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宝塚星組大劇場公演 [┣宝塚観劇]

「大空ゆうひRhythmic Walk」の初日感想は、「COUNTUP YUHI」ブログの方に移動しています。こちらです。

さて、大劇場公演「スカーレット・ピンパーネル」を観劇してきました。

スカピン大劇場.jpg


劇場ロビーの花は、公演をイメージしたものでしょうか。

また、1F席後方扉前で、ジンジャーワインを販売中。

スカピンドリンク.jpg

この「ストーンズ ジンジャーワイン」は、1740年にロンドンで誕生した、ラベルにロンドン市の紋章をつけることを許された由緒正しいお酒なんだとか。白ワインに乾燥させた生姜の根を合わせてオーク樽で熟成させたもの。ワイン×ジンジャーなので、ロックでもそんなに強くないですよ。

では、例によって箇条書きで公演感想を書きたいと思います。

  • 過去の公演とは、だいぶ趣が変わった気がする[ひらめき]
  • 梅芸公演を観ているので、ギロチンで首が落ちない演出は、やはり安心して子どもでも観られる宝塚の良さだなーと改めて実感[ぴかぴか(新しい)]
  • 冒頭の銀橋場面、「妻子を亡くした汚いじじい」が一転、ハンサムな貴族になる「つかみ」部分は、お披露目のキラキラ感満載[ぴかぴか(新しい)]で、“スカピン”は、お披露目公演に相応しい演目だな~[ひらめき]と、しみじみ感じ入った。また、紅ゆずるの、まずルックスだけで周囲を納得させてしまう魅力は、やはりこのシーンは欠かせないと思った[黒ハート]
  • 綺咲愛里のマルグリットは、遠野あすかや蒼乃夕妃が、大輪の花の大女優っぽかったのに比べると、どこか新進スター風[かわいい]トップスターまで駆け上がって来たような初々しさがある。その分、歌声は圧倒的とは言えないが、昔から見ている私からしたら、うまくなったし、声出るようになったよね…と母心[わーい(嬉しい顔)]
  • 七海ひろきのロベスピエールは、本人の役作りがどうだったかは知らないが、観た感じ、超イケメンなので、シトワイエンヌが群がり、その結果、シトワイヤンもその周囲に集って彼を褒めたたえているだけで、彼の思想に共感した人はいなかったのでは?と思わせる「顔だけ男」[あせあせ(飛び散る汗)](笑)。でも、本人は、自分がハンサムである自覚がない。自分が思う自分と、他人が思う自分の間にものすごくギャップのある人で、だから友だちもいない。唯一、思想を共有しているのは、美形のショーヴランだけだった(いい男は鏡の中にいるので、慣れている)、みたいな想像をしてしまった[あせあせ(飛び散る汗)][あせあせ(飛び散る汗)][あせあせ(飛び散る汗)]
  • ロベスピエールの新曲は、梅芸版では、めちゃくちゃ大曲だったが、宝塚版としてコンパクトにまとまっていて、革命の歪みとか、この先のナポレオンの台頭まで思い起こせるようなナンバーになっていた[ぴかぴか(新しい)]七海の歌唱は、これまでの「がっかりする」レベルから、「よし、頑張れ」と応援できるレベルまで上がった[グッド(上向き矢印)]と思う。声量も本人比で落ちないし。さらなる奮起を期待したい。
  • 衣装のトンチキぶりが、さらにアップしていて、口あんぐり[爆弾]しどりゅーは、真田丸かっ[むかっ(怒り)](しーらんも同じような鹿の角帽子だったけど、衣装がより赤備えだったのは、しどりゅー[どんっ(衝撃)]
  • 前回の月組版で、思わず拍手を切ってしまうほどの圧倒的歌唱は、霧矢大夢の「目の前の君」だったが、今回は、もちろん礼真琴の「鷹のように」[ひらめき]素晴らしかった。どの曲もよかったけど、この曲は、一番アガった[グッド(上向き矢印)][グッド(上向き矢印)][グッド(上向き矢印)]
  • 壱城あずさ天寿光希は、トップお披露目のを終始サポートし、助演男優賞ものの活躍。瀬央ゆりあが、アルマン役抜擢に応え、ハンサムな好青年を印象的に演じた[黒ハート]
  • その恋人役、マリーに有沙瞳。雪組で特徴的な役を演じ続け、イロモノ的になってきたのをリセットし、準ヒロイン的な役にピッタリはまっていた。実力のある娘役に、この組替えはプラスに働いたようだ[わーい(嬉しい顔)]
  • 十碧れいや麻央侑希は、ピンパーネル団の一員だが、少々割を食った感じがある。もっと押し出しを強くしても大丈夫、というか、ここが正念場な気がする。紫藤りゅう、天華えま、綾凰華の三人はフレッシュな魅力を振りまいていた[ぴかぴか(新しい)]
  • 英真なおきのプリンス・オブ・ウェールズは、組の管理職としての居方と専科の居方の違いを感じた。自由に舞台を泳ぎ回っている英真が素敵過ぎる。ひとつの場面に全神経を集中し、本気でさらうつもりでいる。専科さんは、ひとつひとつの舞台が真剣勝負なんだなーと実感。その裏側で、楽屋ではやっぱり面倒見のいい元組長なんだろうなーと思えるところも英真の魅力だな[るんるん]
  • 星組は初演の「エリザベート」など、海外ミュージカルを宝塚歌劇にしてしまう独自のカラーがあったのだが、そういう星組が戻ってきたな~[るんるん]と思った。ビジュアル頼みの派手な舞台のようでいて、実は、細かい心理を繋ぎ合わせて、ミュージカルらしい綻びを丁寧に繕っていて心地いい[黒ハート]
  • 新生星組、期待しています[exclamation×2]

雪組のNEW WAVE! [┣宝塚観劇]

雪組のバウ・ショーケース「NEW WAVE!」を観劇してきました!
うわ、知ってる生徒、少ない!最上級生が95期なんて、花組から「NEW WAVE!」を観てきたので、隔世の感がある。
とはいえ、「NEW WAVE!」的には、紆余曲折を経て、原点に戻ったかな、という感じ。純粋に音楽を楽しめる構成になっていた。
主演の月城かなとと、永久輝せあは、まったく危なげない実力を発揮、今後、それぞれの組で、おおいに活躍するだろうな、と感じた。
そして、上級生枠の愛すみれ、叶ゆうりの歌声が、本当に素晴らしかった。
若手の娘役ちゃんたち、みんな可愛くて、今後が楽しみです!

東京宝塚劇場花組新人公演(金色の砂漠)ミニ感想 [┣宝塚観劇]

花組東京新人公演「金色の砂漠」を観劇した。
上田久美子先生の大劇場作品では、前回の「星逢一夜」も観劇しているが、その時は、上田先生が演出したらしい。
今回は、まったく別作品を観たような印象が強かった。
新人公演担当は、町田菜花先生。以前担当した「こうもり」も観劇したが、あの時のような大胆改編はなかった印象。もっとも、上田先生のアイデアか町田先生のアイデアかは不明だが、子ども時代のギイとタルハーミネは本役が演じることなく構成されていた。これに関しては、子ども時代のシーンは意外と長いので、本公演では本役が演じないとかなりブーイングを浴びそうだが、新公で分けるというのは、ありだと思った。
本公演は、壮大な叙事詩の一部を切り取ったような、物語が歴史の中に埋没するように流れて行く感じが心地いいのだが、新人公演では、作品の世界観的な部分を排除し、新人たちの努力をストレートに観客に訴える形式をとったのかな、という印象。思った以上にキャスト個々への当て書きなので、世界観を壊さないように演じるとしたら、完コピしかなく、そうなったら本役の劣化版にしかならないわけだから、それは新人公演としてもったいない。
町田先生は自分への評価を捨てて、生徒が輝く道を選んだのかな。
とはいえ、そうであれば、町田先生の仕事は「演技指導」に特化されるわけで、そういう意味では、もっとすべき仕事はあったのではないか、という気はしている。経験の少ない生徒たちだからこそ。難しい芝居だから、本役に近いレベルに引き上げることは、本当に大変だとは思うけれども。
第一の感想は、本役さんってすごいんだなー[あせあせ(飛び散る汗)]でした。当て書き+毎日演じて足かけ2年ということはあるにせよ。

では、以下は、出演者感想です。
ギィ(本役=明日海りお)
綺城ひか理…暗い情念みたいなものを内に秘めているというよりは、自分に何かがある、ということを忘れずに成長した青年という感じ。歌は、今回はちょっと残念だったが、中盤から後半にかけて演技で魅せた。
華優希…幼少時代を演じたは、綺城の少年時代、ということがすんなり理解できる繋げ方で、タルハーミネとの絆をしっかりとバトンタッチしてくれていた。娘役なのに、男の子の台詞を低音域も使って余すところなく演じている。この人は、ポイントとなる台詞は立てて話すことができる。貴重な演者だと感じた。すべての場面が素晴らしかったです[ぴかぴか(新しい)]

タルハーミネ(本役=花乃まりあ)
城妃美伶…華のある美しさ。ああ、王女だな~とわかる見た目で、まず第一印象をクリア。ただ、タルハーミネが花乃という特殊な娘役に当て書きされているため、どうしても優しさが際立ってしまうように感じた。これは、しょうがないかな。タルハーミネのような役を演じる抽斗って、本来娘役に必要とも思えないから。いろいろな部分で、旬の娘役の美しさを感じたので、今回は、それでよしとしたい。
音くり寿…本役は罪のないわがまま王女を演じているが、同じわがままでも長女のそれは少し違う。その違いをちゃんと組み込んだわがままっぷりが見事でした[ぴかぴか(新しい)]子役としての演技の多彩さは、宝塚100年の歴史の中でも出色かもしれない。本役は、寝室で突っ伏して泣く場面で、その姿勢が子供らしいなぁ~と、仕草ひとつにも気を配っていることに感動したが、そんなことしなくても、子どもにしか見えない天才子役なのでした[exclamation]大健闘[exclamation×2]
子役コンビは、娘役の枠を超えて、この作品に取り組み、大殊勲賞だったと思います[ひらめき]

ジャー(本役=芹香斗亜)
亜蓮冬馬…本役とは全く違う役作りだったが、まず、冒頭からキラッキラのスター性を見せ、そこから、語り部としてしっかりとした口跡を見せ、実力派であることを印象づけた。その一方で、芹香は、この作品のカラーを背負っていると感じるのだが、亜蓮は、この新人公演のカラーにはなっていない。それは、あえて、なのか、力足らずだったのか、ちょっとわからなかった。ギィの物語とジャーの物語が両輪になっていないと、本公演と同じ感動には至らないのかな…そんなことを考えた。でも、ピンで見るなら、亜蓮のジャーも好きです。

ピピ(本役=英真なおき)
優波慧…子役二人と、大人になったギィとタルハーミネを繋ぐ接着剤の役割を、真摯に務めていた。こういう役柄の方が、ニンに合っているのかもしれない。子役のギィがピピから聞かされる「お前は自分に価値があることを知っていて、それを相手にも認めさせようとしている」みたいな台詞が、城に戻ってきた大人のギィと繋がっているように感じるのは、優波の尽力もあるような気がしている。

ナルギス(本役=高翔みず希)
矢吹世奈普通にうまいなーと思った。子役を娘役が演じているので、トップの男役が演じるのと同じように打擲するのでは、観客が受ける印象は違う。その辺の打ち方&受け方が本役とは違うバランスになっていて、この辺は演出を含めて感心した。あと、
ギィとタルハーミネを追いつめた場面の勝ち誇った芝居にもカタルシスを感じた。

ラクメ(本役=花野じゅりあ)
乙羽映見乙羽の長身と低くて深い声が生きた。主役側に暗い情念がない分、ラクメの方が情念を持って生きている感じ。魅力的な砂漠の女盗賊でした[黒ハート]

プリー(本役=瀬戸かずや)
聖乃あすか可愛かった[黒ハート]新人公演では、このプリーと第三王女と求婚者のトリオが一番うまくいくトリオに見えた。それだけ邪気も悪意もないプリーに見えたので、帰国してから王女に再会する場面も、戦闘シーンながら、どこかほっこりしてしまった。これくらい無邪気な方がいい役なのかも。

ジャハンギール(本役=鳳月杏)
飛龍つかさ飛龍の場合、本公演で回想シーンのジャハンギール王を演じているので、実は、本役だったりする。飛龍のジャハンギールが年を重ねた姿が鳳月になる、といった体なので。そんな飛龍のジャハンギール王は、本公演で演じている若きジャハンギールのその後を見るようで、なるほど~という出来。まったく違和感はない。あとは、もうテクニック的な部分で、自分が芝居をしていないところでの居方、というか、視線の定め方、みたいな部分に気を付けるといいかも。王様だからキョロキョロしちゃ変だよね。とはいえ、娘に対して振り上げた剣をどうしていいかわからず荒れるところの勢いは、本役以上の迫力を感じた。

ビルマーヤ(本役=桜咲彩花)
朝月希和…本役があまりにも当て書きだったので、朝月は、本役を完コピしているのかな[exclamation&question]という役作り。持ち味が違うので、完コピはあまり有効な手段には見えなかった。あと、歌も今回は残念な出来だった。また、朝月だけのせいではないが、ジャーとビルマーヤとゴラーズさんの関係性が、優しさに満ち溢れながら、どこか一蓮托生の諦念を内包している本公とはかけ離れたものになってしまったのは、とても残念[バッド(下向き矢印)]この世界観を町田先生が理解できなかった感もあるが。

アムダリヤ(本役=仙名彩世)
春妃うらら…童顔にもかかわらず、この人は、高貴な役や誇りある役が似合うんだな…と思った。本役は、ちょっとエキセントリックなところが魅力的なキャラクターだったが、春妃は、正当で真っ当な王妃として、ジャハンギールに対峙していた。その高貴な美しさに圧倒された。

ザール(本役=水美舞斗)
紅羽真希…ラクメの弟、という出会いの場面は、強烈インパクトではなかったが、後半は、イスファンディアールとなったギィのよき右腕という印象。

テオドロス(本役=柚香光)
帆純まひろ…明るい髪色がよく似合う。鷹揚な大国の王子という風情が似合っていた。

その他、印象に残ったあれこれ。

ゴラーズさんのとこに、いくら最上級生だからって千幸あきを配したのは、いかがなものかと。ま、そのおかがで、本役さんの素晴らしさを再確認したわけだけど。天真みちるのゴラーズさんのセリフからは、風景が立ち上がる。鳥のためにエサを撒くゴラーズさん。窓が開けられなくて蒸し風呂で耐えるゴラーズさんが[ぴかぴか(新しい)]

茉玲さや那のシャラデハは、本役の音くり寿によく似た風貌だったが、大人っぽい優しさを内包している。求婚者ソナイル役の桜舞しおんの可愛らしさ、奴隷プリー役の聖乃の罪のなさと相俟って、なんか微笑ましくなってしまった。

出演者の皆さん、お疲れ様でした[exclamation×2]


宝塚歌劇星組バウホール公演「燃ゆる風」観劇 [┣宝塚観劇]

バウ・戦国ロマン
「燃ゆる風―軍師・竹中半兵衛―」

作・演出:鈴木圭
作曲・編曲:吉田優子
振付:若央りさ、桜木涼介
殺陣:諸鍛冶裕太
装置:稲生英介
衣装:加藤真美
照明:勝柴次朗
音響:大坪正仁
小道具:福井良安
所作指導:花柳寿楽
歌唱指導:ちあきしん
映像:保坂裕之
舞台進行:政村雄祐
舞台美術製作:株式会社宝塚舞台
録音演奏:宝塚ニューサウンズ
衣装協力:時代物工房 一助朋月

大河ドラマ「軍師・官兵衛」にあやかったのかな…と思われるタイトル。また、これは、個人的に思っていることなのだが、タイトルが『風』で終わる作品の半分くらいは意味もなく適当に“風”という字が当てられ、そういう作品に限って駄作である、というジンクスもあって、大変心配しつつの観劇だった。

結果、「燃ゆる風」の意味はわからなかったが、そして、もしかしたら、駄作かもしれない…という気はしたが、出演者のハマり具合がハンパなくて救われた、と思う。なんか、わからないが、すごかった[ひらめき]星組生が戦国武将そのものだった。中でも、特に96期生が、全員これまでのベストアクトだったんじゃないか…という出来だった。
穿った見方かもしれないが、3年間の謹慎に近い状態を過ごした鈴木圭先生は、初舞台から印象最悪のレッテルを貼られた96期生に、特に温かい目を向けたのかな…と思った。(かなり邪推[あせあせ(飛び散る汗)]

物語は、竹中半兵衛重治の36年という短い人生にスポットを当てているが、前半は、秀吉に仕官するまでの物語から、朝倉攻めでの敗走まで、そして後半は、松寿丸の一件と三木城攻めという流れ。この歴史上の事実の上に、妻の得月院が信長と正室・濃姫(帰蝶)の間に生まれた娘であったというフィクションをまじえてストーリーは展開していく。

初主演の七海ひろきは、時代劇等でおなじみの竹中半兵衛通り、数手先を読む冷静さと、熱い思いを胸に秘めたブレないキャラクターを的確に表現していた。初主演なのに気負うことなく、あくまでも爽やかに、沈着冷静に。女と見紛う美貌という説もある半兵衛は、美丈夫の七海にはピッタリの役どころかもしれない。
少しハスキーな七海の声が、理を説くと、なんか、そうかもしれない…と思ってしまう私は、声フェチです[黒ハート]

妻・いね(=得月院)を演じたのは、公演終了を以て組替えが決まっている真彩希帆。恋愛場面がなく、いきなり妻としてスタートするのは、若手の娘役には、かなりハードルが高いと思うが、半兵衛と信頼し合う妻である面と、自らの出生を知らない心許なさの両面を、余すところなく演じていて、見事だった。

そして、専科から参加した悠真倫が、秀吉役で大活躍[exclamation×2]
花組時代の悠真は、脇だから、自由に脇として光らせてもらいます[exclamation]みたいな、物語の本筋じゃないところを頑張ってる印象があった。本人の気持ちはわからないけど。
が、専科に行った頃から、もっといろいろな意味で自由になった気がする。組というピラミッドから離れたことで、主演に対して変に卑屈になったり、勝手に引いたりしないで、作品を良くするために、出るところは出る[ひらめき]芝居の出来る主演者なら、そんな悠真の演技を受けとめられる[exclamation](芝居が微妙な主演者の公演には、出なければいいだけの話。ここが、専科のフレキシブルなところ)
めいっぱい魅力的な秀吉で、目が離せなかった。決して三枚目にならず、かっこいいことから始まって、半兵衛が信長ではなく、秀吉の家臣になることを選ぶのもさもありなんという、他の誰にも出せない魅力が悠真から溢れていた。
若き日の秀吉ということで、老獪というよりは、バイタリティーに溢れ、信長のために戦い続ける武将なのだが、真摯で誠実な反面、将来の出世を予想させるキラッとした部分も見せる…ステレオタイプの秀吉ではないキャラクターで、かなり役作りは難しかったと思われる。が、悠真は、楽々クリアしているようで、秀吉が戦乱の世を楽しんだように、悠真も『燃ゆる風』の舞台を楽しんでいるように感じた。
半兵衛から、ついに三顧の礼を受け入れると告げられる場面では、少ないセリフの中で、いねを含む三人の心情が見事に表現された、素晴らしいシーンだった。

信長の家臣団の有名どころ、丹羽長秀(大輝真琴)と、柴田勝家(輝咲玲央)は、イメージ通りの好演。
信長の嫡男、信忠役の紫藤りゅうは、跡取り息子感満載で、軍団を率いて登場するシーンなど、インパクト大。明智光秀役の音咲いつきは、一声発した瞬間、ぶわっとオペラグラスを向けてしまうほどの美声。半兵衛の人生は、本能寺のだいぶ前に終わってしまうので、それほど大きな役ではないと思っていたら、一幕終わりなど、けっこう見せ場があり、印象に残った。超いい役を見事にものにしていた。朝水りょうは、濃姫の父、斎藤道三で一場面登場したが、美貌が際立ち、また堂々とした雰囲気が良かったと思う。
天華えまは、半兵衛の幼馴染キャラで、わかりやすくフラグが立って死んでしまうのだが、なんと1幕であっさり死んでしまったのには、驚いた。もう少し活躍するかな…と思っていたのだが…。松寿(官兵衛の息子)役の天彩峰里は、少年役を通しで演じたのだが、得意の歌を披露する場面もあったし、少年らしくしっかりと演じていた。荒木村重役の桃堂純も、おいしい役をしっかりとものにしていた。

そして、黒田官兵衛役の天寿光希。生真面目ゆえに荒木村重の乱のとばっちりを受けてしまうのだが、ああ、なんか、わかるなぁ~[ひらめき]という感じ。大河ドラマなどの影響を受けず、天寿らしい官兵衛になっていたと思う。
信長役は、わりとステレオタイプに描かれていたが、演じた麻央侑希は、見た目的にはかっこよく、でも、脳筋的なキャラに見えた。それでよかったのかどうかは、わからない。

で…濃姫役の音波みのりが、『鈴蘭』に引き続き、女神だった。星組には女神がいる…[ぴかぴか(新しい)]


宝塚歌劇星組東京特別公演「オーム・シャンティ・オーム」観劇 [┣宝塚観劇]

マサラ・ミュージカル
「オーム・シャンティ・オーム~恋する輪廻~」

脚本・演出:小柳奈穂子
作曲・編曲:青木朝子
振付:御織ゆみ乃、AYAKO、KAZUMI-BOY
殺陣:栗原直樹
装置:二村周作
衣装:有村淳
照明:笠原俊幸
音響:大坪正仁
小道具:西川昌希
インド舞踊指導:野火杏子
歌唱指導:彩華千鶴
映像:奥秀太郎
演出助手:野口幸作
舞台進行:宮脇学
舞台美術製作:株式会社宝塚舞台
録音演奏:宝塚ニューサウンズ

新生星組のプレお披露目公演は、世界中で大ヒットしたインド映画を原作とした、名付けて“マサラ・ミュージカル”でした[るんるん]

原作映画は未見なので、改変部分とかはまったくわからない。
しかし、宝塚歌劇として、全然違和感なく、楽しむことができた。そういう意味で、マサラ・ミュージカルby小柳先生は成功[ぴかぴか(新しい)]だったと言っていいと思う。

第1幕と第2幕の間に30年の歳月が流れ、第1幕で命を落としたトップコンビは、第2幕では別の役で登場する。一方、第1幕で若々しく登場したその他の主なメンバーは、第2幕では年を重ねて登場する。
宝塚作品として、この辺は、斬新だな~と思う。
主役が1幕で死んでしまうとか、サブタイトルが「恋する輪廻」だから、生まれ変わるのね…と思うものの、大胆すぎる。死なない2番手は、2幕でオジサンになっちゃうし…[あせあせ(飛び散る汗)]

(だまっちは、デビュー作からしてそうだったよね…とかいう暗い過去は忘れるとして)

そもそも、インドでは、古来、生命は輪廻転生すると考えられてきた。その輪廻の輪を断ち切ることを解脱と言い、釈迦は解脱を目指して出家したのだとか。
それと、カースト制度(日本ではかなり誤解されている気もするし、私自身理解しているとは言い難いのだが…)があって、人は生まれながらに身分が決まっていたりする。
だから、オーム・ブラカーシュ・マキージャー(紅ゆずる)が、どんなにカッコよくてセンスがあっても、脇役俳優の息子である彼は、脇役俳優として生きていくことになる。親友のパップー(瀬央ゆりあ)が、芸名を変えろ[exclamation]と言うのも、たぶん、苗字を聞いただけで、どの身分に属する人間かが分かってしまうようなことがあるからじゃないかな…などと思った。

しかし、オームは非常に前向きで楽天的な性格。そして、夢もビッグ[exclamation]脇役というよりは、エキストラに近い役者なのに、ボリウッド映画の大スター、シャンティプリヤ(綺咲愛里)と恋に落ちる夢を諦めてない。そんなオームを、母親(美稀千種)も親友パップーも、なんか許して応援しているというのが、微笑ましくていい。
また、“死んだお父さん”役として、堂々写真出演をしているのが、夏美よう氏。これは、なかなか珍しいパターンじゃないだろうか。
ここ数年、夏美氏の息子役は不幸になる、という設定が多いように思うのだが、(たぶん始まりは、ホン・ホゲ氏)オームもまた、写真だけの出演とはいえ、不幸を逃れることはできないのだった[爆弾]

オームの憧れの人、シャンティは、実は、野心的映画プロデューサーのムケーシュ(礼真琴)と秘密結婚していて、実は、妊娠している。もう結婚を公表したい、というシャンティに対し、ムケーシュは彼女を呼び出して殺害しようとする。オームは、シャンティを救おうとして火の中に飛び込むが救うことはできなかった。
そして、絶望の中、映画スター、ラージェシュ・カプール(壱城あずさ)の運転する車に轢かれて死んでしまう。
その日、カプールに息子が誕生した。
偶然にも、カプールは、同じ病院で死んだ可哀想な男と同じ名前を息子に付ける。

そして30年後、第2幕では、映画スターとなった、オーム・カプール()が、前世の記憶を取り戻し、母やパップーに再会する。
また、今や世界的なプロデューサーとなったムケーシュの罪を暴くため、オームの大ファンというサンディ(綺咲)に協力を頼む。そんなサンディは、シャンティにそっくり[あせあせ(飛び散る汗)]
第1幕で、街の大きな看板に映った大スターのシャンティに愛を訴えるオームという場面が何度も登場するのだが、第2幕では、その看板がオーム・カプールになっていて、サンディは看板の彼を眺めて愛を訴える。そんな一致点が微笑ましい。
作劇術ということもあるけれど、互いに焦がれる綺咲の芝居が本当に可愛くて…砂糖壺に飛び込んだような甘々な二人の雰囲気に、すっかりやられてしまった[黒ハート][黒ハート][黒ハート]

殺人や怨念が登場しつつも、あくまでもコメディの体を崩さない展開が面白く、歌やダンスが随所にあって、衣装もキラキラで、楽しい作品になった。
小柳先生、やっぱ、外さないわ~[るんるん]

新主演コンビは、シリアスにもファンタジーにも対応できる柔軟さが魅力。インドのコスチュームもよく似合って、キラキラのトップコンビ誕生[ぴかぴか(新しい)]という感じ。
新2番手のは、ショーヴラン役を前に、黒い役の予行演習かな、くらいに思って観ていたが、既に真っ黒でした…[ひらめき]
しかも、フィナーレは、まこっちゃん、どこー[exclamation&question]と、思うくらいのキラキラなスターさん[黒ハート]まだ、研8だというのに、全く危なげない2番手ぶり。
美稀の母親が、この複雑な物語のカギを握る見事な助演ぶり。
大スター役の壱城と映画監督の如月蓮が、しっかりと存在感を示しつつ笑いも取り、三枚目役として十碧れいやが笑わせる。瀬央は、中年となった第2部が渋くてカッコよく、意外な収穫。娘役は、なんといっても大スターであり、オーム・カプールの母を演じた愛水せれ奈の美しさが際立った。ラジオのアナウンサーのヴィミー(白妙なつ)は、ハリウッドにも似たようなキャラクターがいたような…と思わせる。これは、「ヴァレンチノ」を観た人に“これこれ!”と思わせるためだったのかしら[exclamation&question]

新生星組、最高の船出でした[exclamation×2]


宝塚歌劇花組東京公演「雪華抄」観劇 [┣宝塚観劇]

先日、スタジオライフのファンの集いでいただいたお土産、こんな包装紙でした。雪華堂.jpg

こんなお店があるんだ~[るんるん]と、ワクテカ[グッド(上向き矢印)]

というわけで、花組公演の感想です。

宝塚舞踊詩
「雪華抄」

作・演出:原田諒
作曲・編曲:玉麻尚一
音楽指揮:大谷木靖
振付:花柳壽應、藤間勘十郎、尾上菊之丞、麻咲梨乃
装置:松井るみ
衣装デザイン・監修:丸山敬太
照明:勝柴次朗
音響:大坪正仁
小道具:松木久尚
歌唱指導:山口正義
ヘアメイク監修:Eita
演出助手:栗田優香
衣装補:加藤真美、中村秋美
舞台進行:香取克英

原田諒先生、初のショー作品となる『雪華抄』、伝統的な宝塚の和ものショーらしさに溢れた秀作。初めて、原田作品を褒めた気がする。

<プロローグ 紅梅白梅>
全員が梅の花の衣装を着ての総踊り。幕開きは、もちろん、チョンパ[ぴかぴか(新しい)]
チョンパは、拍子木の“チョーン”の音の合わせて、パッと一斉に照明が点いたら、舞台上にずらっと出演者が並んでいる、という壮観な幕開きの光景を指す言葉だが、原田先生は、その場面の効果を増すために、袖の内側の灯りも消灯させているという。
出演者側も本当に真っ暗な中の移動になるので、前後の人と繋がってそろりそろりと舞台に出てくるらしい。移動が慎重になれば、衣ずれの音さえしないから、ますます効果は上がる。危険のない範囲で…とは思うものの、その拘りがプラスに働いたようだ。
和ものショーのプロローグといえば、慶長の若衆が定番だが、慶長といえば桜が多い中、あえて梅をテーマにしたところに新しさを感じた。和ものショーの定番は、季節が一巡してプロローグのところに戻るイメージだったが、梅から始まって桜で終わるのもいいなぁ~[るんるん]
大劇場を観た時は、あまり、「旬」ということを感じることはなかったが、東京では、お正月公演でもあり、梅がしっくりくる。もうすぐ、梅が咲いて、春が来るのだ、と寒さに耐えて劇場に通っている感じ[雪]
舞台中央の水の流れを模したセットも素敵だった。

ところで、「慶長の若衆」と、毎回書いている(プログラムにはこんな記載はありません)が、そもそも、なんで「慶長」なんだ[exclamation&question]あのヘアスタイルと、陣羽織を羽織ったような衣装を見ると、条件反射的に、「慶長の若衆」と書いてしまうのだが。
慶長年間の始まりは、豊臣秀吉の最晩年。(終わりは、大阪夏の陣の豊臣氏滅亡)その時代に行われた豪華な花見の宴のような、爛熟してるけど、後から見れば、儚いもの…それが、桜の花の特性と相俟って、日本人の大好きな春のイメージになっているのかな…と思っている。
とはいえ、今回は、梅、です。
桜はもちろんフィナーレに登場するが、桜でサンドイッチせずに、まずは、梅で幕を開ける。なかなか、新鮮でした[るんるん]
この場面の衣装が全員新調というのも、すごい[ぴかぴか(新しい)]太っ腹[わーい(嬉しい顔)]
そんな新しさもありつつ、内容は定番のプロローグらしく、華やかで美しかった。特に、和ものショーのお化粧を初めて見たが、桜咲彩花が雛人形のように美しくて、驚かされた[揺れるハート]

<花椿>
続いて、松本悠里による一人舞。
ここでは椿(雪椿)がテーマになっている。
バックに流れる影ソロ(音くり寿)の歌詞によれば、去年の雪が溶けて流れる2月が舞台。なるほど、梅⇒雪だと、なんとなく季節が後戻りしたようにも感じられるけど、どちらも2月…か。片や早春の喜びを歌うプロローグ、そして、一方では雪が残っている。それは決して矛盾しないし、それこそ日本らしい景色かもしれない。
情緒たっぷりの松本の踊りだが、歌詞が若干都々逸っぽいかなー。(そもそも芸者という設定なのかも[exclamation&question]
そのわりに、ラスト「散る」で終わるんだね…せっかく椿なのに…[あせあせ(飛び散る汗)]ってか、歌詞がかなりイミフ[爆弾]それっぽい言葉を連ねているわりに、何を言っているのかわからない。くりすちゃんの歌がクリアに聞こえるので、あれれ[exclamation&question]と思ってしまった。
は、童顔に似合わず、声だけだと、なかなか色っぽいなぁ~[黒ハート]

<鷹と鷲>
続いて、春。
鷹と鷲が大空の覇権を争う。
女性が一人でしっとりと踊るところから、一気に勇壮な男役の群舞になる辺り、メリハリがあって、とてもいい[ひらめき]
また、鳥といっても、鷲や鷹は、羽ばたくのではなく滑空する。そんな姿も見事に再現した振付(by藤間勘十郎)だった。
山のセットも中国の山水画のようで、美しかった。

<七夕幻想>
そして、夏の夜。
七夕の夜を楽しむカップルたち。浴衣姿が似合う。江戸時代の庶民という感じかな[exclamation&question]銀橋の鳳月杏桜咲のデュエットが美しいハーモニー。
そして、現実のカップルたちがハケた後、幕が上がり、そこでは、幻想的な七夕の風景が繰り広げられる。
彦星(芹香斗亜)と織姫(仙名彩世)を中心に、星空がつり下がった世界が美しい。舞台の奥行をすべて使って、盆が回って、天人と天女のカップルたちがポーズを取っているのが、本当に素敵[黒ハート]そのセンターで、苧環から織姫の織った布を彦星が引いている光景が美しくて[ぴかぴか(新しい)]
こちらは、天平時代辺りのファッションかな。中国風のテイストが、しっくりきてました。
ところで、冒頭の江戸風景が「七夕幻想A」で後半の織姫彦星が「七夕幻想B」なのね…[ひらめき]ちなつちゃんったら、なにげに、1場面もらったと考えていいのかしらね[るんるん](ちなつ贔屓[わーい(嬉しい顔)]

<波の華>
カーテンが閉じると、音楽が一変。勇壮なリズムの中、瀬戸かずやがセリ上がり、斎太郎節からスタート。中詰はノリノリの民謡メドレーだ[ひらめき](貝殻節~尾鷲節~佐渡おけさ~串本節)太鼓のリズムがエイトビートのロック調と融合して、血が騒ぐ[グッド(上向き矢印)]
斎太郎節や、佐渡おけさなど、誰もが知っているメロディーに混じって、尾鷲節や串本節など、へぇ~こんな民謡があるんだ~[目]と、思ったり、飽きさせない。妙に紀伊半島寄りだけど。
徐々に盛り上がったところで、トップ明日海りお登場。綾棒と呼ばれる銀の房のついた棒を両手に1本ずつ持ち、軽快に歌いながら操る。この総踊りは圧巻[ぴかぴか(新しい)]
さらにそこから、芹香の歌で、テーマ曲(音頭バージョン)が、夏を読みこんだ歌詞で歌われるのもニクい。ここでは綾棒を使って、寄せては返す波を群舞で表現している。いいなぁ、日本の夏。

<清姫綺譚>
一瞬の暗転の後、舞台には、安珍に扮した明日海
舞台上背景に、秋の月。安珍清姫の恋模様を舞踊劇にして見せる。
ぶっかえりのような歌舞伎手法と、大きな布を使ったマスゲーム的パフォーマンスの融合が素晴らしい。
一途に恋心を燃やす清姫(花乃まりあ)と、恋と修行に引き裂かれる安珍。安珍が修行を選ぼうとするところで、下級生男役たちが、安珍を守ろうとするかのように、周囲を取り囲んで踊る様は圧巻。女から稚児に逃げているようでもある…[あせあせ(飛び散る汗)](実は、日高川の波だそうです。)
赤いライトと旗で紅蓮の炎を表した場面もわかりやすく、清姫の痛々しいまでの愛に殉じる安珍の決心からのセリ下がりは、ドラマチック[ぴかぴか(新しい)]だった。短い場面なのに、芝居を一つ見たような充実感。

そして、冬。
舞台上の空間にまだ残る火の粉に混じって雪が降る。
若手の男役・娘役が8人ずつ、白い衣装で登場、静かに踊る。二人の霊を弔うかのように。和海しょうの銀橋での歌も雰囲気がある。

<フィナーレ 桜花夢幻>
そして、松本が桜の着物に身を包み、セリ上がる。
[るんるん]春よ、美しい春よ[るんるん]という歌で、少しずつ生徒が増えて行く。一人一人が違う着物。原田先生が生徒に合わせて選んだらしい。
ここの影デュエット(咲乃深音・愛乃一真)が素晴らしい[ぴかぴか(新しい)]
最後に、安珍清姫が復活したかのように、セリ上がる明日海花乃春って復活・再生の季節なんだなぁ~(冬に枯れたものが、春に芽吹くみたいな…)と気づいて、うるっとした。明日海が、[るんるん]春よ、美しい春よ[るんるん]と一節歌って、そこからテーマ曲が再び流れ、一同銀橋で挨拶して終わる。

久々に素敵な和ものショーを堪能した気分。原田先生、こっちに転向したらどうかなぁ…[exclamation&question]


宝塚月組大劇場公演 [┣宝塚観劇]

先月に続き、弾丸でムラ大劇場公演に行ってきました。

のぞみ.jpg

新年初新幹線…特に指定せずに取った席が…7-7-7[exclamation]
なんか、ラッキーな気がするぞ[るんるん]今年は、よい観劇イヤーになるぞっ[ぴかぴか(新しい)] 

大劇場では、レビュー上演90周年にちなんで、当時の羽根飾りを再現したものを展示していました。

羽.jpg

昭和2年という時代に、こんな羽飾りを見たら…宝塚は夢の国だって、今の何倍も何十倍も感じたでしょうね。

新年の花.jpg

今年は、東西で劇場の花を撮影することができました。
大劇場で、新年の花が飾られている期間に観劇することは、なかなかないので、毎年どんなふうに花が飾られているか、わからない。
なんとなく、東宝の方が花というよりは、オブジェっぽいものを飾っている感じかな。 

また、大劇場では、公演に因んで、グランドホテルのバーで提供されるようなカクテルを販売していました。

カクテル.jpg

私は、シャルトリューズとフランボワーズのカクテルをいただきました[バー]

では、大劇場公演ミニ感想です。

  • 「グランドホテル」は、思っていた以上に、初演の装置や衣装がそのまま出てきて、懐かしく、時間が1993年に戻ってしまったような感覚で観ていた[黒ハート]
  • 開演前の注意喚起アナウンスと、グランドホテルの交換手たちの声、そして珠城りょうによる開演アナウンス、緞帳の動きが、ものすごく緻密に考えられていて、生田先生の拘りにニヤリとしてしまった[グッド(上向き矢印)]
  • 今回、男爵が主役、そして、珠城のお披露目ということで、新場面がいくつか追加された。このため、残念ながら削られたナンバーもあった。ジミーズのナンバーがなかったのは寂しかったな、しょうがないけど[もうやだ~(悲しい顔)]
  • フラムシェンは、短いアバンチュールの結果、妊娠している可能性があって、そのことを相手の男に電話で伝えている。その時、“遅いの”という言葉を遣っているのだが、それ、意味不明だよね。「来ないの」とか「遅れてるの」なんじゃないかな「ミス・スイス時計」も分かりにくい。前回は、「クオーツみたいに正確」と言っていたような…[爆弾]
  • 「グランドホテル」は、宝塚とはいえ、どこかリアルな演技が要求される。とはいえ、リアルだけでは宝塚じゃない。前回は、オットーとフラムシェンの周囲に夢々しさを感じたのだが、今回は、男爵とグルーシンスカヤの周辺にドリームが散りばめられていた[ひらめき]
  • 昨年のトム・サザーランド版「グランドホテル」も観劇しているが、現実のグルーシンスカヤは、安寿ミラであり、草刈民代であると思う。それを愛希れいかが演じることで、ありえない夢の世界が広がる。ありえないと知りつつ、美しく蘇ったグルーシンスカヤの姿に、うっとりとしてしまった[揺れるハート]
  • 華形ひかるが演じたことで、プライジング社長が、存在そのものが不気味という存在でなくなってしまった。華形を起用するなら、歌わせなくてもいいから、彼の設定をもっと明らかにしてほしかった。それゆえの闇を演じられる役者だからこそ、もったいなかったし、奥行きが広がらず、残念[むかっ(怒り)]
  • ラファエラが女性だということに気づかない人がいるらしい。どうにかしてほしい[がく~(落胆した顔)]
  • ショーは、退団者贔屓の私には、泣けて泣けて…[たらーっ(汗)]稲葉先生、ありがとうございます[黒ハート]

美少年.jpg

とんぼ返りで、東京で新年会に参加。美少年、美味しかったです[黒ハート]

クリームあんみつ.jpg

さらにクリームあんみつまで食べてしまった…[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]

【1月8日】
第二次国府台の合戦。北条氏と里見氏が国府台で戦い、里見氏が敗れる(1564=永禄7年)。

(←旧暦。新暦では、2月20日となる。)
国府台に里見公園というのがあるのですが、あの辺は里見氏の所領だったんですね。里見氏というと、安房の領主というイメージでしたが、昔は千葉県全体を治めていたんですね。

<今日は何の日>シリーズは、これでおしまいです。1年以上に渡り、お付き合いいただきましてありがとうございました[ひらめき]


宝塚歌劇宙組特別公演「双頭の鷲」観劇 [┣宝塚観劇]

Musical
「双頭の鷲」
原作/“L’AIGLE A DEUX TETES”by Jean COCTEAU

提供/ジャン・コクトー委員会会長 ピエール・ベルジェ氏
著作権代理/(株)フランス著作権事務所

原作:ジャン・コクトー
脚本・演出:植田景子
作曲・編曲:斉藤恒芳
振付:大石裕香
装置:松井るみ
衣装:有村淳
照明:佐渡孝治
音響:大坪正仁
小道具:市川ふみ
歌唱指導:山口正義
演出助手:谷貴矢
衣装補:加藤真美
舞台進行:表原渉


「双頭の鷲」はジャン・コクトーの「戯曲」。
小説や映画をアレンジするのと違って、舞台用に作られたものをアレンジするのは、なかなか骨の折れる作業だと思う。本当に宝塚化するためのアレンジなのか、原作を冒とくしていないか、いろいろと考えてしまいそう。
しかし、植田景子先生は、やり遂げてしまった。
すごいな…[グッド(上向き矢印)]
ぶっちゃけ「双頭の鷲」でありながら、植田景子作品でありすぎる[爆弾]とは思った。
ただ、「双頭の鷲」のプロットが轟悠の究極の男役を表現するのに必要ならば、そして著作権等の問題(原作の改変について権利者の許諾が得られるかどうか)をクリアできるのであれば、こういうやり方もありなのかな…[たらーっ(汗)]と消極的に賛成しておく。
コクトーの「双頭の鷲」は、以前、美輪様で観たものの感想がこちらにあるので、もしよかったら、ご確認ください。
エリザベート皇后暗殺事件に着想を得て、架空の王国の王妃と暗殺犯の恋愛劇をいっぱい盛り(場面転換なし)のステージで上演する。登場人物はわずか6人。
とはいえ、設定にはかなり無理がある。しょうがない。コクトーはフランス共和国の人間だし。そして、宝塚ファンは、設定のひどさにすぐ気がつく。しょうがない。「エリザベート」の物語や王室制度については、隅々まで知り尽くしているから。
というわけで、景子先生は、「エリザベート」の世界観をもとに、設定を少し作り変えている。作り変えられた世界はお馴染みのものなので、観劇中はそこを疑問に思わない。なので、ドラマに集中できる、という効果はあったが、むしろ、冷静に考えると、さらにあり得ない設定になっていたような…[あせあせ(飛び散る汗)]
原作=国王は亡くなっているが皇太子がいるらしい。(国王は結婚式のパレードで暗殺されているので、国王夫妻の子ではない。親戚筋だろうか。)その後10年間、皇太子が即位していないのは、未成年なのかもしれないが、それについての言及はない。皇太子の摂政として、警察長官フェーンより、王妃の方が相応しいというクーデターが起きるかどうか、そういう背景なのだろう。
今回=皇太子はいなくて、皇太后がいる。あ、王太后と呼んでたな。その王太后派(フェーンも入る)と、王妃派の勢力争いが背景にある内容。でも、国王がいない国で、それってむなしい戦いだ…byトート閣下。
とはいえ、実際に国政を司る存在が居る方が、(しかも、“パパラッチ”が演じる、という形で舞台上に存在する!こともあって)舞台を観ている間のストレスは少ない。そもそもゾフィーVSエリザベートってヅカファンの脳内に完全に定着してるし。絵的な説得力があって、納得してしまった。
こういう枠組み的な部分にひっかかりがあると、物語に集中できない人って(私を含め)、けっこう多いと思う。まあ、要するに理屈っぽいタイプ。景子先生も理屈っぽいタイプとお見受けしたので、その辺の対処としては、お見事だったと思う。(そうじゃないタイプの人には、ものすごく不評な気はする。)

舞台は、「ストーリーテラー」(和希そら)の語りによって展開する。彼は、このドラマの枠の外側の人物。
ドラマの枠組みを舞台上にも作って、その外側の世界が「ある」ことを示す舞台装置(松井るみ)は、素晴らしかった。景子先生のやりたい世界がすごくわかりやすく表現されていた。
そして、帰納法で、ストーリーは語られ始める。心中のような二人の姿から。
絵的な美しさだけでなく、このシーンからスタートしたことには、大きな効果がある。
階段落ちはありませんよ、という宣言だ。
この「双頭の鷲」は、ジャン・コクトーが、恋人でもあった俳優のジャン・マレーに当て書きして書いた戯曲。そのマレーが演じた初演から、「階段落ち」のシーンは存在していた。「双頭の鷲」=階段落ちは、「蒲田行進曲」=階段落ちと同様(どんなたとえや[exclamation&question]マストアイテムになっている。実際、後ろ向きに階段を落ちるこのラストシーンでケガをした俳優はいない…らしい。
だからって、理事に、カラクリなしの階段落ちをやらせるのは、ありえないと思っていた。そんな蛮勇、宝塚にはいらない[exclamation]
ただ、どうなるんだろう[exclamation&question]と、ずっと不安には思っていたので、ラストシーンからスタートしてもらったおかげで、安心して物語に気持ちを移すことができた。クーデター当日、王妃が刺殺され、その暗殺者と王妃がしっかりと手を握り合って死んでいる。絵のように美しく謎多きこの事件を、パパラッチたちが大騒ぎするところから、物語は動き出す。
このパパラッチは、その時代にいた連中ではなく、枠の外側の人々らしい。ミニスカートがキュートな桜音れいがスマホを持っていたのが象徴的だったし、王家のスキャンダルネタを順に語っていく場面で、エリザベートはもとより、ダイアナの話が出たりしていたから。
で、このパパラッチたち、かなり贅沢なキャスティング。ツアーとの兼ね合いもあったと思うが、いささか役不足の感は否めなかった。もちろん、このメンバーが演じてくれたからこそ、素晴らしい舞台になったことは重々理解しているものの。

パパラッチが、いくつか、現場にいない役を具現化(ex.王太后)したほかは、原作通りの登場人物。この辺は、著作権管理者からの指示だったかもしれない。
登場人物は、某国の王妃(未亡人)(実咲凜音)、暗殺者の青年スタニスラス(轟悠)、王妃の読書係エディット・ド・ベルク男爵令嬢(美風舞良)、王妃の側近で亡き国王の友人フェリックス・ド・ヴァルレンスタイン公爵(桜木みなと)、警察長官フェーン伯爵(王太后の側近)(愛月ひかる)、王妃の身の回りの世話をしているトニー(台詞なし)(穂稀せり)の6人。
エディットと公爵の間には、過去の確執(二人は恋人だったが、結婚できなかった)がある。
という設定が、美風桜木では、とても座りが悪い。この設定さえなければ、二人とも好演なのになー[バッド(下向き矢印)]と思った。エディット役は、彩花まりが適任だったんじゃないだろうか。もっと使ってほしい娘役の筆頭なんだけど。今年は博多座でアムネリスとかやっちゃったから、連続でいい役は来ないってことかしらね[もうやだ~(悲しい顔)]
この二人が王妃に心酔する裏に、過去の経緯からの意地の張り合いがある、という原作設定を生かしてほしいと思うが、美風桜木では、それが10年前のことなのか、20年前のことなのか、皆目見当がつかない。昔であればあるほど、滑稽さが出ると思うのだが、桜木の場合、5年前でもおかしくない若さだ。若いカップルなら、より、リアルな痛みとなる。景子先生は、どちらを望んでいたのだろうか。
結婚式の運命のパレードからちょうど10年後の嵐の夜、王妃は、二人が新婚の夜を過ごす予定だったクランツ城に行き、窓を全開にして、亡き夫・国王の霊を呼び寄せ、ディナーを始める。
王妃のそんな趣味を理解できないエディットと公爵だが、公爵は人知れず文句を言い、エディットは盲従する。決して王妃の心を理解できないのに、それぞれに王妃に心酔しきっている二人の様子が面白い。二人の愛が終わったのは、本当のところ、王妃のせいかもしれない。
登場した王妃のドレスは、最新モードっぽい素敵なデザイン。喪に服すというイメージとは程遠いが、(ワンショルダーだし)実咲には似合っている。
ところが、この日、王妃の暗殺を狙う反政府主義の詩人、スタニスラスがこの宮殿に忍び込んでいた。警察に追われ、傷を負った彼は開いていた窓から王妃の部屋に侵入する。
この時、王妃を殺す機会はあったはずなのに、スタニスラスは王妃に匿われることとなる。彼は驚くほど亡くなった国王に似ていたのだった。
そして、さらに王妃は、スタニスラスをエディットに代え、読書係に任命する。
あっという間に、王妃はスタニスラスに、スタニスラスは王妃に影響を与えていく。喪に服して国政を顧みない王妃に、スタニスラスは、今の体制を打破し、王妃親政を行うべきだ、と助言する。
エディット・公爵・フェーン伯爵が代わる代わる登場し、重要な役割を果たしつつも、頑なだったスタニスラスの心が解けはじめてからは、ほぼ二人芝居の様相。みりおん、ほんとよく頑張ったわ[黒ハート]
日本での上演は、やはり美輪さまが一番多くやっていらっしゃって、美輪さまの舞台の場合、その育て上げた俳優さんがスタニスラス役を演じることが多い。そもそも年齢設定も、王妃が年上ということになっているし。そうなると、スタニスラスが王妃を説得できるのは、もう熱量しかなくて、それもまた十分な熱い芝居だったりするのだが、今回は、実際、芸歴30年超の大ベテランが演じるスタニスラスだからこそ、の説得力で、無気力な王妃に政界復帰を約束させる。
ちゃんと台詞の力で芝居が動いていくってすごいな~[ぴかぴか(新しい)]と、感動。
ほんとにこの芝居、台詞で人が動く。
言葉の力だけで、どこまでのことができるか…シェイクスピアの時代から、劇作家が挑戦し続けてきた命題。コクトーも詩人だから、もちろんそのことを意識していたと思うし、景子先生も詩人を主人公にしたミュージカルを書いているくらいだから、当然その辺は意識していそう…(あの詩人の弟は劇作家でしたね、そういえば)
もう、ホント、たまらない台詞の応酬でした[ぴかぴか(新しい)]
もちろん宝塚なので、「歌」という強力な応援はあるが、「歌」というのは、「詩」に節が付いたものなんだなー[ひらめき]と感じられるようなものだったので、その応援は、アリだと思った。
宝塚歌劇団ではあっても、中には、「歌」が入ることで、逆にそっちが気になって(ハラハラして)歌詞がおろそかになってしまう、あるいは、その後の台詞も飛んでしまうような、残念な歌唱力の人がいないこともないのだが、今回のメンバーは、そんなこともなく、本当に気持ち良く物語に集中することができた。
1幕のモノトーンな世界が、差し色としての赤が加わって、やがて様々な色を受け入れて行く…でも、警察長官の付近は黒一色、みたいな、色で世界観を動かしていくところも面白かった。音楽は斎藤恒芳先生で、これがまた、重い世界観に合う。「エリザベート」の物語であることは隠さず、でも、「双頭の鷲」という別の創作物である、ということを強調するために、あえて、コクトーの母国の音楽、シャンソンを使ったり、パパラッチたちのファッションもフランス的な感じだったり、ディテールも拘りを感じる。
パパラッチたちは、舞台上の椅子に座って芝居を見ていることが多いのだが、それなりに細部の衣装替えもあったりするので、出ハケが二重になっている。(普通、出番が終わるとサイドの椅子に戻る芝居では、衣装は着たきりすずめ、舞台上からはハケないお約束なのだが。)
その分、演出はさらに複雑になるはずだし、そのわりに、パパラッチたちの前には、ビニールをくしゃくしゃにして透明度を下げたようなカーテンがあって、その存在が見えにくい。それでも、こういう演出をした、というあたりに景子先生の究極の拘りがあるようだ。
(美しい枠組みだなーとは思ったが、拘りの意図まではわからなかった。無念[バッド(下向き矢印)]
愛月の出オチ感ハンパないかっこよさと、二枚目桜木の演技巧者としての側面、そしてストーリーテラー和希のエンターテイナー資質…見どころは多かった。
しかし、なんといってもの存在感と、そのに伍して引くことなく王妃を演じ切った実咲の集大成といっていい佇まいに圧倒された。よいものを観た[黒ハート]

パパラッチは、ミニスカの桜音と、デカダンな男装の愛白もあ、そして王太后に扮した瀬戸花まり、あとは、男役の風馬翔星月梨旺の存在感に圧倒された。

“今日は何の日”
【12月12日】
北原白秋・木下杢太郎ら詩人と石井柏亭・山本鼎ら画家が文学と美術の交流会「パンの会」を結成(1908=明治41年)。


宝塚花組大劇場公演 [┣宝塚観劇]

福岡の全国ツアー観劇の後、ムラで大劇場公演を観てきました。

いやー、今回は、弾丸でした。
そもそも、5月に博多座「王家に捧ぐ歌」を観劇する予定だったのが、諸般の事情でキャンセル。
それで、代わりに…と計画した全国ツアー公演。でも、それも色々な予定が前後に押して、かなり強硬スケジュール。
そんな強硬スケジュールなのに、3日の夜公演後に一緒にゴハンを食べてくれ、翌日も半日付き合ってくれた、福岡の友人には感謝の気持ちでいっぱいです。1年半ぶりの再会、食べて喋って楽しかったです。
しかも、私が泊まったホテル、偶然にも彼女の幼馴染の勤務先で…私の目の前での再会劇に、なんだかほっこりしたのでした[黒ハート]
全ツ期間中ということで、福岡市内のリーズナブルなホテルが全然取れず、身の丈に合わない高級ホテルに宿泊してしまいましたが、こんなオマケがあるのなら、それもよし…[ひらめき]こんなゴージャスホテルでした[るんるん]

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4日に宝塚に向かい、翌朝東京に帰るというヅカ友、Tちゃんとムラでゴハンして、タカホに宿泊、翌朝、冬空の武庫川河川敷を撮影したのがこちらです。スッキリした良い天気でした。
(福岡~宝塚の2日間は雨で…)

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大劇場公演では、日本もののショーに因んで、春夏秋冬をイメージしたカクテルを販売していました。

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私は、春をイメージしたカクテルをいただきました[バー]

では、大劇場公演ミニ感想です。

ショーは、わりとオーソドックス。春夏秋冬という季節に合わせて展開する。
オープニングは、チョンパからの慶長の踊り。
続いて、専科・松本悠里の日舞。こちらは、セリ上がり、セリ下がり。以前のショーでは、袖や花道から早足で登場していたが、今後は、こういう形での出演になるのかもしれないな。
鷲と鷹の勇猛な場面を経て、中詰めは、祭り。ここの男役は青天。いなせだな~[ぴかぴか(新しい)]定番の民謡も登場。ここは夏の雰囲気。
秋は、安珍清姫のストーリーダンスをトップコンビが演じる。布を使った演出が魅せる。照明も美しい。
二人の情熱が炎となって燃え尽き、雪がすべてを覆いつくすと、再び春が…。
構成は、日本もののショーとして、王道すぎる形だが、衣装と照明の拘りが原田先生流か。
ストレスになる場面がまったくなかったので、今後は、日本もののショー作家としての道をおススメしたい。

お芝居は、古代、架空の王国が舞台。奴隷と王女の恋物語とか、設定が斬新すぎる。しかも全員当て書きというのがすごすぎる[黒ハート]
トップコンビと2番手の恋愛が並行して描かれているところも素敵だった。幸せになれなかったトップコンビの分までも穏やかに生きて、幸せになってね、キキちゃん(芹香斗亜[ぴかぴか(新しい)]
同時に国王夫妻(親世代)の愛憎までもキッチリと回収しているのがたまらなかったです。
華優希ちゃん、ぶらぼー[ぴかぴか(新しい)][ぴかぴか(新しい)][ぴかぴか(新しい)]

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花の道の「ベルサイユのばら」、まだ咲いていました[かわいい]

“今日は何の日”
【12月10日】
田中正造が、東京・日比谷で、足尾銅山鉱毒事件について、明治天皇に直訴(1901=明治34年)。

ただし、警官におさえられ、直訴は未遂。この時の直訴状は、平成25年に田中の出生地、佐野を訪れた今上陛下に伝えられたとのこと。


宝塚歌劇宙組全国ツアー公演「バレンシアの熱い花」ほか観劇 [┣宝塚観劇]

ミュージカル・ロマン
バレンシアの熱い花」

作:柴田侑宏
演出:中村暁
作曲・編曲・録音音楽指揮:吉田優子
作曲・編曲:寺田瀧雄、河崎恒夫
振付:ANJU、蘭このみ
擬闘:清家三彦
装置:大橋泰弘、黒田利邦
衣装:任田幾英、小西松茂
照明:平田良一
音響:大坪正仁
小道具:市名史弥
歌唱指導:飯田純子
演出補:大野拓史
装置補:稲生英介
衣装補:加藤真美
舞台進行:阪田健嗣

宙組全国ツアー公演で、この古い作品(1976年初演)が、9年ぶりによみがえった。
長い宝塚の歴史の中では、時々トップ娘役がいない時代とか、複数いる時代とかがある。この作品は、月組トップスター榛名由梨が五條愛川と組む前の相手役不在時期の作品なので、娘役のおいしい役がいくつもあり、一人の娘役にすべてが集中している感じではない。
この手の作品に「アルジェの男」(1974年。鳳蘭の相手役不在時代)とか、「哀しみのコルドバ」(1985年。星組Wトップ娘役時代)などがあるが、不思議なことに、トップ娘役が確定している時代に再演されている。だからバランス悪い部分があるんだよね[爆弾]
なので、トップ娘役が出演できない全国ツアーにこの作品を持っていく、と聞いて、「ふむ、そう来たか[ひらめき]と思った。
あ、そうそう、2007年に上演された時の感想はこちらです。
ここでボロクソに書いていたプロローグは、最初に登場する男役三人(朝夏まなと・真風涼帆・澄輝さやと)のポーズが決まっていてとてもかっこよかった。
(あの時は、幕があいたらいきなり男役祭りで、そのシルエットが揃いもそろっていけてない!と大激怒だったのだ。)
全体的に、なんとなく、「哀しみのコルドバ」のプロローグを思い出すのは、娘役の衣装のせいかな[exclamation&question]
さて、この作品、W2番手、もしくは確立された3番手がいる場合には、なかなか座りのいい舞台になる。それと、ルカノールに誰を配するか、この辺りが、「バレンシア…」上演のポイントと思われる。あと、トップはフェルナンドに決まりとして、お貴族様のロドリーゴと、ラテン系のラモンをキャラクターで2番手・3番手のどっちかに振るというのは、どうも作品の空気を損なうような気がしてならない。
やはり2番手ロドリーゴの方が、断然よい話になると思うのだ。
2番手がラモンである場合、宝塚的には、完全な三角関係、もしくは、ヒロインは2番手と結ばれて終わる…という結末が「正しい」。ラモンにそこまでの配慮がされていないところが、この作品の面白さなのだが、それはラモンが2番手ではないからこそ、作れる物語だ。
一方、ロドリーゴの恋物語は、主筋となるフェルナンドの物語と並行して進み、最後までそこにあり続ける点で、間違いなく2番手の物語になっている。
もちろん、宝塚のスター変遷によって、2番手の役が変更になる、というケースはこれまでもあった。かつては各組に存在した「おいしい上級生」が居なくなったために、その上級生用の敵役のようなポジションを2番手用に構成し直すという形で。けれど、2番手と3番手の入れ替えはなかった。その最初のケースが、前回上演時の全ツだったのだろう。残念ながら私は観ていなくて、観ていたら劇団にお手紙を書いただろうなーと思ったが、今となってはあとの祭りだ。
劇団は柴田作品を、ていよく全ツに回せる中古品扱いしているのだろうか。まったく…[むかっ(怒り)]
上記理論からいくと、2番手を変更したいのであれば、ルカノールを2番手の敵役として置く方法はあり得ると思う。でもラモン2番手は、ない。てか、今回、真風をどうしてもラモンに当てたい理由がわからない。
前回は、蘭寿とむのラテン系が似合いすぎるから…!とハッキリ理由もわかっていた。それでも、大劇場公演は「役替り」にしたのだ。ロドリーゴの方が2番手役だからだ。
どこから、その方針が崩れたのか。脚本は変更されていないのに。
あっきーが、ロドリーゴすぎるから[exclamation&question]すごいな、あっきー[あせあせ(飛び散る汗)]

ナポレオン三世がヨーロッパを席巻していた時代のスペイン、バレンシアが舞台となっている。
主人公のフェルナンド(朝夏まなと)は、2年間のマジョルカ駐留を終え、レオン将軍(松風輝)のもとを訪ねる。かつての上司、レオン将軍は、すでに引退していたが、フェルナンドの不在中に、彼の父で元の領主を暗殺した犯人が、現領主のルカノールの手のものであったという事実をつかみ、クーデターの準備を始めていた。これを知ったフェルナンドは、父の復讐とバレンシアの民衆のために、共に戦うことを決意する。そのために、彼の帰りを待ちわびていた、将軍の孫娘、マルガリータ(星風まどか)との結婚は、しばらくお預けとなる。
フェルナンドは軍を辞め、遊びにうつつを抜かすふりをして、機会を待った。その中で、イサベル(伶美うらら)という酒場のダンサーと知り合い、恋に落ちる。
領主のルカノール(寿つかさ)は、相当な色好みで、以前は、前の領主夫人だったフェルナンドの母、セレスティーナ(純矢ちとせ)に懸想して追いかけまわしていたのだが、最近はようやく諦め、甥の恋人だったシルヴィア(遥羽らら)が父親の命乞いに来たところを言い含めて妻にしていた。
留学から帰って来た甥のロドリーゴ(澄輝さやと)はこの事実を知り、怒りに震えていた。が、ルカノールは、そこまでのロドリーゴの気持ちには気づかず、パーティーの席で、ロドリーゴを自分の後継者にすると言って周囲の喝さいを浴びていた。
フェルナンドは、ロドリーゴの気持ちに気づき、ルカノールを倒すために仲間に彼を加える。
この時、彼に事情を打ち明けた場所が、イサベルの働く酒場だったのだが、フェルナンドが到着する前に、そこで働くラモン(真風涼帆)とロドリーゴが小競り合いを起こしてしまう。そして、ラモンがレオン将軍の下で軍籍があったことを知り、彼も誘うのだが、断られてしまう。
ロドリーゴは、計画をシルヴィアに打ち明け、シルヴィアは、協力を約束する。
また、祭りの夜、酔ったルカノールの手下・バルカ(凛城きら)に妹のローラ(華妃まいら)を殺され、ラモンもまた、仲間に加わる決意をする。こうして復讐劇は始まるが、その成功はすべての人の哀しみを誘う結果となった。
ラストシーン、シルヴィアの姿が見えない、と探しに行ったロドリーゴの声だけが、イサベラと今生の別れをしたばかりのフェルナンドに届く。
「わたしのシルヴィアが死んだ」
それを聞いて、フェルナンドが、
「わたしのイサベラも死んだ」
と言って、芝居の幕が下りる。
このラストの台詞が、2007年当時めちゃくちゃ物議をかもした記憶がある。
というのも、

  1. ロドリーゴに失礼⇒本当に恋人が死んで横たわっている友人を前に、なんてこと言うんだ[exclamation]
  2. イサベラに失礼⇒イサベラが死んだことにしてフェルナンドは楽になるかもしれないが、イサベラの苦しみはこれから一生続く
    ということに対して、まったく配慮のない台詞[exclamation]

どんな風に言ったら、この台詞に説得力がもたせられるのか、中村A先生演出では、理解できるはずもないんだよねー[爆弾]

という部分については、今回も、なんだかなーという気持ちは残った。もう、台詞を換えるしか手はないかもしれない。

では、あらためて、特に贔屓がいるわけではない、1回しか観なかった人のフラットな感想を以下少しだけ…。
朝夏の白い軍服は、いい[黒ハート]このための「バレンシア…」ではないか、というくらい、いい[揺れるハート]
そして、ヒロインのイサベラを演じた伶美うららこのイサベラがたまらなく、いい。特に、フェルナンドがケガをしたかもしれない、と聞いて彼の屋敷まで行ったものの…というシーン、そしてラストシーン。自らヒロインの矜持を見せるだけでなく、相手役の朝夏真風を「いい男」に見せる。たっぷりとタメた泣きのシーンにイサベラの真骨頂がある。しかもそれは、普段のきっぷのよいアネゴ肌のイサベラを完璧に演じているからこそ。
いやいや、泣いたわー[もうやだ~(悲しい顔)]
[もうやだ~(悲しい顔)][もうやだ~(悲しい顔)]
そんなイサベラの全身全霊の思いをどこまで受け止めてるんだろうねー的な、貴族らしい鷹揚さのある朝夏フェルナンド。でも、ラストの慟哭で、彼もまた一生癒えない傷を背負ったのだ、ということが伝わる。台詞の裏側にある気持ちが、ものすごくドラマを盛り上げてくれるカップルで、この二人の芝居は、なんともいえない高揚感があった。
ところで、ラモンは金髪…というか明るい髪色だったが、ラテン系ではないのだろうか。真風自身、ラモン役にピッタリというわけでもないので、敢えてラモンをやらせた意図は不明。2番手としてのかっこいい雰囲気はあった。祭の場面で、“バレンシアの想い出”(「誰がために…」でピラールが歌う曲)を歌っていて、とても懐かしかった。
前回公演(2007年版)から、このシーンに追加された曲らしく、その時は、主役のフェルナンドが歌っていたようだ。
ロドリーゴの澄輝と、シルヴィアの遥羽ららコンビ。前評判がすごくよかったせいか、とても期待してしまって…。むしろ期待し過ぎてしまって…。
自分が観た感想としては、いや、わかるけど、やっぱり2番手の役なんだよねー[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]と思うにとどまった。澄輝の微妙な番手に合わせた扱いだと、どうも違和感がある。
あと、シルヴィアが若すぎて[あせあせ(飛び散る汗)][あせあせ(飛び散る汗)][あせあせ(飛び散る汗)]
ここまでシルヴィアが若いと、ルカノールがどうして“子どもがいないから、後継ぎをロドリーゴに”と言えるのか、わからない。一応、新婚なのに[爆弾][爆弾][爆弾]
ルカノールがすごいじいさんか、というと、そうでもないし、そもそも、悪そうに見えないのよ、すっしーさんは[爆弾]
それを言ったら、軍人に見えないまっぷーとか、え、そんだけの役にりんきら[exclamation&question]…とか、言いたいことは山ほどある。
そんな中で、みんな精一杯頑張ったんだよね、ということもわかるから、宙組の頑張りに、拍手を送りたい。中でも、星吹彩翔が年輩の役なのに、すごく雰囲気を出していて、感服してしまった。

ショーは、今年上演した、「HOT EYES!!」を上演。これ、たしか、大階段出しっぱなしで評判取った作品だったような…[あせあせ(飛び散る汗)]
要らなかったらしい、大階段…[爆弾][爆弾][爆弾]
感想は、一言で言うと、うららさま、うららさま、うららさま(笑)
本当に、今回のツアーは、うららさまにノックアウトされに行ったようなものでした[バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)][バッド(下向き矢印)]

“今日は何の日”
【12月9日】
藤原信頼、源義朝らが二条天皇を軟禁、平治の乱が始まる(1159=平治元年)。
(←旧暦。新暦では1160年1月19日となります。)


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