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ミュージカル「スカーレット・ピンパーネル」観劇 [┣ミュージカル]

ミュージカル
「スカーレット・ピンパーネル」

原作:バロネス・オルツィ
脚本・作詞:ナン・ナイトン
作曲:フランク・ワイルドホーン
編曲:キム・シェーンベルグ
訳詞・翻訳・潤色:木内宏昌
潤色・演出:ガブリエル・バリー
音楽スーパーバイザー:ジェイソン・ホーランド
音楽監督:前嶋康明
指揮:小林恵子、川嶋雄介
演出補:石丸さち子
美術:二村周作
照明:勝柴次朗
音響:山本浩一
衣裳:前田文子
ヘアメイク:鎌田直樹
振付:港ゆりか
アクション:渥美博
歌唱指導:満田恵子
演出助手:伴・眞里子
舞台監督:北条孝、有馬則純

宝塚で初演のミュージカルを外部で上演する。そのヒロインを宝塚で初演に出演した女優が務める。「エリザベート」の東宝初演を思い出すな~[わーい(嬉しい顔)]
もっとも、安蘭けいの場合、既に外部デビュー作が、星組で演じたアイーダではあったけれど。
そして、今回、これまでの、宝塚⇒外部ミュージカルと大きく違うのが、演出=小池修一郎ではないところ。宝塚版で初めて使用された「ひとかけらの勇気」は採用されているが、曲順とエピソードは大きく異なっている。また、今回の日本版上演に際し、ロベスピエールの新曲が加わり、このことにより、ショーヴランの立ち位置がロベスピエールの側近というか、一蓮托生の存在だということがハッキリした。
ロベスピエールはフランス革命で最も有名な革命家だが、この作品には、他の著名な革命家は登場しない。このため、宝塚版では、ロベスピエールとショーヴランの間に指示命令関係があることはわかるものの、ロベスピエールがそれほど近い存在なのか、よくわからない。圧倒的な上司という感じにも取れた。今回のスカピンでは、より直部下感が出ていたように思う。
あとは、マルグリット姉弟が処刑されるための馬車に乗せられるところで、一緒に呼び出しをされたメンバーの中にアンドレ・シェニエがいたことで、この物語のクライマックスがテルミドール7日だったということがわかった。

愛すべきショーヴラン、ピンパーネルとしてパリに送り返された頃には、ロベスピエールも死んでいて、なんとか命拾いできるんじゃないかしらね。運が良ければ[黒ハート]

マルグリットを騙してサン・シール公爵一家を処刑した過去が消えるわけではないけど、あの胸がすくようなラストシーンの後味を考えると、ショーヴランがパリに戻った後、ギロチンで処刑されただろう…と想像するのは、ちょっとつらい。たぶん、パーシーたちがショーヴランを出し抜いてやっつけるというのが、とても気持ちいいから、そこから極刑というのが、繋がらないのだと思う。そんな、観客側の生理にすごくピッタリくる終わり方が、これなのかもしれない、と思った。
日本版しか知らないので、宝塚版との違い、ということで書くと、もちろん、ルイ・シャルル救出作戦は登場しない。そもそも、この手の“死んだことになっているけど、実は…”的な物語って、日本人は大好きだけど、外国ではどうなんだろう?(「真田十勇士」でも、猿飛佐助や霧隠才蔵、そして豊臣秀頼までもが薩摩に逃れている。←薩摩ってとこがまた、秀逸だな~[揺れるハート]
じゃあ、誰を救出するか、というと、アルマンなのだ[ぴかぴか(新しい)]
宝塚版では、何も知らない姉に代わってピンパーネル団の一員になる青年で、恋人のマリー・グロシュルツが、シャルル救出のために大活躍する、という設定だったが、その辺り、小池先生が宝塚らしい物語に変えたんだな~と、納得。
外部には外部の、宝塚には宝塚の良さがある。両方を観られる日本の観客って、幸せなのかも[揺れるハート]
アルマンを救出するために、マルグリットが単身パリに潜入する。(彼女は、夫の正体を知らないから)
そして、ショーヴランに捕えられ、姉弟は、処刑されることになる。
その途上、アルマンが口を滑らし、マルグリットは、夫がピンパーネルであることを知る。ちなみに、マリーには別に恋人(作品途中で結婚)がいるし、マルグリットは弟を溺愛しているので、アルマンの姫ポジは増している。
あと、ピンパーネル団の面々に特定の恋人がいるという設定も宝塚的事情によるようで、体形的に差別化できるオッジ以外は、美しい男たちの団体っぽくなりがちだったが、アルマンだけは、姫として別格扱いで、おいしい[かわいい]その代わり、衣装とヘアスタイルは、一人だけ地味。仕方ない、革命フランスのヒトだから。
あとは、最初の方にも書いたが、目玉として、ロベスピエールに二幕冒頭の新曲が追加されたことがポイントになるかな。
ロベスピエールの革命家としての信念が投じられた大ナンバーで、あまりに壮大かつ、心情が吐露されているので、うっかり、ロベスピエールに気持ちが傾いてしまった(笑)
そこを長引かせないための素晴らしい演出が、ロベスピエールとウェールズ公を同じ役者に演じさせるというウルトラCだ。ロベスピエールが瞬時に、飄々としたウェールズ公に変身することで、彼の印象が霧消する。これにより、観客は最後までピンパーネル団の味方でいることができる。
突っ込みどころの多い物語かもしれないが、音楽もストーリーも爽快で、何度もリピートできる、と思える作品。早々の再演を願ってやまない。

そんな作品の成功の第一人者が、パーシーを演じた石丸幹二
パーシーにしか見えないし、彼のいる方が正義に見える。これって、ラウルの時から変わってないな。あなたこそ正義[ぴかぴか(新しい)]
英国紳士っぽい皮肉屋なところも、世をしのぶ仮の姿ではしゃぐ姿も、橋の上でマルグリットと対峙するシーンの真面目な姿も、どれもこれもぶれずにパーシーであり続ける。
そして、圧倒的な歌声[ぴかぴか(新しい)]本当にごちそうさまでした[黒ハート]

マルグリットは、安蘭けい
既に女優としての実績は十分なので、いまさら、8年前のパーシー役を持ち出す必要はないかもしれない。
元・パーシー役、元・男役ということで、「ひとかけらの勇気」を一節歌ったり、フェンシングで活躍するシーンがあったり…というサービスショット満載で、昔から応援しているファンも喜んだのではないかしら[exclamation&question]
シトワイエンヌな英国貴族夫人という難しい役どころが、ピッタリと嵌まっていた。
弟愛がすごくて、そんなとこも可愛かった[かわいい]

ショーヴランは、石井一孝
宝塚版では、いまひとつキャラがつかめなかったショーヴランだったけど、このミュージカルの石井ショーヴランは、キャラ立ちしていた。やはり、宝塚の2番手に演じさせるのは難しい役なんだな~と思う。清濁がごっちゃになっている人だから。
そんな部分を余すところなく演じられ、しかも、歌唱力ハンパないし…[ぴかぴか(新しい)]
本当に素晴らしかったです[黒ハート]

ロベスピエールとウェールズ公は、佐藤隆紀(LE VELVETS)と平方元基
私は、佐藤版しか観られなかったが、見事な押し出し&歌唱力&ひょうきんさで場をさらっていた。
特にロベスピエールのソロは、あまりの迫力に、夢まで見てしまったほど…[ひらめき]いや、ほんと、昨今の活躍は目を見張るばかりです。

そして、アルマンの矢崎広
これまでもミュージカル作品には出演しているが、一般的にはストプレの印象の方が強いと思う。
歌声も高音まで綺麗に出ていてまずは一安心。ただ、セリフの声と歌声が一致していない、というか、歌声がやや細く綺麗すぎるきらいはあったかもしれない。
次の「ロミオとジュリエット」でも大曲が待っているので、一層の精進を期待している。
しかしまあ、ほんと、可愛いアルマンでした[黒ハート]

ピンパーネル団は、リーダー格のデュハーストを演じた上口耕平、コミカルな味のオジー役、駒木根隆介が目立っていた。
あとはちょっとキャラかぶり感が否めないかも…。
お気に入りの相葉裕樹くん(ベン役)があまり目立たなくて残念…[もうやだ~(悲しい顔)]ほら、今回、1番槍・2番槍・5番槍共演だったからさ。
ただ、「ジャージー・ボーイズ」ですごく気になった、太田基裕くんばっかり見てしまっていた部分はあったんだよね[あせあせ(飛び散る汗)]新たなお気に入りになっちゃったかしら[あせあせ(飛び散る汗)]

女性陣では、マリー役の則松亜海が、やはり目を引く。宝塚を退めたのは正解だったかもしれない。水を得た魚だった[ぴかぴか(新しい)]

“今日は何の日”
【12月3日】
1872(明治5)年のこの日を明治6(1873)年1月1日とし、日本は太陽暦採用の国家となった。
(←ということで、新暦では1873(=明治6)年1月1日となります。)


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ミュージカル「八犬伝」観劇 [┣ミュージカル]

ミュージカル
「八犬伝―東方八犬異聞―」

原作:あべ美幸『八犬伝―東方八犬異聞―』

演出・音楽:浅井さやか(One on One)
脚本:ほさかよう(空想組曲)
企画:CLIE
製作:古那屋一座

昨年、「南総里見八犬伝」という舞台があり、そこに宝塚を退団した帆風成海が出演するというので、大喜びで観に行った。今回、やはり、帆風が出るというので、勝手に同じ作品の続編だと決め込んでしまった。

で。

だーかーらー、ファンタジー苦手なんだってば…[爆弾]
しかも、なんか、これ、続編だし[爆弾][爆弾][爆弾](でも、帆風は、今回が初登場)
一応、曲亭馬琴の「南総里見八犬伝」と同じ名前の登場人物は出てくる。彼らは珠も持っている。身体のどこかに牡丹の花の痣もある。その一方で、普通の人間じゃない。死んだはずだけど生きている…みたいな設定の人が多い。
また、ファンタジーなので、そもそも現代日本ではないどこかの物語ではあるのだが、妙に戦国日本チックなのは、こういう物語の常なのだろうか。
「南総里見八犬伝」には、関東管領扇谷(上杉)定正が登場するので、原作設定は室町時代だと思われる。この作品もその頃の時代っぽい設定が残りつつ、衣装は現代風だし、身の回りの調度品なども現代。あ、でも旅芸人(帆風はその座長)は和装だったな。

そんな、原作知らないと置いて行かれるっぽい中、安定の美しさで、歌も安心して聴ける三上俊ってすごいかも[ぴかぴか(新しい)]
三上が出るからってのも、もちろん、観劇動機ではあるのですが[るんるん]

女性陣(帆風・岡村さやか・田上真里奈)はみんな、歌もお芝居も素敵な面々。
安心して観ていられる[かわいい]
ホタテって女性になると祐飛さんに似てるな…と、なんか初舞台のラインダンス時の画像でも思ったことを、再び思い出した。
ま、ちょっとツリ目の丸顔好きってことで[わーい(嬉しい顔)]

固定ファンをつかんでいる感じはあったので、次の公演もきっとあるだろうな。
そして、三上くんがあのビジュアルで出る限り、私は、見るだろうな[黒ハート]
そのうち、話にもついて行けるだろう[わーい(嬉しい顔)]


男性出演者の殺陣も素晴らしかったです[ぴかぴか(新しい)]ただ…ごめんなさい。キャストの皆さんを全然知らなくて。

信乃(坂口湧久)の腕に眠る名刀村雨(天羽尚吾)、荘介(松村龍之介)と命を共有している犬の四白(美木マサオ)を擬人化し、ダンサーに演じさせるなど、演出の手腕が素晴らしかった。

“今日は何の日”
【11月28日】
鹿鳴館が落成、祝宴が催された(1883=明治16年)。

設計は、ジョサイア・コンドル…ということは、帝国ホテルと同じ設計者だったんですね。
宝塚版「るろうに剣心」を思い出す話ですね[黒ハート]


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「ミス・サイゴン」千秋楽観劇 [┣ミュージカル]

ミスサイゴン.jpg 

ミュージカル
「ミス・サイゴン」

オリジナル・プロダクション製作: キャメロン・マッキントッシュ
作: アラン・ブーブリル/クロード=ミッシェル・シェーンベルク

音楽: クロード=ミッシェル・シェーンベルク
演出: ローレンス・コナー
歌詞: リチャード・モルトビー・ジュニア/アラン・ブーブリル
ミュージカル・ステージング: ボブ・エイヴィアン
オリジナルフランス語テキスト: アラン・ブーブリル
追加振付: ジェフリー・ガラット
追加歌詞: マイケル・マーラー
舞台美術原案: エイドリアン・ヴォー
翻訳: 信子アルベリー/訳詞:岩谷時子
映像制作: ルーク・ホールズ
編曲: ウィリアム・デヴィッド・ブローン
衣裳: アンドレアーヌ・ネオフィトウ
ミュージカル・スーパーヴァイザー: スティーヴン・ブルッカー
照明: デヴィッド・ハーシー/ブルーノ・ポエット
音響: ミック・ポッター
舞台美術: トッティ・ドライヴァー/マット・キンリー


行かなければ!と探し始めたのが、千秋楽の一週間位前で、結局、都合の合う日が千秋楽しかなかった…[爆弾]
けっこう、どうしようかな…と悩んだのだが、えいやっと行ってきました[exclamation×2]

以前一度だけ観劇している。
その頃、一生に一度レベルの運の良さが続いていて、ショッピングモール系の抽選に当たりまくっていた。その最たるものが、シャンテの抽選で「ミス・サイゴン」を当てたことだった。
それで同じ部署の友人と一緒に観ることにしたのだが、彼女は部の担当役員秘書だったので、役員さんが帰るまでは帰れない。ところが、その日に限って、役員さんに用があったらしく、出発時間まで役員室で時間調整をされる…という最悪の事態が…!
まあ、抽選で当たったチケットだったこともあって、そのまま役員さんが帰られるのを待ってから劇場に向かったため、たぶん、ヘリコプターの出てくるちょっと前に劇場に着いたような気がする。ヘリコプターだけは、すごく覚えてた…
以来、ずーっと、この作品はリベンジしなきゃなーと思っていたが、今でも仲良しのその友人は、今や社長秘書である。歴史…[ひらめき]

まあ、あんまり後味のいい作品ではない。
それは、“レミゼ”だってぶっちゃけそうなので、音楽の良さに聴き惚れて泣けばいい系なんだろうな、と思っている。
かの「RENT」が、オペラ“ラ・ボエーム”を下敷きにしているように、「ミス・サイゴン」は“蝶々夫人”を下敷きにしている。そこには、当然、欧米人のアジア人に対する差別意識があり、時代考証的には、どうしたってそうなってしまうのだが、現代アジア人の感覚で見ると、なんか無性にイラッとする。
また、1970年代という時代が、実に微妙なのだ。“蝶々夫人”の時代なら、“時代劇”カテゴリで、差別なども「時代のせいね」と思えるのに、1970年代という“現代劇”の中で、普通に行われる差別は、イラッとしてしまう。反射的に。その上、ここで高らかに歌われる“アメリカン・ドリーム”が幻想になりつつある昨今、アメリカに行っても幸せになれるわけじゃないよね[exclamation&question]みたいな否定的な気持ちが胸に湧き上がるのを止めることができない。これも、時代劇なら、「その頃は、アメリカに行くことが幸せになれる唯一の道だったのね」と納得できるのだろうが。

物語は、簡単に書くと次の通り。(配役は観劇当日のものです)
サイゴン陥落直前のベトナム。お金さえ出せば売春斡旋もしてくれる…というか、そっちがメインみたいなバーに、一人の少女が働きにやって来た。キム(笹本玲奈)17歳。その夜、店はアメリカ兵のパーティーが行われていて、ふさぎこむクリス(上野哲也)に、ジョン(上原理生)が店の女の子をプレゼントすると言い出す。ジョンの金でクリスのもとに現れたのがキム。
一夜を過ごした二人は、客と婦という関係ではなく、心から愛し合う仲に変化していた。クリスはキムをアメリカに連れて帰ろうとするが、サイゴンが陥落し、クリス達は緊急帰国することとなった。
3年後、クリスはPTSDに苦しみながらも、エレン(知念里奈)という女性と結婚、ジョンは、ベトナムにアメリカ人の血をひく子どもたちがおおぜいいることに心を痛め、彼らを救う運動をしていた。
一方、キムは、今やベトナム政府の高官に上り詰めた、田舎にいる頃、両親が決めた婚約者トゥイ(神田恭兵)に見つかり、クリスとの子であるタム(君塚瑠華)を殺されそうになったため、トゥイを殺す。そしてベトナムにいられなくなって、エンジニア(市村正親)とともにタイに渡る。
キムのことがやがて、ジョンの活動の情報網にかかる。
そして、クリスとエレンがバンコクにやってくるが、エレンの存在を知ったキムは、愛するタムを幸せにするため、ひとつの決断をする。

祐飛さんが、初めてのディナー・ショーの楽曲の中に、「BUI DOI」(ベトナムにアメリカ人の血を引く子供たちがいる。彼らをクズとして葬っていいのか[exclamation&question]と、ジョンが世論に訴える場面の曲)を入れたことは、あの頃の彼女のタカラジェンヌとしての特異性の証だったんだなーと、作品の中で歌われるこの曲を聴いて強く思った。まあ、ディナー・ショーの中で、池田小事件について言及したくらいだもんな。
ジョンのバックには、当時のアメリカ人とベトナム人の間に生まれた子どもたちの映像が流れている。明らかにアジア人ではない顔立ちの子どもたちが、母親と一緒に保護されている姿は、ベトナムを忘れようとしている一般のアメリカ人には、とてもショックな映像だったかもしれない。
この曲を歌うのは、上原理生。
いやー、素敵な声~!めっちゃ好み~!と思いながら、りおくんだと気づいたのは、カーテンコールで呼ばれた時だった[爆弾]すみません、短い髪のりおくん、見たことなかった[あせあせ(飛び散る汗)]

ぶっちゃけ、ジョンがクリスにキムを引き合わせなければこの悲劇は起きなかったのだが、帰国後のジョンは、ベトナムで起きた悲劇に対して、アメリカ人として逃げずに対処しようとする、ほぼ唯一の存在として描かれる。そして、多くの事案を処理しているだろう彼は、ベトナム女性たちの願いと、それを受け止めなければならないアメリカ人の間の心理的なギャップに気づいている。
が、クリスもエレンも独善的な自分達の感傷に引きずられ、真実を見ることができない。
って辺りが切なすぎる。
とはいえ、キムがどうしてタムをアメリカに行かせたいのか…という辺りが、現代の観客には理解できないような気がして、いろいろもにょってました[爆弾][爆弾][爆弾]
音楽は素晴らしいので、あんまり物語は考えず、曲だけに集中した方がいいのかな[たらーっ(汗)]
キャメロン・マッキントッシュあるある。

千秋楽ということで、キンキの堂本光一さんが、花束を持って駆けつけてくれ、そんな姿を拝むことができて、なんか、ものすごく得した気分だったことも付け加えたい。
笹本玲奈のキムは、17歳~20歳にしか見えない。この役を10年とか、すごすぎるわ。
エレンに回った知念里奈も、新妻らしい(あ、実生活でも新妻だわね[ひらめき])繊細な演技で魅せた。
そしてエンジニアの市村は、一生エンジニアでよいと思う。次も出られるように、体調を整えて頑張ってね。
でも、この役、主演じゃないだろう…とは思うけど。(狂言回し役)
(東宝の演劇って、役と立ち位置に違いがある場合が…[ひらめき]

“今日は何の日”
【11月24日】
東京音楽学校(現・東京芸術大学)奏楽堂で、日本初のオペラを上演(1894=明治27年)。

11月24日は、そんなわけで、オペラ記念日だそうです。


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「マーダー・バラッド」観劇 [┣ミュージカル]

ミュージカル「マーダー・バラッド」

脚本・詞:ジュリア・ジョーダン
音楽・詞:ジュリアナ・ナッシュ

訳詞・上演台本:森 雪之丞
演出:上村聡史
音楽監督:島 健
 
主催:ホリプロ/銀河劇場
企画制作:ホリプロ

1ヶ月半ぶりの関西旅行…ここのところ、フルフルで観劇を入れていなかった。もうトシなのかしら[exclamation&question]

でも、今回は、なぜか急にその気になって、

雪組大劇場⇒月組DC⇒お茶会/1日目
月組DC⇒「マーダー・バラッド」⇒お茶会/2日目

という、かなりイタい旅を計画してしまった。
お付き合いいただきました友人の皆様、本当にありがとうございました[黒ハート]

「マーダー・バラッド」、どんな作品か、事前にまったく調べていなかったが、中川晃教・濱田めぐみ・平野綾・橋本さとしの4人だけが出演する、というだけで、そりゃ行くだろ[exclamation]ま、東京公演があったりもするわけですが、ぶっちゃけ、東京の方が少しだけチケット代が高い。じゃ、兵庫県芸術センターまで行っちゃうか[黒ハート]と。
(祐飛さんのおかげで、このエリアがすっかり庭に…[わーい(嬉しい顔)]

ナレーター(濱田)が歌い始め、登場人物を紹介する。
サラ(平野)とトム(中川)は恋人同士。しかし、トムがサラを捨て、サラは、偶然出会ったマイケル(橋本)と新たな恋を始める。
やがて、サラとマイケルは結婚し、フランキーという娘が生まれる。
幸せなはずなのに、家族の幸せのために懸命に働くマイケルをよそに、心にぽっかり穴があいたようなサラは、トムに連絡を取ってしまい、二人の関係が再燃する。ある日、フランキーが熱を出したが、サラの行方がわからず、とうとうマイケルは二人のことに気づいてしまい…

「クラブ、ダイヤ、スペード、ハート 勝負の決め手は自らの選択と、運命!」。

この作品、ステージシートというのがあって、出演者の歌を間近で聴ける。その席に座ったら、どんな気分だろう[exclamation&question]
まあ、その分、緊張もすごいだろうけど。

音楽は、ゴキゲンに身体に浸み込んでくるし、登場人物の感情も素直に響く。
そして、ラブシーンがすごく素敵[黒ハート]

舞台でのキスシーン、すごく不自然だからキライ[ちっ(怒った顔)]というのが信条の私も、今回のラブシーンには脱帽。見事な演出でした[いい気分(温泉)]
キスひとつにしても、シチュエーション、関係性が見えてくるような細かい演出。愛の始まりのキスと夫婦のキスは違うし、昼のキスと夜のキスも違う。
そういう細かいことが、それ以外の感情表現と相俟って実に自然に飛び込んできた。
大劇場用のメイクじゃないから、唇がナチュラルでも違和感ないし、それだと口と口を付けるだけのキスシーンじゃないこともできるし、ほんと、ノンストレスでした[るんるん]

ラブシーンの一部と、衝撃のマーダーシーンを天井カメラで撮影、映像で見せたのも、禍々しい美しさで、とても惹かれた。

でもやっぱり、音楽[exclamation×2]

4人の素晴らしいシンガーの最高のステージに酔った90分でした[黒ハート]

“今日は何の日”
【11月6日】
アパート記念日。
日本初の木造アパートが東京・上野に完成(1910=明治43年)。


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「RADIANT BABY」観劇 [┣ミュージカル]

「RADIANT BABY キース・ヘリングの生涯」

脚本・歌詞:スチュアート・ロス
音楽・歌詞:デボラ・バーシャ
歌詞:アイラ・ガスマン

演出:岸谷五朗

訳詞:小林香
音楽監督:前嶋康明
振付:大村俊介(SHUN)、原田薫

美術:石原敬
照明:川谷祐之
音響:武田安記(サウンドクラフトライブデザイン社)
映像:石田肇
衣裳:屋島裕樹(ファムリズム)

歌唱指導:亜久里夏代
音楽監督補:吉田能
音楽コーディネート:森岡孝夫、千葉健(東宝ミュージック)
振付助手:おごせいくこ

演出助手:森田香菜子

初日と千秋楽の前夜を観た。千秋楽前日の昼公演でアクシデントがあり、主演の柿澤がアキレス腱断裂の重傷を負った。医者の判断で残る2公演は演出を変えて続行し、大阪公演は中止となった。
何も知らずに劇場に到着した私は、演出の岸谷五朗氏の開演前アナウンスでかっきーの“ケガ”を知った。怪我の内容は伏せられていたが、開幕から場内は異様なムードに包まれていた。

こちらのレポ、基本的に初日の普通の状態について書き、最後に私が観た前楽の風景を付け加えることとしたい。

ラディアント・ベイビーをはじめとするキース・へリングの作品は、前から好きでよく見ていたものの、彼の人生については、よく知らなかった。エイズで亡くなったということくらい。
舞台にはまず、三人の子供たちが登場する。この子供たちは、3組の日替わりで、偶然、私はそのうち1チーム(設楽銀河・朝熊美羽・ミア)しか観なかった。キースは、こどもたちと絵を描くことを好んだらしい。のびのびと歌う子供たち…でも、けっこう過激なこのミュージカル、大丈夫だったかしらね[あせあせ(飛び散る汗)]
物語は、時系列には進まない。キースが突然、すべての仕事をキャンセルしてほしい、と言い出すところから始まる。マネージャーのアマンダ(知念里奈)が理由を尋ねても、彼は何も言わない。実は、エイズ検査の結果が陽性だった…ということがだんだんわかってくるのだが、このエイズ発覚⇒死に至る物語と、彼の半生が交互に出てくる、という進行になっている。非常に分かりにくいので、19●●年(●歳)みたいなテロップを背景に掲出していた。
彼が生きた20世紀後半は、激動の時代だった。
キース(柿澤勇人)は長男で、下に妹が3人いた。父親(香取新一)が彼にクレパスを与え、絵を描かせた。キースは、紙だけでなくあらゆる場所に絵を描いたが、母親(汐美真帆)は咎めなかった。そのことが彼の才能を伸ばしたのかもしれない。
その一方で、キースは、男の子の人形にスカートを穿かせたりしていた。
高校生の時から、プロムに女の子を誘うことはなく、高校を卒業してNYに出る頃には、本人もゲイであることを自覚していたようだった。
容姿に自信がなく、引っ込み思案だったこともあり、特定の恋人を作るのが苦手だった。
が、ある日、DJのカルロス(松下洸平)に出会って、恋に落ちる。また、生涯の友人・クォン(平間壮一)もでき、ひたすら親身になってくれるマネージャーのアマンダ(知念里奈)も採用することとなった。
一人の天才ポップアーティスト、キース・へリングの短い人生が、こうして花開く。
彼は、地下鉄アートで注目され、一気に時代の寵児となった。彼の絵は売れに売れたが、キースは、それをよしとはしなかった。もっと安価に、誰もが手に入れられるもの…そしてポストカードなどを販売するショップを自ら経営するという前代未聞のスタイルを考える。
実際、このショップは東京にも出店していて、このミュージカルは、彼が東京を訪れた時のエピソードも組み込まれている。
東京でカルロスは、キースに別れを告げる。「カレシ」という立場で東京に来ても、彼は暇を持て余すだけだ。誰かを愛することと、自分のアイデンティティーを守ることは、時に対立する。キースとクォンとアマンダの世界というのがあって、そこではカルロスはキースに一番近い存在でいることはできない。
東京というカルロスにとって働く糧のない場所に行くことで、二人の関係は決裂したが、その後しばらくして、キースのもとに、ある知らせが届く。それが冒頭のシーン。
エイズと診断されたことを最初は認めようとしなかったキースだったが、やがて、限りある時間の中で、自分にできることを精一杯やる、と言って、寝る間を惜しんでアートを制作し続ける。
生涯、友人であり続けたクォンもまた、エイズに侵され、二人は最期の時を迎えようとしていた。
それが、お決まりでもあるかのように、真っ白な病院服に身を包む二人。(「RENT」のエンジェルを思い出さずにはいられない!)
僕の最期の時に浮かんでくるのは、キミの人生だ、みたいなクォンの言葉が、ずーんと胸を打つ。
一番近くでキース・へリングの才能を見続け、でも、彼は画家じゃなかったから、写真家として協力も出来、アーティストとしての彼の思いも理解でき、そして最期は同じ病まで共有する。しかも、恋人じゃないから、カルロスみたいな苦しい思いもしない…。
もしクォンがキースを恋愛対象にしていたのだとしたら、それはとても苦しいことだけど、私が見た雰囲気では、あくまでも戦友のような存在に思えた。キースとクォンとアマンダが最強のトリオに見えたというか。恋愛対象でないという意味ではアマンダも同じで、最初から彼がゲイだと知っているから、そもそも対象から外している。でも、仕事は忙しくて、プライベートまでキースに振り回される毎日が続き…それでも全力でキースを支え続けている。

愛しているからこそ、奔放で勝手なキースから離れるしかなかったカルロスと、恋愛感情抜きでキースを支え続けるクォンとアマンダの対比が分かりやすく、なるほどなぁ~と納得した次第。
あとはもう、時代の雰囲気と、激しいロックのビートに身を任せてグルーヴし続けるだけ。
いやもー、楽しかったです。エリアンナちゃんとMizちゃんの歌が特に好きって思っちゃうのは、やっぱりあの時の「RENT」を引きずってるからなのかなー[黒ハート]

初日を観た時、一番強く感じたのは、カルロスとの恋愛じゃなくて、クォンとアマンダとの絆だった。
実際、それこそが、キースのアーティスト人生を支えたのだろうという気持ちは今も変わっていない。
しかし、アクシデントが起きた。

何も知らずに劇場に行くと、まず、演出の岸谷五朗氏が登場。
現在、毎朝、絶賛「てるてる家族」(BS)中なので、何も知らずに、超テンション上がった(ドラマで岸谷さんは、主人公一家のパパ役なのだ!)直後、かっきーの負傷を聞いてがーん[爆弾]という気分。
でも、手負いのかっきーは、今日動けなくなってもいい!っていうくらいに動き回る。
周囲のキャストが、そんなかっきーを悲壮な顔で支え、そしてあり得ないパワーで客席を煽る。観客もまた、家族を見守るような気持ちでかっきー=キースを見守っていて…あの空気は何だろう[exclamation&question]ある種、祈りにも似た空間が誕生していた。
燃え尽きたかっきーが、カーテンコールに登場した時、彼に肩を貸したのは、洸平くん。
劇中、最後までキースのそばにいられなかったカルロスが…と思うと、カルロスよかったね、みたいな、もう、登場人物と役者がごっちゃになるような、そんなカオスな時間だった。
本当は、カルロス、ずっとキースの支えに、どこか、なっていたのかな、なんて思うほど、洸平くんは、かっきーをがっちり支えていて…割れんばかりの拍手の渦の中、舞台と客席ががっちりとひとつに溶け合っていた。
そのものすごい拍手が、たった一度のカーテンコールで、さーっと終わった。
客席の誰もが、早くかっきーを休ませてあげたい…と思っていたらしい。そこまでの一体感を感じることって、なかなかない。
帰る道々、その熱狂と、かっきーへの心配…いろんな思いが交錯し、興奮した思いを押し隠しながら歩くのが、とっても大変だった…[もうやだ~(悲しい顔)]
大阪公演が飛んでしまったし、こんな素敵な公演、もっと色々な場所で上演されてほしいし…いつか、かっきーが全快して、スケジュールの都合のつくあたりで、再び、この作品を上演してほしい。いや、してくれると信じている。

最後に、メジャーな舞台で観るのは6年ぶりの汐美真帆さんですが…
キースのママ役は、こんな両親だからこそ、限界のない発想力を持ったキースが生まれたんだなーと思えた。息子のお絵かきも、息子のセクシュアリティも、そして息子の死さえも受け入れる度量。ちょっと浮世離れした雰囲気は、「てるてる家族」のてる子さん風でもあり…でも、あんな風にのめり込む感じはなくて、ただもう、キースを愛している。理解できなくても愛している、という雰囲気で泣ける。
そして、キース・ヘリングにとっては、道しるべを示してくれた先輩、アンディ・ウォーホルは、銀髪の鬘にサングラスというお馴染みのスタイルで登場。既に亡くなっている設定だったので、天国からタクシーで登場するというシュールな展開だったが、それだけに、リアル男性ではない汐美の不思議な雰囲気がピタリと嵌まっていた。
キース役の柿澤に合わせて、高いヒールの靴を履いたのも効果的。銀髪・サングラスと相俟って、大物感が漂いまくり[exclamation×2]
マジでかっこよかったです[黒ハート]
去年、観劇したお芝居の「普通の女のひと」より、全然アリだった。いい意味で浮世離れした人だからかもしれないけど。8月には、主演舞台が控えているとか。女優としての評価は、その時に下されるのかな。期待している。

シアター・クリエロビーに展示されていた、キースの作品たち。

ラディアント1.jpg ラディアント2.jpg

ラディアント3.jpg

“今日は何の日”
【7月3日】
尼子勝久らが毛利氏に降伏して自刃し、尼子氏滅亡(1578=天正6年)。

尼子氏というと…反射的に「八墓村」が浮かんじゃいますね[あせあせ(飛び散る汗)]


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劇団メリーゴーランド「地下室の媚薬」ほか観劇 [┣ミュージカル]

ミュージカルコメディ「地下室の媚薬」
コンサート・ショー「メリーメリー・ゴーランド!!」

脚本・演出:平野華子(第一部)、俵ゆり(第二部)
作曲:内海治夫(第一部)、美広まりな(第二部)
振付:俵ゆり、平野華子、稲田聖子(第二部 日舞)
音響:長柄篤弘(ステージオフィス)
照明:花木秀行(The GLEE)
宣伝写真:Kikineko_Musik
制作:劇団メリーゴーランド

劇団メリーゴーランドの二人芝居「地下室の媚薬」を観劇した。今回は、本公演ではなくて、いつも公演で主演されている、いわばトップコンビの二人芝居。
この劇団のすごいところは、一にも二にも、平野華子さんの脚本!毎回、え、そーきたか!と驚くが、その脚本が、立体化すると、さらにいい芝居になる。まずテンポがいい。そして、キャラが立ってる。
突拍子もない女子のペースに巻き込まれる男子の悲哀…スタア華波蒼さんの魅力はここにあると私は信じるものだが、今回は女子1名なので、いつもよりさらに突拍子ない。しかも、ヒトヅマ!
てか、ヒトヅマ羽良悠里さんの破壊力、ハンパない。しかも、そっち方向に破壊力バツグンなのかっ!という感じ。きっと楚々とした美女だって似合うだろうに、そこがメリゴ的展開なのだろう。
バリキャリの女社長。経営する鉄道会社で起きた事故の後始末に追われ、ようやく帰宅してみると、豪邸の中はもぬけの殻だったが、夫婦の寝室のベッドの下から、媚薬の空箱が見つかる。夫はどこへ?唯一の手掛かりを求めて、妻は、媚薬を調合した薬剤師のもとを訪れる。夫を虜にした媚薬、私のために調合しなさい、と脅迫するために。
突っ込みどころ満載なこの設定、しかし、登場する女社長のキャラ設定が的確なので、まったく違和感がない。
ああそうか!宝塚のとんでも設定に怒りが止まらないのは、このキャラはこんなことしないだろ…ということに尽きるのか。キャラ大事、ほんと大事。
そんなこんなで、地下室内でピストルをぶっ放す危険なヒトヅマと、お若いのにバツイチとか苦労しちゃってる薬剤師が、まったく会話成立していないところから、少しずつ事件の核心に迫っていく密室推理劇、です。ディー(華波)ったら、なにげに安楽椅子探偵。(まったく安楽椅子じゃないけど。手錠されてるけど。命の危険あるけど[爆弾]
推理だから、長台詞も説明台詞に感じないし、それでいて数々の謎は、すっきりと解けた感じがする。という風に伏線の回収も見事で、やや唐突なラブロマンスは、「媚薬」という小道具を利かせるためのスパイスかもしれない、と思わせるのも、これすべて脚本の手腕だろう。
媚薬のレベルを述べるナンバーが、かなり中毒性のあるもので、終演後ずっと脳内をぐるぐる回っていた。この曲も「媚薬」か[ひらめき]
“媚薬”と一言で言っても、そりゃいろんな意味があるよな…とあらためて思う。
(ちなみに、レベル1=恋人同士が愉しみのために使用、レベル2=自分に好意を持っていそうな人を一気に落とす、レベル3=自分に興味がないか初対面の相手を落とす、レベル4=むしろ嫌われていそうな相手を落とす、レベル5=相手を自分の思い通りに操る、だそうです。著作権に触れない程度にご紹介。だから、レベル5の薬は紹介状のない相手には調合しないとか。そりゃそうだ。)
“媚薬”と聞いて、勝手にドキドキワクワクしてしまう効果も計算した上での、このストーリーとこのオチと、いつものメリゴのようでいて、やはり大人メリゴ。注文したワインを飲む余裕すらなく、ただもう見入っていた。アンケートに「再演希望の作品」とあったけど、まだまだ次の一手が潜んでいそうで、再演よりは新作を!と望んでしまう。
衣装も、今回は客席が近くて、本当に目の前、みたいな感じで見せてもらったが、ホントに素敵。自分の作った衣装を自分で着るから…なのか、本当に出演者に似合っていて、うっとりするくらい綺麗で、でもテーマ性に合っていて、これもメリゴを観る愉しみのひとつだったりする。

一方、ショーは、「メリーメリー・ゴーランド」と称して、過去のショーからピックアップした、ミニストーリーショーダイジェスト版という感じ。お芝居とショーをやる劇団の場合、宝塚みたいに本当のバラエティ・ショーを作ってしまうと、装置・衣装・小道具・髪飾りなどの費用がかさんだり、転換が容易ではないことから、ストーリーショーという選択をしているのだと思うが、そこを逆手に取った再演ダイジェスト・ショーというのは、なるほど!発想の転換だなーと思った。衣装・小道具・髪飾りはそもそもあるし、転換のいらないステージだったら、可能ということか。とすれば、いつか本当のバラエティ・ショーもやれるようになるのかも。(衣装をバラしてなければ)
特別ゲストの黒柳芽里子さん(羽良さん)も登場して、じゃんけん大会をやったり、客席との一体感も生まれ、わりと素のMCもあったり、既にいろんな意味でバラエティ。
この芽里子さん⇒変身して羽良さんの衣装が、キモノ風ドレスで、とても素敵[ぴかぴか(新しい)]本物の黒柳さんもこういうの好きそう。
そこからーの、本物の和装での立ち回りを含めた二人のダンス…いや舞踊は、またとっても違う雰囲気で、こちらも大人メリゴな雰囲気が満載。最近和もののショーもあちこちで演じられているが、そういうのとは一線を画した、上品で雰囲気のある場面に仕上がっていた。これは、次回本公演でもやれるんじゃないだろうか?(期待!)
メリゴさんを観るようになったのは、本公演の第3回からだが、以来ずっとメリゴの発する媚薬にやられている。次回本公演は、いつ、どんな形で実現するのだろう。楽しみにお待ちしております[黒ハート]

“今日は何の日”
【6月18日】
万国郵便連合25周年を記念し、日本初の官製色刷り絵はがきが発売される(1902=明治35年)。


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帝劇「天使にラブ・ソングを」観劇 [┣ミュージカル]

ミュージカル
「天使にラブ・ソングを~シスター・アクト~」

音楽:アラン・メンケン/歌詞:グレン・スレイター
脚本:チェリ・シュタインケルナー&ビル・シュタインケルナー

演出: 山田和也
翻訳・訳詞: 飯島早苗
音楽監督: 八幡茂
歌唱指導: 矢部玲司・ちあきしん
美術: 松井るみ
照明: 高見和義
音響: 山本浩一
衣裳: 前田文子
振付: 田井中智子・大澄賢也
ヘアメイク: 富岡克之(スタジオAD)
指揮: 塩田明弘
オーケストラ: 東宝ミュージック(株)・(株)ダットミュージック
稽古ピアノ: 國井雅美・岡田あかり
演出助手: 鈴木ひがし
舞台監督: 佐藤 博
プロダクション・コーディネーター: 小熊節子
プロダクション・マネージャー: 佐藤由美子
プロデューサー: 岡本 義次・関恭一

宣伝美術: 山下浩介
宣伝写真: 田内峻平

製作: 東宝

ミュージカル「天使にラブ・ソングを」初観劇しました[exclamation]
ウーピー・ゴールドバーグの映画も見ていないので、まったくの初体験なのですが…いやー、面白かった[exclamation×2]
殺人事件の現場を見てしまった人が証言台に立つまでの間を描く作品…というと、私などは、ハリソン・フォード主演の大昔の映画「刑事ジョン・ブック 目撃者」みたいなサスペンスを思い出してしまうが、いや、全然違う[あせあせ(飛び散る汗)]実に楽しいミュージカルだった。
歌手を夢見るデロリス(蘭寿とむ)は、ギャングのボス・カーティス(石川禅)の情婦となってチャンスを待つが、なかなかステージに立たせてもらえない。クリスマスの今夜も、最高の歌を聴かせたのに、返事は曖昧なまま。いいかげん、愛想が尽きたデロリスだったが、カーティスが手下を撃ち殺す現場を目撃してしまい、情婦から一転、命を狙われる立場になってしまう。デロリスが逃げ込んだ警察署にいたのは、ハイスクール時代のクラスメイト、エディ(石井一孝)。
エディは、デロリスが裁判で証言するまでの間、匿ってくれる場所を探し、なんとさびれた教会の修道院(尼僧院)にデロリスを連れていく。
修道院長(鳳蘭)は、警察からの多額の寄付によってデロリスを受け入れたものの、彼女の破天荒な行動に、神経をすり減らす。しかし、やる気のない聖歌隊の指導をデロリスに任せたことから、世界は一転する。修道女と正反対の人生を歩いてきたデロリスだが、「歌」に関してだけは、共通点があったのだ。歌が好き、もっと上手くなりたい[exclamation]という…
こうして修道女たちは、歌う喜びに目覚め、修道女たちのゴスペルは、あっという間に大評判となる。潰れる寸前だった教会は寄附金で持ち直し、修道院も売り飛ばされずに済んだ。意外と利にさとくノリノリのオハラ神父役を今井清隆が怪演している。
ところが、あまり人気になって、ローマ法王の前でも歌うことになったため、それがニュースになり、カーティスに居場所を知られることとなった。エディはデロリスを迎えに行き、彼のアパートで匿う。しかし、既に修道女たちとのゴスペルなしに、自分は生きられないと知ったデロリスは、危険を承知で修道院に戻るのだった-

デロリスとカーティスの二役がWキャスト。私は、上記の配役で観劇したが、別キャストは森公美子と大澄賢也が務めている。こちらも観たかったな…[揺れるハート]

デロリス役の蘭寿とむは、帝劇初出演にして初主演とは思えない、パーンッとしたがあり、登場するだけで、彼女を愛さずにはいられない、そんなキュートな魅力がある。宝塚の現役時代から磨き抜かれていたパワフルな身のこなしと、パンチのあるハイトーンボイスは健在。その上に、どこから積み上げたんだ[exclamation&question][ぴかぴか(新しい)]と言いたくなるようなバストの構築と、長く引き締まった足をミニドレスに包んで、やばいくらいのいい女[キスマーク]
なんでカーティスみたいな男に引っ掛かってしまったのか…[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][ふらふら]
まあ、そういう意味では、人間としてダメな部分が多すぎるデロリスは、優等生蘭寿とはキャラが違いすぎて、彼女の過去を想像するのは難しい。たぶん、いろんな意味でダメすぎて、歌以外なんの取り柄もない人間なのだろうけど、そう見えない。
キレッキレのリズム感と身体能力で客席を酔わせる生まれながらのスターにしか見えないのだ。
ま、いっか。素敵だもん[exclamation]
ミュージカルだから、あまり細かい点に拘ることもないだろう。

また、ほんとのほんとの高音部分は、蘭寿も、修道院長のも苦しいところはある。特には、あちこち、かなり音がズレている。それをよしとしてしまう空気がこのミュージカルにはある。楽しいことが大事、というか。
だから、カーティスが無慈悲な人殺しで、デロリスを殺すために修道院でピストルをぶっ放すヤツだったとしても、そこを重く考えるのではなく、そのサスペンスを楽しむ、そういう設定を楽しむ、それが正解なのだろう。
蘭寿の、適応力の高さというか、守備範囲の広さというか、「ifi」以来の生蘭寿だったが、女優になってからの変化に驚いた。帝劇は、また一人、すごい主演女優をゲットしたな、と思った。
ところで、修道女はお化粧をしていないものだが、出演している女優さんが、みんなそういう体でメイクをしていることに驚いた。いつも帝劇でバリバリにツケマしている女優さんたちが、ほぼドーランだけで舞台に立っている。最初、さんを除いて、誰が誰やら…状態。ただ、蘭寿はウーピーじゃないので、黒塗りメイクをバッチリしている。そのメイクが浮いて見えないところに、蘭寿の真骨頂がある。ほんとに派手な顔の黒人女性にしか見えないってか。
やっぱ、芝居はハートですよ[黒ハート]
そして、男優の皆さんは、さまざまな人種やキャラクターを表すために派手なメイクをしている。男優が派手メイクで、女優がすっぴん…みたいな、そこも面白い。
石川、石井、今井(並べてみると面白いな)は、ベテランらしい安定感で舞台を支え、上口耕平、泉見洋平、宮澤エマらは溌剌と若いエネルギーを真摯に注ぎ込んでいる。特に、宮澤は、観るたび歌が上手くなっている気が…。今、かなり楽しみな存在。ちなみに「ラフルアー」は使わない方向性でいいのかな。

“今日は何の日”
【6月10日】
国立西洋美術館の開館式(1959=昭和34年)。


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ミュージカル「1789」観劇 [┣ミュージカル]

「1789 バスティーユの恋人たち」

Libretto:Dove Attia and Francois Chouquet
Lyrics:Dove Attia,Vincent Baguian and Francois Chouquet
Music:Rod Janois,William Rousseau,Jean-Pierre Pilot,Olivier Schultheis,Dove Attia,Louis Delort,Laurent Delort,Francois Castello,Benoit Poher,Silvio Lisbone,Manon Romit and Elio Antony

潤色・演出:小池修一郎
音楽監督:太田健
振付:桜木涼介、KAORIalive、Twiggz
歌唱指導:山川高風、やまぐちあきこ
美術・映像監修:松井るみ
照明:笠原俊幸
音響:大坪正仁
衣裳:生澤美子
ヘアメイク:富岡克之(スタジオAD)
映像:奥秀太郎
擬闘:栗原直樹

音楽制作:アップライトミュージック
コンピュータプログラミング:上田秀夫

1789.jpg

諸般の事情でなかなか観ることができなかった、帝劇「1789」ようやく観劇することができた。
今回の「1789」主要な3キャストが役替りとなっているが、私が観劇した時のキャストは、「加藤和樹/凰稀かなめ/夢咲ねね」。全員の役替りを観られなかったのは、とても残念[もうやだ~(悲しい顔)]

ストーリー等は、昨年の宝塚版と同じなので割愛。こちらを参照ください。

帝劇ならでは…というと、やはり重厚な装置に目が行く。
宝塚版と全然違う、はね橋スタイルの装置が活躍していて、あー最後にこれがバスティーユのはね橋になるんだろうなー、と思ったら、映像とシンクロさせて見事な演出だった。
主要人物が多いこと、敵も味方もどっちも描こうとしていること、などから、登場人物への感情移入がしづらい部分はあるが、それも含めて「ミュージカル」ではない、フランス産の「スペクタクル」の楽しみ方が、自分の中に浸透したように思う。これで、たとえスマホが出てきてもロミジュリが楽しめそうだ[わーい(嬉しい顔)]

あと、宝塚版では人海戦術を使っていた場面などは、色々な手段を使っていた。三部会の場面では、人形劇を使ったり、ロナンがロベスピエールらに合流するシーン<国王陛下の名のもとに>はボディパーカッションではなく、打ち込み音楽に合わせたダンスに変更されていた。あれは宝塚版でも、出演していない全員が音を出して迫力を出していたから、外して正解だと思う。

では、出演者感想。

加藤和樹(ロナン)…前回の主演公演も「タイタニック」で、その時も群集劇だな…と思った。そして、今回も…。主演らしい主演がなかなか見られなくて残念。でも、そんな中、「主役は俺だ」的なアピールをしたりせず、ロナンという男の人生を舞台に昇華させていて、とても感動した。わりと粗野なロナンが、キスシーンだけとっても優しいのがツボ。

凰稀かなめ(マリー・アントワネット)…昔、アントワネットの父、神聖ローマ帝国皇帝フランツ1世を演じていたよな~なんて思い出す。だから、顔が似てて当然…みたいな[わーい(嬉しい顔)]
ソプラノの高い音はクリアに出ていたし、順調な女優デビュー。女性としても十分に美しかった。

夢咲ねね(オランプ)…共演しているのが、加藤凰稀だったので、華奢で可愛いオランプだった。そういえば、夢咲は、マリア・テレジアを演じていた。アントワネットに向ける、時に母性のような優しさは、そんなところから来るのだろうか[exclamation&question]王太子付教育係というポジションにいるオランプが、なぜ王妃の不倫に手を貸すのか、実は前から不思議だったのだが、夢咲オランプは、王妃への親愛に満ちていて、ついそんなことを考えてしまった。

古川雄大のロベスピエールは、一応三部会の議員ではあるのだが、経験不足で頭でっかち、そして潔癖な青年である雰囲気がよく出ていた。<サイラ・モナムール>であえて恋人を出す必要、あったかな[exclamation&question]

上原理生のダントンは、熱血家。ソレーヌを熱愛していて、革命を馬力で進めようとしている。このメンバーだと、ロナンと、ロベスピエールらとの接着剤になるのはダントンだと思うのだが、特別、そういう演出はなくて残念。

渡辺大輔のデムーランは、クールヘッド・ハートウォームなイケメン弁護士。でもロナンに対する感情は、「同情」なんだよね。その辺が見事に伝わってきた。

ソニンのソレーヌは、田舎にいた頃、娼婦の頃、カフェで働くようになってから…と、印象が全部違う。<世界を我が手に>の迫力はすごかったな~[るんるん]

吉野圭吾のアルトワ伯は、エグい。いや、もう、変態(褒めてます)[黒ハート]

坂元健児のラマールは、大活躍。テントウムシをはじめ、とても印象に残るラマールさんだった。

広瀬友祐のフェルゼン伯は、とてもかっこよかった。王妃への愛と献身はホンモノだったし、ロナンとのチャンバラ(?)は、見事。こういうのが観たかったんだよ、宝塚でも。「ベルばら」で、私が一番好きなフェルゼンの台詞が、「どうか、あの方を、あの方の夫を、あの方の子供たちを…」というのなんですが、広瀬のフェルゼンは、アントワネットの夫というだけで、ルイ16世を命懸けで守りそうな、そんなフェルゼンだった。

岡幸二郎のペイロール伯爵は、ラスボス感がすごかった。やっぱり、ペイロールに必要なのはラスボス感だった[exclamation×2]それにしても、アンジョルラス3名揃い踏みってすごいよね。

デムーランの恋人、リュシル役で元宝塚の則松亜海が出ていたが、だいぶ細くなって可愛らしさも出てきた。あと、子役ちゃんたちが可愛かった[揺れるハート]

それにしても、どのナンバーも裏声を使う音飛びの激しい曲なんだ…と再確認。皆さん、お疲れ様でした[exclamation×2]

(別キャストも見たかった…[バッド(下向き矢印)]

ギロチン.jpg

先日、赤坂で飲んだ「ギロチン」というビールです。

“今日は何の日”
【5月14日】
1221(承久3)年のこの日、後鳥羽上皇が、鎌倉幕府打倒のため挙兵(承久の乱)。
(←旧暦。新暦では6月5日となる。)


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「スカーレット・ピンパーネル」主な配役決定! [┣ミュージカル]

10月に上演される、ミュージカル「スカーレット・ピンパーネル」の主な配役が発表された。宝塚版のキャストを思い出しつつ、新たな舞台に思いを馳せたい。

パーシー・ブレイクニー(安蘭けい霧矢大夢)…石丸幹二
マルグリット・サン・ジュスト(遠野あすか蒼乃夕妃)…安蘭けい
ショーヴラン(柚希礼音龍真咲・明日海りお)…石井一孝
*~*~*
ロベスピエール(にしき愛越乃リュウ)…平方元基・佐藤隆紀(LE VELVETS)<Wキャスト>
アルマン・サン・ジュスト(和涼華龍真咲・明日海りお)…矢崎広
デュハースト(立樹遥青樹泉)…上口耕平

ベン(紅ゆずる煌月爽矢)…相葉裕樹
ファーレイ(麻尋しゅん紫門ゆりや)…植原卓也
エルトン(夢乃聖夏宇月颯)…太田基裕
オジー(彩海早矢光月るう)…駒木根隆介
ハル(壱城あずさ珠城りょう)…廣瀬智紀
マリー・グロショルツ(夢咲ねね憧花ゆりの)…則松亜海

おおー、伝説のSHICHIHON槍、今回は、1.2.5番揃い踏みですねっ[黒ハート]

これは、通いそうな予感しかないっ[exclamation×2]

“今日は何の日”
【5月10日】
江戸川と利根川を結ぶ利根運河(全長8キロ)が完成(1890=明治23年)。


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ミュージカル「グランドホテル」観劇(GreenVer.) [┣ミュージカル]

ミュージカル
「グランドホテル」

脚本:ルーサー・デイヴィス
作詞・作曲:ロバート・ライト&ジョージ・フォレスト
追加作詞・作曲:モーリー・イェストン
演出:トム・サザーランド
振付:リー・プラウド
音楽監督:マイケル・ブラッドリー

翻訳・訳詞:市川洋二郎
美術:大橋泰弘
照明:勝柴次朗
音響:山本浩一
衣装:前田文子
ヘアメイク:鎌田直樹
演出助手:河合範子
舞台監督:北條孝、中西輝彦

1993年に宝塚版を観劇して以来の「グランドホテル」。
今回の「グランドホテル」は演出家の意向により、GREENとREDという2パターンの公演が行われている。なにしろ、主な出演者は、ホテルスタッフのエリック(藤岡正明)以外全員Wキャスト。これは両方観なければ…[exclamation×2]
まずは、宝塚OGがメインキャストを務めるGreenVer.から観劇。

演出は、「タイタニック」新演出版を成功させたトム・サザーランド。そして、装置は、宝塚のベテラン装置家、大橋泰弘。
最初に度胆を抜かれたのは、装置の素晴らしさだった[黒ハート]
以前観劇した宝塚版は、とてもシンプルだった記憶がある。回転扉だけがポーンと存在する、みたいな…。(でも、宝塚版の装置も、大橋泰弘。すごいな、自分の業績に固執しない柔軟な脳みそ[ぴかぴか(新しい)]
今回は、実は、センターに回転扉はない[exclamation×2]「グランドホテルなのに回転扉がない」代わりに、装置が回転する[どんっ(衝撃)]とにかく、やたらゴージャスなのだ。その上、フロントのテーブルを出演者が動かしまくる[exclamation]やたら、装置が動き回るのが面白い[ひらめき]
惜しむらくは…
これらの楽しい演出が、メインのストーリーの邪魔になっていたことだった…[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]
(気になるんだよね…)

物語は1928年のベルリンを舞台に、そこで一番豪華なホテル、「グランドホテル」でのわずか2日間の出来事を、ここに宿泊している様々な人物を通して描く…という、いわゆる「グランドホテル形式」のミュージカル。(この手のドラマの嚆矢が、映画「グランドホテル」だったため。そしてもちろん、この映画が、このミュージカルの原作である。)

このホテルに長逗留している老医師、オッテンシュラッグ(光枝明彦)が、訪れる人々を皮肉な目で眺めている。でも、この医者も自分にヘロインを注射してるようで、ちょっとヤバい感じの医者。(第一次世界大戦のガス攻撃の苦しみを逃れるためらしい)
宿泊客はそれぞれ、問題を抱えているが、それでもグランドホテルにとっては、「客層」の枠内に入っている。
そんな中に、突然、異邦人が訪れる。
庶民の、しかもユダヤ人の、オットー・クリンゲライン(中川晃教)。彼は、心臓に重大な問題を抱え、「人生を知る」ためにこのホテルにやってきた。全財産を現金に換えて。しかし、お金があって予約をしただけでは泊まれないのがグランドホテル。しょっぱなから苦境に陥ったオットーを助けてやるのが、ホテル住まいの貴族、フェリックス・フォン・ガイゲルン男爵(宮原浩暢)。貴族とはいえ、金に困って宿泊費は7ヶ月滞納、ヤバい方面からお金を借りていて、ホテル内でコソ泥を働いている。が、男爵のおかげで宿泊できることになったオットーは、感謝でいっぱいになる。
8回目の引退興行中のバレリーナ、グルシンスカヤ(安寿ミラ)は、バレエへの情熱も、自分の踊りへの自信も失っている。付き人のラファエラ(樹里咲穂)や、興行主(金すんら)、マネージャー(杉尾真)が何を言ってもムダ。もう本番には出ないとゴネている。
タイピストのフリーダ・フレム(昆夏美)は、ハリウッドに憧れる軽薄な若い女性。自らを「フレムシェン」(可愛いフレム)という名で売り出そうなどと妄想している。でも、どうやら妊娠したらしい。
実業家のヘルマン・プライジング(戸井勝海)は、会社の業績が伸びず、株主からの攻撃にさらされている。

こんな人々が一堂に会することで事件が起きる。

男爵は、高価な宝石を所有するグルシンスカヤの部屋にコソ泥に入るが、彼女はアンコールがかからず早めに戻ってきてしまい、鉢合わせ。咄嗟にグルシンスカヤへの愛を口にしたところ、なんだかんだで彼女の心をゲットしてしまう。
プライジングは、株主に対して誠実であろうとするが、過去の実績より目先のことにしか興味のない株主たちへの怒りから、破談になった合併が「ある」と言ってしまう。追い詰められたプライジングは、愛妻家の仮面を捨て、雇ったタイピストのフレムシェンと愛人契約を結ぼうとする。
ラファエラは、グルシンスカヤへの許されない恋慕を押し隠せなくなっている。
オットーは、男爵のすすめにより、初めて株に投資、一晩で大金を手に入れる。その財布を手に取る男爵だったが、お金がないと幸せに死ねないと言い張るオットーを前にして、それを奪うことができない。
こうして、今度は、プライジングの部屋にコソ泥に入った男爵だったが、フレムシェンがプライジングに乱暴されかかっているのを聞き、助けに入る。そして、拳銃を奪われ、殺害されてしまう…
そして、この二日間、エリックの妻は、分娩の苦しみの中にいるが、エリックは職場を放り出せない。

グランドホテルから人々がチェックアウトしていく。
グルシンスカヤは、駅で花束を抱えた男爵が待っていると信じて。ラファエラは、男爵が殺されてしまったことに口をつぐんで。
プライジングは、警察に拘束されて。
そして、オットーとフレムシェンは共にパリを目指す。オッテンシュラッグは、オットーに忠告するが、オットーはフレムシェンを信じている。そして彼女が妊娠していることに喜びを見出す。
エリックは、息子の誕生を知らされる。

人々が旅立った後も、グランドホテルは存在し続ける。中では、今日も、幾多の人生模様を繰り広げながら…
ってのが、作品の大きなテーマだと思っていたのだが…あれれれれ[exclamation&question]

突然、ヒットラーのあの特徴的な演説が流れる中、整列した宿泊客が、次々に従業員にボコられ、カバンを奪われ、積み上げられたカバンの上でエリックが赤ん坊をあやしている…というシュールな場面が展開する。
そして、ボコられながらも、宿泊客は、揃ってエリックを助け、赤ん坊とエリックが客席を抜けて旅立っていく。見守る宿泊客。ハイル・ヒットラーのポーズをとる従業員と運命のダンサー(湖月わたる)。

なんか、腑に落ちなかった。いろいろと…

たしかに、この日のグランドホテル宿泊者は、ヒットラーの気に入らない種類の人間が多い。
ユダヤ人、同性愛者、芸術家、アメリカ志向…
そういう人々は、これから10年もしないうちに、すべて駆逐される。
でも、舞台上の人々は…オットーとフレムシェンはパリへ出発するし、グルシンスカヤとラファエラもウィーンへ。彼らは、非常事態に陥ったドイツには戻ってこないだろう。プライジングは監獄に入ってるし。
つまり、この人たちそのものは、決してボコられない。つまりは、彼らは、何らかの象徴としてボコられているわけだが、役として最後のラインアップに出ているのに、最後になって「象徴と化す」のは、水を差された感じになる。

そういうことをすべてわかった上で、演出家が提示したこのエンディングを劇場が受け入れたということは、

暗い時代は、誰も気づかないうちに始まっている

という示唆を劇場側が観客に提示したかったってことかもしれない。

昨今の演劇界、ドラマの内容の枠を超えて、危機感を訴える芝居が多いな、と思う。
戦前のいびつな時代、作家や演劇関係の人間が多く投獄され、拷問を受けたということが、いまだに演劇界のトラウマなのかもしれない。そして、今の時代は、そんな時代に近づきつつある、と感じる人が多いのかも…。

私個人としては、政治的にリベラルでありたいと思うけれど、正直、舞台を観に行って、政治的な主張を滑り込ませられると、鼻白んでしまう。
もちろん、テーマが、もろにそれだったら、覚悟して観に行きますよ。小林多喜二のドラマとかね。
でも、「グランドホテル」を観に行ったんだもん、私は、最後まで1928年のベルリンを観たかったです。

出演者感想は、「REDVer.」の感想の方にアップしますね。

“今日は何の日”
【4月20日】
北条氏綱が河越城をめぐり、上杉・古河連合軍と戦い、勝利(1546=天文15年)。
(←旧暦。新暦では5月19日となる。)


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