げられる群像劇といった内容。
そもそもミュージカル仕様ではない三越劇場のために、下手の客席に即席の演奏スペースが設けられていた。


舞台は三越劇場だが、老舗デパートは日本のデパートではなかった。
まあ、オーナー経営者とその後継者となる長男の会話は、日本のデパートではここまでワンマンなことはできないだろうな、という感じ。その反面、エレベーターガールとか、ものすごくジャパニーズな感じだし、なんというか、設定がチグハグな感じが否めない。
私の好みとしては、日本のデパートを舞台にした方がしっくりくるような…。


でも、たぶん、作者としては、初代オーナー(畠中洋)が、子孫のモリス(太田基裕)と交流する話をやりたくて、書いたんだろうし、そうすると、やっぱりオーナーが絶対権力を持っているような組織=外国ってことになるんだろうなぁ~[バッド(下向き矢印)]


創業130年の「スクエアデパート」。社長のファーガソン(畠中洋・二役)は、秘書としては完璧なのに、イレギュラー事態への対応が全然できない息子のモリスを心配している。と、モリスの前に創業者で、祖先のトトが現れる。
フロアマネージャーのビビ(シルビア・グラブ)と若手社員のナミ(前島亜美)は、気が合わないコンビ。ビビは、ナミの接客態度が気に入らないし、自分の職責よりイベント企画ばかりに夢中になる仕事ぶりも気に入らない。ナミは、ビビが聞く耳持たないので、せっかくの企画が時間切れになってしまうことばかりで、やってられないと思っている。
エレベーターガールのマリ(愛加あゆ)は、社内外の情報をいち早く把握することに情熱を燃やすデパートいちの情報通だが、社長とビビが不倫している[exclamation&question]現場を目撃、誰にも話せない秘密を知ってしまった[exclamation]と悩み苦しむ。
季節は、クリスマス商戦、ナミの企画は日の目を見るのか、難しいお客、オズマン夫妻(浜畑健吉・出雲綾)は、目的の買い物ができるのか、ショーウィンドーのマネキンとなった警備員のイギー(岡田亮輔)の運命は、そして、デパートとの取引をやめたいというピート(染谷洸太※)の真意は[exclamation&question]
※Wキャスト。別日程では、橋本真一。


三越劇場は、もちろんミュージカル仕様にできていない。歌を使った作品も何本か観ているので、それほど音響が悪いわけではないのだが、使用する楽器の種類や位置(客席下手に配置)のせいか、私のいた席からは、音が割れて聴こえた。
そのせいもあって、出演者の歌唱も、それほどよいものに聴こえなかった。
ストーリーも、リアリティに欠ける(和洋折衷すぎて、世界のどこにこんなデパートがあるんだ[exclamation&question])もので、感情移入ができず、ちょっと置いて行かれた感があった。(ご先祖の幽霊が出てくるとか、そういうのはいいんですよ、もちろん。)
オズマン夫妻のエピソードなど、ちょっといい話、ではあったのだけど。
「RENT」や「エリザベート」っぽいシーンで、ミュージカルファンの心をくすぐる場面もあったが、そんな風に「日本発のミュージカル」として、ミュージカルファンをひきつけようとするのであれば、舞台を日本にした方がいいんじゃないかなー。
創業者が社長の直系の先祖でなければ、舞台が日本でも変じゃないと思うし、設定を少し変えれば、ジャパニーズ・ミュージカルとして海外にも持って行けるのにな…みたいに思った。


出演者については、貫録の浜畑氏、安定のたきさん(出雲)、そしてタイトスカートでがっつり踊りまくり、パンチのある歌声で健康的なお色気を振りまいていたあゆっち(愛加)、エリザベート[exclamation&question]なパワフル・シルビア様がステキでした[黒ハート]


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ミュージカル「レディ・ベス」観劇 [┣ミュージカル]

ミュージカル
「レディ・ベス」


脚本・歌詞:ミヒャエル・クンツェ
音楽・編曲:シルヴェスター・リーヴァイ
演出・訳詞・修辞:小池修一郎
翻訳:薛 珠麗
音楽監督:甲斐正人
振付:桜木涼介
歌唱指導:山口正義、やまぐちあきこ
美術:二村周作
照明:笠原俊幸
音響:山本浩一
映像:奥 秀太郎
衣裳:生澤美子
ヘアメイク:富岡克之(スタジオAD)
指揮:上垣 聡
オーケストラ:東宝ミュージック、ダット・ミュージック 
演出助手:小川美也子、末永陽一
舞台監督:廣田 進
プロダクション・コーディネーター:小熊節子
プロデューサー:岡本義次、服部優希、篠﨑勇己


初演は観ていなくて、今回が初めての「レディ・ベス」。
主人公は、英国女王エリザベス1世。ただし、この物語は彼女の即位で終わる。なので、エリザベス1世が主人公というのは半分正しくない。
さて、エリザベス(愛称ベス)は、ヘンリー8世の次女なわけだが、プリンセス・エリザベスではなく、レディ・ベスと呼ばれている…というところが、このミュージカルの背景のポイントになる。
あんまり詳しく説明されていないが、ヘンリー8世の最初の妻は、スペイン王女で、そもそもはヘンリーの兄・アーサー(皇太子で夭折)の妻だった。
ローマ教皇庁は、「兄の妻を娶る」ことを認めていない。どうやら聖書で禁じられているらしい。が、スペインとイングランドの関係を維持するため、特別に許可を得た上でヘンリーは兄嫁と夫婦になった。が、ヘンリーは、この最初の妻を愛していなかったようだ。そして、後継者としての男子がほしかったが、王子は幼くして亡くなってしまった。
そんなヘンリーの前に、アン・ブーリンが現れる。彼女は、王の愛人となることを潔しとしなかった。結婚を求めたのだ。そこで、ヘンリーは、アンと結婚するために、ローマ教皇に結婚無効(兄嫁との結婚であったことを理由に)の申請をするが、却下されてしまう。まあ、特別に許可されたんだし、それはそうだよね。
ヘンリーは、アンとの結婚を正当化するため、ローマ教皇と決別、英国国教会を成立させる。
こうして、ヘンリーはアンと結婚、アンはエリザベスを出産する。この時、最初の妻との間に生まれた娘、メアリーは、庶子とされ、エリザベスの侍女という扱いになる。庶子となったメアリーは、プリンセスではなく、レディ・メアリーと呼ばれることになる。
ところが、アンもまた、エリザベスの後に男の子を産むことができず、ヘンリーの寵愛を失う。そして、姦通の罪をきせられて処刑されてしまうのだった。
ヘンリーは、アンの侍女だったジェーン・シーモアと結婚し、ようやく王子・エドワードを得る。エドワードは皇太子となり、メアリーとエリザベスはあらためて庶子の身分とされる。
エドワードの誕生と同時にジェーン・シーモアが亡くなり、その後も離婚・処刑で妻を替えたヘンリーは、6人目の妻、キャサリン・パーとようやく落ち着いた日々を過ごすことになる。その中で、メアリーとエリザベスは再びプリンセスとなり、王位継承権もエドワードの下位ながら復活する。
4年後、ヘンリー8世は亡くなり、エドワードが即位したが、エドワードは、姉のメアリーに不信感を抱いていたらしい。プロテスタント国家となったイングランドにおいて、メアリーはバリバリのカトリックだったから。
エドワードは16歳で夭折するが、その際、後継者としてジェーン・グレイを指名する。ヘンリーの妹を祖母とする遠縁の娘だったが、メアリーを即位させるよりは…ということだったのだろう。しかし、やはり、ジェーンで国を纏めることはできなかったのだろう。ヘンリーの娘であるメアリーを支持する勢力が反攻、メアリーは女王として即位を宣言する。


そういう流れはがっつり割愛して、今作は、エリザベスが亡き母・アン・ブーリンを憎むタテの確執、メアリーとの姉妹間のヨコの確執を大きな背景にして、姉メアリーの治世の間、レディ・ベスでしかなかったエリザベス1世の若き日の物語を創作したもの。
生涯夫を持たなかったエリザベスの初めての恋人、ロビンも創造されている。


で、「エリザベート」「モーツァルト」で日本のミュージカル界を席巻したクンツェ=リーバイの作品でもあるし、どんなドラマチックな物語になるだろうと思ったら、これが全然面白くなかった[爆弾]


メアリー(吉沢梨絵)の治世の間、たしかにエリザベス(花總まり)は、とても可哀想だ。
そもそも、メアリーにとってエリザベスは敵だ。父・ヘンリー8世が、アン・ブーリン(和音美桜)と結婚するために、母は離婚させられ、自身は庶子の身分に落とされた。生まれたばかりの妹、エリザベスの侍女として扱われるという屈辱も受けた。しかも、エリザベスは、父や弟と同じプロテスタントだ。なんか悔しい、なんか憎い。
エリザベスから見れば、かなり、理不尽な理由で彼女は嫌い抜かれた。メアリーの母が離婚されたんなら、エリザベスの母なんて処刑されたのだ。しかも姦通の汚名を着せられて。
でも、そんなこと関係ない。メアリーは心底エリザベスが嫌いだったし、もし自分が子供を産まずに死んだら、エリザベスが即位して、この国を再びプロテスタント国家にしてしまうだろうことも、イヤだった。
メアリーの行動原理はわかりやすい。
だから彼女は、カトリック国家であり、母の故国であるスペインの皇太子、フェリペ(平方元基)と結婚した。38歳で。彼女がどれだけ、妊娠を望んでいたか、痛いほど伝わってくる。それが、想像妊娠のあげく、実は卵巣がんとか…哀しすぎる[もうやだ~(悲しい顔)](しかも、実話だし、これ[爆弾]


一方のベスの方は、もちろん、可哀想な境遇であるのは間違いないが、よくわからないレディだった。
父を愛し、尊敬していた。だから、姦通の罪で処刑された母を憎んだ。
しかし、ある日、母の無実に気づいた。自分が無実の罪で、牢に入った時に。無実の罪でも、陥れられることはあるのだと。何度も出てきて無実と娘への愛を訴えるアン(和音美桜)の美しい歌声が全然聞こえていなかったらしい。自分の境遇に落とし込んで初めて、気がつく。恐るべき鈍感力である。
そして、考えない。誰が母を陥れたのかを。…もしかして、頭が悪いのだろうか…[exclamation&question]
(あえて考えないようにしている的な展開にはなっていない。)


そこに現れる吟遊詩人…というか、旅芸人トリオの一人、ロビン(加藤和樹)。
彼は、誰もが自由に生きていいんだ、ということをベスに教える。エリザベスは、ロビンと深い仲にまでなったものの、最終的には、亡くなったメアリーの後を継いで英国女王になる決意をする…ところで物語は終わる。
え、終わるんだ…[あせあせ(飛び散る汗)]まだ面白くなっていないのに[爆弾]


「エリザベート」が結婚から始まった、よく知られているエリザベート皇后の物語だったのに対し、これは人に知られる前のエリザベス女王の物語で、ああ、だから「エリザベス」じゃなくて、「レディ・ベス」だったのか、と納得………
しないっ[exclamation×2]


騙されたような気がする。


たぶん、私が、「エリザベート」のような歴史に直結するミュージカルが大好きだから、というのは大きいと思うが、このミュージカルは、それだけでなく、いろんな意味で、残念な作品だった。
花ちゃんを主演にするなら、やっぱり、女王としてのエリザベスI世の物語が見たかった。
25歳で終わる物語なんだったら、別に若いミュージカル女優でよかろうに[爆弾]


それでも、再演され続けるのは、鳴り物入りで作り上げたけれど、結局のところ、日本でしかやれないからなんだろうな。ヨーロッパじゃ、
はぁ[exclamation&question][むかっ(怒り)]
みたいな感じで相手にされない気がする。


以上、辛口すぎたので、出演者に関しては簡単に。
私が観たのは、下記のキャストでした。上記の感想も、このキャストで観た感想なので、あえてWキャストには触れていません。


IMG_3606.jpg


まず、山口祐一郎さまの解説ソングがつらかった…[もうやだ~(悲しい顔)]
てか、祐さま、この作品に必要か[exclamation&question]


アン・ブーリン役の和音美桜と、メアリー・チューダー役の吉沢梨絵が最高に素敵だった。歌に魂が宿っていて、この二人のおかげで、作品の歴史的背景が、ずっしりと伝わった。
それに対して、花總まりの演技は、よくも悪くも「私だけに」感が強い。
イングランド<私…な感じ。
そもそも、ベス自身の政治的なスタンスが描かれている作品ではないので、花總の「私だけに」感が、ベスのキャラクターを決定づけてしまうというか。だから、この人が女王で大丈夫か[爆弾]と思ってしまう。
ついでに、ロビンを愛している感じもあんまりしないし。
ま、そもそも、体温低そうだしね。(さんざんだな、私。これでも花總ファン。)


石川禅さんの無駄遣いとか、まじか…[むかっ(怒り)]と思ってしまうが、これはこれで、素敵だったからしょうがない。


加藤和樹くん、平方元基くん、イケメン二人(とそのファン)は、イケコに噛まれたと思って諦めて下さい。


実も蓋もない感想でごめんなさい[あせあせ(飛び散る汗)]


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ミュージカル「ビリー・エリオット」観劇 [┣ミュージカル]

ミュージカル
「ビリー・エリオット」

<ロンドンオリジナル・クリエイティブスタッフ>
脚本・歌詞:リー・ホール
演出:スティーヴン・ダルドリー
音楽:エルトン・ジョン
振付:ピーター・ダーリング
美術:イアン・マックニール
演出補:ジュリアン・ウェバー
衣裳:ニッキー・ジリブランド
照明:リック・フィッシャー
音響:ポール・アルディッティ
オーケストレーション:マーティン・コック


<日本公演スタッフ>
演出補 : サイモン・ポラード
振付補 : トム・ホッジソン
音楽監督補 : スティーブン・ エイ モス
翻訳:常田景子
訳詞:高橋亜子
振付補:前田清実
音楽監督補:鎮守めぐみ
歌唱指導:山川高風
照明補:大島祐夫
音響補:山本浩一
衣裳補:阿部朱美
ヘアメイク:前田節子(StudioAD)
擬闘:栗原直樹
演出助手:西 祐子、伴・眞里子、坪井彰宏
舞台監督:徳永泰子
技術監督:小林清隆
プロダクション・マネージャー:金井勇一郎
コーチ協力:Kバレエ スクール、Higuchi Dance Studio、コナミスポーツクラブ


ずいぶん前からこのミュージカルのことは聞いていたのだが、観るのは初めて。
複数キャストの多い公演だが、私の観たキャストは以下の通り。


ビリー:木村咲哉
お父さん:増岡徹
ウィルキンソン先生:柚希礼音

ビリーのおばあちゃん:久野綾希子
トニー:藤岡正明
ジョージ:小林正寛
オールダービリー:大貫勇輔
マイケル:城野立樹
デビー:佐々木琴花
トールボーイ:山城力
スモールボーイ:岡野凜音

貸切公演だったので、事前にHP等にキャストが発表されておらず、行くまで誰が出演するかわからなかったが、藤岡くんの出る回だった[るんるん]それだけで、かなりテンションが上がった[黒ハート]

さて、私は、ホリプロ主催公演とは、どうも、相性が悪い。過去の公演感想を読んでいる方は、なんとなくお察しいただけると思うが、そんなわけで、またまた今回も、あれれ…な感想を書いていくことになりそう。ご意見の違う方は、この辺でUターンの準備をお願いします。

まず物語の背景を知るためには、サッチャー政権下での政治を思い出さなければならない。マーガレット・サッチャーが英国首相に就任したのは、1979年。翌年、アメリカではレーガン大統領が就任している。サッチャーは、新自由主義を掲げ、国有企業の民営化や、法人税&所得税減税、消費税アップといった政策を打ち出し、世界恐慌以降最悪の失業率を記録した。
少なくとも、最下層の労働者には、最悪の首相と思われていたはずだ。
そして炭鉱業においては、20坑閉鎖、2万人リストラ案を公表したことで、一気にストライキへと機運が高まった。が、炭鉱夫たちも一枚岩ではなかったようで、優良炭鉱から徐々に脱落し、最終的に1年でストは収束した。その間、スト推進派がスト破りの一派を襲撃したり…と、鉱夫たち同士の争いも頻繁にあったようで…やるせないですなぁ[もうやだ~(悲しい顔)]

その辺の歴史の一部がニュース映像で流れる中、物語は始まる。
エリオット家は、父(増岡徹/吉田鋼太郎)、祖母(久野綾希子/根岸季江)、兄のトニー(藤岡正明/中垣内雅貴)という家族で暮らしている。父と兄は炭鉱で働いていて、母は病気で亡くなったらしい。ビリー(加藤航世・木村咲哉・前田晴翔・未来和樹・山城力)は、やや認知症気味の祖母の面倒を見ながら、週末は好きでもないボクシングのレッスンに通っている。
どうやら、鉱夫たちの家族向けに、安価で習い事ができる場所があるらしい。料金は1回50セント。ある時、ビリーは、ボクシングのコーチ役の鉱夫・ジョージ(小林正寛)から、集会所の鍵を次の先生に渡してほしいと言われて、集会所に居残った。ボクシングの次のレッスンは、バレエだった。バレエ担当のウィルキンソン先生(柚希礼音/島田歌穂)は、ビリーの話を全然聞いてくれなくて、レッスンを受けに来た体で彼に接する。そしてすでに50セントを使い果たしているビリーに、来週、ちゃんと今日の分のレッスン料を持ってくるようにと言う。
ビリーは、よくわからないままに、次の週、律儀に50セントを持ってバレエ教室に行った。もちろん、ボクシングには行っていない。最初、ビリーはそれほどバレエが好きなようには見えなかった。もしかしたら、大嫌いなボクシングを回避するための算段だったのかもしれない。
そのうちに、ウィルキンソン先生は、ビリーの中にダンサーとしての才能を感じ、大きなバレエ団のオーディションを受けてみてはどうか、と持ちかける。しかし、ビリーは、まだバレエをやっていると、父親に話していなかった。
出発の日、スト派とスト破りとの小競り合いで、トニーが負傷してしまい、ビリーは、出発できない。そして迎えに来た先生によって、バレエを習っていること、オーディションのためのレッスンをしてきたことが暴露される。それで父の逆鱗に触れてしまったビリーは、「お母さんなら行かせてくれた」と言ってさらに墓穴を掘り、一人感情のままに踊り続けるのだった。(以上1幕)
以来、家族関係はギクシャクしてしまったが、クリスマスパーティーの夜、一人踊るビリーの姿を偶然覗き見た父は、ウィルキンソン先生を訪ねる。もし、可能性があるのなら、バレエスクールとやらに行かせてやりたい、と。先生は、自分がお金を払ってでもビリーを行かせてやりたいと言うが、父は、それだけは…と断り、息子のために、スト破りに加わる。
最初は裏切り者、と罵ったスト派メンバーだったが、父の真意を知ると、一人ずつカンパしてくれ、ビリーは、オーディションに参加することになる。そこでも色々なことがあるが、見事に合格したビリーは、ストが終わった日、旅立ちを迎える。(2幕)

これ、そもそもは、「リトル・ダンサー」という映画が原作で、それを舞台化した、という流れらしい。そして、ミュージカル版は、映画よりも大人の登場人物のシーンが多く、背景的な部分がしっかり描かれているんだとか。
まあ、ビリーの出来次第で相当差が出そうなミュージカル、とても、「それだけ」の物語になんて、怖くて作れないよな~[あせあせ(飛び散る汗)]

では、率直な感想、いきます。
舞台となっているのは、イングランド北部の炭坑町。ここに住んでいる人が正確なクイーンズイングリッシュを話すとは思えないが、なぜ九州弁[exclamation&question]九州にはたしかに炭鉱が多く存在したが、だからって九州弁は、やはり安易な気がする。夕張炭鉱じゃダメだったわけ[exclamation&question]つまり、なんとなく標準語じゃない程度の北海道弁とかの方が、変な先入観がなかったと思うんだけど。
というか、物語はほとんど全編がこの町が舞台=みんなが訛っているんだから、訛っている方が正じゃないの[exclamation&question]と思うのだ。ロンドンのママたちは、ざーます語を使っていたし、それで言葉の違いは明らかだし。
あえて全編を九州弁にする必要はないと思うのだが、それとも、訛ることが、イギリススタッフの条件だったのかしら[exclamation&question]


次に感じたのは、ビリーがバレエを好きになるポイントが分かりづらかった、ということ。
最後に彼は「電気」という言葉でバレエへの情熱を語る。でも、実際の舞台には「電気」と呼べるようなシーンはない。どっちかというと、ボクシングがイヤすぎる、とか、ウィルキンソン先生が怖すぎて断れない…みたいな受動的要素が大きかったような。
なんか、奪われそうになって初めて「踊りたい」という感情が湧きあがったように思った。いや、それで正解ならいいんだけど。
で、そこで1幕終わりの「Angry Dance」というクライマックスシーンになるわけだが、ここのダンス、段取り感がすごくて、あまり盛り上がれなかった。バレエ、ブレイクダンス、アクロバット…と様々なテクニックで魅せて行くシーンなのだが、なにしろ振付が難しい。そしてACTシアターの大舞台を一人で埋めなければならない。そりゃもういっぱいっぱいなんだろうなーと思うのだが、湧きあがるビリーの感情とダンスの間に距離感を感じてしまった。
特にヒップホップ系の振付のところ。今回のビリーは、ブレイクダンスが得意な子らしいので、そこに力が入っちゃったのかもしれないが、この場面、ビリーが気持ちのままに踊る、ということが重要なので、前半から感情を乗せてほしいな~と思った。感情が乗ってれば、振りなんか飛ばしても大丈夫だよって思うのだが、すごいカウント重視なのだ。そこは子供らしいというか。
あとは、これ、もう、私自身、どうしても克服できない、個人的な能力の問題なのだが、ビリーとマイケルがタップダンスを踊る場面で、え、マイケル、そんだけ踊れるなら、キミもダンスを!」と思ってしまい、それが最後まで拭えなかった。ミュージカルのお約束である、そこらへんの一般の人が、とても上手に歌ったり踊ったりする…ということと、主人公がエンターテイナーになろうと努力していること、どうしてもいい感じに脳内で合体処理できない。
実際、マイケルの方がタップの音がよく出ていたんだもん…[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]
てか、なんかマイケル、すごく好き。マイケルの物語の方が、気になる。
ロンドンに出てバレエの学校に通うようになったらビリーの物語は完成する。男の子がバレエをやることへの偏見から解放される。でも、マイケルは、あの炭鉱の町(バレエやってるだけで、オカマか!と揶揄されてしまうような文化の果ての町)で、女装癖とゲイハートを持って生きていかなければならない。そっちの方が、どうなるんだろう?と気になってしまうじゃないか。
あとね、オールダー・ビリー(栗山廉/大貫勇輔)と踊る場面…私、これまで、フライング怖いとか思ったことなかったけど、「ピーターパン」の事故がまだ記憶にあるのかな…なんか、子どもでフライング、大丈夫か?みたいな、よけいな気分になってしまった。本当に素敵なんですけどね。(ホリプロ。反省してくれ[パンチ]

上記、色々な点が絡み合って「好きなミュージカル」にはならなかった。
が、ビリーとマイケルが可愛すぎるのは間違いないので、ミュージカル好きな方には、オススメしたい。

最後に、出演者についても一言ずつ、書いてみるね。
木村咲哉(ビリー)…まず、名前、すぐ覚えるよね、これ(笑)最年少の10歳とのことで、まず、可愛い。でも、アクロバットは美しくて高さがある。バレエはちょっと苦手かもしれないけど、ダンスは上手い。歌は、台詞の延長的な感じで、途切れ途切れな感じになってしまうし、台詞と表情がマッチしてなくて(前方席だったからオペラを使っていないせいもあるとは思う)、深読みしてしまって疲れた。もっと表情を作った方がいいとは思う。成年の役者だったらね。でも、子どもだからな…あまり子役臭くはなってほしくないってことかもしれないし…。
とにかく可愛いし、個性もある。小さくまとまらず、でっかいスターになってください。木村拓哉?あ、咲哉くんと一文字違いの人ね、って言われるくらいに。
益岡徹(お父さん)…くたびれた感が、このお父さん役にピッタリ。バレエとか、全然理解できないけど、息子がやりたいって言ってるから、一生懸命理解しようとして、ロイヤルバレエでカルチャーショック受けまくりだけど、それも耐えて。踏んだり蹴ったりの人生だけど、愛情に溢れた人なんだな~と思える素敵なお父さんでした。
柚希礼音(ウィルキンソン先生)…いい意味で、田舎のバレエ教室のやさぐれた教師感がすごく出ていた。でもダンスは、オーラ溢れまくり。誰にでもやさしい人じゃないけど、ビリーみたいな原石を見つけると放っておけないんだろうなぁ~と思う。ダンサーになるために生まれてきた子を埋もれさせちゃなんねーという、使命感がハンパなかった。たしかに二流のバレエ教室かもしれないけど、二流のコーチじゃない。ロイヤルバレエが、ウィルキンソンさんの推薦状なんだから!と緊張するような、そんな逞しい先生でした。
しかし、フィナーレのチュチュ姿は強烈…なぜ、ちえちゃんだけ、インナーのパンツがハイレグなの[exclamation&question]それいらんサービスや[爆弾]
蛇足ですが、いつも「パッセ」と言っていたちえちゃんの口から、正確な用語「ルティレ」が出てきたことにちょっと受けた[わーい(嬉しい顔)]
久野綾希子(おばあちゃん)…超可愛いおばあちゃん。表情豊かで、彼女の愛情深い人生が想像できる。フィナーレのチュチュ姿も、脚が細くて美しくドキドキいたしました[るんるん]久野さんのパンツは可愛かった。
藤岡正明(トニー)…血気にはやる兄ちゃん、可愛すぎる。藤岡くんのトニーを観られただけで、私は幸せです[揺れるハート]また、好きな役が出来ちゃったなぁ[るんるん]
大貫勇輔(オールダービリー/バレエダンサー)…うぉー[exclamation×2]なんとも素敵なオールダー・ビリーでした。ビリーを見つめるまなざしが優しく、高みに導いてくれる感じで。いやー、すごいわー[exclamation×2]それを上回るバレエダンサーの白タイツ姿のインパクト[爆弾]益岡さんの視線が一点に集中しているので、私もつい意識してしまって…すみません…[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]
城野立樹(マイケル)…かわいい。マイケルかわいい[ハートたち(複数ハート)]タップもすごくうまくて。マイケルが可愛くないと、はじまらないミュージカルですね、これ。てか、マイケルに入れ込み過ぎだ[爆弾]

私とホリプロの相性のせいなのか、このミュージカル自体が好き、というふうには思わなかったけど、ここに出演した子たちが、将来のミュージカル界、バレエ界で大きく羽ばたいてくれるなら、このミュージカルを上演した意味はあるだろうなぁと思った。


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今年の「レ・ミゼラブル」MY感想 [┣ミュージカル]

ミュージカル
「レ・ミゼラブル」


作:アラン・ブーブリル&クロード=ミッシェル・シェーンベルク
原作:ヴィクトル・ユゴー
作詞:ハーバート・クレッツマー
オリジナル・プロダクション製作:キャメロン・マッキントッシュ
演出:ローレンス・コナー/ジェームズ・パウエル


翻訳:酒井洋子
訳詞:岩谷時子
プロデューサー:田口豪孝/坂本義和
協力:読売新聞社/日本航空
製作:東宝


5月25日から上演されている帝劇の「レ・ミゼラブル」。今年は3回観劇した。
とりあえず、[1]3人のアンジョルラスはすべて観たい[揺れるハート][2]和音ファンテーヌは必ず観たい[かわいい][3]海宝マリウスも一度は観たい[exclamation×2][4]できれば橋本テナルディエも観ておきたい[ひらめき]という希望はすべて叶えられるようにチケットを取った。


前にも書いたかもしれないが、レミゼの超気の毒な展開は、私の趣味ではないので、このミュージカルを観る時は、コンサートを観るつもりで臨んでいる。なので、たとえば、ジャン・バルジャンとジャベールの歌がガンガン響き合ってくれれば、わりと満足している。そして、見た目も重要。そんなわけで、今回のレミゼ、私的には、かなり満足の内容でした[黒ハート]


アンサンブルも含めて、きっちりと配役スケジュールを発表してくれる、東宝さんのおかげです[ぴかぴか(新しい)]ありがとうございます[るんるん]


さて、ジャン・バルジャンは、三人の役替りだが、私が観たのは、ヤン・ジュンモ吉原光夫。ジャベールも3名の役替りだが、私は、岸祐二川口竜也を観た。組み合わせ的には、ヤン×岸、吉原×岸、吉原×川口の3パターン。一番ヒリヒリしたのは、吉原×川口の対決だったかな。とはいえ、この辺は、完全に趣味の世界になるんだろうな。
ファンテーヌ役は、三人すべて観ることができた。やはり、宝塚ファンなので、和音美桜のファンテーヌが印象深かった。また、吉原バルジャン×和音ファンテーヌという組み合わせは、私生活で新婚さんだと思いながら観ているせいか、何とも言えない空気のハーモニーが感じられて、観劇後、不思議な爽快感に包まれた。
エポニーヌも三人すべて観劇。松原さんは、ちょっと逞しいエポニーヌで、悲壮感に欠けた感がある。私の好きなエポニーヌは、可哀想なエポニーヌらしい。その点、可愛いし可哀想だし…という意味で唯月エポニーヌは最高だった。エポニーヌは、コゼットが生田絵梨花だったために、そうだよね、しょうがないよね…的な同情心で観てしまって、それが似合うエポニーヌだったが、「美女と野獣」のベル役の声優やってから、ちゃんも、自信が出てきたのか、そういう意味で、自虐感はなくて、ちょうどいいエポニーヌだった。あー、私、エポニーヌが好きなんだなーと気づいた、公演でした[わーい(嬉しい顔)]
マリウスは、内藤大希海宝直人の2名を観た。王子様みたいな内藤の優しい歌声と、良く通る海宝のハイトーン、どちらも素敵だった。二人ともイケメンだったし、マリウスは見た目も重要[黒ハート]
コゼットは、小南満佑子生田絵梨花の2名。生田の出演回は、帝劇の男性割合が明らかに違っていて面白かった。この日は、アンジョルラスが相葉裕樹だったこともあり、私の脳内は「美しいは正義」となっていた。夢々しいマリウスとコゼットのデュエットと、可愛いのに、コゼットには及ばないエポニーヌの悲壮まではいかない痛みを抱いた歌唱が、一幅の絵のようで美しかった。小南を2回観ているのに、私の趣味的には、生田コゼットが好みでした。また演じてほしいな。
テナルディエは、橋本じゅん駒田一の2名。KENTAROさんは、前回観たはず。橋本は5月に観たので、なんとなく自分のテナルディエ的特色を出そうと、色々試しているような印象。駒田は、さすがに余裕だった。前回より、テナルディエ夫妻がイヤな夫婦という感じが減ったように思う。あんまりイヤな夫婦感を出すと、最後まで尾を引くので、ミゼラブルな民衆の裏側にある逞しさの代表だ、と気づける程度の演出が好み。今回は、いい感じだった。
マダム・テナルディエは、鈴木ほのか谷口ゆうなの2名。モリクミさんも、何度も観ているし、これでよかったかな。鈴木は、音域的にこの役で合っているのかな[exclamation&question]という印象が抜けなかった。挑戦は素晴らしいと思うけど。
アンジョルラスは、上山竜治・相葉裕樹・上原理生の順で観劇。上山うわっ、暑苦しい…[あせあせ(飛び散る汗)]学生運動って、なんかこういう、世間知らずの暑苦しさ的印象があるよね、と冷静に感じた。でも、なんつーか、頭でかい…ような…すみませんっ[あせあせ(飛び散る汗)]相葉うわっ、無理だ、最初から負けしか浮かばない…つか、勝ちそうになったら、客席全員で悲劇に追い落としそう…[爆弾]というくらい、悲劇がお似合いでした[黒ハート]上原やばい、革命が成功しそうだ[exclamation×2]さすが、もうすでにロベスピエールの風格でした[るんるん]
そう、私は、アンジョルラスが一番好きです[黒ハート]
ところで、グランテールとガブローシュは付き合っているんでしょうか[exclamation&question](腐)てか、むしろ、ガブローシュが左ですよね[exclamation&question](黙)


最後に、元星組、五條まりなちゃん、可愛すぎる…[揺れるハート]


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「RENT」観劇 [┣ミュージカル]

「RENT」


演出: マイケル・グライフ
振付: ラリー・ケイグウィン
装置: マーク・ウェンドランド
衣裳: アンジェラ・ウェント
映像デザイン: ピーター・ニグリーン
日本版リステージ: アンディ・セニョールJr.
振付補: マーカス・ポール・ジェームズ
訳詞: 吉元由美
音楽監督: 佐藤真吾
照明: 高見和義
美術アドヴァイザー: 松井るみ
音響: 山本浩一
ヘアメイク: 宮内宏明
音楽監督補: 安崎 求
演出助手: 福原麻衣
舞台監督: 本田和男
制作助手: 田中景子、千葉文香
プロデューサー: 小嶋麻倫子
製作: 東宝


【観劇時配役】
マーク:村井良大
ロジャー:堂珍嘉邦※
ミミ:ジェニファー※
コリンズ:光永泰一郎
エンジェル:平間壮一※
モーリーン:紗羅マリー※
ジョアンヌ:宮本美季
ベニー:NALAW
(※印Wキャスト)


今回も行ってきました。
かつて、ケロさんが出ていた時の情熱はないけど[あせあせ(飛び散る汗)]やっぱり、一度は、行ってしまう…


感想は、ごく簡単に。
村井マークは、すごく日本人っぽい。世紀末のアメリカじゃない感が強いのはなんだろうなぁ。
日本語の変更も大きいのかもしれない。オープニングの語り「燃やす薪もないんだ」…これが気になる。「燃やす薪も、ない」だったんだよね、ずっと。その、あくまでも映像につけるナレーションのような、無機質な語りが、世紀末NYの片隅、今思えばどこが[exclamation&question]な、サイバーシティの一角の冷え冷えとした世界に、私を飛ばしてくれていたのかな、なんて思う。
マークのママの電話に始まる、家族たちの勝手な留守番電話の吹込みも、普通に近くなって、引っ掛かりが小さい。そういう外側のちょっとした違和感が、語り手のマークに反映されて、どうも違う感を醸成するのかもしれない。


堂珍ロジャーは、ミュージシャンだなぁ~と思う。
この役は、ミュージシャンが演じても違和感が少ないんだなぁ~とあらためて。日本初演がウツ(宇都宮隆)だもんねぇ~[るんるん]瞬間湯沸かし器的な感情表現がむしろミュージシャン向きなのかもしれない。


でもって、ジェニファーのミミは…えーと…[爆弾]
オペラじゃないんだから、ここまで体格のいいミミはどうなんでしょうか[exclamation&question]
「あんなに痩せて…」とか、笑ってもいいですか、と思ってしまった。
それに言いたくないけど、ミミは19歳だから。どうしてジェニファーを使い続けるのかなぁ。私には解せなかった。


コリンズの光永は初めて観た。低音が魅力的。
私の愛する米倉コリンズは永遠だけどねー。


エンジェルの平間だけは、狙ってチケットを取った。「ラディアント・ベイビー」を見て、クォンを演じる平間にエンジェルを想像したからだ。そして、そのカンは当たった。
このエンジェル、好きだぁ~[揺れるハート]


紗羅モーリーンは、ちょっとこれまでにないタイプのモーリーンに感じた。もしかしたら、ジョアンヌも演じることができそうな。
“むーーーーーー”のところは、客席のコールを全く期待していない演出になっていたが、それってどうなん[exclamation&question]
あと、“La Vie Boheme”の場面で、別の女子と浮気して、顔じゅう口紅だらけのキスしている…というのは、なくなったのね[爆弾][爆弾][爆弾]あれ、好きだったんだけどな。


宮本ジョアンヌは、嵌まり役だと思う。
“Tango Maureen”の場面、最高[黒ハート]


実はいいヤツ感の漂う、NALAWのベニーもいいなぁ~と思った。


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すてきすぎる! [┣ミュージカル]

帝国劇場で上演中の「レ・ミゼラブル」。
詳細な感想は、MY楽後にゆっくりと書く予定だが、今回は、私の浅いレミゼ史上、革命的な舞台を観た感激をちょっとだけ。


一番槍でおなじみ(もはや、こう書くことすら失礼かも[爆弾]相葉裕樹くんのアンジョルラスが、神々しくて、荷車じゃなくて、砦から逆さにぶら下がってほしい…と、心から思った。


そして、この日のコゼットは生田絵梨花ちゃん、おおー可愛い[黒ハート]


マリウス内藤くんも、先月とは髪形が違うのかな[exclamation&question]なんか、王子様みたいで素敵でした。


そして、ちゃんが…なんか、めっちゃ、可愛くなっている[ぴかぴか(新しい)]「ベル(美女)」役を何度もテレビで演じた効果でしょうか[exclamation&question]


というわけで、「レ・ミゼラブル」がなんだか宝塚みたいに、綺麗前提な舞台になっていて、とても心地よかったです。


(そもそもの「レ・ミゼラブル(悲惨×複数)」という物語が苦手な私ゆえの感想かもしれないですが。)


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ミュージカル「I LOVE A PIANO」観劇 [┣ミュージカル]

「I LOVE A PIANO」 -THE MUSICAL-


Music and Lyrics by IRVING BERLIN


Conceiced by RAY RODERICK and MICHAEL BERKELEY
Musical Arrangements by Michael Berkeley
World Premiere Production Produced by Tri-Arts,Sharon,CT


上演台本・訳詞・演出:小林香
音楽監督:大貫祐一郎
振付:木下菜津子


美術:土岐研一
照明:奥野友康
音響:山本浩一
衣裳:四方修平
ヘアメイク:川端富生
歌唱指導:大嶋吾郎
タップ振付:本間憲一
演出助手:落石明憲
振付助手:権藤あかね
稽古ピアノ:伊藤祥子
舞台関東:田中力也


アーヴィング・バーリンの楽曲を用いたジュークボックス・ミュージカル。
ユダヤ系ロシア人の青年、レオンがティンパン通りの楽器店に就職し、別離や戦争を経て、大作曲家になるまでを描いている。
出演者は、ピアニストを除いて男性三名、女性三名。この三人の男性キャスト(屋良朝幸・上口耕平・鈴木壮麻)が、それぞれの年代のレオンを演じる。 そして、おそらく日本版だけのキャラクターとして、その恋人役を三人の女性キャスト(小此木まり・吉沢梨絵・樹里咲穂)が演じている。ラブラブの恋人として、離れ離れの人生を送りながらふと思い出す相手として、そして、孫がいる年になっての再会シーンとして。 そこにひとつの仕掛けがあって、レオンは、この楽器店にあったピアノにほれ込んでいる。楽器店で働きたいと思ったのも、そのピアノがあったから。そして、彼は、恋人に贈る楽曲を、このピアノの中に仕込んでいた。それが40年ぶりに発見されるシーンが、ドラマのクライマックス…かな。ピアノが重要な小道具になっているから、数あるバーリンのヒット曲の中から、「I LOVE A PIANO」をミュージカルのタイトルとしたのだろう。
実際は、60曲に及ぶミュージカルナンバーを整理し、日本版の脚本も担当したのは、小林香。その昔「イフアイifi」という舞台で、この人の世界観と私は相いれないと思った記憶がある。たぶん、そういう世界観的な違和感が、最後まで気になってしまった作品だった。今回も。


レオンが作曲し、ピアノの中に封印した曲―それは後にレオン自身が演奏して、元恋人のサディーに聴かせるのだが―誰もが知る「ホワイト・クリスマス」だった。それが、1970年代にピアノから掘り起こされ、初老となった恋人に捧げられる。ここで、私は、めちゃくちゃ戸惑った。
「ホワイト・クリスマス」は、事実として1930年代に、世界的ヒット曲になっている。作曲者名もよく知られている。アーヴィング・バーリンだ。
ドラマはいきなり、アーヴィング・バーリンがいなくて(レオンが作曲したということは、アーヴィング・バーリンは存在しないということだ)、「ホワイト・クリスマス」が封印された(1930年~1970年代まで一度も演奏されることなく、ピアノの中に楽譜のメモがしまわれていた)パラレル・ワールドの物語にチェンジしてしまった[exclamation]
 「イフアイ」はともかく、この作品は、SF仕立てにするのは間違ってるぞ…[爆弾]


日本版を製作するに当たり、楽曲の整理や、ヒロインを登場させるなどの改変を加えた、と上演台本・訳詞・演出の小林氏はプログラムで語っている。
その程度の自由度のある上演契約だったのだろうが、アーヴング・バーリンのジュークボックス・ミュージカルに、まったく関係ない新曲を追加する自由はさすがにないだろうし、あったとしてもそれを作曲する勇気のある作曲家もいないだろう。
だからといって、日本ではおそらくアーヴィング・バーリンと言って一番に思い浮かぶ曲を、「なかった」ことにするとは…[爆弾]
また、今、ここにあるピアノが、かつてレオンが愛し、それゆえに手放した「あのピアノ」である証拠として、一番高いキーを押下しても音が出ない=40年前に封印した楽譜メモが挟まっているというのは、ドラマチックではあるが、40年間一度も調律してなかったのかよ[exclamation&question]みたいなことも含めて、もはや、突っ込む気力も起きない。 (つか、むしろ、日の目を観る前に、関係者で突っ込んでくれ[ちっ(怒った顔)]
いったい、どこまでが、オリジナルで、どこからが日本版の改変部分かは知らないが、どちらの責任であっても、この辺の設定はお粗末極まりない。
また、小林氏は、アーヴィング・バーリンの名は、日本ではコール・ポーターほど有名ではないとプログラムで語っているが、それは、ちょっと納得できない。少なくとも、私はバーリンの名を先に知ったし。
それでも、え、この曲もバーリンの作曲だったか[exclamation]と驚きながら見ることとなった。天才か[exclamation×2]なので、あまり、侮らないでね[ちっ(怒った顔)]


とはいえ、ストーリー部分を別にすれば、(おっと大胆な発言[あせあせ(飛び散る汗)])ミュージカル作品として、実に楽しい。それは、


[1]音楽が素晴らしいから


[2]出演者が素晴らしいから


にほかならない。てか、この出演者陣、神ですよっ[黒ハート]


そして、全員が主役、全員がスター。優劣などない。


なのですが…それじゃ味気ないので、印象に残ったナンバーを。樹里咲穂の歌った「ブルー・スカイ」から「ゴッド・ブレス・アメリカ」は、鳥肌ものでした。
先ほどは、演出家をあれこれこき下ろしたけど、この「ゴッド・ブレス…」で、一度もタイトルを歌詞に盛り込まなかった(原曲には当然ある)見識は素晴らしいと思った。日本で、あの歌詞は、あの場面では鼻白むよね。


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「ノートルダムの鐘」 [┣ミュージカル]

近年の音楽に力を入れたディズニー映画は、後にミュージカル化して舞台作品となり、その後、もしかすると実写ミュージカル映画になる…らしい。なーんて、「美女と野獣」の公開に際して思ってみたり…。
ディズニーが舞台化する作品は、さまざまな経緯があるようだが、日本での上演は、劇団四季がすべて行っている。
「ライオンキング」はいまだにロングランを続けているし、現在は、「アラジン」「リトルマーメイド」…と、「キャッツ」以外のロングラン上演はすべてディズニー作品となっている。
そんな劇団四季のディズニー作品最新作がこの「ノートルダムの鐘」
なんとなくディズニー映画は、空くのを待っているうちにチャンスを逃してしまうことが多いのだが、この映画は珍しく観ている。
知っている感満載で、ウキウキと出掛けたところ、なにやら全然違う作品を見せられ、その重さにぐったりしてしまった…というのが今回の「ノートルダムの鐘」舞台版だった。アニメ版とストーリーを大きく変えているという点で、過去のディズニー・ミュージカルとは大きな違いがあると思った。
おそらく原作の設定を生かしたミュージカルということだと思うが、私、原作は読んでいないのだ。
あ、原作は、ヴィクトル・ユゴー。5月から再演される「レ・ミゼラブル」も彼の作品なので、ちょっとしたユゴー・ブームかもしれない。

アニメ版では、とにかく悪くてキモくて歌が上手い(笑)フロローだが、ミュージカルでは彼のこれまでの半生を描くところからスタートする。どうやら、カジモドは、フロローの弟とジプシーの間に生まれた子ども、という設定になるらしい。
親がなく、ノートルダム寺院で育った兄弟。清く正しく美しく生きようとしていた兄の人生を堕落させようとしているかのような美しい弟の存在が、兄・フロローの心をいつしか苛むようになっていた。ジプシー女と出奔した弟は、死の間際にフロローを呼び、生まれたばかりの息子を託した。何の因果か、一目で醜いとわかる赤ん坊だった。
弟の死後、フロローは赤子を連れ帰り、カジモド(出来損ないの意)と名付け、養育する。そして、大きくなったカジモドは、ノートルダムの鐘突き男となっていた。フロロー以外の誰とも接することなく、建物の石像が友達…というような日々を送っていた。
(そういえば、ここで三体のガーゴイルがカジモドの仲間…というアニメ設定が、そんなに親しそうじゃない石像達(人間がマントを被って表現)のコロスになっている時点で、結末を予想すべきだったかも?)
アニメ版のカジモドは、背が低く、背中が湾曲していて、顔つきも恐ろしい(できるだけユーモラスに描こうとしているので、恐怖をおぼえるような顔ではない)。その辺については、カジモド役の俳優が、背中に砂袋を背負って、身をかがめ、顔に墨を塗ることで、彼の外見を表現している。

その後の展開はほぼアニメ通りだが、アニメに登場するノートルダムの普通の司祭は出てこない(そもそもアニメでは、フロローは司祭ではない)ので、フロロー=神的図式があり、より絶望感が感じられる作り。フロローは、まともに見えるからこその恐ろしさを象徴していて、芝清道さんのキャラ作りもあって、圧巻。
で、最後に、あっと驚く悲劇的展開(たぶん原作通り)!
(すべて、私が、アニメしか知らないのがいけない。偉大なるヴィクトル・ユゴー様、ごめんなさい[もうやだ~(悲しい顔)]
エスメラルダ(岡村美南)は、なんとなくディズニーアニメの女性っぽい顔立ちで、すぐに馴染んだ。フィーバス(佐久間仁)は、背が高くハンサムで、こちらもディズニーっぽい雰囲気。クロパン(吉賀陶馬ワイス)やエスメラルダが操る、ぱーんと花火のようなものを出して、逃げるという技も、わくわくする。

ラスト、登場人物がすべて顔を墨で汚し、カジモド(田中彰孝)一人が素顔で肩の荷を下ろし、清々しい姿となる場面が印象的だった。
あと、鐘つき堂の内部のセットがすごくすてきだった。
別の場面では鐘が上がっていて、その場面だけ下りてくるんだけど、全身を使って鐘を突くカジモドも素敵だし、彼がこの仕事のために耳が聞こえにくくなっている、ということも含めて、ジーンとくる。
石像のコロスだけは、アニメ版がよすぎて、中途半端な存在がちょっと残念。メインキャラを三人くらいに絞って、キャラクター化してくれるともっと伝わるかな、と思った。
満喫でした[るんるん]


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「花・虞美人」観劇 [┣ミュージカル]

ミュージカル
「花・虞美人」

演出:花虞美人制作委員会
演出協力:本間憲一
演出協力補:西祐子
脚本:岡本貴也
脚本協力:長谷川晃示
作曲・音楽監督:鎌田雅人
楽曲製作:黒木渚
美術:柴田隆弘
照明:吉枝康幸
音響:相川幸恵
振付:麻咲梨乃
殺陣指導:TeamAZURA
歌唱指導:宮崎誠
衣裳:山下和美
ヘアメイク:中原雅子
舞台監督:小笠原幹夫
演出助手:出口雅敏

都内の劇場で、私が仕事帰りに行きやすいのは、東京国際フォーラム、帝国劇場、そして、東京宝塚劇場&シアター・クリエかな。
ACTシアターは、微妙に行きづらい。「MY HERO」の後、この先、この劇場に来るのはいつかな~[exclamation&question]なんて、思っていた。

ところが、突然行けなくなってしまった…と友人からSOSのコールがあり、たまたま夜に予定がなかったので、観劇することに。チケットを受け取り、いよいよ観劇する日前日くらいに確認してみたら、開演時間18:00…[爆弾][爆弾][爆弾]ぜーったいに間に合わない[exclamation×2]
赤坂18:00開演、無理です、無理[もうやだ~(悲しい顔)]

しかも年度末。休みを取ることもできないし、時間有休特典も使い果たしている。
考えあぐねた末、取引先から直行するという、裏技を行使した。関係者の皆様、申し訳ございません[あせあせ(飛び散る汗)]

宝塚ファンの皆様は、大昔から「虞美人」は、お馴染みの物語。宝塚ファンは、古代中国にも造詣が深いのだ。
しかし、今回の「花・虞美人」は、ひとつ、大きな創作がある。なんと、虞美人、そもそもは、劉邦の恋人だった、という設定だ。

始皇帝が統一した中国。もとは楚の国だった沛県の小さな村では、村一番の美女、虞(凰稀かなめ)が、結婚を控え、父(鈴木智久)や、弟・子期(松田凌)と幸せな時間を過ごしていた。相手は、劉邦(ユナク)。
しかし、結婚の直前、始皇帝の兵が村を襲い、娘を差し出すように、と言いつける。村一番の美女、虞は、当然目を付けられるが、結婚式当日なので許してほしいと取りすがる父親は兵士に斬り捨てられ、村人も多く殺され、虞は、兵士に連れ去られる。
生き残った、劉邦、その親友の樊噲(ハンカイ・岡田亮介)、そして子期は、始皇帝への恨みを募らせる。
愚は、始皇帝の後宮に入れられ、純潔を奪われるが、そのまま愛妾になることをよしとせず、宦官の趙高(桑野晃輔)から刀を奪うと、始皇帝を殺そうとする。もちろん果たせずに、返り討ちに遭いそうになるところで、阿房宮に項羽(黒川拓哉/池田努)の軍がやってくる。始皇帝は、他人の振りをして逃げようとするが、虞はそれを許さない。彼女の言葉により、始皇帝は、項羽に成敗される。
汚れてしまった自分はもはや帰る所もない、と、燃え上がる阿房宮と運命を共にしようとする虞を、項羽は、助け出す。彼らがハケた直後、劉邦、樊噲らが、阿房宮に攻め込んでくる。
以後、虞と劉邦は何度もすれ違いを繰り返して、観客をハラハラさせる作戦と見た。
で、ラストシーンは、項羽の死後も虞は生き残り…そして…という意外なものだった。

殺陣が大迫力[ぴかぴか(新しい)]こればっかりは、宝塚を見慣れているせいか、おおーっ[目]と思ってしまう。アクロバット技を含んだ激しい戦闘シーンと、あと剣舞のシーン、素晴らしかったです[ぴかぴか(新しい)]
セリフ的な部分は、劉邦の日本語の発音がたどたどしいこともあり、なかなか、気持ちが伝わって来ない。私が観劇したのは、黒川版の項羽だったが、こちらは、荒々しい場面での緊迫感が伝わって来ない。主役の男性二人がそんな感じなので、全体的に盛り上がりに欠ける部分もあった気がする。
そんな中で、大澄賢也の范増が素晴らしすぎた。全部さらった感じ。大澄のソロの後の拍手が凄かったのが、私も嬉しかった。残念ながら、この作品には、張良は出ていなくて、韓信(石橋直也)がそのキャラクターも含めて演じていた。こちらも素敵だった。呂雉(高橋由美子)は、もっと上手に使ったら、作品に厚みが出る人になったと思うのに、権力欲の塊のようなステレオキャラになっていて残念。

題材はよいのに、たとえば、村に始皇帝の軍隊がやってきて、剣を抜いて娘たちをかどわかしていく場面、どうして愚の父親があっさり斬り殺されるのに、劉邦、樊噲、子期だけは、斬られないのか[爆弾]とか、演出に疑問を感じる部分は多かった。
なんだよ、演出の花虞美人制作委員会って[爆弾]誰か、演出を立ててくれ、頼むから。

こんな状態の中、世紀の美女・虞美人を演じ切った凰稀かなめ美しさは際立っていたが、運命に翻弄される美女という存在に、なんとなく居心地悪そうな雰囲気があった。もう少し、自立した女性として書いてあげた方が、似合っていたような気がする。
項羽と劉邦、それぞれに魅力があり、虞への接し方も違うので、両方に惹かれてもしょうがないなーと私は思ったのだが、凰稀は、項羽への想いは、恋愛感情ではない的解釈に感じた。そのわりに、劉邦への思慕が弱い気もするし…あまり、三角関係的なドラマが感じられなかったのは残念[バッド(下向き矢印)]

あとね、個人的な感想ですが、スタジオライフで娘役メインでやっている鈴木智久くんを、お父さんとか、おじいさんとかで使うなんて[爆弾]どゆことよっ[むかっ(怒り)][むかっ(怒り)][むかっ(怒り)]


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