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台風の中の総選挙 [┣かんがえごと]

日曜日、大雨のなかを選挙に行ってきた。
投票所は混雑していた。それほどの大行列ではなかったが、なにしろ、私が投票権を得て以来、(一度も棄権したことはなく、期日前投票も一度だけなのに)一回も列に並んだことのない投票所なのだから、異常事態と言えるだろう。
全国的に見れば、戦後二番目に低い投票率なのかもしれないが、台風で選挙どころじゃない地方も多かったと思うし、そもそも昔は田舎の投票率が90%とか、異常な盛り上がりのイベント化していたので、おしなべて見れば今回の選挙の投票率は、V字回復の第一歩だったと思っていいんじゃないかな。いや、そう思いたい。
実際、「行かなかった」人はかなり減ったんじゃないかな。あの天候だもの、むしろ、「行けなかった」人があの投票率の原因では[exclamation&question]
ただ、棄権とか、白票とか、故意の無効票は、現政権への白紙委任状なので、「NO」なら槍が降っても選挙に行って他党に投票するしかないことは、もう少し伝わってほしいな、とは思った。


結果、獲得議席数では自民党が圧勝ということになり、テレビなどでは、野党が分裂した漁夫の利の勝利みたいなことが言われている。
しかし、はたしてそうだろうか?
たしかに選挙を前に「民進党」は分裂した。共闘すれば勝てる選挙区で、希望の党と立憲民主党が候補者を出したために共倒れになったところもあった。
でも、それは良かったのだと思う。
今回の選挙の争点は、「現政権(現体制)の承認or 否認」であり、その裏側に「憲法改正の可否(衆議院の2/3の議席を占めれば、改正案を可決することができる)」があった。 今回の解散は、内閣が自主的に解散権を行使する、いわゆる7条解散(日本国憲法第7条を根拠とする解散)なので、結局のところ、現政権の信任・不信任を争うことになる。そして、信任され、さらに衆議院の2/3の議席を超えることがあれば、安倍総理がかねて熱望している「憲法改正」は当然視野に入ってくる。実際、選挙戦の中でも、9条に第3項を追加し、自衛隊を明文化したいという意思表明をしていた。
(国民が何を基準に投票したか、というのはまた別の問題で、後で触れる。)
希望の党と立憲民主党は、共に「現政権」にはNOだが、憲法改正については意見が分かれる。その二党が共闘することは、「選挙さえよければ」という国民への背信に思われる。また、共産党は、「現政権にNO」「憲法改正にNO」という立場で立憲民主党と共闘したが、旧民進党議員の中には、共産党アレルギーの強いメンバーがいて、そういう意味でも、分裂はやむを得なかった。
さらに言えば、連合が最大のスポンサーだった民進党では、市民運動と共闘することは不可能だったと思う。立憲民主党が躍進したから、「一緒にやっていれば現政権を倒せたのに」と言うのかもしれないが、一連のムーブメントは、すべて、希望の党が誕生し、民進党が分裂したからこそ。民進党のままでは、議席を減らしただけで終わっただろう。
なので、とりあえずは、今後の立憲民主党の動きに期待したいと思う。
どこまで本当に市民に寄り添ってくれるか、そこに注目したい。


さて、長らく「中選挙区制度」を採用していた衆議院選が「小選挙区」+「比例代表」に転じたのは、1996年のこと。もう20年以上も前なので、今年初めて衆院選を経験した若者は、この制度しか知らないということになる。
小選挙区制のメリットは、選挙区の区割りが小さいので、候補者の負担が減る=選挙にかかる費用が少ないこと。これに伴い公示日から投票日までの期間も縮小された。
一方デメリットは、死に票が多いこと。たった1票差でも明暗がくっきり分かれるため、49.9999%の得票率だったとしても国会に行けないかもしれない。隣の選挙区では、33.3334%の得票率の人が行けていても。
そしてもうひとつデメリットがあることが、最近身に沁みてよくわかった。
自由民主党は、戦後日本において、8割を超える長い歳月、政権を担っているが、その大きな理由のひとつに、「多様性」があった、と私は思っている。
私が子どもの頃は、各政党はイデオロギーをベースに結束していて、その思想に共感する人々の支持によって国会に代表者を送っていた。
特にイデオロギーを持たない人々(ノンポリとか言われていた)は、現政権への批判票として、わざと他党に投票する以外は、まあだいたい自民党に投票していたんじゃないかと思う。(私の親は誰に投票したかを教えてくれなかったので、この辺は想像だけれど。)
そして、複数当選区(中選挙区制では、ひとつの選挙区から1-5人程度の当選者がいた)においては、自民党から当選枠をMAXとして複数の候補者が出ることが多く、たとえば首相の属するA派閥ではなくB派閥の人に投票することによって、イデオロギーを気にすることもなく現政権にNOを突きつけることができたのが、中選挙区制の最大のメリットかもしれない。(某県では、同じ選挙区に大物が並び立ち1位を競っていた。それで高投票率になっていた面もある。)
しかし、小選挙区制になって20年、自民党で公認を得るためには、現政権を支持しなければならないという踏み絵ができているように最近思えてきた。こうなると自民党の多様性は失われてしまう。最近各派閥のトップが次々引退しているのも、気になる。
もうひとつ、イデオロギーベースの党ではないという部分まで浸食されているような気もするのだが、その辺は、機会があったら(ないことを望むが)書くことにしてここでは割愛する。
現状、多様性がないということは、自民党支持=現政権100%支持という図式になることをまず、ご理解いただきたい。自民党に投票するということは、イコール「現政権にYES」「憲法改正にYES」という選択肢であり、それ以外の意見とは扱われないのです。
小選挙区制における選挙というのはそういうもので、候補者個人に対する「あの人、信頼できそうだから」とか、「今の総理はイヤだけど自民党が好きだから」とか、そういう投票者の気持ちは、投票結果においてはまったく意味がない。選挙活動の中で「あなたの意見に寄り添いますよ」と誠実に言ってくれたとしても、政党政治では、「党議拘束」というのがあって、勝手に自分の意見(支持してくれた有権者の意見)に従った投票ができない。なので、あなたが自民党に投票した一票は、確実に、「現政権にYES」「憲法改正にYES」という方向で反映されることになった、わけ。
この原理を理解している人が、果たしてどのくらいいたのだろうか。
FBなんかを見ていると、世界中を飛び回り、ガシガシ仕事をしているビジネスマンでさえ、誰に投票するか、の意味を理解していなかった。


いや、いいんですよ。「現政権にYES」「憲法改正にYES」なら。
モリカケに怒っていないんなら。
ワイマール憲法という素敵な憲法ができてすぐ、ドイツになにが起きたか知らないんなら。
「緊急事態条項」で民主主義が停止できることの意味がわからないなら。


1930年代のドイツ人は、まさかあんなことが起きるなんて、想像もしていなかったと思う。
でも、2017年の日本では、いくらでも過去に学べるし、学ぶべき。
じゃないとさすがに、今度こそ世界から嗤われる。いや、見放される。


そのためには、まず、投票行動とその結果に対して、しっかりと認識できる人を増やしていくこと、これしかないなぁ。道のりは長いけど。


<その他の投票基準について>
消費税以外は、実はそんなに大きな政策の差はなくて、国民にとって必要な施策は、自民党が伸びようが減ろうが、あまり関係なく実施されていく。子育て支援とか、教育無償化とか、よい政策なら全会一致で法案が通っていくものなので。
消費税についても、税率アップは平成31年10月なので、解散の理由にされてはいたけど、実はそれほど緊急性がない。「凍結」を訴えていた党もあったが、「増税」でも「凍結」でも2年後の話であって、「公約」の2年後なんて、当てにできる話ではないのだ、残念ながら。
そして、「北の脅威」。
昔、世界中から経済包囲網を敷かれた国がありました。その国は、自分こそが正しいと言い張って、国連を脱退、やがてアメリカ軍基地を奇襲攻撃して、宣戦布告、最終的に自ら破滅の道を選びました。
その国の国民なら、歴史を学び、過度な経済制裁が逆効果なのは学んでいるべきだと私は思う。
あと、国難の時期だからこそ、長年政権を担ってきた自民党に、という声もあった。しかし、強硬手段を取ることを躊躇しない安倍さんが総理大臣だと、トランプさんと一緒にどこまでも行ってしまいそうな気がして、私は怖い。あくまでも私は、だけど。
で、安倍さんはイヤだけど、自民党がいい!という人は、ここ重要なんだけど、他党に投票しなきゃならないんだよね。自民党が議席を減らさないと、安倍さんに代わって別の総理が誕生することはないから。
アベノミクスについて。
私はアベノミクスのおかげで生活が豊かになったかと訊かれたら、その反対だと答える。でも、株をやっていない私でも、株式で運用する生命保険はやっていて、その運用益がすごいと聞いた。預金の金利はマイナス状態なので、余剰資金があって株式運用を自己責任でやれる人は、きっとアベノミクスを実感していると思う。
アベノミクスで儲かっている人が居ないとは言わない。でも、お金持ちがさらにお金持ちになる、そして、トリクルダウンは、まだ起きない。それがアベノミクスの現状。だから、恩恵を受けている人は自民党に投票したと思う、もちろん。
でも、投票したからって、恩恵にはあずかれないんだよね、残念ながら…


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お誕生日 [┣かんがえごと]

汐美真帆様、お誕生日おめでとうございます[黒ハート]
今年も、けろさんの舞台をいくつか観劇することができ、楽しかったです。
あ、まだ、年末にも舞台が控えていますね。楽しみ~[るんるん]


そして、10月20日は、皇后陛下のお誕生日でもあるんですね。
83歳と聞いて、びっくり[あせあせ(飛び散る汗)]なんと、この一年間で338件のご公務があったんだとか[exclamation×2]
そして、週末には、天皇陛下とテニスをなさっているそうですよ…[ひらめき]


そんな皇后陛下。
お誕生日を前に、宮内庁記者会からの質問への文書回答が公表された。
今年は、天皇陛下の退位に関する法律が制定されたことなどもあって、興味を持って全文を拝読したが、途中で涙が止まらなくなった。


こちらに宮内庁HPの該当部分をリンクしましたので、ぜひ、ご一読ください。


私などが、こういうことが書かれていたよ~なんて要約することすら申し訳ないような一年の総括であり、慈愛に満ちた国民へのメッセージでした。心が洗われた…[もうやだ~(悲しい顔)]


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1960年6月15日 [┣かんがえごと]

眠っている間に改正組織的犯罪処罰法が成立していた。野党が「共謀罪」と呼んでいるアレです。日付が変わってからの成立なので、6月15日に成立したことになる。
さて、6月15日というと、57年前の6月15日、一人の女性が国会前のデモで亡くなっている。
樺(かんば)美智子さんという名前をご存じだろうか。


今回の法案が強行採決を重ねていることや、内容が不透明であることから、政治家たちに任せておけないとばかりに、一般市民がこの日も国会の前に大挙詰めかけているようだ。
でも、とりあえず、大きな事故もなく、平和的にデモが行われているのを見るにつけ、日本の民主主義は成熟してきているんだな…と感じる。
それはないだろう…という映像も(特に沖縄あたりで)見るには見るが、少なくともこの頃のデモの映像に比べたら、だいぶマシだ。それは、民主主義が、警察や公安より上位にあるということが、コンセンサスになっているからだろうと、私は思っている。


共謀罪なんていう「なんでもあり」の法律を作ってしまったら、押さえ込まれていた警察や公安にお墨付きを与えることになる、と、どうして誰も思わないのだろう[exclamation&question]
これは、現在の自民党政権だけの問題ではない。
行政のリーダーの座が、官邸から、別の所へ移ってもおかしくない、ということなのだ。今の政権が変わったら、官邸ですら、共謀罪の対象になりかねない。一度そうなったら、成立時の首相である安倍さんがその後戻ってきたところで、取り返すことはできない。


戦前に成立した治安維持法も、国会で強制採決されている。採決したのは国会議員だ。その多数決で決まったのは事実だ。けれど、治安維持法は、当の議員を含む多くの人々を官憲の手に委ねることになった。この法律をたてに、シビリアンコントロールが効かなくなったのだ。
21世紀の治安維持法と言われている「改正組織的犯罪防止法」の行末が案じられる。


亡くなった樺さんは、こんな未来を夢見て戦っていたのだろうか。


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お雛様の思い出 [┣かんがえごと]


雛人形 ひな人形 久月 ケース飾り 親王飾り A. 寿さくら図 h293-k-4-38-9a

雛人形 ひな人形 久月 ケース飾り 親王飾り A. 寿さくら図 h293-k-4-38-9a

  • 出版社/メーカー: 久月
  • メディア: おもちゃ&ホビー



友人がFacebookに雛人形をアップしていて、おお…そういえば、我が家の雛人形もこんなのであった[exclamation×2]と、懐かしく思い出した。

残念ながら、似たようなお雛様は、ネットでは検索できなかったので、(時代のせいですかね…)全然違う親王飾りをお見せしています。

我が家にあったのは、当時、けっこう人気のあった団地サイズのお雛様で、ケースの中に段が設えてあって、親王雛と三人官女が最上段(左側に親王と姫、区切りがあってその右に三人官女)、その下に五人囃子、その下に右大臣左大臣と橘・桜・道具類、その下に仕丁と道具類…みたいなコンパクトなもので、今のマンションに引っ越すまで持っていた。

手放した時のエピソードは、以前ブログに書いたのでご覧ください。こちらです。

これを読んで、そういえば、祖母の差し金であった…と思い出した。祖母が亡くなってからは、お雛様のことを思い出すこともなく、なんだかすっかり母のせいだと思い込んでいたここ数年…[あせあせ(飛び散る汗)]人の記憶って、後年からでも変化するものなのね[がく~(落胆した顔)]

今年は、亡き母と祖母を思い、静かに過ごす雛祭になりそうです。

お雛様といえば、使わなくなったお雛様を活用する「福よせ雛」というのがあるそうです。お雛様の日常生活を描いているらしく、HPをのぞいてみたら、なかなか面白かったです。「福よせ雛」で検索してみてくださいね。


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アメリカ大統領選 [┣かんがえごと]

朝の時点では、ヒラリー・クリントンの勝率90%とか言っていた、ニューヨークタイムスとかワシントンポスト…12時間後に、予想を180度切り替えた。いくら接戦とはいえ、これだけ現地のマスコミが大きく予測を誤ったのは、珍しい出来事のように思う。
おかげで、日本の相場も乱高下、大変な騒ぎになった。

この大統領選のドンデン返しには、色々な理由があるんだと思う。

そもそも、総得票数、支持率では、クリントン氏が勝っていたこと。(アメリカの大統領選は、州ごとに勝敗を決し、人口に比例した選挙人をゲットしていくので、合衆国全体の得票数が上回っても勝てるとは限らない。)

選挙戦の終盤に、クリントン氏の私用メール問題で、再捜査というニュースが持ち上がったこと。これで、トランプ氏が起こした、それ以前のマイナス問題の影響がチャラになった感はある。

でも、本当のところ、日本でも木村太郎氏がずーっと言っていたように、実は、トランプ氏に投票した人の数は、マスコミの読みよりずっと多かった。
ただ、それはほとんど伝わっていなかった。
私たちの知っている、メジャーな都市は、ほとんどクリントン氏が勝っている。ニューヨーク、ワシントンDCなど東部の都市、そして大票田のカリフォルニア、日本人の大好きなハワイ…フロリダは激戦の末、トランプ氏が制したが。
大きな新聞社は、足元の世論を見て、予想していた。
しかし、アメリカには、さまざまな州がある。
南部も、中西部も、山岳地帯も。普段は、見向きもされないような州にもたくさんの人が住んでいて、それぞれの想いを抱いて生きている。

イギリスのユーロ離脱の国民投票も、ロンドンでは「残留派」が多数を占めていたが、国全体では、離脱という選択がなされた。

これまで、誰にも顧みられなかった人々が、過激な選択をすることに、誰も、特に大手のマスコミは、気づけなかったのかもしれない、と思う。そして、これは、他人ごとではない、とも感じた。

しかし―

アメリカの大統領として、彼の公約がすべて果たされるとは、考えにくい。
もちろん、今までに比べれば十二分に過激な政策が実行されていくとは思うが…

でも、トランプ氏に投票した、過激な思想を好む、虐げられてきた人々(いわゆるプアホワイト)は、それでは納得しないんじゃないだろうか。その時、アメリカは、トランプ大統領は、どちらに舵を切るのか…

うーむ…

“今日は何の日”
【11月12日】
柳沢吉保、将軍・徳川綱吉の側用人となる(1688=元禄元年)。
(←旧暦。新暦では、12月4日となる。)
元禄とは、まさに吉保の時代だったのですね。


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TPP可決(衆院特別委) [┣かんがえごと]

衆議院特別委員会で、TPP法案が可決した。

まだこの先、衆議院本会議、参議院がある。でも、もしかしたら、この日は、将来歴史的な日になるのかも…と思った。

“今日は何の日”
【11月4日】
関西法律学校、現在の関西大学が開校した(1886=明治19年)。


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新聞報道の用語 [┣かんがえごと]

三笠宮崇仁殿下が亡くなられた、というニュース速報を見て、不思議に思ったこと。

私が見た限り、ほとんどのニュースが、「三笠宮さま、ご逝去」という見出しを使っていた。その中で、産経新聞だけが、「薨去(こうきょ)」という見出しを使っていたので、「おや[exclamation&question]」と思った。
それで、昭和天皇崩御の際の、見出しを思い出したのだ。
あの時は、ほとんどの新聞が、「天皇陛下、崩御」という見出しを使っていた。その中で、沖縄の新聞社が「ご逝去」という言葉を使っていて、沖縄は、昭和天皇に複雑な気持ちがあるんだろうな…と、昭和という時代の重みを感じた。

人が亡くなったという場合、このように記載する、ということが、中国の古典「礼記」という書物に記されている。日本でも、これに準じる形で書物が作られている。日本の文書は、主語が省略されることが多いが、同じ「死」でも、身分によって表現が違うことを使って、これは誰についてのことを書いている、と推定したりしているとか。

その慣例に従うと、天皇陛下の叔父にあたられる、三笠宮さまについては、薨去と呼ぶのが正しいことになる。

とはいえ、本来「崩御」を使うべき皇太后であった香淳皇后についても、すでに「ご逝去」とした新聞報道が多かったそうなので、(私もご逝去と書かれていたのを覚えている)今は、天皇陛下のみ「崩御」とし、それ以外の皇族については「ご逝去」にしているのかな、と感じた。

そのことに異を唱える向きもあるようだ。産経新聞も一石を投じるつもりで、「薨去」を使ったのだろう。
でも、「薨去」を使うべき相手は、なにも皇族だけではないのだ。使用例としては。
明治以降は、現職の首相が亡くなった場合にも、「薨去」が使われていたという。でも、大平さん、小渕さん(厳密には現職ではないが…)の時は使われていなかった。
というわけで、産経新聞の「薨去」の使い方も、独自の解釈に基づいたものであるように思う。
※省庁の公式文書では、現在も「薨去」が使われているので、こちらの公式発表に基づいているのかな。でも、「薨去」は、外国の皇室に対しても使用するとのこと。産経新聞、そちらは、薨去、使ってないですよね[exclamation&question]

古来の用法としては、
天皇、皇后、皇太后、太皇太后…崩御。(きっと上皇も。)
皇太子、大臣…薨御(こうぎょ)
皇太子妃、親王、親王妃、内親王、位階三位以上…薨去
王、女王(親王宣下を受けていない皇孫等)、位階が五位以上…卒去
貴族でも、高位なら、薨去、卒去と呼ばれていたのですね。

同時に、昔は、陛下、殿下、妃殿下という表現をよく見かけたが、昨今は、すっかり「さま」が定着していることにも、あらためて意識が行く。

これは、1989年頃から定着したそうで…

ってことは、平成からか…。
それまで、ずっと、皇后陛下のことは、女性週刊誌も「美智子さま」と書き続けてきて、親しみを込めて報道してきたので、なんとなく、そのまま、美智子さま、雅子さま…が定着しちゃったのかな…なんて思ってみました。
香淳皇后は、やはり戦前から皇后陛下であられたから、戦後になったからといって、突然名前で呼ばれたり、できなかったのでしょうね。

皇室の方々が、外国の皇族と親睦されている記事など、敬語の使い方など、新聞記事の書き方が微妙で、皇室報道って難しいのね…と思う。(皇太子さまと、チャールズ皇太子が…とか。)
よりよい報道目指して、頑張ってください[るんるん]

“今日は何の日”
【11月2日】
読売新聞、創刊(1874=明治7年)。

うわ~、祐飛さんが生まれた時点で100周年か…


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お見舞い [┣かんがえごと]

鳥取の地震、驚きました。

被害に遭われた皆様にお見舞い申し上げます。

しばらくは余震も続くと思います。どうぞ、お気をつけて…

“今日は何の日”
【10月21日】
大隈重信らが、東京専門学校(現・早稲田大学)を設立(1882=明治15年)。


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フラワーズ! [┣かんがえごと]

吉野朔実さんの訃報に接し、「フラワーズ」の創刊15周年号を購入することにした。

月刊flowers(フラワーズ) 2016年 06 月号 [雑誌]

月刊flowers(フラワーズ) 2016年 06 月号 [雑誌]

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: 小学館
  • 発売日: 2016/04/28
  • メディア: 雑誌

「フラワーズ」、前は買っていた。

そもそもは、「プチフラワー」の愛読者で、2002年に「フラワーズ」になってからも、そのまま引き続き読んでいたが、やはり「プチフラワー」のファンとしては、どこか違ったらしく、そのうちに読まなくなってしまった。
だから、十数年ぶりに手にしたことになる。

へー、今は、こんな作品が連載されているのか…と感慨に耽…え[exclamation&question]

『7SEEDS』

『風光る』

知ってる…

時が止まっている…[exclamation&question]

ずーっと、ずーっと連載してたのかっ[exclamation×2]

感無量[もうやだ~(悲しい顔)]

久しぶりに読んだら、さいとうちほ先生の『とりかえ・ばや』が面白そう…コミックス買ってみようかな。

そして吉野先生の遺作、なんだかとってもあったかい作品でした。

“今日は何の日”
【5月6日】
水戸藩主、徳川斉昭、謹慎処分を受ける(1844=天保15年)。
(←旧暦。新暦では6月21日となる。)

謹慎の理由には、時代に先駆けて廃仏毀釈を行った(=仏教弾圧)などが含まれているとか。


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5年目の3.11 [┣かんがえごと]

あの日から5年、今年は曜日も同じなので、ここから2週間ほど、思い出し記録を記載していきたい。

3月11日、日本観測史上最大級の地震が発生した。

私は、職場で地震に遭った。オフィスからは男性社員が出払っていて、私と、同じ業務をしている同僚、翻訳業務をお願いしている契約社員の女性、そしてアルバイト女子の4人だけだった。
急ぎの仕事もなく、祐飛さんのファン仲間から来たGWの旅行計画のメールをちょうど見ていた…という…(時効ですよね[exclamation&question]
最初、契約の女性が「じしん?」と言った。「あ…そうかも…」それは本当にかすかな揺れだった。そこからしばらくしてわりと大きな横揺れが来たが、縦揺れから横揺れに移る感覚の長さから、私は震源地は遠いと判断して、「遠いから大丈夫だよ」と言ったのを覚えている。
けれども揺れは、おさまるどころか、どんどん大きくなって…その時初めて、恐怖が襲ってきた。急いで机の下に身を隠し、大きな横揺れに耐えていた。
どこかでパーテーションが倒れ、ガラスの割れる音がした。

揺れが収まっても、しばらく動けなかった。すると、外から、「早く外に出ろ」という声が聞こえる。慌てて、上着を着てバッグを手にして外に出た。そのまま、建物の安全が確認できるまで、3時間ほど外で待機させられた。途中、社内のコンビニでペットボトルの水を買ったが、その時はまだ普通になんでも買える状態だった。
家にも電話して、家族の無事を確認した。
また、3時からの会議が中止でいいのか、とか、来週提出の資料はどうする、とか、外で顔を合わせた人と普通の会話をしていた。途中雨が降ったり、寒さが厳しかった。

3時間後、ようやく建物の安全が確認され、開放された喫茶室で待機。そこで、携帯のワンセグを見て、初めてことの深刻さを知った。
緊急の部長会が開かれているとのことで、部長が外出中のうちの部のメンバーは、担当役員のいる別の部署へ移動することになった。同じ部の別のセクションのメンバーは、移動ができないため、そのまま現在の場所に待機することに。

待機中、携帯が繋がらないという人が廊下に溢れていたので、外線に繋がる内線電話を開放し、順番に案内したりした。8時頃、歩いて帰宅できる者は帰宅するように…という指示があったため、私は帰宅を決意した。ガスと水道が止まっているという連絡を受けていたので、コンビニで水とカップヌードルなどを調達して帰宅した。
大きな道路沿いのコンビニは、商品がほとんどなく、ちょっと角を曲がったところのコンビニでようやく、ちょっとだけ食料を手に入れた感じ。これからどうなるのかとか、そんなことも考えられなかった。とにかく、信じられない、という気持ちだった。

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外の歩道は液状化で、すっかりドロドロ。ところどころ、地割れしたり土地が隆起したり。

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マンションの入口付近もこんな状態。

我が家は駅から5分という立地なので、駅前のホテルに歩いて行ける。水道管がどうなっているかわからないとのことで、マンションのトイレは使用できない。我慢できるだけ我慢して、いざとなったらホテルまで歩いてトイレを使用しよう…と決意。
電気が無傷で使えたので、だいぶ助かった。この時点では。

“今日は何の日”
【3月11日】
武田勝頼、織田・徳川軍に敗れて自害(1582=天正10年)。
(←旧暦。新暦では4月3日となる。)
これにより、戦国の雄、武田氏は滅亡した。


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