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ミュージカル「グランドホテル」観劇(GreenVer.) [┣ミュージカル]

ミュージカル
「グランドホテル」

脚本:ルーサー・デイヴィス
作詞・作曲:ロバート・ライト&ジョージ・フォレスト
追加作詞・作曲:モーリー・イェストン
演出:トム・サザーランド
振付:リー・プラウド
音楽監督:マイケル・ブラッドリー

翻訳・訳詞:市川洋二郎
美術:大橋泰弘
照明:勝柴次朗
音響:山本浩一
衣装:前田文子
ヘアメイク:鎌田直樹
演出助手:河合範子
舞台監督:北條孝、中西輝彦

1993年に宝塚版を観劇して以来の「グランドホテル」。
今回の「グランドホテル」は演出家の意向により、GREENとREDという2パターンの公演が行われている。なにしろ、主な出演者は、ホテルスタッフのエリック(藤岡正明)以外全員Wキャスト。これは両方観なければ…[exclamation×2]
まずは、宝塚OGがメインキャストを務めるGreenVer.から観劇。

演出は、「タイタニック」新演出版を成功させたトム・サザーランド。そして、装置は、宝塚のベテラン装置家、大橋泰弘。
最初に度胆を抜かれたのは、装置の素晴らしさだった[黒ハート]
以前観劇した宝塚版は、とてもシンプルだった記憶がある。回転扉だけがポーンと存在する、みたいな…。(でも、宝塚版の装置も、大橋泰弘。すごいな、自分の業績に固執しない柔軟な脳みそ[ぴかぴか(新しい)]
今回は、実は、センターに回転扉はない[exclamation×2]「グランドホテルなのに回転扉がない」代わりに、装置が回転する[どんっ(衝撃)]とにかく、やたらゴージャスなのだ。その上、フロントのテーブルを出演者が動かしまくる[exclamation]やたら、装置が動き回るのが面白い[ひらめき]
惜しむらくは…
これらの楽しい演出が、メインのストーリーの邪魔になっていたことだった…[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]
(気になるんだよね…)

物語は1928年のベルリンを舞台に、そこで一番豪華なホテル、「グランドホテル」でのわずか2日間の出来事を、ここに宿泊している様々な人物を通して描く…という、いわゆる「グランドホテル形式」のミュージカル。(この手のドラマの嚆矢が、映画「グランドホテル」だったため。そしてもちろん、この映画が、このミュージカルの原作である。)

このホテルに長逗留している老医師、オッテンシュラッグ(光枝明彦)が、訪れる人々を皮肉な目で眺めている。でも、この医者も自分にヘロインを注射してるようで、ちょっとヤバい感じの医者。(第一次世界大戦のガス攻撃の苦しみを逃れるためらしい)
宿泊客はそれぞれ、問題を抱えているが、それでもグランドホテルにとっては、「客層」の枠内に入っている。
そんな中に、突然、異邦人が訪れる。
庶民の、しかもユダヤ人の、オットー・クリンゲライン(中川晃教)。彼は、心臓に重大な問題を抱え、「人生を知る」ためにこのホテルにやってきた。全財産を現金に換えて。しかし、お金があって予約をしただけでは泊まれないのがグランドホテル。しょっぱなから苦境に陥ったオットーを助けてやるのが、ホテル住まいの貴族、フェリックス・フォン・ガイゲルン男爵(宮原浩暢)。貴族とはいえ、金に困って宿泊費は7ヶ月滞納、ヤバい方面からお金を借りていて、ホテル内でコソ泥を働いている。が、男爵のおかげで宿泊できることになったオットーは、感謝でいっぱいになる。
8回目の引退興行中のバレリーナ、グルシンスカヤ(安寿ミラ)は、バレエへの情熱も、自分の踊りへの自信も失っている。付き人のラファエラ(樹里咲穂)や、興行主(金すんら)、マネージャー(杉尾真)が何を言ってもムダ。もう本番には出ないとゴネている。
タイピストのフリーダ・フレム(昆夏美)は、ハリウッドに憧れる軽薄な若い女性。自らを「フレムシェン」(可愛いフレム)という名で売り出そうなどと妄想している。でも、どうやら妊娠したらしい。
実業家のヘルマン・プライジング(戸井勝海)は、会社の業績が伸びず、株主からの攻撃にさらされている。

こんな人々が一堂に会することで事件が起きる。

男爵は、高価な宝石を所有するグルシンスカヤの部屋にコソ泥に入るが、彼女はアンコールがかからず早めに戻ってきてしまい、鉢合わせ。咄嗟にグルシンスカヤへの愛を口にしたところ、なんだかんだで彼女の心をゲットしてしまう。
プライジングは、株主に対して誠実であろうとするが、過去の実績より目先のことにしか興味のない株主たちへの怒りから、破談になった合併が「ある」と言ってしまう。追い詰められたプライジングは、愛妻家の仮面を捨て、雇ったタイピストのフレムシェンと愛人契約を結ぼうとする。
ラファエラは、グルシンスカヤへの許されない恋慕を押し隠せなくなっている。
オットーは、男爵のすすめにより、初めて株に投資、一晩で大金を手に入れる。その財布を手に取る男爵だったが、お金がないと幸せに死ねないと言い張るオットーを前にして、それを奪うことができない。
こうして、今度は、プライジングの部屋にコソ泥に入った男爵だったが、フレムシェンがプライジングに乱暴されかかっているのを聞き、助けに入る。そして、拳銃を奪われ、殺害されてしまう…
そして、この二日間、エリックの妻は、分娩の苦しみの中にいるが、エリックは職場を放り出せない。

グランドホテルから人々がチェックアウトしていく。
グルシンスカヤは、駅で花束を抱えた男爵が待っていると信じて。ラファエラは、男爵が殺されてしまったことに口をつぐんで。
プライジングは、警察に拘束されて。
そして、オットーとフレムシェンは共にパリを目指す。オッテンシュラッグは、オットーに忠告するが、オットーはフレムシェンを信じている。そして彼女が妊娠していることに喜びを見出す。
エリックは、息子の誕生を知らされる。

人々が旅立った後も、グランドホテルは存在し続ける。中では、今日も、幾多の人生模様を繰り広げながら…
ってのが、作品の大きなテーマだと思っていたのだが…あれれれれ[exclamation&question]

突然、ヒットラーのあの特徴的な演説が流れる中、整列した宿泊客が、次々に従業員にボコられ、カバンを奪われ、積み上げられたカバンの上でエリックが赤ん坊をあやしている…というシュールな場面が展開する。
そして、ボコられながらも、宿泊客は、揃ってエリックを助け、赤ん坊とエリックが客席を抜けて旅立っていく。見守る宿泊客。ハイル・ヒットラーのポーズをとる従業員と運命のダンサー(湖月わたる)。

なんか、腑に落ちなかった。いろいろと…

たしかに、この日のグランドホテル宿泊者は、ヒットラーの気に入らない種類の人間が多い。
ユダヤ人、同性愛者、芸術家、アメリカ志向…
そういう人々は、これから10年もしないうちに、すべて駆逐される。
でも、舞台上の人々は…オットーとフレムシェンはパリへ出発するし、グルシンスカヤとラファエラもウィーンへ。彼らは、非常事態に陥ったドイツには戻ってこないだろう。プライジングは監獄に入ってるし。
つまり、この人たちそのものは、決してボコられない。つまりは、彼らは、何らかの象徴としてボコられているわけだが、役として最後のラインアップに出ているのに、最後になって「象徴と化す」のは、水を差された感じになる。

そういうことをすべてわかった上で、演出家が提示したこのエンディングを劇場が受け入れたということは、

暗い時代は、誰も気づかないうちに始まっている

という示唆を劇場側が観客に提示したかったってことかもしれない。

昨今の演劇界、ドラマの内容の枠を超えて、危機感を訴える芝居が多いな、と思う。
戦前のいびつな時代、作家や演劇関係の人間が多く投獄され、拷問を受けたということが、いまだに演劇界のトラウマなのかもしれない。そして、今の時代は、そんな時代に近づきつつある、と感じる人が多いのかも…。

私個人としては、政治的にリベラルでありたいと思うけれど、正直、舞台を観に行って、政治的な主張を滑り込ませられると、鼻白んでしまう。
もちろん、テーマが、もろにそれだったら、覚悟して観に行きますよ。小林多喜二のドラマとかね。
でも、「グランドホテル」を観に行ったんだもん、私は、最後まで1928年のベルリンを観たかったです。

出演者感想は、「REDVer.」の感想の方にアップしますね。

“今日は何の日”
【4月20日】
北条氏綱が河越城をめぐり、上杉・古河連合軍と戦い、勝利(1546=天文15年)。
(←旧暦。新暦では5月19日となる。)


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「Marry Me A Little」観劇 [┣ミュージカル]

2016 TipTap 10th Anniversary
Creator's Lab Tokyo
-experiment 1-
1Book 2Directors
A Azusa Fujikura B Ikko Ueda
1Producer

「Marry Me A Little

演出:上田一豪
音楽監督:小澤時史
制作助手:大沼琴未

翻訳:金子絢子
舞台美術:三井優子
照明:岩下由治
照明オペレーター:鈴木健司
音響:高橋秀雄
舞台監督:宇佐美雅人
演出部:相澤祥子
制作:伊澤絵里子
プロデューサー:柴田麻衣子
企画・製作:TipTap

えーと、ここにひとつのミュージカル台本とスコアがあります。
スティーブンソンドハイムの作品ですが、音楽は、他のミュージカルでカットされた曲や未発表曲を中心に構成され、設定も、わりと演出の自由があるようです。
この作品を、二人の演出家が、それぞれの音楽監督と組み、2組ずつの俳優陣を使って表現する―という実験的な舞台を観てきました。

私が観た回の出演は、
男:染谷洸太
女:真瀬はるか

でした。

ストーリーはあってないようなものだけど、1時間歌いっぱなしのミュージカルなので、歌詞という情報が存在する。
その歌詞と登場人物の動きを追っていくと、男と女は、それぞれに恋人がいたけれど、不幸な結末を迎え、今は一人。普通だと、その二人が出会って新しい恋が始まるのだけど、二人は妄想の中で互いを恋人だと思って一曲幸せなナンバーを歌うだけで、結局実生活では一度も出会うことなく別れていく…という風な物語になっているらしい。

演出家の上田氏のライナーノーツによると、同じアパートの上と下の階に居る男女、という設定。(上の階に男が住んでいるらしい。)
女は越してきたばかり、男は出て行こうとしているが、ともに恋愛相手との別離を経験したばかり。その小道具として、男は、渡せずに終わった花束と指輪を持ち、女は、さきほど受け取った手紙を持っている。
二人の部屋の間取りは同じという設定らしく、同じ部屋の中、ベッドさえも共有するように動き回るが、それが面白い。片方が起き上がったベッドに、すぐにもう片方が寝たりする。
そして、女がセーターを脱ぎ、ノースリーブとスキニージーンズ姿で、ベッドサイドに絵を飾ろうとしている横で、男が失った恋の、始まりの頃の色っぽい話を思い出しながら、お尻に唇が触れそうな距離であーだこーだ歌っている辺り、きゃー[揺れるハート]っという感じ。
その一方、バスルームから戻ってきてバスローブ姿になった女の腰ひもをほどき、紫のスリップ姿の女と、いよいよ妄想の中のキスシーンへ…という場面は、エロくない。妄想というか、想像というか、男にとっての女は、女にとっての男は、今、目の前でキスをしている相手ではないのだから、熱くエロくではなく、ふわっとした空想的なムードになるのだろう。
そして、男もパンツ一枚になってベッドに入り込むのだが、その瞬間に妄想は終了、また二人は、それぞれの世界に戻っていく。
結局、妄想の中のキスを頂点に、それ以上踏み込むことなく、互いの相手への決別を決めてミュージカルは終わった。

そして、客席への挨拶の後、なぜか、男はパンツ一枚、女はスリップ姿で、戸口から外へ消えて行った。2月なのに[exclamation×2]

役者って大変ね…[あせあせ(飛び散る汗)][あせあせ(飛び散る汗)][あせあせ(飛び散る汗)]

元宝塚男役の真瀬は、数々のミュージカル出演を経て、すっかりソプラノを聴かせるシンガーになっていた。染谷は、私はたぶん、初めまして[exclamation]だと思うが、最近流行りの細マッチョではないあたりに、好感を持った。
(細いのに鍛え過ぎの男と、全身脱毛している女はなんか苦手…[爆弾]
二人とも非常に素直な歌い方をするので、感情移入がしやすく、演出意図も分かりやすかった。(舞台終了後に、演出家から演出意図を説明するという、まさかのコーナーがあったが、だいたい意図は理解できたので、答え合わせ的に聴けて、面白かった。)

もうひとつの舞台は、まったく違うアプローチをしているようにライナーノーツに書いてあるので、別演出はどうだったのだろう[exclamation&question]あるいは、同じ演出の別チームはどうだったのだろう[exclamation&question]と、妄想の翼を広げている。

それにしても元男役、大胆な衣装を見せつつ、ガードが堅いな[むかっ(怒り)]
(何を覗こうとしてるんですか、私[わーい(嬉しい顔)]

“今日は何の日”
【2月10日】
日本、ロシアに宣戦布告(1904=明治37年)。

日露戦争の始まりですね。一応、日露戦争の時は、ちゃんと宣戦布告ができたらしい…


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「スカーレット・ピンパーネル」上演決定! [┣ミュージカル]

以前から噂はあったが、宝塚で2度上演され、人気を博した作品、「スカーレット・ピンパーネル」が梅田芸術劇場主催で上演されることとなった。

初演は、1997年ブロードウェイ。作曲は、宝塚ファンにもおなじみ、フランク・ワイルドホーン。
そんな「スカーレット・ピンパーネル」日本公演は、主演のパーシー役に、石丸幹二。妻のマルグリット役に、安蘭けい
宝塚での本邦初演時に男役として主演し、退団後に、同じ作品でヒロインを演じる…というと、「エリザベート」の一路真輝の例があるが、こちらは、ヒロインとはいえ主演ではないので、ちょっと違うかも。
でも、同じ作品で、夫婦の両方を演じる経験はとても貴重だろうと思う。

その他、石井一孝と、佐藤隆紀の出演が決まっているとのことなので、石井がショーヴラン、佐藤がアルマンというところだろうか。
ピン―パーネル団には、いい男がたくさん必要なので、メンバー発表が楽しみ。
アルマンの恋人、マリー役を演じるのは誰かしら[exclamation&question]

東京公演>   2016年10月 赤坂ACTシアター
大阪公演>   2016年10月・11月 梅田芸術劇場メインホール
<東京凱旋公演> 2016年11月 東京国際フォーラム ホールC

公演は、今年の秋。今からとても楽しみ[黒ハート]

“今日は何の日”
【1月29日】
明治政府、初の戸籍調査(1872=明治5年)。
(←旧暦。新暦では3月8日となる。)

この結果、当時の日本の人口は、33,110,825人だったことがわかっています。


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ミュージカル「グランドホテル」上演決定! [┣ミュージカル]

来年、4~5月、ミュージカルグランドホテル」が 赤坂ACTシアターとシアタードラマシティで上演される。
出演は、GREENとREDのWキャストになっている。

GREEN 
中川晃教 宮原浩暢(LE VELVETS)
戸井勝海 昆夏美 藤岡正明
味方良介 木内健人 大山真志 金すんら 友石竜也 青山航士 杉尾真 新井俊一 真瀬はるか 吉田玲菜 天野朋子 岡本華奈
スペシャルダンサー 湖月わたる
春野寿美礼 光枝明彦
安寿ミラ

RED 
成河 伊礼彼方
吉原光男 真野恵理菜 藤岡正明
味方良介 木内健人 大山真志 金すんら 友石竜也 青山航士 杉尾真 新井俊一 真瀬はるか 吉田玲菜 天野朋子 岡本華奈
スペシャルダンサー 湖月わたる
土居裕子  佐山陽規
草刈民代

たぶん、この出演者一覧は、GREENとREDの同じ役の人を同じ場所に載せていると思われる。

とすると、キャラ的に、主役はオットーのように思えますね。
以下、わかりやすく宝塚上演時の出演者名をつけて、配役予想…

オットー・クリンゲライン(涼風真世)…中川晃教成河

フェリックス・フォン・ガイゲルン男爵(久世星佳)…宮原浩暢伊礼彼方

ヘルマン・ブライジング(箙かおる)…戸井勝海吉原光男

フリーダ・フラムシェン(麻乃佳世)…昆夏美真野恵理菜

エリック(汐風幸)…藤岡正明

ラファエラ・オッタニオ(天海祐希)…春野寿美礼土居裕子

オッテルンシュラーグ(汝鳥伶)…光枝明彦佐山陽規

エリザヴェッタ・グルーシンスカヤ(羽根知里)…安寿ミラ草刈民代

こんな感じでは[exclamation&question]
あと、わたるさんは、萬あきら&若央りさが踊っていたジゴロと伯爵夫人のダンスみたいな部分を担当するのかもしれない。

宝塚ファンは、GREENに集中しちゃうかな。いまっちの活躍にも注目したい。


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「ラ・マンチャの男」観劇 [┣ミュージカル]

ミュージカル
「ラ・マンチャの男」

脚本:デール・ワッサーマン
作詞:ジョオ・ダリオン
音楽:ミッチ・リー
訳:森 岩雄、高田蓉子
訳詞:福井 崚
振付・演出:エディ・ロール(日本初演)
演出:松本幸四郎
演出スーパーバイザー:宮崎紀夫
プロデューサー:齋藤安彦

振付:森田守恒
装置:田中直樹
照明:吉井澄雄
音響設計:本間俊哉
衣裳協力:桜井久美
音楽監督・歌唱指導:山口琇也
音楽監督・指揮:塩田明弘
歌唱指導:櫻井直樹
振付助手:萩原季里
演出助手:宗田良一
舞台監督:菅田幸夫
製作補:関 恭一
制作助手:村上奈実
アソシエイト・プロデューサー:塚田淳一

なんと、これまで未見だったミュージカルですが…きりやんのおかげで初挑戦することができました[exclamation×2]

初めてゆえに、とんちんかんなことを書いているかもしれませんが、初心者だからな…[爆弾]と、あたたかい目で見ていただければ…と思います。

では、感想です。
まず、セットがすごい[exclamation×2]
開幕前から、なんじゃ―こりゃー[がく~(落胆した顔)]という巨大なセットがそびえている。
芝居が始まると、やっと意味がわかる。ここは地下牢なんですね[exclamation]用がある時だけ、階段が下りてくる。
すげー、かっこいい[グッド(上向き矢印)]
と同時に、帝国劇場という劇場の得意なセットってのがあるんだなーと感じた。「エリザベート」もそうだけど、重厚なセットがすごく劇場空間にマッチしている[ぴかぴか(新しい)]

さて、オーバーチュアの間に、薄暗い照明の中を、出演者たちが登場するのだが、暗くてもなぜかしっかり見えて、その動きで飽きさせない。
ミュージカルのオーバーチュア(主だったナンバーを編曲したインストルメンタル)は、幕開き前に演奏されることが多いが、この舞台は緞帳が開いた状態からスタートするため、こういった演出になったものと思われる。ただ、あまり動きすぎては、観客がそこに意味を求めてしまったりするので、ちょうどよい照明とちょうどよい動きだなーと思った。

セットが動き出し、おおっ、これは階段だなっ[exclamation]と気づく。
階段がゆっくりと下りてきて、現れたのは、セルバンテス(松本幸四郎)と従者(駒田一)。セルバンテスは、教会に税金をかけようとした罪で、宗教裁判にかけられようとしている。
でも、法の下の平等を訴えながら、宗教裁判にはビビっている。けっこう人間味あるな[わーい(嬉しい顔)]
牢名主(上條恒彦)が、セルバンテスのカバンを奪い取る。そこには、彼の最新戯曲が入っていた。セルバンテス以外には、何の価値もないものだが、字の読めない人にしてみれば、価値がわからない。ものすごいものかもしれない…と、疑心暗鬼。さらに、新入りのセルバンテスを監獄内の裁判にかける…と言い出したので、自らの正当性を証明するため、セルバンテスは、牢の中の囚人たちにその戯曲を演じさせようとする。
おお、こんなところにも、獄中の芝居という設定が[exclamation]
税吏でありながら、詩人で戯作者で俳優でもあるセルバンテスは、自ら、鬘、ヒゲ、眉毛を付け、化粧を始める。

こうして始まった劇中劇もまた、さらに入れ子構造になっていて、一人の老人、アロンソ・キハーノ(幸四郎)の妄想の中の老騎士がドン・キホーテ(幸四郎)という設定。アロンソの周囲の人間としては、姪のアントニア(ラフルアー宮澤エマ)や、神父(石鍋多加史)、家政婦(荒井洸子)、アントニアの婚約者で精神科医のカラスコ博士(宮川 浩)がいる。
アロンソは、様々な世の不条理に心を病み、とうとう遍歴の騎士、ドン・キホーテとして旅に出ることにしてしまう。アントニアはおじのことを心配しつつも、おじがおかしくなったことで、自分の結婚に影響があることも心配している。

旅のお供は、サンチョ(駒田)。しかし、ドン・キホーテは、サンチョの言う事なんか、全然聞いていない。風車に突撃して、剣をぐにゃぐにゃにされたりしている。
めげずに、ドン・キホーテは、「城」を訪れる。ここで、騎士に任じてもらおうというわけだ。
しかし、サンチョには、そこは、どう見ても、街道筋の安い旅籠にしか見えないのだった。
旅籠には、アルドンザ(霧矢大夢)という娘が働いている。彼女は、そこに寝泊まりするラバ追いの男達と寝ているが、男が好きなわけでもセックスが好きなわけでもない的な歌を歌っているので(あからさまな言葉ではないですよ)、小金目当ての行為なのだろう。
ところが、ドン・キホーテ、どういうわけか、彼女を騎士が想うに足る女性、ドルシネア姫と信じてしまう。

ドン・キホーテとアルドンザの会話はどこまでも噛み合わない。しかし、二人が話していることで、待ちぼうけを食わされたペドロ(大塚雅夫)がやってきて、アルドンザを殴ったことから、ドン・キホーテが怒り、彼に戦いを挑む。しかし、老いた騎士が若いラバ追いに敵うはずもない。サンチョが加勢し、老人虐待を見ていられないアルドンザも加担する。
途中から飛び込んできたラバ追いの男達も次々に片付け、三人はスカッとした気分を共有する。その時、アルドンザの中で、何かが変わった。

しかし、アルドンザは、あとでラバ追いたちから報復を受け、ドン・キホーテもムーア人の一味に身ぐるみ剥がれてしまう。そして、後を追ってきたカラスコ博士によって、周囲に鏡を立てられて、自分がドン・キホーテではなく、アロンソ・キハーノでしかないことを認識させられて失神する。
瀕死のアロンソは、ドン・キホーテとしての記憶を失っていたが、アルドンザが現れて、「見果てぬ夢」の歌詞を耳元で聞かせると、少しずつドン・キホーテとしての記憶を取り戻し、そして死んで行く。

そして、ちょうど、役人が現れ、裁判に向かうセルバンテスを、囚人たちが見送る。

歌舞伎じゃない幸四郎を観たのは、初めて。
もちろん歌舞伎の芝居とミュージカルは違うが、時々、あー歌舞伎とおんなじことやってるなぁ~という場面もあったりして、その辺が既に“幸四郎ラ・マンチャ”として定着してるんだろうなぁ~と思った。
歌舞伎あんまり観ない人には、ちょっとびっくりな口跡かもしれないけど(笑)まあ、概ね、台詞は重要なところが聴き取れればいいんです。
なんか楽しそうに演じているなぁ~[黒ハート]父上の代から、松竹より東宝と縁のある家柄。歌舞伎界も人材難だけど、それでも東宝ミュージカルを捨てるなんて考えもしないんだろうなー[あせあせ(飛び散る汗)]
そして、老騎士より、老田舎貴族より、セルバンテスに一番年齢が近く感じられたのは、心強い。元気な幸四郎を見られて満足。カーテンコールでは英語版の「Impossible Dream」を聴かせてくれた。

で、きりやん、ですよ。
すごいかっこいい[グッド(上向き矢印)]
衣装もピッタリだし、動きがきびきびしてて、気持ちいい。
ラバ追いたちからリンチを受ける場面は、やっぱり女なので、最終的には強姦、それも輪姦されるという悲劇なのだが、そのダンスシーンもキビキビと演じているので、痛々しさが若干和らげられた感じ。
ただ、歌声は、低音・中音は聴かせるが、高音が相変わらず弱い。美しい声ではあるが擦れるし。そして、意外と声量が感じられない。なんでだろー[exclamation&question]

サンチョ役の駒田が相変わらず素敵(当然)[るんるん]
そして、ミュージカルで初めて観たが、ラフルアー宮澤エマの歌声がとても美しくて、また次に観るのが楽しみになった。


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「CHESS THE MUSICAL」観劇 [┣ミュージカル]

「CHESS THE MUSICAL」

作曲:ベニー・アンダーソン/ビョルン・ウルヴァース

原案・作詞:ティム・ライス

演出・訳詞:荻田浩一

音楽監督:島 健

指揮:

指揮:上垣 聡
美術:二村周作
照明:笠原俊幸
音響:大野美由紀
振付:港ゆりか
衣裳:十川ヒロコ
ヘアメイク:中原雅子
Original Orchestrations and Arrangements by Anders Eljas
歌唱指導:山川高風
稽古ピアノ:松田眞樹
歌唱指導補:西野 誠
演出助手:伴・眞里子
舞台監督:有馬則純 

時は冷戦下。
アメリカ人のチェス世界チャンピオン、フレディー(中川晃教)と、ソビエト連邦からの挑戦者アナトリー(石井一孝)の世界タイトルマッチは、イタリアの田舎町、メラーノで開催されていた。
神経質で攻撃的な性格のフレディーは、アカ(共産主義者)嫌いの上に、ソ連チームのマスコミを使ったネガキャンに心を乱され、対戦中の態度も悪く、戦績も思わしくなく、追いつめられていく。恋人でセコンド(参謀)のフローレンス安蘭けい)は、フレディーの心を鎮めようとするが、うまくいかない。
フレディーの中の、アナトリーに対する攻撃的感情が、試合に悪影響を与えていると感じ、アナトリーとの関係を取り持とうとするフローレンスだが、フレディーが現れないうちに、アナトリーに口説かれ、愛が芽生えてしまう[ひらめき]
二人の関係に気づいたフレディーは、とうとう試合を放棄し、アナトリーが新しい世界チャンピオンとなる。しかし、アナトリーは、その場で西側への亡命を発表した。フローレンスのために。
1年後、タイのバンコク。西側の人間となった(ロンドン在住)アナトリーに、ソ連から挑戦者が送り込まれ、再び、タイトル戦が開催されることに。
ソ連側の心理作戦は、まず、アナトリーの妻、スヴェトラーナ(AKANE.LIV)の帯同。そして、「ハンガリー動乱」の際、犠牲になったと思われていたフローレンスの父親が生きてソ連にいるとの情報…。
父親を解放する代わりに、わざと負けるように…と、交換条件を持ち込まれたアナトリー陣営。アナトリーとフローレンスの心は千々に乱れる。

まあ、簡単に説明すると、こんなミュージカルでした[exclamation]

感想いきます。

ひとこと、歌がすごい[exclamation×2]
歌唱力のあるメンバーを揃え、これでもか!と次々に繰り出される、身体に染みわたるような気持ちよい歌声に、ひたすら酔いしれた夜だった。

フローレンスを演じた安蘭は、高音の美しさが磨き抜かれた感じ。しかも力強い。
男勝りの強い女性でありながら、拠り所のない心細さを内包しているところが、安蘭のキャラにも合っている。
前半、フレディーの恋人で参謀のところでは、キツいウェーブの髪をキュッと縛ってカッコいい女性。衣装は黒。後半、アナトリーの恋人となったら、髪をおろし、緩やかなウェーブへ。衣装も白。そこもチェスという競技を反映している。

アナトリー役の石井は、緩急自在の俳優というイメージがあるが、今回は、マジで歌唱力を見せつけてくれた。実は、アナトリーが主役だと思っておりました[わーい(嬉しい顔)]それくらい、素晴らしかった[黒ハート]

フレディー役の中川は、2幕冒頭の歌が神[exclamation×2]実は、この曲は、日本語に翻訳されていない。そのため、会場に、歌詞カードが置いてある。そこまでして、中川に原詞で歌わせた、演出、オギーの気持ちが痛いほどわかる。このリズム感。英語で歌った時のグルーヴ感を客席に伝えたかったのだ、と。
それほど意味のある歌詞ではない(説明の歌ではあるので、歌詞カードを出したのは正解)ので、ここは、中川の歌だけに集中した。
超幸せになれた一曲。
ちなみに世界チャンピオンから滑り落ちたフレディーは、テレビのレポーターとして、今回のタイトルマッチに関わっていたという設定。

アービターという、チェスの世界大会を仕切っている人がいて、これを田代万里生が演じている。そして彼の周囲には、チェスの妖精みたいなダンサー(大野幸人)がいる。
田代はメガネをかけて、髪をツーブロックっぽくカットして、なんか人外なイメージなので、ダンサーと合わせて、チェスを司るもっと抽象的な存在なのかもしれない、と思った。存在そのものが謎で、面白いキャラクター。
私が観劇した回は、田代がスペシャルカーテンコールを行う日で、『アンセム』を歌ってくれた。これが圧巻。スペシャルカーテンコールは、たぶん、全員が歌手としての威信をかけて登場するんだろうな、と思った。

アナトリーがソ連に残した妻、スヴェトラーナを演じたのが、AKANE.LIV。宝塚時代は、神月茜の名で活躍していた。(『送られなかった手紙』のピンクライト浴びた歌は、今も忘れられない)
こちらも安蘭に勝るとも劣らない素晴らしいソプラノで、一方的に夫に遺棄された妻の心情を見事に歌い上げてくれた。

西側のマスコミ人らしいウォルター(戸井勝海)は、歌に寄ったミュージカルのため、いまいち立場がよくわからなかったが、食えない感が心に残る。観終って、何故か一番印象に残ったのが彼だった。

チェスという競技をほとんど知らないので、東西冷戦をチェスになぞらえるという設定そのものが、うまく伝わって来なかった。
それより、素晴らしい音楽を素晴らしいキャストで聴いた、という喜びが大きい、そんなミュージカルだった。


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「貴婦人の訪問」観劇 [┣ミュージカル]

ミュージカル
「貴婦人の訪問」

演出: 山田和也

翻訳・訳詞: 竜 真知子
音楽監督: 八幡 茂
歌唱指導: 山口正義 / やまぐちあきこ
振付: 桜木涼介
美術: 伊藤雅子
照明: 成瀬一裕
音響: 山本浩一
衣裳: 前田文子
ヘアメイク: 富岡克之(スタジオAD)
オーケストラ: 東宝ミュージック(株) / (株)ダット・ミュージック
演出助手: 末永陽一
舞台監督: 佐藤 博
プロダクション・コーディネーター: 小熊節子
プロデューサー: 岡本義次 / 服部優希

2014年にウィーンでヒットしたミュージカルの本邦初演。

当初、観劇リストに入れていなかったのだが、観劇した友人の感想に触発されて、(レベッカ好きなら絶対好きなハズ…と。)急遽観劇を決定した。結果、行ってよかった[exclamation×2]

これはいい[黒ハート]

ギュレン市は、とても小さなまちで、工場が潰れ、産業がなく、財政破綻は目前に迫っていた。
そこへ、世界的な富豪のクレア(涼風真世)が訪れるという一報が入る。
市長(今井清隆)ら、市の有力者は、クレアから支援の金を引き出そうと、知恵を絞る。そして、かつての恋人アルフレッド(山口祐一郎)に、クレア説得の白羽の矢を立てる。

到着したクレアは、市長らの歓迎にニコリともせず、取り付く島もない。しかし、アルフレッドには、かつて二人が逢引を重ねていた場所で二人きりで会うことを指示する。
アルフレッドは、クレアに会い、旧交を温めようとするが、自ら地雷を踏んでしまう。
家族のことを訊かれ、男の子と女の子がいるという話をして、「君は、クレア?」と訊いたのだ。

(あとで、彼女がアルフレッドの子を妊娠中、彼に高所から突き落とされて流産し、子供が産めない体になったことが明らかになる)

そして、クレアを迎える晩餐会。大々的な市への援助を約束したクレアだったが、多額の寄付金と引き換えにある条件を提示する。それは、なんと、「アルフレッドの死」だった。

クレアの本当の目的は?
そして、家族や友人が、アルフレッドに対して下した決断とは― 

っていう感じのブラックなミュージカルでした。

クレアは、娼婦を母に持ち、私生児として生まれた。しかし、そんなことは関係なく、アルフレッドはクレアを愛し、二人は結婚を誓う仲になる。しかし、いろいろあって、別れた…のかと思っていたら…[exclamation×2]

一瞬、これは、イジメの構図だ!と思った。
された方は一生忘れない。何十年経っても殺してやりたいほど憎いのに、した方は、覚えていない。都合のよい思い出にすり替えられている。

とはいえ、さすがに、これは忘れるにしては度を越している話だった。

  1. 自分に岡惚れしている雑貨屋の娘と結婚して雑貨屋を相続するために、現在付き合っていて、しかも妊娠している恋人を高所から突き落とした。(アルフレッドは事故だと主張している。)しかも、そのまま納屋に放置した。(アルフレッドは、死んだと思って、怖くなって逃げたと言っている。)⇒少なくとも、未必の故意にはなる[爆弾]
  2. その前に、彼女からの認知請求を退けるために、友人二人に偽証を頼み、彼女が複数の男性と付き合っていて、子供は誰の子かわからない、と裁判で主張した[むかっ(怒り)]
  3. 上記の結果、クレアはまちを追放された。(ふしだらな女として)転落の際のケガが完治しなかったのか、足を引きずり、着のみ着のまま。そんなクレアが娼婦に転落するのに時間はかからなかった。この辺りの状況は、薄々アルフレッドの耳に入っていたらしい。しかし、アルフレッドは、当初の目的通り、雑貨屋の娘と結婚し、つつましく平和な人生を送って来た[いい気分(温泉)]
  4. 偽証した友人2名もそれぞれ出世した[グッド(上向き矢印)]

1の状況で、もしクレアが死んでいたら、「アメリカの悲劇」と同内容なので、まあ、倫理的に死刑ってのは、唐突ではないが…[あせあせ(飛び散る汗)]
なんせ何十年も前のことなので、加害者側は、勝手に時効を成立させている。てか、覚えてない。忘れないと生きていけなかったのかもしれない。

(ちなみにクレアは、どん底の生活を送っていた頃、老いた大富豪に見初められて結婚、遺産を元手に手広く活躍し、今や世界的な大富豪となっていた。)

こうして、クレアの復讐劇が始まる。
お金持ちになって見返しても、まだ気持ちは収まらなかったらしい。

が、これは決して、アルフレッド個人への復讐ではない。ギュレン市への復讐なのだ。
なぜなら、クレアは、もっと安い金で殺し屋を雇うこともできるからだ。つまり、ギュレン市民にアルフレッドを殺させることが、彼女の復讐なのだ。
そのためにクレアは、まちの唯一の産業であった工場を買い取って事実上廃業するという裏工作もしていた。

クレアの目論見通り、アルフレッド一人を犠牲にしようとする市民たち。これって、クレアを追放した「まちの体質」が変わっていないことを示している。
一方で、クレアは、アルフレッドとの旧交を温め、彼の心からの反省を引き出す。
そしてそのことで、アルフレッドの妻に対して、アルフレッドが彼女を愛したことは一度もなかった、と知らしめる。
ある意味、ここも復讐。
アルフレッドの妻は、雑貨屋という家業をたてに、アルフレッドをクレアからもぎ取った張本人。彼女への復讐は、夫を殺すことでは終わらない。何十年結婚生活があろうとも、何人子供ができようと、それがすべて意味のないものだということを突きつけることで復讐は成立する。
そして、そのことで、アルフレッドの妻、マチルデ(春野寿美礼)は、夫が死ぬことに同意するのだ。結婚を続けながら、自分を一度も愛さなかった夫への復讐として。

すべてが終わった後、そんなギュレンの人々に対して、クレアは、「人殺し」という侮蔑の言葉を投げかけた上で、約束通り金をばら撒いて去って行く。

誰一人反省せず、いつしかアルフレッドの死を忘れ、唯物的に生きていくだろうギュレン市の人々。
2幕で、ミリタリーっぽい、シルバーメタリックの武張ったデザインの衣装になっていく彼らに恐怖を感じた。そういう意味では、予想通りの結末。
そんな中で、最後まで人間性を失わずに生きようとした校長先生(石川禅)が、どんどん孤独になり、誰からも顧みられず、転向するというよりは、忘れ去られていく様が、なんともつらい。
彼に花を手渡す少女が、このまち唯一の良心なのかな。
冒頭の場面で、クレアを歓迎する式典にひかれたレッドカーペットを踏まないように踊るダンサーたち。それを平気で踏みにじる、まちの有力者の人々が、クレアの前で慇懃な態度を取り、しかもかつて彼女を陥れていた…というのが、根の深い人間の悪意に繋がっていると感じた。

奴隷を「どれえ」と発音する山口に、退団後すぐに、あの四季的歌唱法を修正する卒業生の中で、この人は、いまだにどこか四季なんだなーと思ったが、それってやめたくてやめたわけじゃないからなのかしら[exclamation&question]
山口涼風は、ともに劇団四季、宝塚という世界で絶大な人気を誇った、という共通点があるが、外の舞台でも、リアルな芝居より、こういう現実離れした作品の方が力を発揮する二人だ。
特に山口は、市井の人なのに、普通じゃない秘密を抱えて、普通なふりで生きているが、何かのキッカケで破たんする、みたいなドラマが、ピンポイントで嵌まる。これは、再演されたら通うわ…[るんるん]
その他のキャストも、すべて適材適所。
春野のイケズな感じもよかった。…が、歌う時、喉、首にスジを立てて歌うのが気になる。歌い方を変えられないのなら、衣裳で隠した方がいいんじゃないだろうか。

楽曲はサイコー[黒ハート]
そして、若き日のクレアを演じる飯野めぐみが、はち切れんばかりに健康的にエロくって、役柄に似合っていた。まあ、若き日の涼風さんとは似ても似つかない立派なバストではありましたが…[あせあせ(飛び散る汗)]


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東宝版「エリザベート」感想 その2 [┣ミュージカル]

感想の「その1」はこちらです。

では、エリザベート以外の出演者ミニ感想です。

<トート役>
井上芳雄…ルドルフでミュージカル界にデビューして15年、満を持してトート役に挑戦してきた井上井上の登場と新演出で、宝塚版の主役はトートだけど、東宝版の主役はエリザベートという力関係に変化が訪れた。
数々のミュージカルに主演してきた井上の、圧倒的な主役感は、相手役の二人が娘役出身で、宝塚でこの役を経験していたためか、自然に引く演技をしてしまうことも相まって、揺るがないものになっていた。
出てきただけで、黄泉の帝王感、ハンパない。
「主役はオレだ!」(悪い意味でなく)
そんなトート閣下でした。
一方、宝塚ではトップコンビ感というか、エリザベート(の中の人)は、基本トート(の中の人)を愛している、というお約束が成立しているので、観ている側も、あんまり、「どこからトートを愛するようになったか」みたいなことを考えていない。
それを取り去ってしまうと、結局、エリザベートはトートを愛したことはないんだろうな~という結論に落ち着くような、それでいて、舞台のすべてを支配している、トートの正しい姿を見せてもらった気がする。
プリンス井上は、あまり胸元はだけても効果が薄いような気がする。私がプリンスに興味ないせいでしょうか。

城田優…前回のトートも観ているけど、突き抜けた声量が素晴らしく、質量のあるトート。
エリザベートとの対格差が圧倒的で、あらがうことのできない大きな力=死に対して、それでも力の限り闘い抜いたエリザベート、という図式が伝わる、見事なラスボス感。そして、胸元はだけてる姿が、とてもセクシー[キスマーク]
演出家、小池修一郎の狙っているトートはコレかな、と思う。エリザベート以外の人間は、このトートが来たら、抗う気をなくしてしまいそう。
今回の公演に関して言えば、「プリンス井上芳雄がトート役に挑戦」というトピックスの反対側で、小池先生は、トート役として今もっとも相応しい存在として城田をしっかり今回もキャスティングしていて、やるなーと思った。
初演から15年、紆余曲折あったが、日本のミュージカル界もこんな二人のトートを持つことができるようになったんだな、と感無量。

<ルキーニ役>
山崎育三郎ルキーニってこんな役だったっけ[exclamation&question]と戸惑いながら、ルイジ・ルキーニは、もしかしたら、こういう人だったのかもしれない…ということは感じた。良くも悪くも、ずっとルキーニ役を演じていて、ストーリーテラーとしての役割以上の情報を発信しているっぽかった。そして、なんか、とても気持ち悪い人、だった。
山崎自身が、革新的に何かをやろうとしているエネルギーを感じるものの、ほかの人が出てる時は、そこまでルキーニを観てないので、そのルキーニが「あ~そういうことね[exclamation]」と腑に落ちるところまでは、いかなかった。山崎ルキーニは一回しか観ていないので。

尾上松也…3ヶ月もミュージカルやってる余裕あるんでしょうか…と不安になる昨今の歌舞伎界。でも、尾上松也個人の戦略的には、これは正しい。松也は、御曹司である。しかし、歌舞伎界では、親が生きている間に一枚看板背負っておかないと、親が死んだとたんに手のひらを返される。早くに父親を失った松也は、歌舞伎以外の世界で名を上げるしかない。かつて中村獅童がそうだったように。
とはいえ、彼はミュージカル俳優ではない。ルキーニ役は、かなりの力量がないとこなせるものではない。
そんなわけで、6月に観た時は、かなり不安を感じる歌声だったが、8月は、堂々としたものだった。ストーリーテラーとしての華が見事で、ハッタリの効かせ方が、さすが歌舞伎俳優だな、と思った。

<フランツ役>
フランツ役、そんなに真面目に観てなかったのか、あんまり印象がない。
いや、たぶんそうじゃない。宝塚版だと、フランツがこの時、こうだったから、エリザベートはこうなって…みたいな、夫婦間の行き違い、フランツがゾフィ―寄りなのか、エリザベート寄りになるのか、で、エリザベートの気持ちが変化したり…と、フランツは、とても重要なキャラクターなのだが、東宝版では、そもそもエリザベートの性格に問題があり過ぎ、結婚前からすれ違っているために、エリザベート中心に観ていると(夫なのに)注視する必要を感じないのだ。
若い頃のプリンス感がさすがだったのは、田代万里生だが、あまり老年は似合わない。そちらは、佐藤隆紀の武骨で真面目な雰囲気がよかったような気がする。

<ルドルフ役>
かつて、井上芳雄が演じて、日本のミュージカル界に、ルックス的にルドルフ役をできる人が出てきたか[exclamation]と、わくわくして早15年。
もう普通にルドルフやれる俳優があっちにもこっちにもいる。
今回は、古川雄大京本大我が演じている。私なんか、京本パパにNHK大河(「草燃える」)で初めてBLの存在を教えていただいたおばちゃんなので、隔世の感がある。
古川は、やたら身体だけ立派になっちゃったけど、少年の青臭さが抜けない、革命戦士(絶対失敗する感じ)。
京本は、その美貌ゆえにトートに愛され、遅かれ早かれこうなってしまう運命から逃れられない薄倖の皇太子。

<ゾフィ―役>
歌唱力がすばらしい香寿たつきのゾフィ―と、なんかわからないけど、ゾフィ―の方が正しく見える剣幸のゾフィ―。どちらも宝塚OGとして素晴らしいゾフィ―でした[黒ハート]
しかし、現役時代、老けてると言われていたたーたん、ゾフィ―のオファー来るの、さすがに早すぎない[exclamation&question]
剣さん、60期でしょ[exclamation&question]たーたん、72期なのに。轟理事より下級生なのに。

その他、ヘレネ役を演じていた原宏美が、長身で可愛いなと思ったのと、ヴィンディッシュ嬢を演じていた真瀬はるかが、怖いくらいなり切っていたのが印象に残った。

最後に。
エリザベートには、キスシーンがいくつかある。
最近のミュージカル全般に言えるのだが、別にどうしても本当にキスしなくてもいいじゃん…と私は思う。だって、不自然なんだもん。
(自然なキスしたら口紅がよれるから、できるだけ正面から口と口だけが付くようなキスをするのだ。)
特に、蘭乃はなが、キスシーンの前に口紅を変えてきたのにはドン引きだった。やる気満々かよ[exclamation&question]と。花總まりは、最初からキスシーンありきで、ずっと抑えたトーンの口紅を使用。この辺、東宝ミュージカル慣れしている感じ。
宝塚の文化である「エアキス」はもっと市民権を得てもいいのではないか、と思う。
だって激しいキスシーンができるんだよっ[exclamation×2]私はそっちのが観たい[exclamation×2]


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東宝ミュージカル「エリザベート」観劇 [┣ミュージカル]

ミュージカル
「エリザベート」

エリザベート役に、宝塚の娘役出身者2名を迎え、演出を一新した東宝「エリザベート」を観劇。
今回の観劇は、6月に「蘭乃・城田・佐藤・松也・古川・香寿」というキャストで観劇後、8月に「蘭乃・井上・佐藤・山崎・古川・香寿」、「花總・城田・田代・松也・京本・剣」というキャストで観劇した。
なにぶん長丁場の公演であり、しかも、演出一新後、初めての「エリザベート」ということで、6月公演は、公開舞台稽古の感があり、一部のキャストについては、目も当てられない状態だった。そのため、感想にいささかバラツキがあることを最初にお断りしておく。
1996年宝塚歌劇団で本邦初演以来、大ヒットミュージカルとなって再演を繰り返し、東宝としてもドル箱の看板ミュージカルなので、今さら内容についてはご説明の必要もないだろう。19世紀オーストリア帝国の皇后、エリザベートの生涯が軸になり、当時のヨーロッパ情勢、ハプスブルク家の崩壊なども織り交ぜて描かれたミュージカル。彼女に恋をした「死(トート)」という存在がひとつのキーになっている。
もともとウィーンで上演されていた原作ミュージカルは、エリザベート役を主役に構成されていたが、宝塚で上演する際にトートを主役に変更、この時に、トートのための新曲「愛と死の輪舞(ロンド)」を作曲してもらっている。
東宝版では、「愛と死の輪舞」など日本版の諸設定は残しつつも、エリザベートを主役に再構成している。上演時間は宝塚版も東宝版もあまり変わらないが、宝塚ではフィナーレを付けるため、東宝版の方がシーン数は多い。主な東宝版だけのシーンは、少年ルドルフが剣の訓練を嫌がる場面、フランツとゾフィーの諍いとその後のゾフィーのソロ、シシイが地中海のコルフ島で詩を書こうとして亡き父と対話する場面(「パパみたいに」リプライズ)、ハイル!のナンバー、辺りかな。
トート閣下の最終答弁⇔フランツの見た悪夢などシーンの差し替えや、場面の入れ替えなどもあるし、長女ゾフィーの死や、エリザベートのフランス病(梅毒)感染、「キッチュ」の歌詞など、よりリアルで宝塚に向かない台詞や歌詞も出てくる。そして、黒天使のかわりにトート・ダンサーという、半裸の男たちが常にトートの周囲で踊りまくっている。
初演の時は、このトート・ダンサーが恐ろしくて、東宝版エリザベートはムリ…となってしまったが、まあ、これも慣れですかね[あせあせ(飛び散る汗)]
今回の公演は、演出が一新し、また狂言回し役のルキーニを初演以来ずっと単独で努めてきた高嶋兄が降板したため、そして、史上初めて娘役出身者がエリザベート役を務めたことで、また別の「エリザベート」を観るような感じだった。

で、観劇しての第一の感想が「トートの主役感、ハンパない[exclamation]でした。
井上芳雄は、初トートとはいえ、初演の「エリザベート」でデビューして15年になる東宝のエースだし、城田優もトート役は二度目で慣れている。一方、花總まり蘭乃はなは、エリザベート役の経験こそあれ、東宝版は初出演だし、同じ役を経験しているからこそ、宝塚におけるエリザベートの立ち位置が刷り込まれているともいえる。
そんなわけで、私は、最後にこの二人が見返り美人姿で登場するカーテンコールを見ながら、どうも不思議な感覚に襲われていた。なんか、ラスボス感ゼロだなー[あせあせ(飛び散る汗)]みたいな。
とはいえ、本編では、見事に花總のエリザベートに、魂を奪われた。蘭乃については、6月に観た時の歌ヤバイ感がハンパなくて、8月の観劇も、ヒヤヒヤしながら観ていたので、役作りだとかそういう面を考える余裕が私になく、ほぼ、蘭ちゃん出てた…程度の印象。
なので、エリザベートに関しては、ほぼ花總の感想になってしまうことをお許しいただきたい。
しょっぱなのおてんばな少女の破壊力。そして、トートに初めて出会った時の、「私を返して!」に溢れる生命力が感じられる。何も知らない子供ではなく、「死」とは何かを知っていて拒否する恐れと悲しみがとてもリアル。既に泣いてるし…。また、少女に見えるようなメイクと表情の作り方もさすがな感じ。
思えば、宙組トップ時代の後半、花總の顔が能面のようで、一気に彼女へのファン心がなくなった。ゆえに表情豊かな“花ちゃん”がそこにいるだけで、私はとても幸せな気持ちになる。
そしてフランツに選ばれたあと、「ねえさんの方がおしとやか」と言ってもフランツの気持ちが変わらなかったのを見て、この「王子様」に恋をする乙女心とリアルな打算から始まる、リアル・エリザベートの物語に、深い共感を持てるのも、元・男役の演じるエリザベートとは違うところ。
男役より、娘役の方が、脳内黒いんだな、多分。
そして、「私だけに」の絶唱は、ある意味初演と変わらず、ある意味より深く、ある意味より透明になっていて、ぞくっとした。花總のエリザベートは、森光子の「放浪記」になるかもしれない、みたいな予感すらあって、戦慄した。
後半も在団中には到達しえなかった大人のエリザベートの新境地が素晴らしく、本当に舞台に戻ってきてよかった[exclamation]と思った。

トート役以下、役者感想は別記事で。


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凰稀かなめ、帝劇「1789」に出演! [┣ミュージカル]

先日、第一次キャスト発表があった、来年の帝劇4-5月公演「1789」、花總まりのシングルキャストかと思われたマリー・アントワネット役に、凰稀かなめが追加発表され、主要三役すべてがWキャストということになった。

これは、ビックリ[exclamation×2]

ホンモノのマリー・アントワネットは、身長150センチ位の小柄な女性だったらしい。だから、超盛り髪にしても大したことはないと思うけど、凰稀さんが盛り髪したら…[爆弾][わーい(嬉しい顔)]

って辺りは、笑い話で済むけど…あと1年近くあるので、女役としての歌稽古、頑張ってくださいね[exclamation×2]


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